元照寺で撞(つ)かれる暮れ六つの鐘が、今宵も陰に籠らずグォ~~ンと賑(にぎ)やかに鳴った。勤めを終えた兵馬は蔦屋へと向かっていた。秋も深まるにつれ、頓(とみ)に薄闇が早くなる。
「少し冷えてきたなぁ~」
肩口を過(よぎ)る風が兵馬の首筋を撫でる。兵馬は思わず身を縮めた。
蔦屋の暖簾を潜ると、喜助の顔が見えた。味噌田楽を肴(さかな)にチビリチビリと熱燗を啜(すす)っている。
「旦那、少し早めに来たんで、先にご馳になってやすっ!」
「ああ、それでいい…。で、耳に挟んだ変わりごとはねえか?」
喜助は魚屋だが、兵馬の耳寄りな情報を得る役割も果たしていた。
「変わったことはねぇ~んでございますがね。最近、人変わりする事件とまではいかないような珍事があちらこちらで起こってやす」
「と、いうと?」
「へえ。この前(めえ)も立ち寄った油問屋の伊豆屋さんで番頭の与之助さんが…」
「ほう! その番頭がどうしたっ!?」
「ひと夜のうちに人が変わっちまったんでさぁ~」
「…変わったとは?」
「与之助さんといえば、温厚で親切なお方と評判の番頭さんだったんですがね。それが、ひと夜のうちに豹変(ひょうへん)し、次の朝からは荒ぶれた気性になったってこってす」
「それは妙な話だな…。何かが起こったからという訳ではないのか?」
「いや、そんなことで気性が豹変する人じゃねぇ~らしいんです」
「うむ…。解(げ)せぬ話だ。しばらくは伊豆屋に探りを入れてくれ。これは当分の駄賃だ」
兵馬は一朱銀を一枚、冷えた地炉利の横に置いた。
「いつも、すいやせん…」
喜助は手慣れた仕草で一朱銀を袂(たもと)へと納めた。
続