水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  (16)枉神{まがかみ} <再掲>

2022年11月12日 00時00分00秒 | #小説

 十日ばかりが過ぎた頃、ひょんなことから事件ともつかぬその妙な出来事の発端が綻(ほころ)びを見せた。むろん、その情報は魚屋の喜助からであった。
 その日も兵馬はお芳の置屋で杯(さかずき)を傾けていた。
「兵馬さま、箱根の湯治、お忘れになったんですかっ!?」
 お駒が拗(す)ねた口調で地炉利の熱燗を膳上の杯に注ぐ。兵馬は小鉢に盛られた浅蜊の生姜煮を箸で摘(つま)み、ひと口、口中(こうちゅう)へと運ぶ。
「んっ!? そんなことを言ったか?」
「嫌ですよ、もう、お忘れなんでございますか? 確かにおっしゃいましたっ!」
「言われましたともっ! 私が生き証人でございますよっ!」
 お駒の助け舟のようにお芳が小盆にお燗をした地炉利を乗せ、スゥ~っと部屋へ現れる。
「そうか? ははは…深酒の所為(せい)かも知れんな」
「まあ、兵馬さまったらっ! それじゃ、言った覚えがないとっ!?」
 お芳の加勢で勢いづいたお駒が兵馬を攻める。
「ないとは申さぬが…。ああ、そういや、そのようなことを言ったかも知れんな、ははは…」
 これは拙(まず)い…と瞬間、思った兵馬は三十六計、逃げるが勝ち・・を決め込む。
「ははは…じゃありませんよっ! ほんとに連れてって下さいましよっ!」
「ああ、分かった…」
 お芳が地炉利をお駒の横へ置いて部屋から出ようとしたとき、前栽(せんざい)から喜助の呼ぶ声がした。
「ちわっ! 旦那っ!! おられやすかいっ!? 魚屋の喜助でございますっ!」
「おお、喜助かっ!」
 兵馬にも助け舟がやってきた・・という寸法である。兵馬は、これは好都合と、スクッ! と腰を上げると、声がした前栽の簾(すだれ)を上げた。
「たぶん、こちらかと思いやして、寄らせて戴きました…」
 腰を屈(かが)めた喜助が前栽の足踏み石の前で控(ひか)えていた。
「どうだ? なんぞ、分かったか?」
「へいっ! これは旦那に知らせねぇ~と、という話を小耳に挟みやしてねっ!」
「そうか…。まあ、そこではなんだ。足を表で洗って上がれっ!」
「へいっ! そいじゃ…」
 喜助はそう言うと、足早に前栽から表口の方へと姿を消した。

             続


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めげないユーモア短編集 (41)演歌の世界

2022年11月12日 00時00分00秒 | #小説

 演歌の世界に多く見られるのが逆境を詠(うた)った歌詞だが、切々と歌手が歌う、涙なくしては語れない…いや、聴けない世界なのである。逆境にもめげず生きねばならない主人公・・聴けば思わず、ぅぅぅ…となる訳だ。ぅぅぅ…。(T0T)
 とある有名演歌歌手が切々と歌うテレビ番組を観る初老の旦那さんが、思わずハンカチを出すと、目頭(めがしら)の涙を拭(ぬぐ)った。
「なによっ! 涙、流すほどの歌っ!?」
 隣の畳(たたみ)の上にドカッ! と居座って観る奥さんが、思わず嫉妬(しっと)して旦那さんに斬り込んだ。
「お、お前には、分からんかっ、この気持ちがっ! ぅぅぅ…」
「フンッ!全然、分からないわっ! こんな女性、今どきいるのかしらねぇ~~」
「馬鹿野郎っ! めげないで生きる女性は、今でもいるわっ!!」
「そうっ! お可哀相(かわいそう)だこと…」
 奥さんは旦那さんの言葉にムカッ! としたのか、居間から出ていった。
 めげないで生きる主人公を描く演歌の世界は、時折り、家庭不和を巻き起こすようである。^^

                   完


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