水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  (15)枉神{まがかみ} <再掲>

2022年11月11日 00時00分00秒 | #小説

 元照寺で撞(つ)かれる暮れ六つの鐘が、今宵も陰に籠らずグォ~~ンと賑(にぎ)やかに鳴った。勤めを終えた兵馬は蔦屋へと向かっていた。秋も深まるにつれ、頓(とみ)に薄闇が早くなる。
「少し冷えてきたなぁ~」
 肩口を過(よぎ)る風が兵馬の首筋を撫でる。兵馬は思わず身を縮めた。
 蔦屋の暖簾を潜ると、喜助の顔が見えた。味噌田楽を肴(さかな)にチビリチビリと熱燗を啜(すす)っている。
「旦那、少し早めに来たんで、先にご馳になってやすっ!」
「ああ、それでいい…。で、耳に挟んだ変わりごとはねえか?」
 喜助は魚屋だが、兵馬の耳寄りな情報を得る役割も果たしていた。
「変わったことはねぇ~んでございますがね。最近、人変わりする事件とまではいかないような珍事があちらこちらで起こってやす」
「と、いうと?」
「へえ。この前(めえ)も立ち寄った油問屋の伊豆屋さんで番頭の与之助さんが…」
「ほう! その番頭がどうしたっ!?」
「ひと夜のうちに人が変わっちまったんでさぁ~」
「…変わったとは?」
「与之助さんといえば、温厚で親切なお方と評判の番頭さんだったんですがね。それが、ひと夜のうちに豹変(ひょうへん)し、次の朝からは荒ぶれた気性になったってこってす」
「それは妙な話だな…。何かが起こったからという訳ではないのか?」
「いや、そんなことで気性が豹変する人じゃねぇ~らしいんです」
「うむ…。解(げ)せぬ話だ。しばらくは伊豆屋に探りを入れてくれ。これは当分の駄賃だ」
 兵馬は一朱銀を一枚、冷えた地炉利の横に置いた。
「いつも、すいやせん…」
 喜助は手慣れた仕草で一朱銀を袂(たもと)へと納めた。

             続


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めげないユーモア短編集 (40)眠気(ねむけ)[2]

2022年11月11日 00時00分00秒 | #小説

 睡眠不足が高じれば、眠気(ねむけ)に襲われることになる。年老いれば尚更(なおさら)で、私なんか、しょっちゅうだ。^^ この男、山登(やまのぼり)も、しょっちゅう眠気に襲われていた。というのも、彼には小説家なりたい夢があったからだ。
「山登さん! また今月も、『来月はお支払いしますから…』ですかっ?」
 家賃を集金に来た大家(おおや)の尾長(おなが)は、ニワトリのような高い声で捲(まく)し立てた。
「へへへ…その来月は、です」
 山登は大家の高い声にめげないで、やんわりと返した。
「ほんとにもうっ! まっ! あんまりアテにはしてなかったんですけどね…。小説家は諦めて、そろそろ本業に就かれた方がいいように思いますがね…。まっ! 来月は頼みますよっ!」
「はあ、どうも…」
 山登は、バタバタと羽根を羽ばたからながら出ていった尾長の後ろ姿を見ながら、まっ! の多いオバさんだ…と、思うでなく思った。さて、やるかっ! と、山登は眠気にもめげず、また、見込みがない下手な書き物を始めた。そして、ふと、筆を止め、今どき、鉛筆で書く小説家がいるだろうか…と、ふと自分自身に疑問を感じた。それでも、めげずに、また、山登はめげないで夢の山を目指して書き始めていった。
 眠気にもめげないのが、夢を目指す・・ということのようだ。^^

                   完


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