水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  (25)枉神{まがかみ} <再掲>

2022年11月21日 00時00分00秒 | #小説

『今日、現れたのは、先だって言っておいた枉神(まがかみ)と会える期日を伝えようと思おてのう…』
「それはそれは…。しかし、今、ここでは…」
『ほう、そこでは駄目か?』
「申し訳ございません…」
 そことは奉行所の雪隠(せっちん)の中だったのである。それも大の方だったから、兵馬は思わずそう告げたのだ。奉行所仲間に聞かれれば拙(まず)い・・ということもあった。
『では、何時(いつ)の刻限ならばいいのじゃ?』
「暮れ六つ以後なれば…」
『分かった。ではのう…』
 須佐之男命はそう言うと、気配を消した。兵馬としては、やれやれ…の気分だった。
 兵馬が勤めを終え、奉行所の門を出たとき、ふたたび須佐之男命の声がした。歩きながら辺りを見回すと、上手くしたもので人の姿はなかった。さすがに神様だけのことはある…と、兵馬はこのとき、改めて須佐之男命を崇(あが)めた。
『枉神と唾(つば)をつけ、明日の暮れ五つに現れるよう言い渡したが、いかがじゃ?』
「はあ、それはもう…。何時(なんどき)でございましょうと、直(じか)に遣(や)り取りが出来れば解決の糸口が見えようというもの…」
『さようか、ではそういうことにしよう。達者で暮らせよ…』
 そう告げると須佐之男命の気配はスウ~っと消えた。その直後、前方から侍の近づく姿が見えた。兵馬は、さすがに神様だけのことはある…と、また思った。
 枉神が気配を現したのは、元照寺で撞(つ)かれる暮れ五つの鐘が陰に籠らずグォ~~ンと賑(にぎ)やかに鳴ったときだった。
『枉神じゃ! 須佐之男様より言い渡された故(ゆえ)に現れたが、何の用じゃ~~ぁ!!』
 小煩(こうるさ)そうな声が空よりした。兵馬が蔦屋の味噌田楽で一杯やったあと、お芳の置屋へ向かう途中だった。ホロ酔いの身が冷たさを増した夜風に吹かれ気分がいい。
「これはこれは…。態々(わざわざ)、申し訳もございませぬ。実は最近、巷(ちまた)で起きております人変わりの一件をなんとかならぬものかと思いまして…」
『おう! あのことか…。あの仕儀には訳があるのよ…』
「と、言われますと…?」
 兵馬は声がする漆黒の虚空を見上げ、訊(たず)ねた。

             続


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

めげないユーモア短編集 (50)道半(みちなか)ば

2022年11月21日 00時00分00秒 | #小説

 (49)は折り返しに近づいた気分だが、もう少し時が経過すれば、道半(みちなか)ばを過ぎることになる。両者の違いは中間地点に着く前と後の差なのだが、人の気分はビミョ~~に変化するから難解だ。^^
 今年、中学生になった小仏(こぼとけ)は、昼前、ようやく夏休みの技術家庭の工作を道半ばまで作り終えたところだった。モノは本立てである。『半日もありゃ、出来るさ…』と高を括っていた小仏だったが、道半ば思っていた半日は、すでに過ぎていた。無昼前だから当然、腹もすくというものである。小仏がキッチンへ向かおうと片脚(かたあし)を上げたときだった。『いや、待て待て…中途半端にしておいたんじゃ、僕の沽券(こけん)にかかわる…』と、浮かばなくてもいい雑念がムクムクと小仏の脳裏に、まるで入道雲のように浮かんだのである。
「めげずに、やってしまうか…」
 やらずに昼にすればいいものを、小仏は思ってしまったのだから、さあ大変!! 作業は継続されることになったのである。ところが、上田城は落ちず、時間の経過、落ちる身体の汗で衣類はドボドボとなり濡れネズミの徳川秀忠公状態に化したのだった。陽が西山に傾き始めた頃、ようやく本立て作りは完成を見ようとしていた。しかし、その完成作品は、どういう訳か道半ばの出来だった。^^ 要は、特選、入選、佳作に入れるような大した作品ではなかった訳である。
 道半ばは、めげないで続けたとしても、道半ばのまま進んでいないこともあるというお話だ。^^

                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする