Wilhelm-Wilhelm Mk2

B級SFからクラシック音楽まで何でもあり

今年の終わり、世界の終わり

2008-12-30 | Weblog
今年も終わりですね。
今年は人間として1つのクライマックスだったと思います。生活も人生観も一変したし。演奏会には5回出たか。弾いた曲も多岐にわたっており(歌付きが多かった)、エキストラ参加した団体では、新たな知り合いができたりと、なかなか潤った1年でした。

しかし、世界の流れに対する猜疑心は深まるばかり。来年はもっとどす黒くなるでしょう。進行している事象には全て裏があるのです。世襲による貴族化、世代間格差、温暖化利権・・・。ティモシーリアリー曰く「権威を疑え」「自分で考えろ」。
来年は世界的な暴力革命の年になると思っています。すでに中東が炎上し始めましたね。日本にも大きな転換を期待したいものです。

X

2008-12-25 | Weblog
なにげに毎日50人くらいの方がここを覗いているのですね。

Xマス:本来の意味は「キリスト・ミサ」らしい。ローマ教皇のお言葉「現代の消費社会の中で、この時期が商業主義にいわば「汚染」されているのは、残念なこと。」 まあ仰ってることはその通りだと思うのだけど、バチカンの収入にもクリスマス特需みたいなものがあるのでは?宝石まみれの高価そうな服を着てる我が身から正そうではないか。

 そういえば、キリスト様は生粋のユダヤ人(黒髪、有色肌)なのに、欧州で描かれるキリストの画はだいたいが白人仕様。この辺りを白人の方々に突っ込むと、一様に困った顔になります。さらに生々しい話をすると、マリア様って結婚前に聖霊を宿してキリストを産んだことになってますが・・・、これは古事記レベルの神話にしかすぎないように思えます。が、キリスト教徒としては、この「処女受胎」だけは何としても認めないといけない。でないと、神の子たるキリストが、私生児ということになってしまうからです。私生児では神の子たる資格はない・・・というあたりに人権的な差別思想が感じ取れます。さまざまな人権が語られる今、マリア様とキリスト様の人間としての復権があってもいいと思うし、そこにこそキリストが言いたかったことの本質があるように思うのですが?

 さて、こんなめでたい日に、私はBaSO4を飲んで転がってました。まあ、それだけで終了というわけにもいかず、ギンブラとかしてみました。不況のためか街路の飾りも地味な感じ。一応ケーキなんかも買いました。それなりの価格のケーキは、悔しいけどそれなりに美味しい。ああ、ミニマムライフ・・・。

週末:頭痛外来で再診。午前中に診察を終えるために早朝から座り込みで並ぶ。血液検査は異常なく、このまま予防薬を継続。なかには予防薬が効かない人も多いらしく、症状としてはましな方らしい。診察時間はたった30秒。「どお?」「いいねえ」「じゃ、続けよう」「今度MRIとっておくか」「よいお年を!」終了・・・。予防薬の1つにリボリトールというのがあるのだが、これは抗てんかん薬でもあるらしい。飲むと猛烈に眠くなります(就寝前に服用とあるのもそのためか?)。「てんかん薬」・・・脳みそにダイレクトに作用する薬というのがわかる。これも一種のチューニングなんだろうか?日曜、大学時代の後輩夫婦が来訪。濃密かつ濃厚に楽しむ。月曜、高校の友人達と飲む。4年ぶりくらいの友達もいたけど、そんなこと微塵にも感じさせない。高校時代の友人はやはり特別な何かがある。皆、家が遠いので10時には解散して帰宅の途につく。朝まで飲むなんて永遠にありえない。

飯島愛死亡:もともと長生き出来そうには見えなかったが・・・発見時は死後1週間ぐらいたっていたとか。色々な意味であれだけ多くの人に観られてきたのに、最後は看取る人もなくですか・・複雑です。

障害者郵便割引・8割が不正利用 2年間で46億円被害:障害者を装ってのタクシー乗り放題とかもありますね。この手の不正による損害を累計すると馬鹿にならない額になると思う。踏み込みにくい領域だけど、きちんと見直して、本当に保護が必要な人にお金が廻るようにして欲しいものです。大学の授業料免除とかまさにそう。車を乗り回してる金持ちの息子が、自営業だからって全額免除とかありえないでしょ?

自己防衛

2008-12-19 | Weblog
 インフルエンザの予防接種を受けた。ちょっと出遅れた感はあるが、満員電車で通勤する身分なのでやらざるをえまい、赤子を持つ身としては。予防接種って保険適用外なんだな・・・。知らなかった。

 とある検索で、こういうブログを見つけた。エリートコースを歩んでいた夫婦(小さな子供あり)が、不意なきっかけで二人とも鬱に陥ってしまう過程が奥さんの筆で非常に生々しく書かれています。筆者は、博士課程に在籍していただけあって(その最中に発症。原因は無責任な指導教官)、かなり聡明な感じで、語り方がうまい、かつ絵も上手(味がある?)。そのため、読んでいてどん引きするような暗い気分にこそならないのだけど、どういう言葉・状況が人の心にダメージを与えるのかが克明に、かつリアルにつづられています。・・・人の心は本当の意味で「壊れる」んだなと。心が弱るとかのレベルではなく、肉体的にも心理的にも、普通にあるべき能力が削がれて別人になってしまうのです。この方の話のなかでも、体重減少による血流不足で鼓膜の筋肉が弱くなり、耳が聞こえなくなってしまったことや、これまで忘れ物などしたことない旦那さんが、若年アルツではないかと思うほどに物忘れやミスを連発するようになったこと、さらには電話の応対もできないほどに論理的な会話ができなくなってしまうことなどが書かれています。
 
 まじめな人ほど、完璧主義な人ほど鬱病に陥りやすいということが良く言われます。実際これは本当なんだろうけど、だからといって、そういう人が全員鬱病になってしまうわけではない。発症のきっかけは必ず外からやって来るわけで、病気や不幸を除いて最も遭遇率が高いのが、「不条理な上司」と「理解力に欠ける親族・家族」なわけです。こういう輩のなかを泳ぎ渡っていくのが人生なんだろうけど、自分が負けてしまっては仕方がない。自己防衛として、こういう外悪には出会わないように気をつける、たとえ出会っても近寄らないこと、避けること、不意の攻撃にさらされても受け流せるだけの柔軟力を常に準備しておくこと(日頃から疲れないようにしておく)が大事だなと思いました。

 私は今のところ鬱病ではありませんが(潜在的な予備軍ではあると認識している)、最近あまりにも周囲の友人知人が倒れていくので・・・。

ACN

2008-12-18 | Weblog
世界恐慌に突入。現在の新卒は第二の氷河期世代になるのか・・・しかしまだ若い。我々の世代を反面教師にしてうまく乗り切って欲しいものだ。

車産業の後退で、仕事方面に思わぬ余波が降りかかった。使用頻度の高い有機溶媒の一つであるACNが世界的な供給不足に陥っているのだ。すでに米国・国内の主力薬品会社では在庫切れとなってしまった。どうやら、供給源が車のバンパーあたりの材料となる樹脂の副産物だったらしく、車の製造がダウンしたため、ACNの精製プラントもストップしてしまっている状況らしい。早い段階で情報が入ったので、いくらかは買い置きしたが・・・出口の見えないこの不況下で何時元通りになるのかは非常に不透明。純粋に合成する方法もあるようだが、コストがかかるだろうなあ。

日本テレビがノア中継停止:プロレスそのものが終焉を迎えつつあるので、仕方のないことだろう。

頭痛:予防薬を飲み始めてから発作は起こっていない。脳血管の痙攣的収縮を押さえる薬で、朝夕2回飲まなくてはいけない。確かに頭痛の発作は起こってないし、忘年会(つきあい)で普通にお酒飲んでも大丈夫だったが、時々こめかみに圧迫感を感じる。これって、もし薬を飲んでなかったら頭痛に移行しているのかな?と思うと、まだ当分薬を辞めるのは怖い気がする。医者にも最低1ヶ月、できれば3ヶ月くらいは飲み続けろと言われているのだが・・・。これまで薬を常習したことがないので奇妙な感じである。人間の脳活動なんて所詮は脳内化学物質同士の化学反応にすぎないのだが、毎日一定量の化合物が自分の脳内に送られ、それが作動している状況になって、尚更それを強く感じるようになった。

ヤプー

2008-12-16 | Weblog
徒然短
1)牧瀬里穂が結婚:久しぶりに観たけど、どのあたりで活動してるのかな?それはいいとして、旦那の名前がNIGO(R)。顔はどこからどう見ても日本人なんだが、横文字の名前。最近こういうのばかりだよな。映画のタイトルも絶対にローマ字表記だし。NIGO(R)?二号(右)?二号という漫才の右側の人なのかしら?と思ったのだが、wikipediaで調べたらNIGOの由来は二号であっているらしい。そして(R)は商標のようである。職業はファッションデザイナーでDJらしい。かなり売れっ子らしい。最近、この系の人と結婚する芸能人が多いね。

2)家畜人ヤプー:作者沼正三の正体であるとされる天野哲夫氏が先月の30日(フルヴェンの命日)に亡くなったらしい。ヤプー全編を天野氏が書いたのかどうかは定かではないが(前半は様々な作家(三島由紀夫を含んだ)連作とも言われている)、後半は完全に天野氏の作品らしい。天野氏自身は、昼間は博識で紳士な雑誌の校閲係として働き、夜はヤプーを地でいくような女性崇拝のドMとして倒錯にまみれるという、二面的な生活を送っていたらしい。天野氏によると、占領されながらも白人を崇拝する日本人の姿に、民族的マゾヒズムを感じたのがヤプーを書くきっかけになったとか。

3)YKKK:山崎エロ拓(飲尿)、加藤(へたれ)、亀井(犬殺し)、管(お遍路)か。こういう、賞味期限切れ、消費期限切れの政治家の整理が進むと日本も変われるのだろうがな。

4)自民が公明切りか:古賀発言。公明=創価は公然の事実なわけで、それが嫌いで民主に渋々投票している層も多い。どうせ苦戦は間違いないのだから、自党だけで勝負してみたほうがよい。

5)気温上昇足踏み:ラニーニャのせいとか発表してるけど、そろそろ温暖化詐欺に国民が気付き始めたのを意識しはじめた?太陽の黒点数も、8月以降いまだゼロのままだ。一時的とはいえ太陽の活動が減退して、温暖化どころか寒冷化に入ると推測する科学者もいる。石油もまだまだあるようだし(だって無機由来だから)、数年後にはガンガン石油を燃やそうなんていう「脱寒冷化」キャンペーンが始まったりして。そしてこれが景気回復の特効薬になったりして。

天龍寺

2008-12-15 | Weblog
短く徒然に

1)N響アワーを観た。独立して弾かれる序曲集ということで、レオ3、悲劇的、ロメジュリを放送していたが、ロメジュリは・・・何度も演奏したけど、未だに好きになれないなあ。あのメロメロさは聴いていて恥ずかしくなる。でも指揮が怪物・スヴェトラーノフだったので見応えはありました。あと、ヴィオラの首席だか次席だかの人が、ちょび髭顔にカチューシャをつけていて気になった。ギャグなのか?顔はインディジョーンズ2作目の冒頭ででてくる中国人マフィアの息子にそっくりなんですが。

2)週末:何も予定がない(敢えて入れなかった)連日、土曜日はデパートへ買い物へ行ったのだが、「ミニマムライフ」とか言いながら、ChristmasTreeを購入してしまった。それも結構上等なやつを。「お子様に」とか言われると抵抗できなくなる自分が怖い。日曜日はひたすら子供と遊んだ。日単位というか時間単位で発達していくのがわかって面白い。

3)京都:ちょっと前に大阪へ出張したのだが、仕事は昼過ぎに終わったので、駆け足で京都・嵐山を観てきた。残念ながら、秋の特別拝観の時期は終わっていたので、天龍寺だけを普通に拝観してきた。もう何度も訪れている天龍寺だが、夕暮れ間近に庭を鑑賞するのは初めてだった。淡い光に浮かぶ紅葉した木々とオリーブ色の鏡のような水面が実に見事だった。私としては、日本庭園は縁側に出て鑑賞するよりも、一歩さがって薄暗い部屋から愛でるのが好みである。塔頭の宝厳院も拝観できるとあって、閉園ぎりぎりのタイミングで散策したが、有名なもみじは殆ど散ってしまっていた。しかし、地面に降り積もったもみじが夕暮れの弱光の中に浮かび上がって、幻想的な赤絨毯を作っており、これはこれで素晴らしい眺めだった。

ミニマムライフ、もしくは、サイレント・テロ

2008-12-11 | Weblog
 ミニマムライフという言葉があります。できるだけ節約して無駄な消費を押さえる生活のことです。ここ数年、自分が確立してきた信念がまさにこれです。車も持ってないし、テレビも殆ど見ない。新聞もとってません。服も普段着はユニクロが主力です。CDも検索して図書館で借りているし、映画はツタヤが半額の時にDVDをレンタルで見る。本も古本屋とオークションを利用してできるだけ安く買う。無駄な飲み会はキャンセルする。中途半端な外食はしない。現在、クレジットカードも一つに絞ろうと考えてるし、まだまだ削ったり統合できるところはありそうです。竹中平蔵曰く、こういう生活スタイルは消費活動を停滞させ、結果的に日本を滅ぼすそうです。いや滅びるのは支配層の方々だけでしょ?どうやら、それを意図的にすることを「サイレント・テロ」ともいうらしい。これまで一方的な搾取の上にあぐらをかいてきた連中に、静かなる「不買運動」で一矢報いるということです。ネットでは結構これが奨励されていて、実践している人が多いのですね。いやいや、確実に効果を顕してきてるよ。外資金融、不動産、車メーカー、大手家電メーカー、マスコミ・・・大変なことになってきています。まあ、はっきり言って「ざまあみろ」というのが私の本心でもある。これまで、無茶苦茶やりすぎていたんだよ。これからは、当たり前だけど、安くて良いもの、人間味が感じられるものだけが売れるのです。今後は、安っぽい芸能人を多用した宣伝や煽り文句には騙されない。「それが何か?」「死ねばいいのに。」でおしまいです。
 低消費は低炭素社会に貢献するわけで非常にエコ的です。京都議定書マンセー!海外からCO2排出権を買う必要もなくなるでしょう。それに、ミニマムライフは無駄を徹底的に省いて本質の美しさを愛でるという日本の伝統的な美意識を具現化したものでもある。利休もノ貫も天国で喜んでいることでしょう。これから、ますます少子化が進行して人口も減っていくわけだし、長いスパンで見たら本当の意味で日本は成熟した社会へと落ち着きつつあるのかもしれない。既存の価値観が大きく崩れて、新たな社会形式が産まれていく予感がします。

ソニーの対応

2008-12-10 | Weblog
 車メーカー、不動産業に続き、家電メーカーも大変なことになってるらしいけど、中でもソニーが酷いらしい。つい最近、5年ほど使ったVAIO(ノート)が壊れて、その修理依頼の交渉で非常に「いらっ!」とした私としては、この会社は一度経営陣を総取っ替えするなりして、一から立て直す必要があるのでは?と思います。
 そのVAIOがどういう壊れ方をしたのかと言うと、いきなりある日全く起動しなくなったわけです。特別なこと(移動とかインストール)を一切してないのに、前触れもなくいきなりお陀仏したというのにまず驚いた。電源ランプは点灯するので、マザーボード系の故障だろうとすぐに思ったわけですが、あの手この手を試した結果、ごくたまに起動するも物理的ショック(軽い振動)でいきなり落ちたりするので、どこか接触不良かなあとか思ったわけで、とりあえずソニーのカスタマーセンターへ診断に出したわけです(輸送費込みで3000円)。で、数日後にかかってきた電話(無愛想な姉ちゃん)によると、「新しいマザーボードに繋ぐと普通に起動するので、マザーボードに問題があるようです。」・・・以上!!。「マザーボードのどこにどういう問題があるのですか?」「そこまではわかりません」「でもその辺りを解明してくれないと、今後どういう風にパソコンを扱っていいのかわからないのですが。」「現段階ではわかりません」・・・こんな感じの押し問答。これって「胃のあたりが痛いんです」と病院にいって「胃が悪いですね。以上!」と変わらないのだけど。で、結局は「当社の純正でないメモリをご使用されていたので、そのせいかもしれない。」と言われ、「純正品でないと壊れるものですか?」「そういうこともあります。」「4年以上使って問題なかったのですが」「壊れることもあります」また問答。まあオペレータの姉ちゃんとしても、あがってきた報告書以上のことを話しようがないのだろうが、質問には全く受け付けないというマニュアル的態度(早く終わらせたいと気持ちが透けて見える対応)が非常に不愉快だった。新しいボードに交換するなら、もろもろ5万円くらいすると言われたので、もう結構ですということでそのまま送り返してもらいました(HDDの中身は吸い出すできたので、現在バルク商品としてオークションへの出品を待つ状態です)。
 とりあえず、「二度とソニーのパソコンは買わない」という結論です。たった5年で壊れたということより、この「壊れたのはおまえの責任だ、あきらめろ!」的な態度にカチンと来ましたね。毎日使っていたものが突然壊れて困ってるという気持ちをくみ取って、もう少し暖かい対応をしてくれたら、次もSONYで更新しようかという気にもなったかもしれないのに。物を買い換える際って、絶対にその前のものが壊れたり老朽化しているわけで、その時のお客さんの気持ち(不信感、喪失感)をうまくくみ取ってあげないと、新製品への更新に繋がらないと思うのですが。ただ広告費に金かけて、目新しい製品を売りつけるだけの戦法ではもう駄目だと思う。「技術のソニー」なんていう虚構のプライドは捨てたほうがいい。新しいVAIOの宣伝で、ドレスを着た女性が飛行機のファーストクラスで、シャンパン片手にブルーレイを観ているシーンがあったけど、世情をまったく反映してないKY丸出しのCMだなと思いましたね。まあこんなネットの末端で愚痴ってもしようがないけど、こういう体質がソニーの凋落の原因なんじゃないかなと思った事件でした。結局後継機は、米国製の格安ノートにしましたよ。順調です。

ほどほどで楽しく生きられる社会

2008-12-08 | Weblog
短く徒然に

1)親友が家族で来訪:一つのパンを分け合うほどに貧乏学生時代を過ごした二人が、お互いに奥さんと赤子を横において酒を飲むよう(!)になったのは、何とも言えない不思議な気分だった。

2)ムターのモーツァルト:図書館に最近話題になったヴァイオリンソナタ集(4枚組)があったので、借りてみたら大当たりだった。ムターといえばアルゲリッチのVnバージョンのようなイメージが強かったのだが、この録音の演奏は、なんとも端麗で透き通ったモーツァルトだった。ジャケットはビジュアル系なんだが、まあこの方は40歳を越えても、それをするだけの美しさもオーラも自然に纏っているのでOKです。一方、最近化粧品の宣伝に出たりして、ますますKYっぷりが全開の諏訪内女史は・・DVでドロドロの離婚訴訟ですか。どこかで路線間違えたよなあ。

3)亀田2号(タイキ):元ミニマム級王者に完勝!って、3つくらい下階級の年寄り倒してどうするの・・・。結局なにも変わってないんだな。この一族は。

4)紅白に美川とか和田がまた出るそうで。売れてないロートルが、特権枠で出続ける限りこの番組の再浮上はないな。まあNHKそのものが復活することがありえないんだが。

5)勝ち組・負け組とか出来る人・出来ない人とか・・・煽られ格差に社会が疲弊しきっているように思う。ほどほどに仕事してれば、ほどほどに楽しく生きられるという社会を何で目指さないのかね。なんのために心臓動かして生きてるのか冷静に考えたほうがいい。

Opera

2008-12-02 | Weblog
 週末は本番だったのだけど、結果からいうと超がつくほどの大成功でした。開場と同時にお客さんがなだれ込んできて、騒ぎながら席取り合戦をする光景なんて初めて見ましたよ。(出演していた子供バレエのお母様方のようであったが。)でも、ちょっと見苦しいから、指定席制のほうがいいかもね。
 実は完全な通しリハなしで本番を迎えたので、本番中はあちらこちらどうなることか心配で、えらく緊張したのだけど(前日に、譜面灯のもとで弾くことがわかったぐらいだし)、経験豊か(すぎる)指揮者のもと、多くのプロの裏方に支えられて、本番は驚くほどスムーズに通りました。歌劇ならではの歌の切れ目での拍手やブラボーの連発で、弾いている方も観ている方もどんどん昂揚して、最後は大団円で終わり本当に良い演奏会でした。こんな良い曲がこの世にあってもいいのだろうか?と思うくらいの名曲の連発で、改めてモーツァルトの才能に敬服です。こんな曲を1ヶ月くらいでサラサラ書いたなんて!合奏に関しては、綺麗な弱音で軽やかに弾くという徹底っぷりが功を奏して、その点を褒めるコメントが多数届いていた。しかし、自分は練習時より、かなり大きめに弾いたのだけど。というのは、ホール全体を使う演出のため、歌手がえらく遠く(客席)から登場したりするので、ちょっとバスが手を抜く(狼狽える)と音楽が見失われて、リハでは何度か崩壊しかけた箇所があった。バスが音楽の土台だと格言を、身をもって知った瞬間でもありました。そのため本番は、リズムと頭だけはがっちりと出し続けようと努めたのですが、鳴りの遅い楽器の特性上、怯んだらすでにその段階で遅れているわけで、誰よりも先に良い音で飛び込む(飛び出すわけでは決してない)という勇気が必要とされるわけです。気持ちが乗ってくると、この「先陣を切る」ことが堪らなく快感なのだけど、慣れないことに加えて長丁場なためえらく消耗しました。でも大事なところは上手くいったと思います(思いたい)。
 自分にとっては初の全曲オペラだったのだけど、よく云われているように、オペラは交響曲の演奏とは全く違うことを体感しました。オペラ演奏を主の業務としているウィーンフィルが、独特の音色と機動力を兼ね備えている理由が少しだけわかりました。予算の関係上、不可能なのだろうけど、1年に一度はオペラ、もしくはミュージカルの公演があってもいいなあ。このオペラをやりたかった年配の主力団員の方々の打ち上げでの本当に嬉しそうな顔が印象に残りました。