スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

畠中説の不都合&推奨する解釈

2019-06-22 19:06:59 | 哲学
 第三部諸感情の定義一四の安堵securitasと第三部諸感情の定義一五の絶望desperatioは反対感情です。また,第三部諸感情の定義一六の歓喜gaudiumと第三部諸感情の定義一七の落胆conscientiae morsusも反対感情です。このことはスピノザが示した各々の定義Definitioの文言から明白だといえるでしょう。
                                   
 しかし,安堵および絶望と,歓喜および落胆との間には文言に明白な相違があります。安堵と絶望は未来あるいは過去の物の観念ideaから生じる喜びlaetitiaないしは悲しみtristitiaといわれているのに対して,歓喜と落胆は過去の物の観念を伴った喜びないしは悲しみであるといわれているからです。つまりここにはふたつの相違があります。ひとつはものの観念から生じるのかそれともものの観念を伴っているのかという相違であり,もうひとつはそのものが未来と過去の両方と関係するのか,それとも過去とだけ関係するのかという点です。
 僕はまずこの点に,畠中のような解釈,すなわち希望spesから生じる喜びが安堵で悲しみは落胆,不安metusから生じる喜びが歓喜で悲しみが絶望であるという解釈には不都合があると思います。なぜ希望から生じる喜びと不安から生じる悲しみは未来および過去と関係し得るのに,希望から生じる悲しみと不安から生じる喜びは過去だけとしか関連し得ないのかを十分に説明するのが難しいと思うからです。また同様に,希望から生じる喜びと不安から生じる悲しみは,ものの観念が原因causaとなるのに対し,希望から生じる喜びと不安から生じる悲しみの場合には,ものの観念が原因であるわけではなく単に伴われているだけであるのがなぜなのかということも十分に説明することができないと思うからです。
 僕は第三部諸感情の定義一三説明から,希望と不安は表裏一体の感情affectusなので,希望から生じる感情は不安からも生じると解し,喜びは安堵で悲しみは絶望であると解するといいました。少なくともこのように解すれば,畠中説のような不都合が生じないのは確かだといえるでしょう。

 僕はここまでのような区別distinguereの論理によって,「我」はスピノザの哲学においては形相的にformaliter存在すると解します。いい換えればスピノザの哲学は人間の身体humanum corpusが形相的有esse formaleであるということを排除しない哲学であると解します。ですが,もしスピノザの哲学に触れて,「我」というのは形相的に存在するとスピノザは考えているのだろうかということを疑問に感じるのであれば,これとは別の解釈を採用することを僕は推奨します。
 第二部定理一三系は,人間は精神と身体とからなっているhominem Mente, et Corpore constareといっています。僕はこのとき,身体と精神は区別され得る別のものであり,各々が別個のものとして存在すると解するのです。ですがこれは,人間という単独の事物が存在して,それはある観点からみれば人間の精神といわれ,それと別の観点からみられるなら人間の身体といわれるというように解釈することも可能です。僕が推奨するのはこの解釈です。すなわち精神と身体を別個の事物と解するのではなく,同じ事物の異なった側面であると解する方法です。喩えとして適切であるかは分かりませんが,円柱というのは上部からみれば円であり,真横からみると長方形です。これと同じように,人間には客観的側面と形相的側面があるのであって,それが客観的側面からみられたときは精神としてみられ,形相的側面からみられたなら身体としてみられるというように解するのです。これはいってみれば身体と精神を区別され得る別個のものとみるのではなく,同一のものを異なった観点からみているわけですから,真上からみようと真横からみようと円柱が円柱であることに変わりはないように,形相的観点からみられても客観的側面からみられても人間は人間であるといっているので,真上から見た場合の円と真横からみた場合の長方形というのが実質的に無効な区分であるように,精神と身体との区別を無効化してしまうような解釈であり,思い切った解釈であると思われるかもしれません。ですがこの解釈はたぶんスピノザの哲学の理論を損なうことはありません。しかもそればかりではなく,『エチカ』のテクストの中には,こういった解釈を許容すると思われるものも含まれているのです。
コメント
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