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浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

辞書について

2012-03-17 00:53:22 | 
先日、「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」(長いね、通称タマフル)というラジオ番組で国語辞典特集をやってた。

なんのこっちゃ?と思うでしょ?

この番組は時に非常にコアな特集をすることで有名。

例えば「4、5映画特集」と言って映画の続編の4、5の話をずっとしたりとか「真のクラブミュージック特集」として中学校の吹奏楽部のCD(世の中にはそんなものがあるんです)を特集したりとか。「OKB48特集」はもちろん「お気に入りのボールペン特集」、律儀に48本集めてやってた。

その一環として国語辞典特集。

ゲストは僕が好きな芸人サンキュータツオ。この人は芸人活動の傍ら、大学で日本語学を教えている人で、東京ポッド許可局というポッドキャストをやっている。

さすがの僕も「国語辞典で1時間?」と思ったんだけどこれがこれが、ほんと1時間じゃ足りない話でした。

詳細はポッドキャストで聴けるのでぜひどうぞ。

「辞書特集feat.サンキュータツオ」(前編)

「辞書特集feat.サンキュータツオ」(後編)

ホントに開始10分くらいで「あ、このヒト、く、狂ってる(笑)」と実感しますよ(褒めてます)。

で、これ聴いたら僕も国語辞典が欲しくなった。

考えてみたら僕は一冊も持ってないし身の回りにもない。

一冊くらい持っていてもいいな、どれ買おうかな、と悩んでみました。

独特の語釈で有名な「新明解国語辞典」は魅力的なんだけどちょっとクセがありすぎる。

新明解がどれくらい独特かと言うと「動物園」の項だけで分かる。

【動物園】生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀なくし、飼い殺しにする、人間中心の施設。(第4版)

すごいでしょ。

こんなの何も知らない人が読んだら動物園に偏見を持ちかねない(今の版では変更されているそうです)。

「恋愛」の項目も面白い。

【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。(第4版)

で、「合体」をひくとこう出ている。

【合体】1,起源・由来の違うものが新しい理念の下に一体となって何かを運営すること。2,「性交」のこの辞書でのえんきょく表現。(第4版)

ちゃとオチがついている。

まぁ読み物としては面白いけど好みが分かれるところだね。

いろいろ悩んでみた結果、サンキュータツオ氏のお勧め「集英社国語辞典」を購入してみました。

この辞書の特徴はなんと言っても「横組み」であること。英和辞典に慣れた身としてはまったく違和感ない。

ネット、電子書籍隆盛の現代ですが紙の辞書はこれはこれでいいやね。


「ちゃんと勉強するなら絶対、紙」と言うのが僕の信条であります。特に辞書は紙がいい。

その理由をちょっと説明させてください。高校、大学と僕は英語を勉強していた。結構前の話ではあるけど、そのときだって電子辞書はあった。でも紙の辞書を使っていた。

紙の辞書の一番の利点は「たくさんの単語を1ページで見られる」ということです。

どういうことかと言うと、この頃の辞書の使い方というのは「調べる」ということよりも「調べて覚える」というほうが大事。そのために、例えば一度調べた単語には赤線を引く。そして僕は二回引いたら青線、三回引いたら黒線、四回引いたらもうぐるぐる丸で囲ってしまう、というルールにしていた。
そうしていると、他の単語を引いたときにも偶然なかなか覚えられない単語が目に入る。その「パッと目に入った」という記憶って結構残ってて、テストの時なんかに「あれなんだっけ?なんかあの単語の上のほうにあったなぁ」とふと思い出せたりする。
電子辞書にはなかなかアンダーラインを引けないし今はiPadなんかでそういう機能がついたのがあるんだろうけど、この一覧性はなかなか再現できない。

と、言うことで最近話題の「辞書作りの人々を描いた小説」(すごいな)、『舟を編む』も読んでみました。いい小説でしたよ。
三浦 しをん
光文社
発売日:2011-09-17


言葉を愛する人々なんだけど、大事なことは言葉じゃない。言葉を大事にするからこそかも知れないけどね。

みつぞろい

2012-02-02 23:25:19 | 
先日、女鹿(めが)さんと言う方をお見かけした。ちょっとした説明会の講師をしてて、僕がその説明会に参加していただけですが。

元々、儀賀(ぎが)さんという苗字があることは知っていたので、「ああ、寺さんっていないのかな」と思ったわけです。

めが、ぎが、てら、と言えば数字の単位で(ほら、メガバイトのメガ)、それぞれこうなる。

メガ=10の6乗
ギガ=10の9乗
テラ=10の12乗

こういう苗字の三つ揃いは結構好きです。

昔、大学のときにサークル関係で、大西、中西、小西、というのがいた。後輩だから呼び捨てでいいんです。

ちょっと前に会社で大谷、中谷、小谷さんというのがいた。(小谷さんだけ先輩)

こういう繋がりうれしいよね。

麻雀で言いますと、同じの三つそろった状態、北・北・北とかを暗刻(あんこ)と言いまして、数字が並んだ状態、2・3・4とかを順子(しゅんつ)と言います。

こういう苗字三つ揃いは個人的に苗字順子だと思っちゃって結構うれしい。

考えてみるといくらでもありそうだ。上村、中村、下村とか。川村さん、山村さん、竹村さんはちょっと惜しい。そうだそうだ、僕ら世代で札幌に住んでいた人なら「雅楽戦隊ホワイトストーンズ」を思い浮かべるかも知れない。南郷・本郷・北郷ね。

僕の苗字は順子は無いんだけど暗刻は結構出来る。学生時代、大体クラスに3人くらいは同じ苗字の人がいたもの。たまに藤じゃなくて東だったりしてがっかりするわけだけど。

苗字順子ってなかなか英語の苗字では出来づらいと思うんだけどどうなんだろう?思い浮かばないな。

中国語や韓国語だったら即出来そうね。

10個

2012-01-31 19:07:59 | 
「一ヶ月生活するとして選ぶ食材ベスト10」やってみましょうか。

こんなどうでもいい遊びはだいたい東京ポッド許可局から仕入れるんですが。

ルールとしてこんな感じでどうだろう。

・調味料はさしすせそ(砂糖、塩、酢、醤油、味噌)全部有り。
・油はサラダ油が有り。
・水は有り。
・小麦粉有り。
・缶詰、レトルトを選ぶのは無し。
・これ以外の食材10個選べる、量はいくらでも。
・これで一ヶ月、毎日三食食べる。

さて。

まずは米は必要。野菜は玉ねぎ、ジャガイモ。ニンニクも欲しい。

これであと六つ。

肉が欲しいところだね。豚バラブロック。ブロックなら角煮も出来るし薄く切れば豚バラスライスとして使える。たたけば挽肉にもなる。

あと玉子。

あと四つ。こっから悩むとこですな。

キャベツ。付け合わせにも出来るしスープも作れる、、、と思ったけどスープ作るなら出汁が必要か。。。粉末のコンソメとか鶏ガラスープ入れるのは惜しいなぁ。あ、味噌があるから味噌汁は出来るか。

あとシャケの切り身。やっぱ魚も食べたいもんね。

これだけあれば朝は焼き鮭と味噌汁とご飯、晩は豚バラでご飯いくらでも食えちゃうね。

あとはランチ方面考えてくか。

あと二つ。

よし、うどん、乾麺のやつ。これでかけうどんとか出来る。飽きたら焼うどんにしちゃえばいい。具は豚バラとキャベツあればいいしね。あ!ソースが無いのか。。。醤油味の焼うどんにってのもなぁ。。

よし、うどんやめてパスタ。塩あるし。

となるとパスタソースの材料欲しい。

トマトあると助かるんだけどここは牛乳。普通に飲んでもいいし、小麦粉使ってパンケーキもどきも作れる、カルボナーラもどきも作れる。

これでいいかな。まとめると、米、玉ねぎ、ジャガイモ、ニンニク、豚バラブロック、玉子、キャベツ、シャケ、パスタ、牛乳。

これなら結構いろいろ作れる。

玉子と豚バラと玉ねぎで他人丼、シャケのクリームパスタ、マッシュドポテト、シャケと玉ねぎとキャベツのちゃんちゃん焼き、豚バラとタマネギを使った和風パスタ、スペイン風オムレツ、、、うん、十分十分。

願わくばオリーブオイルとかバターが欲しい。誰か貸して。

The book of the year 2011

2011-12-31 20:33:49 | 
大晦日です。

しかしまぁ今年は色々ありましたなぁ。ほんとにどう振り返っても「色々あった」としか思えない。今年についての正直な感想は「色々あった…、ほんとーに色々あった…、うん、色々あったなぁ」というところです。

つーことで個人的 The book of the year2011ということで今年僕が読んだ本のベスト1。本に順位をつけることなんて何の意味もないじゃないかと思うところもあるけど、まぁ何となくね。

ちなみに過去5回はこちら。(書名はその年の1位)
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The book of the year2010
「hon-nin列伝 セキララなオンナたち」

The book of the year2009
「1Q84」

The book of the year2008
「イノセント・ゲリラの祝祭」

The book of the year2007
「ローマ人の物語」

The book of the year2006
「終末のフール」
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さーて今年はどんな本を読んだんだっけな。
まずはエントリー作品から。

朝日新聞教育チーム
岩波書店
発売日:2011-10-29

まぁ仕事がら読んだんだけど、すごい本だったね。この本に描かれている先生たちの激務、悲惨な状況はほんとどうにかしなきゃいけないんじゃないかと思う。



釜石に思い入れがあるのでついつい涙。



ちょっと事情があって副業で個人事業始めたので基礎知識の為に読んだ。



まーこの人は大当たりしてますね。企画って難しく考えずとも仕事の仕方論として面白かった。


海堂 尊
朝日新聞出版
発売日:2011-12-07

「チーム・バチスタ」の人の一連のシリーズの最新作。もうなんか初見の人はとっつきづらくなっちゃってるけど僕は結構すき。速水先生出てくるしね。



村上春樹の新刊で今年読んだのはこれだけだと思う。このシリーズ読んでるとしっかり脳みその筋肉がほぐれてく感じがあっていいよ。



ジョジョの奇妙な冒険の新シリーズ。僕がこの話すると同年代の人からは大体「まだやってるの?」と驚かれる。ええ、やってますよ。なんとまぁ単行本通巻105巻目。舞台は第四部の杜王町に戻り、これまたほんとワクワクするんですよ。たぶんどうあれ僕はこの漫画が続いている限り読み続けるんだろうなぁ。


内田 樹
角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2010-12-25

まぁこれも仕事がらみといえば仕事がらみ。この人の教育論には僕は概ね賛成する。基本思想は「教育には急激な変化はそぐわない。誰も責任が取れないから。惰性的に修正していくことしか出来ない」。確かにその通りではある。だから某西のほうの市長の政策は危険といえば危険。どうなるんだろうねぇ。急激な変化には当然抜け漏れが付き物になる。となるとそこが僕みたいなビジネスとして教育に携わっている人にとってはチャンスが生まれることになる。だからと言ってねぇ。




さて、今年のThe book of the yearは。。。







「ロンドン・デイズ」

第三舞台主宰の鴻上尚史が演出法・演劇の指導法を学ぶため、イギリスに留学した1997年をつづったエッセイ。これは僕は2つの視点で面白かった。

一つ目は、英語を母語としない人がいかに英語を学び、海外文化になじんでいくか、というサバイバル方法として。もちろん鴻上尚史のことだから真っ当に英語を学びなじむなんて愚直なことはしない。いかに抜け目無くなじんでいくか、という方法が一つのサバイバル方法として面白い。
これから分かることは本当に英国においては「意見を言う」ということが大事なんだなぁと言うこと。意見を言うために人は存在しており、逆に言うと意見の無いものは存在しないとみなされる、ということがよく分かる。
鴻上尚史が一つの単語が分からない故に何も出来なくなりあせる、というシーンがたびたび出てくるけどこのあせりはよく分かるよなぁ。

二つ目は、その演劇学校における指導方法。演劇と言うのは肉体表現であるわけでその肉体表現をいかに再現性のあるものにするか、そのための指導方法、つまりメソッドが確立されていることがよく分かった。日本ではこういう指導方法が確立されているかどうかは分からない。(たぶんまぁあるんだろうな) もしこのメソッドが俳優志望の人向けでは無く普通の人、あるいは普通の子供たちにも教えられるようになればもっと我々は表現力豊かになるような気がする。



なんだかこう振り返ってみると今年はフィクション作品をあまり読まなかった年のような気がする。あれだけ大きな衝撃的事件の後では普通のフィクションに気持ちが向かなかった、、という考えは考えすぎかも知れない。でも影響が無いわけでもないような気がする。


と、言うわけで今年も色々あった。色々な本を読み、色々なところにいき、色々な人にあった。うれしい出会いも悲しい別れもあった。(なんだか陳腐な決まり文句だけど)

プラスがあればマイナスがある。

「からくりサーカス」という作品に「人生と言うゲームの場では誰しも何かしらのコインを賭けなくてはいけない」という台詞がある。

それにしても今年我々が支払ったコインは多すぎやしなかっただろうか、とも思う。

誰に言うでもなくふと思うしか僕には出来ないけど。

数年前から僕のブログは大晦日最後の言葉は同じ言葉で締めくくっているけど、今年ほど心からすべての人にこの言葉通りあって欲しい、と思う年は無い。

とにかく皆さん、今年もお疲れ様でした、色々とありがとうございました。

来年も理力があなたと共にあるように。
(May the force be with you.)

「これじゃ、壊れるぜ」

2011-11-10 00:26:28 | 
先生、と言えばたとえば金八先生。

熱血漢で、生徒と真剣にぶつかって、もし悩んでいる生徒がいたらじっくり話を聞く。もし街で生徒が問題を起こしていると聞けばすぐに街に飛び出していく。


はっきり言うけど、そんな先生はいま存在しない。

もちろん「それほどの情熱のある先生がいまはいない」と言いたいんじゃない。「生徒としっかり接してる時間がある先生がいない」ということを言いたい。

そういう先生が存在しない、というよりそんな先生は存在できない。

例えばとある先生の一日。

部活のため6時半に当校。部活の監督を終え8時から校門前に立って指導。一日の授業が終わると学年毎の会議、教科毎の会議。その後、校務分掌(学校は各先生が「分掌」という組織に所属している。例えば生徒指導部、進路指導部、など)の仕事。例えば進路指導部なら模擬試験の結果に基づきどういう補習をするかという検討や補習の監督。
その後、授業の準備。「授業の三倍の時間、準備に時間を使え」と言われている。仕事が終わって(だいたい終わらないわけだけど)帰宅は終電。

つまり、情熱的に生徒を指導しよう、と思っても絶対的に時間が無い。

僕も結構タフな仕事をしてきたし、札幌にいた頃は若いこともあってかなり遅くまで仕事をしたり会社に泊まっていたりしたけどここまで大変じゃなかったんじゃないかな。

なんでこんなことになっているか、というと複合的な要因がある。

まず構造的な問題。

日本の先生たちの年齢の構造は「ワイングラス型」になっている。団塊ジュニア世代、つまり今の40歳から35歳が学校に行く年齢になった頃、子供の数が多かったのでその時代に先生がたくさん採用された。そのとき新任で入った先生たちはいま50~60歳。日本の先生にはこの世代が多い。
その後、少子化になっていくに連れて採用は減った。しかしながら50~60歳の人々がこれから定年を迎えることを予測しまた新任の採用が少し増えた。

ということで上が多くて、中(30代)が少なくて20代が多い、というワイングラスのような形に成っている。

50代の先生は体力的にもきつくなってきている。更に言うと昨今のIT化にもなかなかついていけていない。20代はまだまだ分からないことばかり。本来であれば一番多い50代が20代に知識と経験を教えていけばいいんだけど、世代が離れているのでなかなかやりづらい。
そうすると、一番働き盛りであり経験も増えた30代にすべてのしわ寄せが来る。しかもその世代は少ない。よって30代が一番忙しくなってしまう。

それから非正規職員の増加。ここまでの規制緩和で学校側が正規職員(つまり都道府県の採用試験を通った先生)ではなく1年限りの非正規職員、非常勤講師を雇用することが容易になった。規制緩和の目的は本当はそこじゃないんだけど。じゃあ正規職員では無く1年契約の非正規職員でまかなおう、となる。すると非正規職員は基本的に授業以外の業務は少ない。するとその業務のしわ寄せが正規職員に来ることになる。

つまり構造的に30代の正規職員の先生に業務が集中する状態になっている。

それから環境的要因。よく言われることだけど保護者からの要求が高くなっているので昔よりも保護者対応にデリケートにならざるを得ない。家庭でのしつけも変わりつつあるので学校で子供に教えなければいけないことが増えている。

そんなこんなでどう考えても昔より先生が大変になっている。

「大変になった」「忙しい」と言っているだけならまだいい。でも学校現場では明確に問題が発生している。

先生の自殺、うつ、早期退職、と言った問題。悲惨な話だと4月に新任で入った先生がその年の9月に自殺した、ということすら起こっている。

とある医療ミステリーで医師の激務が語られある登場人物が「これじゃ医者も壊れるぜ」と言う。

正に「これじゃ先生も壊れるぜ」という感じ。

そのドキュメントがこの本。
朝日新聞教育チーム
岩波書店
発売日:2011-10-29


僕に何が出来るわけでもないんだけど、せめて僕は「先生は大変だ」ということをしっかり認識したいと思う。

その大変さが構造的、環境的問題であるために改善はなかなか難しい。

そんな状態で自己防衛をしようと思ったら「仕事をしない」ということしかない。

実際、先生たちの中では自分を守る為に、休み時間は生徒が来ない部屋で仕事をし、授業はただ「流す」という人もいる。休み時間に生徒が来てしまうと授業の質問をされて自分の仕事が出来なくなってしまうから。
部活だってどれだけ頑張ってもよっぽどの成果を出さないと査定には関係ないわけで、部活に顔を出さなくても済んでしまう。だから部活もしない。

そんな先生を責められる人は僕は誰もいないと思う。何もしないでサボっているならともかく、やりだすとキリが無くてどんどん自分が崩壊する方向に行ってしまうんだもの。

公務員改革とか言われているし、この不況の中では公務員への風当たりは強い。もちろん僕だって何もしないように見える公務員が5時とかに帰って高いボーナスもらっているのを目にしたりすると腹が立つ。

でも少なくとも公立の先生たちはもう少しもらってもいいと思う。

そして、一番大事なことは金の問題じゃない。多くの先生たちは「金を稼ぎたいから」と先生になった人たちじゃない。むしろ「金が一番」というのなら話はもっと簡単かもしれない。でも先生たちの多くは相じゃない。多くは子供が好きで、先生という職業にあこがれて、先生になった人たち。

一番大事なことはその人たちがもっと子供と向き合える状態を作ることだと思う。

めさ

2011-11-05 19:39:56 | 
もし僕に子供が産まれて男の子だったらやってほしいスポーツはラグビーかアイスホッケーだと思ってます。

北海道東北に住むならアイスホッケーがいいし、関西圏に住むならラグビーがいいかな。(東京に永住するイメージがわかない)

ということでラグビーの話。

もちろんスポーツとして好きなのはサッカーで試合もサッカーのほうが良く見ている。でもラグビーはもう「思想」が好きなんだよね。

とにかく好きなのは明治大学の名物監督だった北島監督(既に故人)。

この人の名言は「前へ」

うわーシンプルー。

「前へ」は明大ラグビー部の代名詞になっているし、それ以上に明大体育会の代名詞になっている。

例えば現インテルの長友だって「明大出身らしい『前へ』というプレー」なんて表されることがたまにある、サッカー選手なのにね。

ラグビーって不思議なスポーツでトライするためにはボールを前へ進めなければいけないんだけど、ルール上、前へパスすることは「スロウ・フォワード」と言って反則になる。だからパスは横か後ろに投げなければいけないし、前へはキックしか許されていない。キックしてしまうとラグビーボールは楕円だからどこに転がるか分からない。

ほんと不思議なスポーツだと思う。

北島監督の逸話は素晴らしくて、「前へ」というプレーの結果であればどんなにミスをしても許した反面、「前へ」のプレーでなければすごく怒ったそう。

そして亡くなる時、病院のベッドの上での最後の言葉は「明大、前へ」だったらしい。うーん、すごいなぁ。

あとラグビーの思想で好きなのは「ノーサイド」だね。どんなゲームもすべては「ゲームセット」、つまり「ゲームが終わった」で終わる。でもラグビーだけは「ノーサイド」、つまり「敵味方、というサイドが無くなった」で終わる。

そしてもちろんラグビーの基本精神である「One for All, All for One(1人はみんなのために、みんなは1人のために)」もすごいと思う。

ほんと紳士のスポーツ。

そうそう紳士といえばラグビーを表す名言でこういうのもあるね。「ラグビーとは少年を紳士にし、紳士を少年にするスポーツ」


そもそも僕がなぜラグビーを好きになったのか、というと父親の影響が大きい。

父親は岩手県釜石市の出身。釜石というのは炭鉱と鉄工所の町。そして全世界的に炭鉱、鉄工所の町はラグビーが強い。

なぜなんだろうな?男が多いからかな。

特に釜石にあったチーム、新日鉄釜石は1978年から1984年までの7シーズン、全日本選手権で連続優勝した。(7連覇は当時前人未到) この強さは圧倒的で当時は「北の鉄人」と呼ばれ有名だった。

東北の片田舎の町のスポーツチームがこれだけスポットライトを浴びることはなかなか無くて、当然うちの父は熱狂した。当時、釜石に関係している人で熱狂していなかった人なんていなかったわけだけど。

そういうこともあり、父親も会社のラグビーチームに入っていたので子供の頃、よく練習に連れてかれた。夏になるとそのラグビー部の人なんかがうちの庭でバーベキューとかしていた。子供心にそういう人たちってほんとうに「気は優しくて力持ち」って感じで、僕にとっては気のいいあんちゃん、あるいはおっちゃんって感じだったんだよね。

残念ながら新日鉄釜石はいまは無くなり、社会人クラブチーム「釜石シーウェイブス」になっている。往年の強さも無くなり、今は東日本リーグにいる。


そんなこんなでこの本を読みました。

今回の震災で甚大な被害を受けた釜石をラグビーという視点から見たドキュメント。

本当に釜石にラグビーがあってよかったなと思う。いろいろあったけど釜石ラグビー応援のシンボルである大漁旗(釜石は漁師町でもあるのでスタンドでこの旗が振られる)を思い起こすだけで胸が熱くなってくる。


この本もそうだけどラグビー関係の本を読んでいるとたびたび北島監督の名とその名言「前へ」を目にする。

現釜石シーウェイブスにも明大出身はいてその人たちはやっぱり「前へ」という言葉を口にする。


この本は最後、今の釜石の復興への合言葉で〆られる。

その合言葉は「めさ」。

これは「前へ」の釜石弁。つまり「前へ」⇒「前さ」⇒「めえさ」⇒「めさ」。

「めさ、進むべ」

そうだよね、前へ。

プリンがすごい、まじで。

2011-10-20 23:21:12 | 
ファミレス、という業態は70年代に生まれたはず、と思う。

団塊の世代(戦後すぐ生まれの人々)が結婚し家庭を持ち、外食する場所として、少しアメリカのにおいがするおしゃれな郊外の飲食店として。

いまとなってはだいたいそのファミレスも下火になり、昔のファミレスブームを牽引していた店舗は閉店しているか低価格化している。

ロイヤルホストは結構いま大変だろうし、すかいらーくはガストとなり更にカフェガストだのSガストだのに変わっている。

その中で成長しているファミレス、というとそりゃもちろんサイゼリヤだろうなぁ。

いまはどうか知らないけど僕が大学時代には札幌には無くて、東京に出てきてから「やけに色んなところで見るなぁ」と思うようになった。

僕、好きですよ、サイゼリヤ。

なんたって安いしそれなりに美味しいし。

ワインが安いのが何よりいいね。本当かどうか知らないけどいま日本の企業で一番多くイタリアンワインを輸入しているのはサイゼリヤらしいですね。

なんたってワイン500mlが400円しないくらいでしょ。安いよねぇ。

たまに日曜の夜なんかに仕事しながら食事したいな、と思うときはサイゼリヤに行って飲みながらパソコンで仕事してたりします。適当にテーブル広いし。

ワイン500ml、つまみに生ハム、食事にグラタン、くらいの感じで結構酔うし会計は1000円ちょっとくらい。コストパフォーマンスは文句のつけようがない。

あとサイドメニューというか「つまみ」になるメニューが豊富なのもいい。

一度「サイゼリヤ飲み」をやってみたくてこないだ友達と日曜の昼下がりに行ってみた。最高でしたよ。

ポップコーンシュリンプ、サラダ、エスカルゴなんかをつまみつつワイン、そしてピザとパスタ。昼間っから男二人で酔っ払って一人2000円行かないんだもん。

あとね、みなさんイタリアンプリン食べてます?これ最高よ。僕の人生の中でもこの値段でこの美味しさ、ってのはなかなかな無いレベルのプリンだと思っています。

ということで、サイゼリヤ創業者の人の本読んだ。



はっきり言って至極真っ当な、当たり前のことしか書いてない。

もちろんこれだけの店舗数があれば仕入れ価格も下げられるしチェーンのスケールメリットも色々あろうだろう。だけど、この人が言っているそれ以外のことは、非常に真っ当でたとえ一店舗の飲食店でも真似できることが書いてあると思う。

至極真っ当な、誰にでも出来ることを、誰にも出来ないほどの情熱でやる、ってことがすごいことだと思うんだよね。

プリンにしたって、ファミレスなんだから適当なプリンを出されてもまずくなければそんなに誰も文句言わない。でもここでこういうディティールの部分にしっかり手間隙かける、というのは本当にすごいよ。

企画力とは

2011-10-17 11:51:31 | 
秋本康って人を「大好き」という人ってそんなにいないと思う。

いたらごめんなさい。

どうもイメージとしては抜け目ない、あざとい仕掛け人、という感じだもんね。

特に僕らくらいの年代だとこの人にめぐりめぐってお金を払ってきている人って多いと思うよ。

僕だって個人的にこの人のこと大好き、と思っているわけじゃないけど、一人の仕事人としては絶対に無視できない。僕の仕事はまぁマーケティングも関わることだから。

ということで人に薦められてこの本読みました。



なんかのテレビ番組で秋元康にインタビューしたものを再構成したものらしい。

まず冒頭からグッと来た。

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私が企画について話をするとこのように言う人がいる。『秋元さんのお話は大変参考になるのですが私の仕事は秋元さんのように企画に関係する仕事ではありませんから…』 たとえばその人がお茶汲みだったとする。普通の人は言われたとおりお茶を入れるだけかも知れない。でもここに企画力を加えてみたらどうなるか?入れる相手の体調を考えて「ちょっと今日は薄めにしておこうかな」とか「いつも日本茶じゃつまらないから今日は紅茶にしてみようか」とやることが変わるだろう。これこそ企画である。そしてどうせお茶を入れてもらうのであれば企画力を持った人に入れてもらったほうがうれしいだろう。つまり、企画とは「自分の居場所を作る」ことでもあるのだ。
(適当に略して抜粋)
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その通り!そこなんだよね~。どんな仕事だって、少しの企画力を加えればもっと素敵になる。いいこと言うじゃないか、秋元康。

それからちょっと僕が以外だったのはこの人の企画立案法。

イメージ的に時代の先を読んでマーケティングをして先を見通して、、って感じだと思っていたんだけどどうもそうではないらしい。

彼の話からよく出てくる言葉が「心のリュックサックに入れておく」というもの。

ジャンル問わずとにかく面白そうなことがあったら記憶に留めておく、これが「心のリュックサックに入れておく」ということ。そして何か企画を立てる必要があった場合には心のリュックサックの中にあるものを出して、それらを組み合わせて企画を立てるそう。

これって僕はすごく納得が行く。

先日、亡くなったスティーブ・ジョブズも何となく同じこと言っていたんです。

彼の、伝説となったスタンフォード大での講演の中で、「Conecting the Dots」、つまり「点をつなげる」ということを言っていた。

概要としては、とにかく色々な体験をし、それを振り返ってそれらをつなげて、新しい物を作れ、という話しだった。

こういう話を聞くと、どうも寄り道ばっかの人生だなぁ、と思っても「それはそれでいいのかな」と思えて勇気がわいてくるね。

過去は

2011-10-14 23:27:39 | 
誤解を招くかも知れないけど僕は「いいから黙ってこれやれ!」って教育があってもいいと思ってます。

よくドッピオさんと話すんだけど。

日本的な教育の基本というのはこれでしょ?

だいたい弟子入りするとまずは雑巾がけとかなわけじゃないですか。

で、「俺は空手を習いに来たんだ、掃除しに来たわけじゃない!」と弟子が反発しても師匠が「いいからやれ!嫌なら帰れ」ですよね。

そして弟子が嫌々ながら雑巾がけしつつ「そうか、これは単に雑巾をかけてるわけじゃなく足腰の鍛錬なんだ」でもいいし「そうか、こうやって道場をきれいにすることで心の鍛錬になってるんだ」と弟子本人が気づく、これが本当に大事。

振り返ってみると僕自身「これを勉強するとこういう効果があるよ」と言われて勉強したことより、意味はよく分からないけどやらせているうちに「あ、これってこういうことか」と気づいたことのほうが心に残ってる。

もちろん「あれ、ほんと意味なかったよなぁ」と思うことだってたくさんあるんだけど。

つまり「いい弟子」というのは師匠から何を言われようと勝手に「あ、これはこういう意味か」と気づくことが出来る。それが完璧になったらもうその人は何からでも学べるよね。「我以外皆師」の境地。

そういうことを思ったのはね、こないだある研修を受けたんですよ。

講師は一部では超有名人、原田隆さんという方。

元々僕がこの人を知ったのはこの本を読んだから。



どういう人かと言うと、大阪の公立中学校の体育の先生だった人。荒れに荒れていた松虫中学校という中学校の陸上部の顧問となり日本一にした。その方法が解説されている。

公立中学校の部活というのはかなり不安定なんだよね。

公立だから陸上のいい生徒を集めるということが出来ない、入って来た生徒たちでなんとかするしかない。公立でも高校ならまだ「陸上やるためにあそこに行こう」と入ってくる生徒もいるだろうけど中学は地域で分けられてしまう。

顧問は陸上の専門家とは限らない。教員なんだからメインは授業。

更に、いい顧問がいても教員だから定期的に転勤してしまう。いくらいい顧問がいて強くなってもその先生が転勤してしまえばゼロからスタート。

そういう状況な上に松虫中学校というのは当時非常に荒れていて部活どころか通常の学校生活もままならないほどだった。

まさに「スクール☆ウォーズ」の世界。

そこでこの原田先生と言う人は数年で陸上部を変え日本一にさせた。更に言うと原田先生が転勤して数十年経った今でもここの陸上部は強い。一昨年が全国大会二位で今年が一位だったかな?たぶん。

つまりこの人は単に自分が陸上部を鍛えただけでなく、自分がいなくなっても続く「仕組み」を作った。

その仕組みとはどういうものか、ということがこの本に書かれている。

僕が読んだのはたぶん5年ほど前だけど非常に興味深かった。

色々な方法があるけどその一つが「心を磨く」ということ。荒れている生徒たちを前向きにさせるためにいろいろモチベーションをかけるわけだけど、それに加えて「小さい約束」を徹底的に守らせた。たとえば「毎日必ず家で皿洗いをします」と決めた生徒にはたとえ合宿所でも合宿所の皿を洗わせた。

一見、「そんなことが陸上と何の関係があるんだ?」と思うけどやっぱり半年間毎日皿洗いをした生徒は陸上でもしっかり成果を出す。

おそらくだけど陸上の試合でしんどいときに「でも、俺は半年毎日皿を洗ったんだ」と自信になったんだろう。それこそ最初は「先生がやれって言ったから」嫌々やっていたんだろうけど、それでもやってるうちに「これだけやってるんだから俺は負けない」と気づいたのかも知れないね。

この人がいま教職員や企業向けに研修を行っていて、その研修を受けたんです。

色々、気づきの多い研修でねぇ。

原田先生自身はちょっと怖い人かな、と思っていたら腰の低い明るい元気な真っ当な人でその人の話聞いてるだけで楽しかった。

終わった後に「よっしゃ、がんばろ」と思える研修はいい研修だね。

その中で小さいけれど衝撃だったのが、過去についての話。

僕自身は「他人と過去は変えられない、変えられるのは自分と未来だけ」と思っているんだけど、研修でも原田先生が出席者にこう尋ねた。

「過去は変えられません。じゃあ過去はどうしたらいいでしょうか?」

出席者が口々に「忘れる」「気にしない」とか言ってたら先生が大きくこう言った。

「過去は無視!無視です!関係ない!完全無視!」

あはは。いいね。

そう、無視ですよ、やっぱね。

興隆期と衰退期

2011-10-05 23:27:27 | 
何度か言っているけど、『ローマ人の物語』の話。

既に単行本で15冊ほど出ていて、今は毎年文庫本で刊行されている状態。

それをずっと読みたいなと思っていたんだけど、僕は2007年から読み始めた。その時点で刊行されていた1から10まで、文庫本にして約30冊を一気読みし、後は毎年9月に刊行されるのを待って読んでいた。

そして今年の9月、文庫での最終シリーズが出た。つまり5年続いた個人的な9月の風物詩もこれで最後、ということになる。


ああ、淋しいなぁ。なんたってタイトルが『ローマ世界の終焉』ですよ。終わっちゃうんだね。

文庫のシリーズの表紙には舞台になった時代のコインが掲載されている。そして、文庫を開いて1ページ目には作者によるそのコインの解説文がある。これは文庫版のみの特典。

つまり、文庫版を読む場合、まず最初に目にするのはこの解説文、ということになる。

これがね、また今回は淋しいんです。

引用します。

”亡国の悲劇とは、人材の欠乏から来るのではなく、人材を活用するメカニズムが機能しなくなるがゆえに起る悲劇、ということである。

人材は、興隆期だけに現れるのではない。衰退期にも現れる。

しかもその人材の質は、興隆期には優れ衰退期には劣るわけではないのだ。

興隆期と衰退期の人材面での唯一のちがいは、興隆期には活用されたのに衰退期には活用されない、ということだけである。”

これはよーく分かる。

仕事柄色々な会社を見てきたけども会社も一緒なんだよね。衰退していく会社はもちろんいい給与を払えなかったりするので確かに人材はなかなか集まりづらい。でも社内に良い人材がまったくいない、というわけではない。

問題はそれら良い人材がまったく活用されない、ということ。

そしてもちろん活用されないわけだからその人々は去っていく。そうすると更に会社は衰退していく。

これって鶏が先が卵が先か、の問題だね。

する必要なかったらしないこと。

2011-08-18 20:36:36 | 
する必要なかったらしないなー、ってこと無いですか。

例えば歯磨き。歯磨きしなくても虫歯も口臭もいっさいない、歯もぴっかぴかに白い、もちろん朝起きた時のネバネバもない、って言われたら歯磨きします?

僕はしないなー。歯磨き自体を僕はそんなに楽しんでないもの。気分転換に口をスッキリさせたい、って時はリステリンとかフリスクとかでいいし。

そういう「する必要なかったら別にしなくていい」ってことあるでしょ。

例えば爪切り。爪がもしぴっちり切った状態でもう生涯伸びない、って言われたら僕はそれでありがたい。別に爪切りなんて楽しいもんじゃないし。

女性がネイルするのは分かるけど男性の場合はきちんと切りそろえられていればそれで問題ないものね。

コンタクトなんかどうすか?

僕は裸眼なんだけど、コンタクトしている人だって、しなくて済むならみんなしないんじゃないですか。「コンタクトするの好き」って人はいないような気がする。メガネはまぁ「する必要なくてもしたい」って人いそうだな。伊達メガネとかあるもんね。個人的には僕は女性がメガネしてるだけで100点アップなんで世の中のすべての女性がメガネしてほしいけど。

そうそう町歩いていると最近女性でアラレちゃんのような大き目の黒縁メガネ、しかもレンズ入ってないやつをしている人多いよね。あれについては今度ドッピオさんと語りたい。

えーと何の話だ?

で、いっぽう、「する必要ない、って言われれてもするだろうなー」ってこともあるよね。

例えばもし耳あかが一切たまらない、と言われても僕は耳かきはすると思う。好きだもん。

食べ物一切食べなくても死なない、と言われても食べるだろうし、裸で歩いてても寒くも暑くもない(もちろん他人から白い目で見られない)って言われても服は着るだろう。

この違いはなんなんでしょうね。

なんてことを美容室で髪切ってもらいながら考えた。

たまに、半年に一回くらい、「あ、この髪の感じのままずっと止まってくれないかな」と思うことがある。髪を切って直後、では無くてそこから少し伸びて落ちついて、ちょうどいい感じの長さとあとなんかの偶然が重なっていい髪の長さの時があるんだよね。

もしそこで止まってくれたら僕は文句ないよ。女性は色々髪型変えたいだろうけど僕はもうそういうのないなー。

美容室だってさ、行かなくて済むならそっちのほうがいい。そりゃ座って鏡の前に写るのが加藤ローサだの石原さとみだったら喜んで行くけどさー、写るのは毎日見覚えある顔だしね。

もし、生きていくのに恋愛は必要が無い、って言われても恋に落ちちゃうだろうなぁ。

グリーングリーン

2011-08-06 12:32:59 | 
実家の庭で色々野菜育ててるんです。

その中にバジルもあって(シソの畝の脇)、結構なってたので摘んだのね。母親も「使っても使っても育つから持ってって」って言うんだもの。

しかしさぁ、こういう葉っぱものの野菜って偉いよね~。だって摘んでもまたなるんだよ。ジャガイモとかだと抜いたら終わりでしょ。葉っぱは摘んでもまたすぐなる。

摘んだのがこのくらいの量。

まぁ小振りのボウルに八分目くらい。

このまま家に持って帰っても日持ちしないので保存用にバジルソースを作る。

さっと洗って(家庭菜園だから無農薬)フードプロセッサにぶっこむ。ニンニクを2かけもぶっこんでオリーブオイルもぶっかけてスイッチオン。ほんとは松の実を入れるらしいけど無いので省略。

葉っぱものなんでプロセッサかけづらいんだけどしつこくやってるとペーストになる。

においがいいのよ~。

んで瓶に詰めて持って返ってきたので早速バジルパスタに。

具は玉ねぎ、ベーコン、セミドライトマトのオイル漬け、そしてこれまた実家の庭からとって来たピーマン。

でけた。

うーーーうまい!すげーなバジル!ほんと美味いのよ。

食べながら思ったけど、バジルってたぶん日本におけるシソみたいなもんじゃないのかね。

それだけでは主役にはならないけど、あると抜群の力を発揮する役割ってことで。葉っぱ一枚でも使えるし刻んで薬味的にも使える。あれ、結局どっちもハーブってことなのかしらん?

つーことはバジルがソースになるんだから、シソもペーストになるんじゃない?と思って調べたら出来るみたい。シソもこれまた実家の庭にたっぷりなってるからそれも使えそうだね。

ガーリック風味のシソペーストなんて温野菜にかけたら美味しそうじゃないですか。


なんてこと考えててスーパーに行ったらまずタラコが安かったのね。

タラコ好き。ご飯に合うしパスタにも出来るし単にツマミでもいい。

で、タラコスパゲティったら僕はシソはマスト。つうことでシソを買おうと思ったら安かったので多めに買ってシソペースト作ってみました。

実家では据え置き型のプロセッサーだっただけど僕の家のはハンディ型のやつで葉っぱ物はこっちのほうがペーストにしやすい。

(写真撮り忘れた)

味はね、バジルほど香りが強くないけどまぁまぁ。バジルに比べてちょっとマイルドさがないのでこれだけでパスタにすると強すぎるかも知れない。でも薬味として使うにはちょうどいい。

早速タラコスパにも使ってみました。

タラコをパスタに和えて、その上に千切りにしたシソ(これは生)と刻みのり、そしてペーストをたらりたらり。

美味しい♪

そのあと、マッシュポテトにもちょっぴりかけてみたけど美味しかったよ。

日持ちしない葉っぱモノがこうやって保存が利くようになるとありがたいね。

どうしようもないさんかく

2011-07-27 21:49:25 | 
この話してなかったな。

吉田 恵輔
ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2010-11-03


去年公開されたらしい映画。DVD出てます。

とあるところで「面白い!」と聞いて観てみたらまぁー面白かったね。おそらく去年僕が見たDVDの中でもベスト5には入るレベル。本当に面白かった。タイトルやパッケージ、出演者だけだと確実に僕はスルーすると思うけど、観てみたらほんと面白くてよかった。

話としては、まず同棲しているカップルがいる。彼氏が高岡蒼甫。この人『十三人の刺客』にも出てましたな、売れっ子なんだね。彼女が田畑智子。

女の子はまぁ普通の子、男のほうはヤンキーあがりというか車にお金かけてるような人。

そこに夏休みということで彼女の妹が上京してくる。中学三年生、という設定だったと思う。「女」とは言えないし「子供」とも言えない微妙な年齢。この人、僕、観たことない人だったけどあの例のアイドルグループの人らしいです。

妹は二人の部屋に泊まることになるんだけど、ちょうど彼女と倦怠期だったり巧く行かないことが続いた彼氏はどうも妹が気になってしまう。妹のほうも思わせぶりな態度を取るしね。気があるんだか天然なんだか分からないような。

で、まぁいろいろ起こるんだけど特筆すべきは彼氏の「どうしようもなさ」ですね。

とにかく彼女に対する態度も妹に対する態度も、更には焼肉屋の店員に対しても、地元の後輩に対しても、仕事の後輩に対してもどーーーしようもない。決して「悪」ってわけではないんです。もしこれが悪だったらもっと話は簡単だろうと思う。

でも「どうしようもなさ」ってのは直しようも批判のしようも無いから「どうしようもない」わけで、もう「ダメだこりゃ」って感じなの。

特に覚えてるシーンは妹との焼肉屋だなぁ。こういう男いますね、そして嫌ですね、こういう男。でも僕も男としてこういう流れ否定できない。少し自分をよく見せようと大げさに言う(俗に言う『吹く』ってヤツですね)ってことは極力しないようにしていてもやっぱり少ししちゃうところはあるもの。男性ならみんなそうでしょう?

この彼氏を演じている高岡蒼甫って人をあまり知らないので、地でやっているのかすごく演技をしているのか分からないけど、素晴らしい役の合いっぷりでした。すぐ機嫌が顔に出るところとか。僕が女性だったら絶対こういう男とは付き合わないと思うけど、惚れちゃう女性がいるのもまぁ分かる。

そして、そんなどうしようもない男に惚れちゃってる彼女も残念ながらどうしようもないです。ちょっとしたことで機嫌が悪くなったりするところとかね。女優さんが田畑智子という、失礼だけどパッと見て美人、という人じゃないのがリアリティあるんだよなぁ。

更に、妹もどうしようもないです。昔、ドッピオさんとかと学生時代に串鳥のテーブル席でよく喋ってたけど「自分を悪女と思ってない悪女が一番タチが悪い」ということです。『天然娼婦』という言葉もありましたな。
はっきり言ってはたから見ていたらこういう女性(って年齢でもないな、女の子)が一番腹が立つ。でも、同い年だとこういう子に惚れちゃうんだよなぁ。分かります。分かりますよね、ドッピオさん。こういうタイプの女性の一番の武器は「私はそんなつもりなかった」です。もういまこの瞬間もこの言葉でどれだけの中学男子が玉砕していることか。。。ああ、骨くらいは拾ってあげたい。

この3人が絡むんだからそりゃもうどうしようもないよね。

実家に帰った妹に彼氏が電話をして、留守電が続くときの彼氏の悶えっぷり。ああ、どうしようもないけど気持ちは分からないでもないなぁ。

どうしようもない3人の描写が続いて、途中、スリラー的になるんだけど、最後はすべての伏線が回収される、と言う素晴らしい映画でした。

とにかくお勧めです。去年観た映画の中で『十三人の刺客』と並んで「邦画も面白いじゃん!」と思える一本。

でもさぁ、これ彼女とか奥さんと観てたら気まずいだろうなぁ、ほんと。

未練歌 in English

2011-07-14 23:15:07 | 
『ブルース・ブラザース2000』を見ましてね。

もちろん前作『ブルース・ブラザース』は超名作で僕にとってはライフタイムベストトップ10には入るしDVDも持ってる。

その続編なんだけどまぁこっちはちと微妙でしたね。(ま、『突然歌いだす』ってだけで2億点くらいはプラスなんだけど。僕そういうの好きだから)

で、レイ・チャールズが出てるらしいんだけど見つけられなくて。

悔しいんで動画検索してたら改めて、「Ellie My Love」を見つけました。いわずもがなサザンの「いとしのエリー」をカバーしたもの。

ちゃんと聞くとさー、この歌って男の未練歌なのね。サザンの歌詞が「いま付き合ってる人に対して最後の告白をする」のとは違って。

結構ぐっと来ました。

(この動画、訳がついているけど違うと思いますね、ぼかぁ)

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Smile for me, won't you, baby
Forever you'll be on my mind
Drink with me, won't you, baby
We're gonna make it right this time
There's no one else like you
Anything you want, I'll do

笑ってくれないか、ベイビー
ずっと忘れられないんだ
一緒に飲んでくれよ、ベイビー
今度こそ俺たちうまくやれるさ
お前以外にいないんだよ
なんだってお前の言うとおりにするさ
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これ読んで思うけど特徴はすごく未来形が使われてることだよね。

これはやっぱりもう別れた女性に対して歌ってるんだな。

いい歌やなー。

女性曲の「君/僕」論

2011-07-08 21:16:15 | 
そうかー、渡辺美里は盲点だったなー。かなりCD持ってたのに。。なんで気づかなかったんだろうか。。

つーことで、長々書いた「日本語曲における人称代名詞論・序章」の続き。

皆さんもご存知だと思いますが最近ほら、秋葉原あたりから来た大人数のグループが流行ってますね。正式名称書くと変な人来るかも知れないから書かない。まぁ察してください。

一応、僕の仕事はマーケッターでもあるので流行っているものはその良し悪しだとか好き嫌いは別にしてなんとなく調べてみる。調べるったってネットのニュース検索してみたりするだけだけど。

あのグループの人気の理由はたぶんいくつかあるんだろうけど、ここで「歌詞」ということを取り上げます。

これはまだあまり言及されていないけど、あのグループの歌(全部見たわけじゃない、代表的なの。だからあんまり突っ込まないでね)には一番の大きな特徴がある。

それは「すべて男性視点の『僕/君』歌詞」ということです。

これは渡辺美里、浜崎あゆみと連なるいままでの「女性歌手による『僕/君』歌詞」とは明らかに違う。

どこが違うのか。

いままで女性が歌う歌で人称代名詞が「僕/君」の場合は、あくまで「男性っぽい女性が主人公(つまり君、は男性)」あるいは「中性的な人物が主人公(=僕も君も男性でも女性でもない)」の2パターンしかなかった。

少し話ずれるけど後者の「君」って英語における「You」に近いんだよね。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」的Youと言うか。

でも例のグループの歌詞は明らかに「男性である『僕』が女性である『君』を思って」歌っている。

たとえば例を出すとこういうの。

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カチューシャしてる君に
僕は長い恋愛中
----

カチューシャは明らかに多くの場合女性がするものだろうからね。

この方法によりどういう効果が見込まれるか。それはこのグループのメインターゲットである「アイドル好きの男性(以下z群と呼びます)」からの「共感」を得やすい、という効果。

たとえば歌詞が「あなた(A)を好きな私(女性)」だとすると聞いている男性はそのAに感情移入するわけだよね。でも残念ながらz群からは「どうせ俺たちはそんな風に女性から思われたことないよ」と思ってしまう。z群の特徴は恋愛経験の少なさだから。

あるいは「君(A')を好きな僕(女性)」ならば「そんな強い女性が自分たちを相手にしてくれるわけないよ」と思ってしまう。z群において浜崎あゆみの人気が無いのはこういうことでしょう。

しかし例のグループの楽曲であれば「そうだよ、俺たちもそう思っていたよ」と思う効果が生まれる。

それを醸成するために楽曲内において人称代名詞のみならず、「僕」は基本的に「君」に声をかけられない、好きだけど見てるだけ、というストーリーにもなっている。つまり「僕」と「君」が明らかに恋愛中である、という歌はほぼ無い。これも正にz群からの共感を得るための仕掛けだろうね。

僕はこれに気づいたときに「なるほど!だから人気があるのか!」と思った。ここはやっぱりプロデューサーであり全作品の作詞をしている人の巧妙さだよね。

つまり、「女性が歌う男性視点の『僕/君』歌詞」という関係(仮にfm関係と呼ぶ)が例のグループの楽曲における歌詞の特徴だと思う。

そうすると翻ってfm関係の対偶とも言えるものは無いのか、と考えてみる。もしfm関係がヒットの法則であるならば、その対偶もまたヒットするはずだから。

考えてみるとfm関係の対偶は「男性が歌う女性視点の『私/あなた』歌詞」(仮にmf関係と呼ぶ)ということになる。

じゃあそのmf関係の歌詞はあるのか、というとこれが一杯ある(正確に言うとあった)んだよね。

たとえば松山千春の「恋」

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たぶんあなたはいつもの店で
酒を飲んでくだをまいて
洗濯物は机の上に
短い手紙そえておくわ
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「大阪でうまれた女」もそうだね。
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大阪で生まれた女やけど
あなたについて行こうと決めた
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「私/あなた」どころか「あたい/あんた」でもチャゲアスの「ひとり咲き」がある。
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あたいあんたに夢中だった
心からあんたにほれていた
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とにかくある一時期のムーブメントとしてそういう曲はたくさんあった。

僕の思考としては最近のグループのfm関係からmf関係へと思い至ったわけだけど、おそらくこれは歴史的順番が逆なんだろうね。

つまり、一時期のムーブメントとしてmf関係があり、それを現代に持ってきたのが例のグループのfm関係、ということが言えるんじゃないかと思う。

と、まぁ長々書いてきたけど歌詞の世界というのは奥深いもんです。