真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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選択的夫婦別姓問題と家族制度・戸籍制度の思想

2021年04月20日 | 国際・政治

 今回は、まず、選択的夫婦別姓に反対する意見の主な理由をいくつか確認し、次に夫婦同姓(同氏)を法的に定めた歴史的背景を考え、最後に夫婦同姓(同氏)や日本の家族制度(家族法)の問題点を考えたいと思います。

 すでに取り上げたように、自民党政権を支える国会議員50人が連名で、”選択的夫婦別姓制度の実現を国に求める「意見書」”を採択しないように地方議会の議長に訴えた文書には、下記のような理由があげられていました。

戸籍上の「夫婦親子別氏」(ファミリー・ネームの喪失)を認めることによって、家族単位の社会制度の崩壊を招く可能性がある。

 また、参議院に提出された「選択的夫婦別姓の法制化反対に関する請願」には、下記のような記述があるいいます。

この制度を導入することは、一般大衆が持つ氏や婚姻に関する習慣、社会制度自体を危うくする。別姓を望む者は、家族や親族という共同体を尊重することよりも個人の嗜好(しこう)や都合を優先する思想を持っているので、この制度を導入することにより、このような個人主義的な思想を持つ者を社会や政府が公認したようなことになる。現在、家族や地域社会などの共同体の機能が損なわれ、けじめのないいい加減な結婚・離婚が増え、離婚率が上昇し、それを原因として、悲しい思いをする子供たちが増えている。選択的夫婦別姓制度の導入により、共同体意識よりも個人的な都合を尊重する流れを社会に生み出し、一般大衆にとって、結果としてこのような社会の風潮を助長する働きをする。”

 さらに、下記のような内容の「要望」もだされているといいます。

”…すなわち、夫婦同姓制度は、普通の日本人にとって極めて自然な制度である。もし、別姓が導入され、別姓世代が数代にわたって続けば家系は確実に混乱して、日本のよき伝統である戸籍制度、家族制度は瓦解し、祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や地域の一体感、ひいては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすものである。ついては、国民の中に広くコンセンサスができていると認められない今日、民法を改正して日本の将来に重大な禍根を残しかねない「夫婦別姓制」を導入しないよう要望する。

 いずれも、”日本の家族単位の社会制度”や、”日本のよき伝統である戸籍制度、家族制度、共同体意識や連帯意識”などが損なわれるというような内容です。でも夫婦同姓(氏)が、法的に定められたのは、1898年(明治31年)に施行された「明治民法」によります。

 

 明治維新による王政復古によって、日本を天皇の統治する国とした明治政府は、近代国家のかたちを整えるために、大日本帝国憲法をはじめ、さまざまな法整備を進めました。民法もその一つですが、当初フランス人法学者ボアソナード教授が起草した民法(旧民法といわれています)は、公布されたにもかかわらず、施行直前に強力な反対論が起ったと言います。その反対論の主張は、ボアソナードの起草した民法は、”個人主義思想に基づいており、皇国日本の国体の精神と相容れない”というものでした。反対論を主導したといわれる穂積八束博士が、「民法出でて忠孝亡ぶ」と言ったことはよく知られています。また、穂積博士は、「我千古ノ国体ハ家制ニ則ル、家ヲ大ニスレハ国ヲ成シ国ヲ小ニスレハ家ヲナス」とも述べたといいます。家は「万世一系」の皇統を基軸にした「国体」の私的領域における縮図であると考えていたのです。国に天皇があり、家に家長があることによって、「国体」の安寧が維持されるというわけです。だから、明治維新以降、日本の敗戦に至るまで、天皇に忠、親に孝の「忠孝」の道徳規範が、教育勅語などを通してすべての国民に徹底されるとともに、日本独特の「家」制度が継承されることになったのだと思います。

 穂積博士の反対論は、その後、政治的な色彩を帯び、自由民権運動を抑える働きをしたようですが、結局、ボアソナード教授が起草した民法は斥けられ、「皇室ノ臣民ニ於ケル、家父ノ家族ニ於ケル権力ハ皆祖先ヲ尊崇スルノ国教ニ基ケリ。……是ニ於テカ家長権ハ尊厳ニシテ動カスベカラズ。天皇ノ大権ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」という「家族国家観」に基づく「明治民法」が施行されることになったのです。

 したがって、「明治民法」は、国家主義的であるばかりでなく、封建的で、いろいろな男尊女卑の規定を含んでいると思います。選択的夫婦別姓制度の導入に反対する人たちは、そうした「明治民法」由来の制度や考え方を、維持すべき”家族単位の社会制度”と位置づけたり、”日本のよき伝統である戸籍制度、家族制度”と評価したり、”共同体意識や連帯意識”のもとになっているなどと美化して守ろうとしているのだと思います。

 選択的夫婦別姓を求める人たちが、個人主義的であるとか、選択的夫婦別姓制度が導入されると”祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や地域の一体感、ひいては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼす”とかという批判は、穂積博士のボアソナード民法批判と、とても似通っているように思います。

 そしてそれは、極論すれば、明治維新以来の日本の政治的指導層の思想が、現在の自民党政権と関わる人たちに受け継がれている証ではないかと思います。

 

 神話的国体観によって、天照大神につながる血統を誇示したり、天皇家につながる血筋を誇示したり、また、名の知られた武将につながる家柄を誇示したりする、日本の古くからの政治的指導層の思想が、日本国民全体に広げられたのは、日本が天皇の統治する国となり、その皇国日本に適合した法の一つとして「明治民法」が施行されて以降だということは、見逃してはならない重要なことだと思います。

 家族法で知られる水野紀子教授によれば明治のはじめの日本で、氏の公称を許された人は”6%ほど”であったといいます。したがって、政治的指導層以外の一般庶民が、氏(姓)を公称することが許されていなかったことから、当時の日本には、家長(戸主)を中心とする統一的な戸籍制度や家族制度はなかったといっていいと思います。明治政府が政治的必要性から、国民に苗字(名字・姓)を名乗ることを義務付けた「平民苗字必称義務令」は、1875年(明治8年)213日公布です。

 日本の「家」制度は、天皇に対する忠義と親に対する孝行を結合し、強力な皇国日本を築き上げるという国家主義的意図をもって、明治時代に始まったといえると思います。だから、それを「よき伝統」と美化したり、「わが国古来の美風」など美化することは、私には受け入れ難いのです。

 

 明治民法は、第732条で「戸主ノ親族ニシテソノ家ニ在ル者及ヒ其配偶者ハ之ヲ家族トス」と定め

746条で「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」とし、さらに、第788条で「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」として、現在の夫婦同姓を制度化したのです。それは、明治政権の国家主義的的意図に基づくのだと思います。だから女性は結婚すれば、通常、姓を変えて夫の家の戸籍に入ったのです。これが入籍ですが、いまだに結婚の報告で、「入籍しました」という女性が存在することは、現在も明治民法を引きずっていることのあらわれだと思います。

 

 戦後,日本国憲法の制定に基づく民法の大改正によって、家制度が廃止され,家督相続も廃止されましたが、祖先崇拝や男性優先(男尊女卑)の思想は、政治的支配層に根強く残っているばかりでなく、それを維持し復活させようとする人たちさえ存在するのが、現在の日本だと思います。

 

 だから、「明治民法」の差別規定が、現在もなお、克服しきれていないのだと思います。戦後、GHQによって、「家」制度の廃止、家族法の民主化・近代化が要求されましたが、当時の日本は、「家」制度の廃止の意味をきちんと理解できなかったり、また、正面から反対する保守的な勢力も強く、形式的・表面的に「家」制度が姿を消したに過ぎない面があったのだと思います。

 さらに言えば、制度的にはもちろんですが、日本人は忠孝の思想で、徹底的に「家」のありかたを叩き込まれたので、簡単に「家」の制度の廃止や家族法の民主化・近代化に適応できない面があったのだと思います。例えば、いまだに既婚女性が、自らの夫を「主人」と呼ぶのも、そうしたことの一つと言えるように思います。

 そういう意味で、現在もなお、日本国憲法第二十四条や民法第二条における”個人の尊厳と両性の本質的平等”が十分実現されていないのだと思います。また、「家」制度が廃止されてもなお、「家」は現行家族法に様々な影響を残しているのだと思います。また、選択的夫婦別姓制度導入に反対する人たちは、意図的に「家」の影響を残そうとしているように思います。

 

 最後に、「明治民法」や日本の「家」制度(家族法)の問題点を考えたいと思います。 

 

 まず、明治民法の下記第970条の条項は、明らかに男尊女卑の差別規定だと思います。でも、この”男ヲ先ニス”という条項は、大日本帝国憲法第二条「皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス」とともに、日本の「国体」をかたちづくった考え方であり、皇国日本のとっては、大切なことであったのだろうと思います。そして、その差別はいまだに払拭されていないのではないかと思います。

 また、女性差別のみならず、「庶子」や「私生児」という言葉から、生まれながらにして差別された子どもの存在も、うかがい知ることができます。個人の尊厳や両性の本質的平等の考え方に反するものだと思います。

970条 被相続人ノ家族タル直系卑属ハ左ノ規定ニ従ヒ家督相続人ト為ル

 一 親等ノ異ナリタル者ノ間ニ在リテハ其近キ者ヲ先ニス

 二 親等ノ同シキ者ノ問ニ在リテハ男ヲ先ニス

 三 親等ノ同シキ男又ハ女ノ間ニ在リテハ嫡出子ヲ先ニス

 四 親等ノ同シキ者ノ間ニ在リテハ女ト雖モ嫡出子及ヒ庶子ヲ先ニス〔昭和177本号改正〕

  <昭和一七法七による改正前の条文>

   四 親等ノ同シキ嫡出子,庶子及ヒ私生子ノ間ニ在リテハ嫡出子及ヒ庶子ハ女ト雖モ之ヲ私生子ヨリ先ニス

 五 前四号ニ掲ケタル事項ニ付キ相同シキ者ノ間ニ在リテハ年長者ヲ先ニス

2 第836条〔準正〕ノ規定ニ依リ又ハ養子縁組ニ因リテ嫡出子タル身分ヲ取得シタル者ハ家督相続ニ付テハ其嫡出子タル身分ヲ取得シタル時ニ生マレタルモノト看倣ス

 

 また、明治民法の下記のような条項で、当時男性であることが原則の「戸主」に大きな権限が与えられていたことや男尊女卑の実態が分かります。代々、長男の継承を原則とする戸主が、国における天皇匹敵する権限で、家族を支配することができたのだと思います。

14条 妻カ左ニ掲ケタル行為ヲ為スニハ夫ノ許可ヲ受クルコトヲ要ス

一 第十二条第一項第一号乃至第六号ニ掲ケタル行為ヲ為スコト

二 贈与若クハ遺贈ヲ受諾シ又ハ之ヲ拒絶スルコト

三 身体ニ覊絆(キハン)ヲ受クヘキ契約ヲ為スコト

749条 家族ハ戸主ノ意ニ反シテ其居所ヲ定ムルコトヲ得ス

750条 家族カ婚姻又ハ養子縁組ヲ為スニハ戸主ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス

788条 妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル

789条 妻ハ夫ト同居スル義務ヲ負フ

第813条 夫婦ノ一方ハ左ノ場合ニ限リ離婚ノ訴ヲ提起スルコトヲ得
 一 配偶者カ重婚ヲ為シタルトキ
 二 妻カ姦通ヲ為シタルトキ
 三 夫カ姦淫罪ニ因リテ刑ニ処セラレタルトキ

以下略

第886条 親権ヲ行フ母カ未成年ノ子ニ代ハリテ左ニ掲ケタル行為ヲ為シ又ハ子ノ之ヲ為スコトニ同意スルニハ親族会ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス

一 営業ヲ為スコト

 二借財又ハ保証ヲ為スコト

 三 不動産又ハ重要ナル動産ニ関スル権利ノ喪失ヲ目的トスル行為ヲ為スコト

 四 不動産又ハ重要ナル動産ニ関スル和解又ハ仲裁契約ヲ為スコト

 五 相続ヲ抛棄スルコト

 六 贈与又ハ遺贈ヲ拒絶スルコト

 上記のような明治民法の「家」をもとにした家族制度や戸籍制度が、現在もいろいろなところに残存し、いろいろな問題の原因になっていることは、女性が原告として国や地方公共団体、企業等を訴えている裁判、例えば、男女賃金差別裁判、男女別定年差別裁判、家族手当裁判、昇格昇進差別裁判、パートタイム不当解雇裁判、扶養控除裁判、婚外子相続差別裁判、住民票続柄裁判、などで明らかだと思います。

 こうした裁判は、明治民法の「家」の考え方を継承した現在の民法が、相変わらず「性別役割分業家族」を前提にしているため、現在の社会情勢と大きくズレているばかりでなく、”個人の尊厳や両性の本質的平等”の考え方を欠いている部分があることのあらわれだと思います。 

 

 また、現行民法第725条は、明治民法を受け継いだものですが、次のように定めています。

次に掲げる者は、親族とする。

一  六親等内の血族

二  配偶者

三  三親等内の姻族

 これは、下記の憲法第24条と矛盾するのではないかと思います。

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 なぜなら、民法第725条は、親族に”六親等内の血族””三親等内の姻族”を含んでおり、これは婚姻を単なる両性の合意をこえる、「家」と「家」の結び付きととらえていると考えられるからです。この民法第725条の考え方が、税法上の扶養親族や扶養義務と関わってくるわけで、現在も「家」をもとにした明治民法が生きているように思います。

 だから、戦後の民法、第750条で

婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。”と定めたにもかかわらず、いまだに96%を超える女性が、結婚によって姓を変えているのだと思います。

 

 また、民法第733条は、

女は、前婚の解消又は取り消しの日から六箇月を経過した後でなければ、再婚することができない。

 と、女性だけに「再婚禁止期間」を定めていますが、これも明治民法の名残のように思います。

 

 したがって、夫婦別姓制度導入の要求は、個人の尊厳や両性の本質的平等の考え方からして、当然の要求であり、女性の自己実現を困難にしないために、必要不可欠だと思います。

 それは、日本国憲法第13条の定める”生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利”でもあると思います。 

 

参考図書:「家族と法律」中川淳(有信堂)『戸籍と無戸籍 「日本人」の輪郭』遠藤正敬(人文書院)

  

 

 

 

 

 

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