昨晩の第37回東京プリンセス賞。
ボヌールバローズが先頭に立って内に進路を取っている間に外からまっすぐ進んだポーチュラカが前に出てポーラチュカの逃げに。2番手にボヌールバローズで3番手はサーフズアップ。4番手のメイドイットマムとコアリオとスギノプリンセスまでの6頭は一団。2馬身差でインプローヴィングとデザートウインド。3馬身差でラピスアダマンスとエオリエンヌ。4馬身差でフークエンジェル。4馬身差の最後尾にベストホリデーという隊列。最初の800mは49秒2のハイペース。
3コーナーからボヌールバローズがポーラチュカとの差を詰めていって,3番手を並んで追ってきたメイドイットマムとサーフズアップとの差が4馬身くらいに。直線の入口ではポーラチュカとボヌールバローズが併走となり,ほどなくボヌールバローズが前に出ました。ここからボヌールバローズが蛇行したために,メイドイットマムとサーフズアップの2頭は進路の選択に苦慮。最終的にボヌールバローズの外に出すことができたサーフズアップがボヌールバローズを差し切って優勝。ボヌールバローズが1馬身4分の1差で2着。内に封じ込められたメイドイットマムは1馬身差で3着。
優勝したサーフズアップはユングフラウ賞以来の勝利で南関東重賞2勝目。直線で前をいくボヌールバローズが外にいったり内にいったりしたので,進路選択が困難になりましたが,最後の脚をみるとこの馬にはまだ余裕があったようです。結果的に実績上位のメイドイットマムを内に封じ込める形になりましたので,慌ててボヌールバローズを差しにいかなかった騎手の手腕も光ったように感じました。東京2歳優駿牝馬で上位を占めた3頭がここも3着までを占めましたので,結果自体は順当なもの。3頭の能力差はこれまでの結果が示していたほどには大きくないと判断してよさそうです。母の父はゴールドアリュール。
騎乗した大井の御神本訓史騎手は前日の羽田盃に続いての南関東重賞61勝目。第36回からの連覇となる東京プリンセス賞2勝目。管理している船橋の山下貴之調教師は南関東重賞7勝目。東京プリンセス賞は初勝利。
第四部定理五九備考で殴打が徳virtusであるということをいった後でスピノザが示している正確な文言は次の通りです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/34/4b18a4c69b7b8b185d0654eefd7f1357.jpg)
「ある人間が怒りもしくは憎しみから拳を固め,あるいは腕を振り下すように決定されるとしたら,そうしたことは,我々が第二部で示したように,同一の行動がありとあらゆる物の表象像と結合されうるがゆえに起こるのである」。
第四部定理五九は,現実的に存在する人間が受動感情によって決定される行動に,理性ratioによっても決定され得るということをいっています。したがってここでスピノザが示したかった主旨は,現実的に存在する人間が受動passioによって決定される殴打という行為に,その人間は能動actioによっても決定され得るということであって,何が能動であって何が受動であるのかや,何を能動と判断し何を受動と判断するべきかということではありません。しかしここでスピノザが,怒りiraとか憎しみodiumといった受動感情によって決定されるとしている殴打という行為,あるいはそうした受動感情に決定されることによって殴打をする人間の,能動と受動の力関係がどうなっているのかは,恐喝の例で説明したのと同じように説明することができます。
まず最初にいっておかなければならないのは,怒りなり憎しみなりによって,怒っているあるいは憎んでいる対象を殴打することは,それ自体では前提することができません。このことは僕たちの経験によればその通りとしかいいようがありませんが,論理的に確認しておく必要があります。そしてその場合は,第三部定理三九を援用するのがいいでしょう。たとえばAという人間が現実的に存在していて,Bという人間を憎むことによって殴打するということが生じるとすれば,それはBに対して害悪を加えているといえるからです。この定理Propositioは一般に害悪を与えようとするといっているのであって,殴打するといっているわけではありません。ただ,殴打というのは害悪のひとつにはなるでしょうから,このAのBに対する行為はこの定理によって説明できます。憎んでいるから必ず殴打するというわけではありませんが,憎しみによって殴打するというのは,いわば自然現象として起こり得るのです。
ボヌールバローズが先頭に立って内に進路を取っている間に外からまっすぐ進んだポーチュラカが前に出てポーラチュカの逃げに。2番手にボヌールバローズで3番手はサーフズアップ。4番手のメイドイットマムとコアリオとスギノプリンセスまでの6頭は一団。2馬身差でインプローヴィングとデザートウインド。3馬身差でラピスアダマンスとエオリエンヌ。4馬身差でフークエンジェル。4馬身差の最後尾にベストホリデーという隊列。最初の800mは49秒2のハイペース。
3コーナーからボヌールバローズがポーラチュカとの差を詰めていって,3番手を並んで追ってきたメイドイットマムとサーフズアップとの差が4馬身くらいに。直線の入口ではポーラチュカとボヌールバローズが併走となり,ほどなくボヌールバローズが前に出ました。ここからボヌールバローズが蛇行したために,メイドイットマムとサーフズアップの2頭は進路の選択に苦慮。最終的にボヌールバローズの外に出すことができたサーフズアップがボヌールバローズを差し切って優勝。ボヌールバローズが1馬身4分の1差で2着。内に封じ込められたメイドイットマムは1馬身差で3着。
優勝したサーフズアップはユングフラウ賞以来の勝利で南関東重賞2勝目。直線で前をいくボヌールバローズが外にいったり内にいったりしたので,進路選択が困難になりましたが,最後の脚をみるとこの馬にはまだ余裕があったようです。結果的に実績上位のメイドイットマムを内に封じ込める形になりましたので,慌ててボヌールバローズを差しにいかなかった騎手の手腕も光ったように感じました。東京2歳優駿牝馬で上位を占めた3頭がここも3着までを占めましたので,結果自体は順当なもの。3頭の能力差はこれまでの結果が示していたほどには大きくないと判断してよさそうです。母の父はゴールドアリュール。
騎乗した大井の御神本訓史騎手は前日の羽田盃に続いての南関東重賞61勝目。第36回からの連覇となる東京プリンセス賞2勝目。管理している船橋の山下貴之調教師は南関東重賞7勝目。東京プリンセス賞は初勝利。
第四部定理五九備考で殴打が徳virtusであるということをいった後でスピノザが示している正確な文言は次の通りです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/34/4b18a4c69b7b8b185d0654eefd7f1357.jpg)
「ある人間が怒りもしくは憎しみから拳を固め,あるいは腕を振り下すように決定されるとしたら,そうしたことは,我々が第二部で示したように,同一の行動がありとあらゆる物の表象像と結合されうるがゆえに起こるのである」。
第四部定理五九は,現実的に存在する人間が受動感情によって決定される行動に,理性ratioによっても決定され得るということをいっています。したがってここでスピノザが示したかった主旨は,現実的に存在する人間が受動passioによって決定される殴打という行為に,その人間は能動actioによっても決定され得るということであって,何が能動であって何が受動であるのかや,何を能動と判断し何を受動と判断するべきかということではありません。しかしここでスピノザが,怒りiraとか憎しみodiumといった受動感情によって決定されるとしている殴打という行為,あるいはそうした受動感情に決定されることによって殴打をする人間の,能動と受動の力関係がどうなっているのかは,恐喝の例で説明したのと同じように説明することができます。
まず最初にいっておかなければならないのは,怒りなり憎しみなりによって,怒っているあるいは憎んでいる対象を殴打することは,それ自体では前提することができません。このことは僕たちの経験によればその通りとしかいいようがありませんが,論理的に確認しておく必要があります。そしてその場合は,第三部定理三九を援用するのがいいでしょう。たとえばAという人間が現実的に存在していて,Bという人間を憎むことによって殴打するということが生じるとすれば,それはBに対して害悪を加えているといえるからです。この定理Propositioは一般に害悪を与えようとするといっているのであって,殴打するといっているわけではありません。ただ,殴打というのは害悪のひとつにはなるでしょうから,このAのBに対する行為はこの定理によって説明できます。憎んでいるから必ず殴打するというわけではありませんが,憎しみによって殴打するというのは,いわば自然現象として起こり得るのです。