野呂邦暢「草のつるぎ/一滴の夏」読了
本書は今年3月に講談社文芸文庫ワイド版より刊行されました。14年前に講談社文芸文庫から出版されていたものが絶版となり、今年、ワイドとして再刊されたのです。「ワイド」というのは、従来の講談社文芸文庫より活字も判型も一回り大きいとのことです。比べてみたら確かにそうでした。
とまぁそんな本の型のことよりも、この内容です。やっぱり野呂邦暢、いいですねぇ。この作家は、いつもブログを見させてもらっている文筆家の岡崎武志氏より教わりました。
第70回芥川賞受賞作となった「草のつるぎ」を始め、著者のいわゆる青春時代というものに強い思いを込めた作品が収められています。その「草のつるぎ」の中で主人公の海東が、今まで自分の考えていたことが全くの錯覚であったことを自分で気づくシーンがあります。以下引用します。
<ぼくはかつて他人になりたいと思った。ぼく自身であることをやめ、無色透明の他人になることが望みだった。なんという錯覚だろう。ぼくは初めから何者でもなかったのだ。それが今分った。何者でもなかった。水に浮いて漂っている今それを悟った。>
自分の考える理想と現実の自分とのあまりの大きな差異に強い自己嫌悪を覚え、屈託の日々を送ることに嫌気がさし、自分を変える何かがそこにあるかも知れないという思いと、逆にどうにでもなれというすてばちな気持ちとで自衛隊に入隊し、厳しい訓練を受ける中で、主人公の海東が受けた自分自身による啓示です。
自分の若い頃を振り返ってみると、この海東の思いにはものすごく共感できるものがあります。まぁ自分はここまで深く考えてはいなかったんですが。
諫早の光と風を透明感のある筆致で描き、その真逆に位置する男の屈託と焦燥。ほんと、うまい作家です。
野呂邦暢、どこかにもう一冊あったような気がして探しかけて思い出しました。多分、姉に貸したままのがあったと思います。返してもらって再読してみようと思います。
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