Wilhelm-Wilhelm Mk2

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魂を漁る女

2008-04-10 | Weblog
 レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ男爵、ドイツ生まれのオーストリアの作家(1836-1895)の作品。マゾッホといえば、いわずとしれた「マゾ=M」の元祖の人である。といっても、対するS=サドの元ネタであるフランスのマルキ・ド・サド侯爵とは100年ほど時代がずれており、面識はまったくない。サド侯爵が徹底的なアナーキストで人生の大半を牢獄ですごした放蕩者であった反面、ザッハーマゾッホ自身は、変態小説・暗黒小説を主に書いていたわけではなく、歴史、哲学、宗教をおりまぜた人間の奥底を冷徹に掘り返すような真面目な作品を書いていた。しかし、東欧ユダヤ文化に肩入れしたり、批評家を罵倒したり、プロイセン王を非難したりなどして、ドイツ国内では非常に嫌われていたらしい。同時代のフランスでは好んで読まれていたようだ。
 マゾの代名詞とされてしまったのは、超大作「カインの遺産」中の一編「毛皮のヴィーナス」という作品に肉体的倒錯をたくさん織り交ぜたためであり、本人は純文学、哲学作品として書いていたものなのに、変態小説家の烙印を押されてしまい落胆したらしい。
本作、「魂を漁る女」はマゾッホの最高傑作の一つとされている。2部からなる長編で、文庫版で550ページほどである。読む人がそうはいると思えないので、内容をネタバレで書いてしまうと、舞台はウクライナ・キエフを中心に起こる。主人公の貴公子ツェジムの幼なじみ「ドラゴミラ」(凄い名前!)は氷のような美貌を備えた長身の絶世の美女であるが、キリスト教のカルト教団に属していた。その団体は、堕落した人、もしくは団体に敵対する人間を、拷問のうえ殺害することで魂を救うという(オウムのポア思想に似た)狂信的集団であり、ドラゴミラはその実行部隊「魂を漁る女」であった。ドラゴミラはキエフの放蕩伯爵ソルテュクの殺害を目指すが、女としての純粋な愛をツェジムにも感じ、そして暗黒的な愛情、似たもの通し相愛としてソルテュクにも惹かれる。しかし、ドラゴミラは教団に徹底的に身を捧げており、ソルテュク伯爵を拉致したうえ結婚し、数日間の悦楽を楽しんだうえで、自ら伯爵を生け贄として殺してしまう(このあたりがクライマックス)。最後は、ドラゴミラの正体に気づいたツェジムと、彼を心から愛する聖少女アニッタによって追い詰められ、アニッタに射殺されて話は終わる。ドラゴミラの美貌の描写が細かく、マゾッホの「毛皮」「スウェード」好きがくどいほどに描かれている。このドラゴミラの個性が強烈で、決して男性に媚びず、自分の美貌と気高さのみで男を手玉にとる。それでいて、ツェジムと相愛のアニッタに嫉妬し、そのことで自分の気持ちを知ったりと普通の女性っぽい面もある。いわゆるツンデレなのだ。しかし自分の立ち位置はあくまで「女王様」であり、それを崩すことなく最後をむかえるのがなんとも潔い。人間には誰にも表と裏の2面があり、臆することなくそれを描きこんでみせたマゾッホは現代社会でもっと評価されてもいいと思う。サド文学はあまりにも痛すぎて、読んでいて疲れるのだが、自分にはこちらのほうが趣味にあっている(Mというわけではない)。日本で手に入るザッハー=マゾッホの文庫は少ないようだが、集めてみたい。

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