トシの読書日記

読書備忘録

死という絶望

2014-07-04 16:30:55 | な行の作家
中村文則「遮光」読了



ずっと以前に買ってあって、ふと今、読む気になって手にとってみました。



この作家の作品はいくつか読んだのですが、全く発表順で読んでないので、ちょっと頭の中が混乱しますね。本作品はデビュー作の「銃」の次、つまり二作目の作品ということです。中村文則を初めて読んだのは三作目の「土の中の子供」で、これで芥川賞を受賞しています。


さて、この「遮光」ですが、やはり中村文則らしい、恐ろしく暗い小説であります。恋人が交通事故で死んでしまい、その小指をホルマリン漬けにして持ち歩く「私」。しかもその恋人は、勘違いでアパートの隣の部屋に行くはずだったデリヘル嬢というんですから、このつながりの薄さというか、もろさがいかにも中村文則です。


特にストーリーが動いていく話でもないんですが、不思議な力に引き込まれ、一気に読んでしまいました。印象に残った一節を引用します。


<あの時私は、太陽を睨みつけていた。太陽はちょうど水門の真上にあり、酷く明るく、私にその光を浴びせ続けていた。私はそれを、これ以上ないほど憎み、睨みつけていた。その美しい圧倒的な光は、私を惨めに感じさせた。この光が、今の私の現状を浮き彫りにし、ここにこういう子供がいると、世界に公表しているような、そんな気がしたのだった。私はその光に照らし出されながら、自分を恥ずかしく思い、涙をこらえた。それは多分数秒のことだったが、あの時の私には、とても長く感じられた。>


この、圧倒的に明るい太陽に照らされる自分を惨めに感じるという幼児体験がこの主人公の「私」という人間を形成したわけです。最後、死んだ恋人の美紀のホルマリン漬けになった小指を口に含むシーンは、恐ろしく、また、「私」の心情を思うと、なんともやり切れない気持ちになります。



最近の中村文則はサスペンスというか、なんだかそっちの方向へ向かっているという話を聞いたとがあるんですが、なんとも残念なお知らせであります。こういった小説こそが中村文則なんですがね。

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