Wilhelm-Wilhelm Mk2

B級SFからクラシック音楽まで何でもあり

偽装

2007-11-30 | Weblog
マクドナルドも偽装していたそうだけど、都内4店のうち一番悪質だったのが、母校の目の前の店舗でした。食べてましたよたっぷりと。別にお腹壊さなかったけどね。こうやって色々と発覚しているわけですが、なんだかマスコミが自分たちの捏造やら偏向報道ぶりをかわすために、食品業界の内部告発を煽っているのではないかと勘ぐったりします。これだけ多くの大会社で常態化してるわけだから、小さな店とかを漁ったら一体どこまで噴き出してくるのか・・。食の安全を見直す良い機会だとは思うけど、消費期限のあり方とか、制度そのものも見直したほうが良いかもしれない。まだ食べられるものを売っていたのだから、ある意味「地球に優しい」所行なわけなのだが・・・。これから、さらなる安全性の確保のために、食品の値段は上がって行くだろうと思う。しかし、人が自分の人生を丁寧に省みたとき、こういった偽装問題に本当に意見を言える資格を持つ人間って果たしてどれだけいるのかなとも思う。誰でも少なからずインチキとかしたことあるでしょ、自転車を置いてはいけないところに止めたりとか。とはいっても、ものには限度があるので、正直者がバカを見るような世の中になるのを少しでも阻止するには、法を整備して、それに従っていく社会にするしかないわけだ。人間は性悪だから仕方がない。問題は法律を作ってる奴らなんだがなあ。

防衛省の守屋容疑者。あんな無愛想な顔していて、接待魔で男芸者だったとか。江戸時代でいう「越後屋」とか「大黒屋」という役割か。海外勤務なし他省庁への出向なしという経歴で、トップになれたのは異例らしい。やはり登りつめるためには媚びへつらいが必須ということ。どこでも一緒だね。容疑者の夫人は、防衛官僚の奥様方だけで作る「美鳩会(みはとかい)」という会で権勢をふるっていたらしいが、職場内でそういった集まりってのがあるというだけで、私としては蕁麻疹ものだ。

またまた脱線だが、人の性分なんてなかなか変わらないと思う。「分かり合う」という作業も大事だと思うが、人生は有限なのだから、初めから分かり合える人を探して付き合った方が有意義だと思う。誰とでも仲良くしなきゃいけない法律があるわけでもないし。まあ社会的に迷惑をかけないレベルでだけどね・・・。

アレクサンドル

2007-11-28 | Weblog
どうも、今回のドレスデン・シュターツカペレの評判は芳しくない。メルクルが来日中止で、その波紋なのかと思ったら、オケの機能に問題ありという意見を友人から聞いた。春に現地で聴いたときは、ゲヴァントハウスよりは感動しなかったな。逆にゲヴァントハウスが予想以上の巧さで吃驚した。

今日は都響の定期を文化会館で聴いてきた。最安席のテラス。デプリースト指揮で、曲はスクリャービン「夢想」、モーツァルト「プラハ」、プロコのカンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」。全体を通して締まりのない演奏会で、ブラボーも起こらないし、拍手も薄かった。メインのプロコは、映画音楽のサントラでソビエト共産党に媚びたロシア賛美の曲だから根本的に芸術的な深淵さはない。だからこそ、プラハあたりできちんと実力を見せて欲しかったが、弦楽器も管楽器も集中力が散漫でよくミスするし、アンサンブルが転ける箇所が多発。褒める処はありませんでした。プロコの合唱は二期会だったのだが、これはよかった。さすがだ。ソロの竹本女史も艶のある声でよかった。来年のインバル・マラ8でも登場するらしい。8番は生で聴いたことないので是非聴きに行こうと思っている。

ギャン

2007-11-27 | Weblog
濃密な連休と月曜日でした。安易に日記風に(書きたいことは沢山あるのですが)
初日、長老格の先輩による発表会の手伝いに行く。ステージ担当だったのだが、久しぶりにピアノを押したけど重いの何のって。ピアノはスタインウェィだった。そういえば、べーゼンが会社ごと売却されるとか。ヤマハが名乗りを挙げているようだけど、どこが買い取るにせよ、銀行みたいな合併名前をピアノには彫って欲しくものだ。終演後は、沢山集まった大先輩達と打ち上げに参加。全く面識がないのに、楽器の話を持ち出すと芋づる的に人間関係があらわになっていくのが、アマオケ業界の恐ろしさ。ゲストにチェコpのホルン吹きがいらしていた。主催者の方の親友で、来日公演中だが降り番だったので駆けつけたとか。綺麗な英語でスピーチしてくれた。やはり欧州のインテリは違う。物腰も紳士だしなあ。日本人ではとても及ばない高み。
2日目:仕事をしに出勤。仕事といっても本業ではなく頼まれた講義の資料造り。夕方、これまた偉大なる先輩夫妻からお呼びがかかり、美味しい食事とワインをごちそうになった。室内楽を愛好する先輩たちの集まりなのだが、腕も楽器もプロ級、というか本当のプロの人も入ってる。会社でも重要なポストで世界を又にかけて飛び回ってるのに、よくもここまで音楽に入れ込んで、あそこまで弾けるものよ・・・と感動。楽器の話、プロ奏者の話、録音の話、ワインの話、料理の話・・・最後には演奏付きという贅沢な時間を頂いて日を超えて帰宅。
3日目:これまた偉大な直属先輩の家で、昼間から大宴会。個々に持ち寄った音楽DVDを鑑賞しつつ、徹底的に飲むという会。10時間連続で飲んで聴いた。もうここ10年くらいの慣習だが、本当に時間の経つのを感じない飲み会というのは、この会だけだと思う。カラヤンビデオ、ウィーンフィルビデオ、オペラ、最近来日しているドレスデンのビデオ、そして過去の自分たちの演奏会のビデオを次々に鑑賞。上記のスーパープロの演奏を見た後、自分たちのビデオをみると、殆ど「静止画」にしか見えない。一生懸命弾いたはずでも、まったく動いてない。動けばいいってものでもないのだが、感じている、思い描いている音楽のスケールが象とアリくらいに違うのだとまたまた痛感。比べるだけ失礼なのだが。お酒はボジョレーを持って行った。樽だしをぎりぎりまで待ったという熟成感のある作品ということで、確かに普通の赤といってもおかしくない濃縮度のボジョレーだった。家で飲んだ一本(結構高価)のものと供に、今年のボジョレーは十分に楽しめた。
平日:頼まれていた講義は午後と思いきや、午前中だと悲鳴の電話が。驚いている暇などなく突風のように家を出てタクシーを体を張って止め、大学まで疾走してもらう。奇跡的に10分遅刻で始められた。電話だけでの口約束だったので、伝達ミスが生じたようだ。きちんと前日なりに確認すればよかったと反省。昼にイタリアンのコースをご馳走になり(アルコール付き)、早めに帰宅。ガンダム・オリジンの最新刊が発売されていたので買って帰り、ニート気分で夕日の差し込む部屋で読む。テレビ版とは話の流れが随分変わってしまったのだが、今回の巻の最後でマクベ閣下が殉職された。策士中の策士でありながら、ちらりと男気のあるところを見せるマクベ様は、昔から人気のキャラだが、オリジン中でも文明に対する己の美学論などを全面に押しだし、敗戦の責任をとってギャンを駆って敵陣に突入するなぞという、戦国時代の合戦のような描写に、ガンダム的には違和感を感じつつも燃えました。破壊された中欧の街並みを背景に佇むギャン。脱出した部下達のシャトルを見送ると、ギャンごとザブザブと入水し、連邦軍の水上艦隊を道連れに水爆で自爆という最期は、新たなマクベ伝説の始まりと感じた。

KY

2007-11-25 | Weblog
空気嫁
基本的に何かを「主催」しちゃうアマチュア人間にはこの手の人種が多い。

メソード

2007-11-24 | Weblog
 私の好き好む芸術家は大抵「弟子をとらない」。フルヴェンもバックハウスもひたすら自分の演奏に時間をつぎ込み、講習会を開いたり、アカデミーを設立したり、解釈本を書いたりはしなかった。思うに本当に一級の人間とはそういうものだと思う。中途半端な2流ほど、そういう「2次産業」に手を染めると思う。有望な若手の発掘のためというが、自分と同じレベルの中途半端な仲間を数多く掬いあげては、世の芸術水準の平均値を下げてるだけと思う。ここ最近のコンクール勝者から、ぶちぬけた才人が全く出てないのもそういうことだと思う。日本には「サイトー指揮法」なんてのがある。素晴らしい本だと絶賛している評論も多いが、実際に、日本の指揮の先鋭を担った近衛や朝比奈は、サイトーのことを歯牙にもかけなかったらしい。大体、斉藤某は、現役自体にどの程度の演奏をして、一体どのぐらい聴衆を沸かしていたのか?目にする記録はただ教育者としてだけだ。教育者と書けば響きもよいが、教える人間のレベルは一体どの程度のものだったのか?知りたいものだ。教育者と奏者は別だというが、現在の弟子達の小粒レベルを見れば、根本の力量は一目瞭然だ。フルヴェンもトスカニーニもワルターもクレンペラーもクナもテンシュテットもベームもカラヤンも・・・そんな「指揮法」とか「指揮科」とか「指揮コンクール」なんかには全く関わっていない。もっと言えば、ベートーヴェンやモーツァルトの時代には、そのようなメソードは存在しなかった。にも関わらず大音楽家が存在していた。おの逆説をどう解釈すべきか?メソードがない時代ほど傑物が存在し、メソードが確立すると才能ある人間が底をつく。思うのだが、音楽に限らず、どの分野においても、還元された言い回しというものには、伝えるべき真実の微量しか含まれてない。過去の大演奏家、大音楽家は、自分の感性だけを武器に、魑魅魍魎の跋扈する荒波激しい世界も中に飛び出し、自分の力で切り開き、独自の世界を磨き上げてきたのだ。だからこそ、そえらの作品は、時代を超えてヒューマンビーイングの本能に訴えかける真の響きがあるのである。近世になると、トップになれない中途半端な能力の輩が、てめえの名前を冠したコンクールや講習会を周囲の旗持に煽られて開き、これまた、たいして才能のない若者を「見いだしては」銭を巻き上げてるのだ。あくどい詐欺である。これからどの分野でも名手や大演奏家なんてものは出現しないだろう。なにごとも平等に、フラットに、わかりやすくした結果がこれである。世界の文化は飽和点を迎えただ形骸化するのみだ。世界の終わりはもうすでに始まったのだ。

美し国

2007-11-19 | Weblog
三重へ行ってました。
あまり行くことの無い県なので、出来る限り動いて名所を見てまわりました。桑名の六華圓(コンドル設計の洋館)、津、伊賀上野の城郭(藤堂家の城郭)、赤目温泉、四十八滝、伊勢神宮、鳥羽水族館等々。どれも素晴らしかったのですが、やはり自然(滝巡り)が最も心に残りました。往復4時間のハイキングなのだけど、観光客による渋滞をおそれて、早朝に出発。殆ど人と出会わない状態での渓流散策を満喫しました。空気が本当に美味しかった。植物の香気成分は本当に人の心を癒します。水も澄んでいて魚もよく見えたし。沢山見えていた魚は、ウグイかアブラタだと思われます。私は物心ついたころから淡水魚を観て育ったので、日本の淡水魚にはなかなか自信があります。まあ人生もそれで踏み外したようなものだし。紅葉はもう1週間ほど後が全開のようだったけど、それなりに燃えていて楽しめました。伊勢参りは二度目なのですが、やはり赤福がなかったのが残念。赤福のおいしさは誰もが認めていると思うので、きちんとした態勢に戻して復活してください。鳥羽ではミキモトの真珠島がなかなかよかった。真珠作りは、絹、蜂蜜とならんで生物そのものの生産力を利用した産業で、生物を扱うための微妙なさじ加減の工夫に惹かれます。鳥羽での夕飯は、漁師の人が開いている店で貝づくしを賞味しました。サザエ、大アサリ、ヒオウギ、ホラ、アコヤ、そして蒸し牡蠣のてんこ盛り・・・。当分貝はいらないぞ・・・。一つの県をぐるぐる回って堪能するのはなかなか楽しいものです。一年に一度はこうやって知らない県を探検に行きたいものです。

数値化される感性

2007-11-15 | Weblog
視聴率が良い例ですが、最近の世の評価はなんでも数字です。いい作品を作る、提供するということでなく、どれだけ注目を集めたか、どれだけ客を集めたかだけです。映画も公開時の動員人数が何位とかばかり宣伝して、その作品のどこが画期的なのかとか、素晴らしいのか全然説明しない。視聴率も、いい番組だから視聴率が集まるのでなく、事前の宣伝による話題性だけで変動しているだけ。もともと視聴率は良い作品を見分けて、次へ活かすためのものだったのに、今では社内での競争(内ゲバ)の道具に堕しました。


科学の世界でも同じです。最近、人間の感性をなんでも数値化しようと躍起になっています。味覚、聴覚、触覚・・・そして、それをもとに感性を再構築しようとしています。それでは、数値に頼らず感性だけで作られてきたこれまでの芸術は一体なんだったのでしょうか?ギリシャ彫刻とか古代ローマの遺跡は?寿司屋の職人さん達は?人間が人間たることをもっと考えたほうがいいと思います。数値化して分析しないと先に進めないというのなら、人間の文化はすでに飽和しているということです。世界の終わりです。

誰もが幸福な社会なんてありえない

2007-11-14 | Weblog
記事の題名だけ読むと、なんと鬼畜な所行だ!と憤るが、内容をよく読むと患者も患者でとんでもないDQNで、周りに迷惑をかけていたことがわかる(公平に言えば、これも一つの報道で、どこまで本当かわからないが)。他の記事によると、入院費用も払わないわ、部屋は占拠するわで(ということは、入院しなくてはいけない人を妨害しているわけだ)、病院側としては「じゃあ、どうすればいいんですか!」という感じか。病院も商売だからなあ。これは、生活保護のお金を内縁の妻がくすねていたんだろ?
 しかしこういう事件って、資本主義社会がある限り、絶対にどこかで発生する事件なんだろうなあ。六本木ヒルズで毎晩ドンペリ飲んでる人間がいる限り、そのビルの高さぶんだけ地面より下の貧しい人も存在しなきゃならないわけで。まあ共産社会だったらだったで、労働力にならない病人は即処刑かもしれないけど。

Bromfmanを聴く

2007-11-12 | Weblog
オペラシティでの演奏会。ブロンフマンとの出会いは、春にウィーンでウィーンフィルの定期を聴いた時だった。ベートーヴェンの1番を弾いたのだが、音色のふくよかさと技巧の正確さに惹かれて、一気にファンになってしまった。それまでも名前は知っていたが、あそこまでの大家とは認識していなかった。というわけで、今回の演奏会もチケット発売と同時に購入。オペラシティの市民席(天井桟敷)は舞台の半分も見えない劣悪環境なので、S席で聴きました。今日のプログラムは、これまた玄人狙いの曲ばかりで、

ベートーヴェン:ピアノソナタ第13番「幻想曲風」
シューマン:幻想曲
ラヴェル:夜のガスパール
バラキレフ:東洋的幻想曲「イスラメイ」

前半は浪漫で後半は技巧中心という構成。ウィーンでは楽友協会のバルコニーから観たので、体型があまりわからなかったが、とにかく今日の最初の印象は「太りすぎ!」。50歳前で、あの体型は超メタボどころか激肥満。その体重をいかした重量奏法でスタインウェイから紡ぎ出される音は、オイストラフのような暖かく輝きのある音色。隠れた名曲13番ソナタ(月光ソナタと対の曲)を幽玄に弾く。2曲目のシューマン、マーチ風の2楽章で大盛り上がりになるが、なんと最後の和音を見事に外す!それまでの(その後もだが)の超絶技が凄かったので、笑ってしまうほどのミスタッチだった。それでも全く動じることなく3楽章を耽美に弾ききる。後半、ガスパールはラベル的フランス風を見事に演出し、これが今日の演奏会で一番よかったかもしれない(曲のもつ精神性、奥深さも併せて)。最終曲。バラキレフ(ロシア5人組、チャイコの先輩)作曲の、超絶技巧曲「イスラメイ」を超大爆演で突っ走る!とにかく音量が半端じゃない、踏み込むペダルと叩きまくる和音連打でピアノが揺れる揺れる。ピアノ演奏の一つの極地を観た(聴いた)。あれだけ弾いても本人はケロッとしていて、アンコール開始。一曲目はシューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」よりフィナーレ。これもシューマンらしい絢爛和音の畳みかけで、会場は大喜び。続いて、なんとプロコの「戦争ソナタ」から第3楽章。あのマシンガン掃射のような打ち込みが大音響で響き渡る。この時点で、もう会場は昂奮のるつぼ、誰も帰らない。そして、なんと最後は、スカルラッティのソナタで静穏に締めたのだ。どうだ?爆演だけじゃないんだぞ?という心憎い一曲。完璧でした。終演後、サイン会も開催。バラキレフのCD(今聴いているが、やはり凄い)を買ってジャケットにサインをいただきました。(素晴らしい演奏だったと伝えて、ありがとうと言って貰いました。)あの世代では、間違いなく世界のトップなのではないだろうか?ウィーン、ベルリン、ニューヨークの大都市の常連だ。新しい追っかけの対象が出来て嬉しいものです。あの巨漢とテクニック・・・ドイツの大ピアニスト・ギーゼキングと重なりました。

曇った週末

2007-11-12 | Weblog
 何も予定がない(入れない)週末だったのだが、色々と出かけてドタバタしていた。
飯田橋にある印刷博物館の展覧会「百学連環」を観てきた。いわゆるトッパンホールの地下なのだが、書物好きには垂涎の展示ばかりするので大好きな博物館だ。今回の展示は、西欧、東洋の様々な博物学関係の書籍が揃っており、ずっと眺めていたい稀書ばかりだった。詳細は省くが、とにかく図版が素晴らしい。過去の百科事典の図版は、どれも驚嘆すべき精密さてあり、それに加えて芸術性も兼ね備えている。昔は写真なんていう便利ものがなかったわけで、図版は全て、版画(銅版画やエッチング)によるもの。写真を越える写実性に驚く。私も昔、銅版画をしたことがあり、実は今やりたいことの筆頭でもある(油絵はむいてないと自分では思う。)現代は、デジカメとフォトショップで素人でも簡単に図入り文章が作れる(このブログのように)。しかし、短時間で何でも出来る反面、ものの本質をきちんと観ていないのだろう。そして、そんな稚拙な観察をもとに書かれた文章など、後世の人の心をくすぐることは決してないのだろう。

消音楽器を手に入れた。買ったわけではなく、後輩から借りた(預かり)もの。演奏会などには到底無理だが、アパート内での練習には使えそうだ。指がふやけるのをふせぐ手段になればと。

「黒死館殺人事件」を読み終える。結末は二転三転しながらも、まあ予想の範囲内で、一世代前の探偵小説の範疇であった。しかし、ストーリーの10倍の物量はあるであろう黒知識の積層は、この本を今後、西洋異端学の巨大なリファレンスとして活用するのに重宝するであろう。登場した書物は全て再確認する予定である。次は「ドグラ・マグラ」。同作者の「少女地獄」を105円で手にれたので、こちらから読むかもしれない。


小澤征爾「僕の音楽武者修行」
フルトヴェングラー「音と言葉」

著作を比べても、レベルの差がはっきりしていますね。

哀しいね

2007-11-10 | Weblog
ついにここまで来たか。ブロンズ像くらいならともかく、彩色されたフィギュアとは・・・それも28000円。こんなことしてフルヴェンが喜ぶとでも思っているのかね・・。宗教も最初は純粋なんだろうけど、こうやって後世の人間によって歪められてきたのだろう。
こんなもの買うなら、フルヴェンの著作でもきちんと読めよ。(「音と言葉」。難解なので、そう簡単には読解できない)

稀書・奇書・異端書・発禁本

2007-11-09 | Weblog
 こういうのに弱いです。今、日本三大奇書なる「黒死館殺人事件」を読んでます。読み通すだけで困難ということです。実際、なかなか手強い。なにせ戦前の本なので、全て「正漢字」なのですよ。正漢字の文体を読むのは、リラダンの斉藤訳「イブ」以来です。しかし、慣れてくると正漢字の美しさと奥ゆかしさに見とれます。日本語の持つ、記号的な漢字と柔らかな平仮名とのミックスは、世界でも例をみない芸術的な文体だと思います。これまでにも錯綜した内容の書物ということでは、レム、ディック、ギブスンを読んできました。そのお陰で、読み進めない本には、ある程度耐久力が身に付いているのだけど、この「黒死館」の場合は、内容よりも作者・小栗虫太郎の無限の知識に圧倒されっぱなしです。西洋紋章学、悪魔学、占星術、錬金術、古典音楽、宗教歴史・・・。作者が33歳の頃、つまり今の私ぐらいの時の作品なのですが、伽藍のような小栗氏の知識量に比べたら、私の知識量なんて所詮パン屑程度ですね・・・。それでも、澁澤先生のお陰で、既知の単語をいくつか散見できるので助かってます。なんとか今週中には読了できるでしょう。本書の中には、大量の洋書が引用されるのですが(奇書が奇書を紹介する!)、一体どのくらいが本当に実在する書物なのかわからないようです。(調べているサイトがあります)時間があったら、自分でも調べてみたい。しかし、「黒死館」が終わったら、読むと発狂するという三大奇書のもうひとつ、夢野久作「ドグラ・マグラ」が待っています。

異端書とか発禁本で検索すると、やはり主力はエログロですね。そういうのばかり集めている図書館とか、サイトがあるのですが、気持ちはわかります。読んではいけないとか、100冊だけ刷って以後絶版とか、内容と関係なくその煽り文句に惹かれます。といっても、私の場合は当分ブックオフ通いになるのでしょうが。

身近な疑似科学

2007-11-07 | Weblog
ちょっとしたことで「アルカリイオン水」を調べてのだけど、膨大なヒット数に驚いた。製法は水道水を電気分解して、陰極側を採取するとか。原料には乳酸カルシウムを添加しても良いらしい。まあカルシウムやマグネシウムは陰極側へ移動して、加水分解してアルカリ性になるね。でもこれって、ただの「硬水」なんじゃないか?つまり、エビアン。でもアルカリ性といっても、胃に入った瞬間に、胃酸であっと言う間に中和されてしまうけどね。胃酸過多の人にはいいのかもしれないけど、胃酸って強力なんだが。そういや、体をアルカリ性に保つとかいう恐ろしい文言を観ることがあるけど、体内pHが簡単に狂ったら人間は死んじゃうよ。そうならないように、細胞は厳密にpHを調節しているわけなんだが。マイナスイオンとかもあるね。イオンはプラスかマイナスしかないのだけど(普通の状態)、何のイオンなのかが問題で、商品のどこにもそれについては明記されてない。他にも、活性水素水とか、プラチナ水とか、なんだか法に触れない限りにおいてやりたい放題なんだけど、まあ小麦粉でも信じて飲めば効果があったりするから、いいのか・・・でも健康食品を食べて健康になってる人をみたことがない。不健康な原因はもっと他にあると思うのだが。たとえばラーメンで汁を全部飲むとか(塩分取りすぎ)、市販の量産弁当を食べ過ぎとか(劣化油の摂取)。

強化マウス登場!6時間走り続ける

2007-11-06 | Weblog
「私の肺は強化されています」byロザミア

ついにここまで来たか。遺伝子操作マウス
乳酸産生を押さえて、持続力を強化して6時間走り続けるとか。
さらに生殖能力も高く、寿命も長い。凄いな。
SFによく出てくる「超人類」、ガンダムの「強化人間」への第一ステップだな。
そういや「ヒトラーの予言」なるものに、人類は2040年(うろ覚え)に、
生物として次ぎの段階に進むとか書いてあったな。


でも、骨格とか筋肉とかどうなってるのかな、
走り続けることはできても、骨ぼろぼろとか、筋肉血管ズタズタとか。
(疲れるってのは、自己保存の一つだしね)


それにしても凄い世界になってきたな。
そろそろ「世界の終わり」が見えてきたか?