無意識日記
宇多田光 word:i_
 



しかし、では68年の日本にLEDZEPPELINが生まれ得たかというと99.9%無理だった筈。何かが生まれ得る土壌とは同時にソレを受け容れれる土壌でもあるのだ。20世紀末日本という時機だったから宇多田ヒカルは現れ得、瞬く間に現象となり得た。事実CubicUは米で無風だった訳だし。時代の心とシンクロする音楽は自ずと浮上する。15の光は無自覚なままソレを為し得た。今度は自分の事をよく知り周りが見えた上で時代と相対するかも。その為には時代の流れを引ッ掴んで動かせる程の力量が必要だが光なら或いはと思えてくるが1番大事なのは本人にその気があるか否か、だな。


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34年前44年前の今日、同曲がビルボードキャッシュボックス両誌で1位を獲得したそうな。米だけでなく欧州アジアでも(勿論ヒカルにも!)カバーされてるグローバルさはこの曲自体の力を示すものだが、コレと同等かそれ以上に魅力ある歌は日本には幾らでもある。逆にいえばいい曲を作っても広まらないケースが殆どなのだ。宇多田ヒカルだってタイミング次第では未だにマイナーだったかもしれない。いやマヂで。例えばLEDZEPPELINが68年に仮に日本で生まれてたとしても全く浮上しなかった筈。それ程時代地域による市場の嗜好には偏りがある。無事有名になれたsukiyakiや宇多田は幸運な特例なのである。


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