夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ときおり、風は強く吹き・・♪   《初出2007.5.11.》

2008-05-12 23:26:45 | 時事【政治・経済】等
東京の郊外は、平年並みの気候となったが、
ときおり風が強く吹き、
我が家の周辺の大木は大きく揺れ、葉裏を見せたりした。

私は午後、簡易ベットに横たわりながら、
総合月刊雑誌の『中央公論』、『文藝春秋』を読んだりしていた。


『文藝春秋』の中で、勝手に組閣委員会と称した四人に寄る『安倍総理、これが最強内閣だ』を読んで、
私なりに微苦笑したりした。

与良(毎日新聞・論説委員)
防衛大臣の選定の時・・
「これは真面目に言ってるんですけれど、
前原誠司(民主党・前代表)はどうでしょう。
一本釣りで連れてくる」

麻木(タレント)
「それは驚天動地のアイデアですね」

御厨(東京大学・教授)
「一流の論客であることは確かです。
前原さんが入閣したら、民主党はたぶん潰れるだろうけど、
政治のダイナミズムを取り戻すには、
そのくらいのことをしたほうがいいんですよ」

宮崎(評論家)
「大胆過ぎる発想ですが、
実は前原さんと安倍さんの関係は良好なんですよね。
そして前原さんは、いまの小沢体制下で完全に干されている」

御厨
「いいんじゃないですか、前原さんで」

宮崎
「う~ん、いいのかなあ・・。
まっいっか」


無断であるが引用させて頂きましたが、
この部分には私は微苦笑したのであった。

この後、庭に下り立ち煙草を喫いながら、
残念ながら民主党の衰えを思ったりしている。

所詮、寄せ集め集団で、中には優れた人さえも党内で埋もれ、
そして私は代表の顔が浮べ、昭和までは力量を感じ好感したが、
平成期からは害のある人、と思ってたりしている・・。

その後、風が強く、枝葉は大きく揺れている。


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風薫り、光はまばゆい朝を迎えて・・♪   《初出2007.5.11.》

2008-05-12 23:21:16 | 小庭の情景を眺めながら
東京の郊外は、雲ひとつない快晴の朝を迎えている。
そして、ときおり風が吹き、若葉を揺らしている。

この一週間は初夏のような陽気が続き、
昨日の午後より雨が降る予測であったが、
夕方に少しパラ付いた程度で、急速に気温は下がった。

今朝は15度前後の朝の陽射しにつつまれて折、
日中も22度前後を迎えるので、過ごしやすい日となる。

私は先程、庭に下り立ち、樹木の下で木漏れ日を受けながら、
煙草を喫ったりしていたが、これで平年並みかしら、
と感じたりしている。

この時節に相応しく、風は薫り、陽射しは少しまばゆく心身ともに快適な日を迎えている。

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ときには、読みたくなる『中央公論』・・♪  《初出2007.5.10.》

2008-05-12 23:16:39 | 読書、小説・随筆
朝、読売新聞を見ていた時、
月刊総合雑誌の『中央公論』の広告が載っていた。

私は月刊総合雑誌の『文藝春秋』に関しては、
昭和45年以来、欠かさずに定期購読をしているが、
特集次第で『中央公論』を購入したりしている。

今月の特集は、
【私が涙で『千の風になって』を歌えなかったとき・・】と題し、
作家・新井 満とテノール歌手・秋川雅史の両氏に寄る対談。

そして、【晩年の城山三郎先生】と題した植村鞆音(うえむら・ともね)氏に寄る追悼文を読みたくなり、
この2つの特集に興味があったので、購読することにした。

駅前に行き、本屋で『文藝春秋』、『中央公論』を買い求めた後、
歯科医院の待合室で、
『私が涙で「千の風になって」を歌えなかったとき・・』を読みはじめてた・・。


何かしら私の名前を読んだ気がした。
『はぁ~い』
と私は言った。

アシスタントの女医さんが、
『XXさん・・お待たせしました・・
ほんの少し前も・・お呼びしましたのょ・・』
と微笑みながら言った。

『ご免なさい・・』
と私は笑いながら、治療室に入った。

私の悪い癖で、本を読んだりする時、埋没する癖があり、
今回も対談記事に読み耽(ふけ)っていた。

総合月刊雑誌といえども、ときには心酔させる記事もある。

帰路、午後より雨が予測されていたが、
快晴であったので、散髪屋(理容店)に寄った後、
帰宅した。

こうした綴っていると、
空は少し暗くなり、見上げると黒い雲が急速に移動している。
遥か彼方、雷鳴が聴こえたりしている。



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天候の神々は、ご機嫌は悪い・・♪   《初出2007.5.10.》

2008-05-12 23:13:37 | 小庭の情景を眺めながら
東京の郊外は、雲ひとつなく快晴の朝を迎えている。
先程、天気予報を視聴していたら、
6月の陽気の朝であり、午前中は25度前後の陽気となった後は、
午後から落雷と共に風が強く吹き、豪雨となり、
15度前後の気温となる、
と報じている。

日中に様々な天候の移り変わりとなるので、
天上の天候の神々は、ご機嫌が悪いのかしら、どうして・・
と私は空を見詰めたりしている。

私は午前中は歯科医院に治療を受けたり、買物をする必要があるので、
帰宅するまでは雨が降らないで欲しい、
と勝手な願いをしたりしている。

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暑い日々を迎えた時は・・♪    《初出2007.5.9.》

2008-05-12 23:11:51 | 時事【社会】
東京の郊外は、昨日は26度となり、
本日も移動性高気圧の影響で、28度までの暑さとなり、
今年一番の暑さとなった、と報じられ、
私は急激な暑さに戸惑っているひとりである。

10時過ぎに家内と駅前に出かけ、家内は歯科医院の治療、
私は待機する立場であったので、コーヒー・ショップの『ドトール』に於いて、
アイス・コーヒーを飲みながら、
塩野七生・著の『ローマから日本が見える』(集英社)を読み込む。

冷気を感じ、煙草を喫いながら読んでいると、
私は著作者の『ローマ人の物語』(新潮文庫)を第15巻まで読み続けているので、
女史の熱く真摯な思いに導かれて、
古代のローマの人々を思い返してした・・。

帰路、家内と遊歩道を歩いたが、炎天下の陽射しは強く、
大きな樹木の下を通ると、川風を受けると、
『XXちゃん・・5度前後は・・涼しく感じるよね・・』
と私は汗をハンカチでぬぐいながら、家内に云ったりした。

私はクーラーの冷気で読書も良いが、
外の暑い外気に触れるときは、
木陰と風が最強の応援団と感じているのである。


私は先程まで、風が吹き込んでくる和室で簡易ベットに横たわりながら、
本を読んだり、うとうとと寝付いたりしていた・・。

主庭に下り立ち、もみじの樹木の下で、微風を受けながら、
煙草を喫いながら、デビット・リーン監督の作品を思い浮かべたりした。

私は映画が好きなので、ときおり居間でビデオ、DVDで鑑賞しているが、
『アラビアのロレンス』の灼熱の砂漠シーンよりは、
暑さを感じた時は『ドクトル・ジバコ』の酷寒の帝都、ロシアの大地の方が素直に心を寄せることが出来るかしら、
と微苦笑したりしている。

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情緒、情感を感じ、伝えるとき・・♪    《初出2007.5.9.》

2008-05-12 22:58:13 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨日に続き、雲ひとつなく快晴の朝を迎えている。
日中は27度前後の6月下旬のような陽気となるので、
樹木の下の緑陰を享受したり、風を受けたりするのが、
何より心身に心地良い。

私は風吹くさまを5月の時節は、薫風と称し、
三月から4月にかけて、風は甘く、などと称している。

先程、ある辞典で『薫風』を調べていたら、
少しつまらない解説をされていた。


『立夏・芒種は薫風の候なり。
一陣の風、南より吹き来たりて、香気を放つ。
しかして殿閣、微涼を生ず』・・。

中国の古暦は、こんなふうに5月のイメージを表現していた。

5月の風は、確かに爽やかだ。
『吹き来たりて、香気を放つ』。
ここ日本でも、いえることである。

しかしながら、雨や雪などと同じように、本来、風は無臭のはずだ。
それなのに、我々は、なぜ5月の風だけを《薫風》と感じたのだろうか?

その理由は、こうである。
5月は新緑の季節だが、野山の木々の若葉には、
『フィトンチッド』という芳香成分成分が含まれている。
この芳香成分は微細な粒子。
吹く風の流れに乗って、あちこちへ飛びたたよい、
我々の嗅覚をくすぐる。
これがつまり、《薫風の科学》だ。
ゆえに、5月の風は香るのである。
【水野 肇・監修の『健康歳時記』より】


私は幼児の頃から、
この時節に頃はこいのぼりを見ながら、風は気持ちが良い、
と心身感じたりしてきた。

幼児、子供ながら季節を感じ、その時節を深めてきているのである。
《薫風の科学》などの一章は、つまならい余計なことと思っている。

人それぞれであるが、何気なし心から感じる情緒、情感は、
科学の解説、分析は余計なお節介である。

ごく自然に感じ、受けとめながら、育(はぐく)まれ、
心からの発露を私は大切にしている。
そして、ときたま綴っている。


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初夏のような陽気となり・・♪    《初出2008.5.8.》

2008-05-12 22:55:05 | 定年後の思い
私は9時半過ぎに家を出て、川沿いの遊歩道を歩いた。

雲ひとつもない快晴となり、少し暑く感じたりした。

菜の花も終り告げて、所々に観られたりしたが、
数多くの樹木は若葉の色濃く染め、緑となり、勢い良く枝葉は延ばしている。

帰路は真昼時となり、暑さも増し、私は片側の樹木の下の木陰を歩いたりした。
ときたま、川風が吹くと心身心地よい。

前方から婦人が水色のワンピース姿で、白い日傘を差して、歩いてこられた。
顔立ちは見えなかったが、なにかしら妖艶を感じたりした。

小公園の大きな樹木の下のベンチに座り、私は川風を受けながら、煙草に火を点(つ)けた。
地上は木漏れ日の陽射しが揺らめいている・・。

そして、バックからサングラスを取り出し、
初夏の到来を感じたりしていた。

暦の上では、立夏の時節なので、
これから時折暑くなるかしら、と昨年の今頃を思い返したりした。

これからの時節は、樹木の下で風に吹かれる緑陰に身をゆだねるのが、
最良の友かしら、とも思ったりした。

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立夏の時節を迎えて・・♪    《初出2007.5.8.》

2008-05-12 22:52:52 | 時事【社会】
東京の郊外は、雲ひとつない快晴の朝を迎えている。

大型連休が終り、庭の樹木は枝葉を伸ばし、若葉の色合いも深まり、
朝の陽射しを受け止めている・・。

草花のアメリカン芙蓉(フヨウ)、半化粧(ハンゲショウ)は、若芽から日増しに成長をしている。
そして、紫式部(ムラサキシキブ)も芽吹き、若葉と色合いとなっている。

日中は25度前後の陽気となる。
この1週間の数日、このような陽気の時、
私が庭に下り立つと、ともすればモミジの樹木の下で煙草を喫ったりしている。

そして、数週間前まで陽射しが恋しく、陽射しの中を散策したりしていたが、
この一週間は樹木のある樹の下を何気なしに選んで歩いている。

木陰で木漏れ日の中、ときおり微風を受けると、きらめいた情景となるので、
私なりに享受している。

古人の時代から夏の初めの頃は、立夏と称しているので、
私は素直に心身受け止めたりしている。

日中は歯科医院に治療で出かけるので、
川沿いの遊歩道を歩き、
小高い丘陵の若葉の色の深まりを眺め、
私の好きな季節のうつろいを甘受しょう、と思ったりしている。

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世界の出来事が解からない時には・・!?  《初出2007.5.7.》

2008-05-12 22:50:04 | 時事【社会】
私はニュースを視聴している時、理解出来ない時がある。

特に世界の出来事は、どうして・・、と理解に苦しむことがある。

今日から長い歴史を振り返った時、
世界の国々は、それぞれの国家の国益に基づき、
怜悧に外交、軍事力、経済力を含め政治交渉が行われている。

こうした国家間で片方が譲れない場合、
紛争となり、最悪の場合として戦争になる。

私は日本人のひとりとして、
日本の国益の視点から、日本、国際への影響は・・と思いながら、
世界のニュースを見たりしている。

ときおり、理解できないニュースを放送されて、戸惑う時がある。

こうした時は、NHKの『週刊 こどもニュース』を視聴したりする。

この番組は、こどもが理解出来るように、世界の出来事を取り上げることも多く、
その上、やさしく解説して下さるので、
定年退職後の3年生の私でも、理解ができるのである。

このニュースの解説を理解できない人は、
小中学校の義務教育の時、
大変にサボられた人と思ったりしている。


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再び、街は動きだして・・♪    《初出2007.5.7》

2008-05-12 22:30:53 | 時事【社会】
東京の郊外は、どんよりとした曇り空の朝を迎えている。

私は先程目覚めたが、家内は早朝から掃除、洗濯をしている。
『先程まで、雨・・降っていたわ・・』
と家内は私に言った。

私は庭の樹木を眺め、新緑の葉は濡れて、庭全体が静寂につつまれている。

玄関庭に行くと、バスの通り道が見え、
自動車が頻繁に通っている。
大型連休が終え、数多くの通勤、通学の方達が、
再び動きはじめたのを実感した。

私は定年退職の三年生の身であるが、
私なりに遅ればせながら、平常の日常に取り戻そうとしている。

東京の郊外は、午後に向かい急速に回復し、
青空の見える快晴となり、24度前後の過ごしやすい日中を迎える。

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あふれる思いを・・♪    《初出2007.5.6.》

2008-05-12 22:28:35 | 定年後の思い
私はあるサイトに定年退職後の数ヶ月後に加入し、
色々とその日に感じたことを綴ってきている・・。

平成16年の秋に民間会社のサラリーマンを退職後、
趣味と云えば文章を綴ったり、庭の手入れ、散策の折、或いは国内旅行した時に、
四季の移ろいを感じたりすることである。

日常の多くは小説、随筆、歴史書、現代史を読んだり、
映画を居間で鑑賞したり、或いは音楽をその日に応じて聴いたりしている。

こうした日常生活を定年前の5年前から想定していたが、
文章を公表するのにブログの世界を知り、
簡単ホームページのサイトに巡りあえたのは、
何より幸運と思った。

私が綴るのは、その日に感じ、あふれる思いを文章にしているだけである。
従って、色々なジャンルを綴ることとなるが、
私なりに《のちの想いに》なれば良いと思っている。

尚、政治、軍事、外交、経済などジャンルは、
私のこのブログの【年金青年のたわむれ記(旧題:続・極楽とんぼ)】に於いて、
意識して綴ったりしているが、
ときおりあるサイトでも文章化したりしている。

歴然と区分させようとしてきたつもりであるが、
ときおり徹することが出来ない日もあり、
ひとりの人の思いなので、何より自分自身に苦笑している。

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戦争を知らない私は・・。  《初出2007.5.6.》

2008-05-12 22:24:55 | 時事【社会】
過日、クリント・イーストウッド監督作品の『父親たちの星条旗』、
そして『硫黄島からの手紙』を鑑賞した。

このふたつの作品は、日米双方の視点から描いた作品で、
日本とアメリカにおける2つの硫黄島が真実を解き明かす、
という真摯な良心の作品であり、私なりに深く感銘を受けたりした。

私が何より心に残ったのは、
硫黄島の真の英雄は、島で眠っている人々である
と映画や製作に携わった人々の声であった。

私はこの言葉を受け止めた時、
最近読んだひとつの本の中に明示された内容を思い浮かべた・・。


この本は中西輝政・著の『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』(PHP新書)で、
この中の第一章『歪められた自画像』に明示された大変重い内容である。

無断であるが、戦争に行かれた方達、そして戦争を知らない私達、
日本人として共有しなければならない責務とも思い、
転記させて頂きます。



・・
戦後の日本を創った人々--
それは、生き残った復員兵達でした。

彼等の多くが戦後、慙愧(ざんき)の念を抱きながら、
死ぬまで繰り返し語ったことがあります。
『いいヤツは、みな戦争で死んだ』
『他人に先駆けて真っ先に突撃したヤツは、
生真面目に命令どおり自己犠牲の精神を貫いたヤツだった。
そうしう真面目なヤツは、みんな死んだ』
『生き残った者はみな無能で悪いヤツだ』・・。

まったく同様なことは、第一次世界大戦後、
多くのイギリス人でも語られました。
『あの大戦で、この国の最良の部分は、
すべてフランダース(第一次大戦の激戦地となったベルギーの地名)に散った。
生き残った者はろくな人間はいない』と。

確かに、そのとおりなのです。
例えば、兵が斥候(せっこう)を命じられる。
生真面目な人間は、言われた通りにぎりぎりの処まで敵に接近し、
そして殺される。
けれども、途中までしか行かずに戻って来て、いい加減な報告した兵は、
生き延びる。
これが戦場の現実です。

良くも悪くも利己主義で、いわゆる『要領がいい』人間でないと生き残れない。
そしてそのことを生き残った兵達は、後ろめたい思いを込めて、
みな知っているわけです。
同胞の中でも最も良質な人々が戦場で散ったことを。
彼等がどういう志を抱き、命を賭して何を守ろうかとしたのかを。

だから、自分が生き残ったことを恥じ、自らを責めざるをえない。
そういう慙愧、自責の念は一生消えることがないのです。

戦後日本を創った日本人達も、そうでした。
中には、それを忘れようとして、無我夢中にになって、
仕事や商売に熱中しょうとした人達もいました。
戦後日本の経済人の『モーレツ主義』の根の一つはここにあったのです。

もちろん、『戦後も要領よく生き延びてやる』
と思った日本人もいたことでしょう。
そうした『真面目の崩壊』を予感させる気運が、
すでに戦後直後にもあったのは事実です。

『真面目に命令を聞いて、真面目に行動するヤツはアホだ』
『正直者は馬鹿をみる』と、
シニシズム、ニヒリズムを持って戦後を生き抜いた人達が確かにいました。

『青い山脈』的理想主義の時代に、
実は日本人のモラルは根っこの部分では、
このような二重構造になっていて、
そのまま次の世代に受け継がれ、
やがて『真面目の崩壊』の時代を迎えるのです。

1920~30年代のイギリスでも、
『真面目はアホの代名詞』という言葉が流行り、
イギリス人の精神は大きく劣化してゆきました。
しかしイギリスり場合、続いて起こった第二次世界大戦によって、
そうした精神は『試練のとき』を迎えることになり、
イギリスは立ち直りました。

しかし、生き延びて戦後を迎えた日本人の中にも、
少数ながら真面目な人々がいました。
彼等の多くは、靖国に祀られた英霊達を思い、
『彼等のことを忘れてはいけない。
自分達が今生きていられるのは、彼等の犠牲のお陰ではないか』
と誓ったはずです。
戦場に散り英霊となった同胞の中に、
日本人として最も高貴なものを見出し、それを鑑(かがみ)として戦後を生きよう、
と誓った人々です。
『これからはもっと真面目に生きよう』と。

この意味で靖国は、日本人のモラルの崩れをかろうじて支える、
この列島では『稀(まれ)な空間』なのです。
ですから、戦後こそ、戦争に犠牲の上に訪れた平和な時代こそ、
靖国は大切な存在となるのです。
・・



【この作品の『歪められた自画像』の中で、
P67~P69を転記させて頂きました。
尚、原文より勝手に改行を多くしました】



私が最低限、知って欲しいことは、戦場に行かされ、
不幸にして亡くなった人々、或いは生き延びられた人達のことです。

私の親戚の叔父さんは、大正12年生まれで、南方の戦場に数年赴いた兵隊のひとりでした。
私が中学生の頃になると、戦争の事が知りたく、
この叔父さんにせがみました。
叔父さんは戦場のことは一切ふれず、ただ戦地に行ったエピソードばかりでした。

私が成人した頃、この叔父さんが、
『俺は・・8月15日に・・毎年・・靖国を参拝しているの・・
俺達が助かったのは・・行軍を友にした戦友のお陰なの・・
だから、独りで黙って・・参拝しているの・・』
と私に教えてくれた。

この叔父さんは、2年前に亡くなわれたが、
前年まで、欠かさず参拝していた、と聴いたのは通夜の席だった。
共に行軍されたひとりだと、この方は私に打ち明けられた。



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霧雨の朝を迎えて・・♪    《初出2007.5.6.》

2008-05-12 22:14:23 | 小庭の情景を眺めながら
東京の郊外は5時半過ぎから、霧雨が降りだしてきた・・。

ここ数日は初夏のような陽気となり、
昨夕は家内が実家から5泊6日で戻り、
寿司を摂(と)り、私がこの間にビールの各種を購入していたので、
呑み比べをしながら寿司を誉めたりした。

9時過ぎに寝室に行き、朝の5時に目覚め、
庭に下り立ち、樹木の新緑を眺めながら煙草を喫ったりしていた。

東京の郊外は、午前中は小雨、午後は風を伴なう大雨と予測されている。

世の中は大型連休の最終日となるが、
帰省、行楽地などで出かけられた人々は、ご無事で自宅に戻られるように、
そして明日より勤務に就かれる方達は、雨の一日は骨休めとして、
ゆっくりと休息して頂きたい、と願っていたら、
雨がポッリと降ってきた。

霧雨となっている今、庭の樹木の新緑を眺めながら、
こうして綴っている。


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『専業主婦』に敬意を・・♪    《初出2007.5.5.》

2008-05-12 22:12:04 | 時事【社会】
昨日のネット配信記事で一番驚き、専業主婦の重労働を再認識し、
微苦笑をしていた。

【主婦業、年棒1600万円に相当=『母の日』控え米社試算】

こうした見出し記事であり、時事通信の配信記事を無断であるが、
転記させて頂きます。



【シリコンバレー 3日時事】
専業主婦がこなす炊事・洗濯や育児などの家事は、
年棒13万8095ドル(約1660万円)に相当。
13日の『母の日』を前に、主婦の重労働ぶりを再認識するきっかけにして貰おうと、
米・人材情報会社・サラリー・ドット・コムがこんな試算をまとめた。

同社は、子供の送迎『運転手』、調理を『料理人』、
家族の悩み相談を『カウンセラー』などと家事を10項目に分類し、
それぞれをプロに任せた場合の料金を積算した。
主婦の作業時間は週92時間で、うち52時間を残業として割り増し計算したという。
今年の年棒は前年に比べ3%上昇した。

職業を持つ母親についても、
家事に対する報酬として年8万5939ドル(約1030万円)の『ボーナス』受給資格があるとはじきだした。



以上が記事の全文です。


私はサラリーマンを定年退職後の3年生の身で、
団塊世代より少し年上の世代に属している。

私達の世代は、高度成長を背景に、
家の収入は主人の責務として猛烈に働けた幸福な世代で、
妻は炊事、洗濯、料理等、或いは主人の実家との日頃の交際、
そして子供の育児、そして家庭内の教育など、
殆ど家庭内のことを任せてきた人々が多いのである。
妻は専業主婦として、何かと後方支援のような立場であった。

私達夫婦は子供に恵まれなかったが、
私の定年退職の5年前頃から、専業主婦は何かと重労働に認識した。

私は退職後は、
自在に趣味の時間に過ごしたいので働いていない身分となっている。

家内は従来通り、掃除、洗濯、料理等を行っているので、
少なくとも買物は私の担当として貰った。
そして、庭の手入れは現役時代と同様に私の役目となっている。

このような状況であるので、
朝、目覚めた私は家内用のマグカップに、
それぞれ牛乳、熱いコーヒーを家内の枕元に置いたり、
日中の合間、家内の茶坊主に徹している。

私は現役時代から、何かと家内にはねぎらう言葉を云い、
そして感謝をしている。

最近、家内からは洗濯と掃除は多少覚えたほうがいいわよ、
と云われたりしている。

独り身になった時、料理に関してはスーパー等でまかなえるが、
洗濯と掃除は・・という理由である。

こうした思いもあるので、
この配信記事を読んだ後も微苦笑しているのである。


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行って観たい、『皇居・吹上御苑』・・♪   《初出2007.5.4.》

2008-05-12 22:08:16 | 時事【社会】
先程、NIKKEI NETのニュースを見ていたら、

【皇居吹上御苑で初の観察会、都心の森を公開】

という見出し記事があり、私は無知であったが、読んでいるうちに行って観たい情景を感じたりした。

共同通信の配信記事であり、無断であるが転記させて頂きます。



皇居・吹上御苑での初の自然観察会が4日、行われ、
3万人以上の中から抽選で選ばれた一般参加者が、
都心に残された自然の中を歩いた。

今年創設された『みどりの月間』にちなんで、
天皇陛下が『国民と自然を分かち合いたい』と発案。
4日午前は約30人、午後は約70人、
5日の『こどもの日』には、小学生ら約100人が参加する。

吹上御苑は、昭和天皇の住まいだった大宮御所の東側約25ヘクタールの森で、
宮内庁職員でも立ち入りが制限されている地区。

元は江戸時代に日本庭園として整備され、その際植えられた木や、
その後自然に生えた植物が混在して独特の森を形成。
昭和天皇の意向で、武蔵野の自然を残す為、
約70年間は殆ど手をかけない管理が行われた。

巨木の数は東京全体の2割、昆虫は日本の1割に当たる約3000種類が生息。
アオヤンマなどの東京では、皇居以外でほぼ見られないトンボもいるという。



以上、共同通信の配信記事を転記させて頂きました。


私は初公開の観察会の告知、そして抽選された上、一般の人々でも観察できる、
ということが無知であった。

私は樹木を観るのが好きなので、
神代植物公園、明治神宮の一部に自然園コーナーで、
殆ど手をかけない程度の管理の森を観ると、
遥か彼方の歳月に思いを馳(は)せることが出来る。

こうした時を越えた情景に心を寄せることができるので、
いつの日か観察の機会があれば、と期待をしたりしている。

尚、都心にある六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなどは、
私は何かの間違いで、たとえ招待されても興味はなく、辞退する処である。


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