浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

アフター・マイ・シスターズ・ウェディング

2010-09-28 23:24:23 | 
あのロマンティックコメディ「マイ・シスターズ・ウエディング」の続編「アフター・マイ・シスターズ・ウエディング」 がいよいよ登場。前作主演のアン・ハサウェイ、ヒュー・グラントに今作では映画版特攻野郎Aチームのフェイス役で好評を博したブラッドレイ・クーパー、「それでも恋するバルセロナ」のハビエル・バルデムも加わり妹の結婚式は更にドタバタに!?

…ってのは妄想です。前も書いたけどマイ・シスターズ・ウエディングってロマンティックコメディのタイトルにありそうじゃない?

つーことで、先日、妹の結婚式に出て来ました。

これが楽しくてさ~。今まで色んな結婚式出たけど、一番楽しかったね。まず、親族ってことで色んな人が酒注ぎにきてくれるわけさ。自分が注ぎに行ってもみんな、おめでとうおめでとうって言ってくれるしね。

普段あんまり会わない親族(叔父叔母)もいて楽しかったし。

何より嬉しかったのは新婦がお色直しで退場のとき、サプライズで僕ともう1人の妹(新婦の姉)が呼ばれて兄妹三人で手を繋いでさ~。そんなの20年ぶりくらいだからお兄ちゃん感動ですよ。

いや~楽しかった~。もう二、三回やってくれてもいいよ。

今回結婚したのは一番下の妹。末っ子だから、ってこともあるけど、この人はほんと愛されキャラなんです。人を嫌わないし、人からも嫌われない。

で、今回の結婚式で、「あ~だから彼女は人から愛されるんだな」って気付いたことがあってさ。

すべて細かい所まで気を使ったいい式だったんだよね。

さっきのサプライズも僕と姉に花を持たせる新婦の気遣いだし。

料理でオマール海老が出たんだけど、僕の隣に座ってる義理の弟(真ん中の妹の旦那)だけオマール海老じゃなくて白身魚だったの。あれ?と思ってたら彼は海老食えないんだって。

そういうことまで考えて気を使ってるんだもの、そりゃ気をつかわれた方は嬉しいよね~。で、結果として愛されるんだろうね。

式場の細かい所にも新婦が作った花とかちょこちょこ置いて合って。

決して勉強が出来るわけじゃないし、いい学校出てるわけでもないけど、そういう気を使えることのほうがよっぽど大事だと僕は思うね。

そりゃ、親の育てが真っ当だった、ってことだろう、我が親のこといって申し訳ないけどさ。

なんてこと考えて最後の二人のムービー観てたらそりゃお兄ちゃん号泣ですよ。


この写真、我ながら良くないですか?旅立っていく若いカップルを見送る兄の視点からの写真として。
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生よりON

2010-09-21 22:33:51 | 食べ物
生野菜はそんなに好んで食べない。

なんて言うと非常に食生活的によくない感じだけど違うのよ、ちょっと聞いて。

もちろんご飯食べてて目の前に生野菜があったらそりゃ食べますよ、嫌いなわけじゃないんだもの。野菜スティックなんかいいよね。キュウリ丸一本を塩でポリポリ食うのもいい。

でもね、生野菜よりは温野菜のほうが好き。

「生野菜のサラダと温野菜サラダ、どちらにしますか?」って聞かれたら2秒で「ON!」だね。

生野菜ってさー、消化に悪いような気もするし体が冷えそうな感じもする。

一方、温野菜はいいよね、量も食べられる。

「量が食える」ってのは結構、一人暮らしクッキングでは重要で、余らしちゃうと悪くする可能性高いからね。それなら温野菜でたっぷり消費しちゃったほうがいい。

レタスなんてしゃぶしゃぶで食べたらぺろっといっちゃいますよ。

先日、温泉行ってバイキングの食事してたら、蒸し野菜があったんだよね。

せいろに野菜が入ってて、なにあったっけかな? 大根、シメジ、長いも、にんじん、キャベツくらいかな。

それを好きなだけ取ってソースはポン酢とごまだれ、バジルソースの三種をお好みで、って感じだったんだけどこれが旨くてさー。ばくばく食べましたよ。

ファミレスでサラダバー付ってのはたくさんあるけどそれよりむしろ僕は蒸し野菜バー付なんてしてくれたら行きますよ。

つーことで秋なんで一人蒸し野菜バー。

にんじん、アスパラ、オクラ。

一人暮らしなんであんまり食材を残しとけないんでにんじんは一本使い切った。

ソースは今回メインがパスタだったのでイタリア風に、オリーブオイルとハーブミックス、塩で。

これがまた簡単な上に素材の味がしっかりして旨いよ。

白ワインなんかがあると豪華なディナーって感じだけど無いんで酒はビール。

蒸し野菜で旨いのはやっぱ根菜類だね。にんじんだの長イモだのさ。試したこと無いけどゴボウも旨いんじゃない?

秋になってくると根菜類とかそういう野菜旨くなってくるから蒸し野菜はいいね。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

twitter

2010-09-20 15:11:28 | 日記
iPhoneにしましたよっと。いろいろ悩んだんだけどねぇ~。

で、iPhoneでいろいろやってみてるわけだけど、twitterはクライアントもたくさんあってやりやすいね。


twitter流行ってますよね~。いろいろな人が始めてる。

この有名人の始めっぷりは今までのブログ、SNS(mixiとかね)のスピード感とはちょっと違うような気がするね。

なんでなんだろう?

僕も出始めた頃にとりあえずアカウント作ってみた。アカウント見てみると2007年から始めてる。

ほら、基本的に流行りもの好きだからね。んでもその時は「なにこれ?なにすればいいの?」ってのが全然わからなくて完全放置でした。

その後、たぶん去年の年末くらいからかなぁ、「いやいやちょっと真面目にやってみるか」、と再度初めてみました。

やっていてわかるんだけど、これは例えばBBSとかブログとかSNSとは全然違う、ということ。

一般的な説明ではtwitterは「つぶやけて、繋がれる」サービス、と思われてる。

wikipediaでも「個々のユーザーが「ツイート(つぶやき)」を投稿することで、ゆるいつながりが発生するコミュニケーション・サービス」と説明されているしね。

それはもちろん間違いじゃないけど本質を突いてない、と僕は思う。

「twitterやってますよ」と僕が言うと多くの人の反応は「え?なにをつぶやくの?」という点と「誰と繋がれるの?」という疑問に集約される。

そりゃそうだ。

だって「つぶやけて、繋がれる」と言われたら、重要なことは「何を」つぶやくのか?そして「誰と」繋がるのか?ということだもんね。

それに対する僕の答えは、つぶやくのは「何でもいい」、そして繋がれるのは「誰でもいい」と言うこと。

twitterにおいて僕が繋がっている人は数字だけで言えば、僕から希望して繋がっている人、「フォローしている人」、と言いますが(これ、英語で言えばfllowee、ということになるけど、日本語では一般的でないのでまだこれの明確なネーミングが無いね)それが170人くらい。

そして僕を「フォローしてくれている人」、フォロワーというのが100人ちょっと。

どちらに関しても言えることだけど、それぞれの人に対する情報というのを有名人を除けばほとんど知らない。

フォローしている、されている人、どちらもはっきり言ってしまえばどういう人かはまったく知らない。

mixiだって実名や本当の所在地、性別なんかは書いていない人も多いけど、それでも書いている人は年齢くらい書いてる。

一方、twitterは男なのか女なのか、若いのか年配なのか、すら見当もほとんどつかない。日本語書いているから日本人だろうな、というのはなんとなく見当がつくけどね。

「そんな人たちとつながって楽しいの?」と思われるかも知れない。

でもね、僕の理解だと確かに楽しい。

僕の理解ではtwitterは「何でもメモできてしかも人のメモも観られる」サービス、だと思ってます。

なんか心に触れたこと気になったこと、わざわざ紙にメモするまでもないこと、をメモ出来る。それこそ「このサイト面白い」だの「このニュースが云々」だの、更には「今、札幌にいます」だの「もう寝ます」だの。

多くは単なるメモ、ノイズ(=N)でしかない。

そのメモのほとんどは意味を成さない。人の役に立たない、という意味だけでなくおそらく自分にとっても意味はほとんどない。

(でもま、メモってそういうもんじゃないですか)

だけども、それを色んな人がやってるので極たまに「お!」と思うメモもある。つまりはシグナル(=S)。

それ誰かを取り上げる、「このメモおもしろい」と。

更にそれを「確かに」と取り上げる。

そうすることによってそのメモに価値が生まれてく。この連鎖がtwitterなんだと思ってます。

twitterを企業も注目してて色んな会社がアカウントを作ったりしてるけどこのポイントを押さえてるとこは成功してる(何が成功かは一概に言えないけど少なくとも見てて面白い)、このポイントを押さえず単に情報発信、販売促進として使ってるところは面白くない、いやむしろ邪魔。

twitterは今までのホームページ、ブログよりももっと完全に双方向性でないと非常につまらない。

このへんを企業は理解しないといけない、と思うんだよね。

「twitterで世界が変わる」なんて大仰な特集が雑誌で組まれてたりするけど、そんな都合のいい話はねーよ、とへそ曲がりな僕は思ったりしてます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

すべてのボンクラとDTのために。

2010-09-12 12:45:24 | DVD、映画
「寝取られ男のラブバカンス」ってDVDを観ましてね。

ニコラス・ストーラー
ジェネオン エンタテインメント
発売日:2009-02-06


どういう映画かと言うと有名女優とつきあってた作曲家(と言ってもテレビドラマの効果音をつけるというまぁその日暮らしの仕事)が突然彼女に振られる。
で、彼女を忘れるためにハワイにバカンスに行くんだけど、そこで偶然彼女と出会ってしまう。実は彼女は新しい恋人(ロックシンガー)と来ててこれまた鉢合わせ、って筋。

ちょっとネタバレするんで観る気ある人は読まないでね。

これね、基本的にはお馬鹿なコメディなんだけどよーくよく考えるとちゃんとしたいい話なんだよね。

途中、主人公は元彼女に聞く、なんで自分じゃなくあいつを選んだんだ?って。

「俺は君のことを愛していたのになんで裏切ったんだ?あいつのほうが有名だからか?あいつのほうが金をもってるからか?それともあいつのほうがHがいいのか?」って聞くんだけど、彼女の答えはそのどれでも無いんだよね。

彼女は曰く、

「あなたが変わったからよ!私と長く付き合えば付き合うほどあなたは努力しなくなったじゃない!昔は私の前ではちゃんとした服を着ていたのに今では1週間同じジャージを着ているじゃない。私が努力をしていない?私だって悩んでセラピストやママに相談したわよ!!」

それを受けて彼はあることに気づき、少しだけ、彼は変わって、最後は…、って映画。

うーん、これはいい話だよねぇ。

やっぱり(良くできた)アメリカ映画っていまだにちゃんとしてるなぁと思うのはこういう風に「馬鹿」のオブラートに包んでるくせにちゃんとした何かを伝えようとしてる、ってとこなんだよね。

いや、もちろん100パーセントの馬鹿映画もあって(例えばハングオーバー)それはそれですごいと思うけど。

つまりね、この映画、冒頭は「冴えない作曲家の主人公を捨てて有名歌手に走る彼女ひどいよね」って思ってるんだけどここで「いやいや彼女に愛される努力を怠った主人公のせいじゃん」と印象が変わるんだよね。

つまり、これはモテない男が「女ってひどいよな」と溜飲を下げようとしたら「いやいやモテないのは自分の努力不足じゃん」と気づかせる映画ってことなんだよ。

いやー勉強になるねぇ。

そういう系譜で言えば「愛しのローズマリー」なんかもそうだった気がするね。

こういう「モテない男たちに真実を伝えようとする」ものは結構あってそれは個人的に好感が持てる。

つまりさ、男なんてみんなボンクラかDTなんですよ。それを忘れちゃいけない。いくら年を重ねようとお金を稼ごうと一時期モテようと男はボンクラだってことですよ。

桑田が「本当は怖い愛とロマンス」で伝えようとしたこともそうじゃないんですかね。

歌詞は前にコピペしたからあえて書かないけど、あの曲って

×「女性は怖いよね」

ってことじゃなくて、

○「ちゃんと女性のこと考えて努力しなきゃ駄目なんだよ」

ってことだと思うな。

その視点で歌詞の僕の印象を語用論的に書いてみるけど。

---
誰かに甘えてみたくて
ふざけて胸を撫でた
君も微笑んでくれると
いつものようなノリだった
今まで何をしたって
許してくれたじゃない
積もり積もった思いが
君の中で今、燃え上がる
---

これね~解るでしょ。いや、「そりゃ胸触ったら怒るしょ」って話じゃなくて、たぶんね胸であれなんであれつきあい始めてラブラブの頃ってじゃれ合ったりしてたと思うんですよ。みんなそうでしょ?人前でいちゃいちゃしてさ。

その頃は彼女も「も~」とか言いながらも怒らなかったはず。

でもそういう時期って過ぎ去るじゃないですか。いや決して関係が冷めたってことじゃなくて。

付き合いはじめの頃は二人の世界しかない。だから人前でいちゃいちゃもする。でも時が経って「社会」と「二人」という関係性が出来る。そうなるといちゃいちゃしなくなる。それはカップルとしての成長だよね。
そういうことをこの歌の主人公は解ってない。だから!女性が怒るんだ、って話でしょ。
つまり「ちゃんとカップルとして成長していかないとダメよ。女性が成長して自分が成長しないままだと呆れられちゃうよ」って話だよね。

---
いろんなもの買ってあげたでしょ

おいしい食事も奢ったじゃない
---

ここも秀逸だよね。言いたいことは「そういうことじゃないんだってば!」ってことだよね。

ちょっと話が大きくなるけど、多くの男性はDT期にこういう経験をするわけだよね。ちょっといい感じになった女の子に突然振られる。なんで?俺は何も悪いことしてないしプレゼントだって上げたのに…、っていう経験。

それを繰り返してさ、「そうかそういうことじゃないんだな」って気づく。そこで初めてDT期を卒業するわけ。だからDTってのは経験があるとかないとかじゃなくて、その気づき、ある意味「悟り」を開いたかどうかなんだよ。

もしその経験が無いなら映画を観るとか音楽を聞くとかして擬似的に経験して悟りを開けってことだよね。

恋空だのハナミヅキだの観てちゃあダメですよ。そういうのは女性が友達と観に行くか、カップルで観に行くもんです。一緒に観に行ってくれる女性がいない男は違うの観て勉強せいと。

自分に言ってるわけですが(笑)

桑田がやっぱいいなぁと思うのは、「そういうことじゃダメですよ」って言うんじゃなくて非常にダメな情けない男のことを語ることによってそれに気づかせようしていることだよね。

「AさせたければAと言うな、Bと言え」って言葉があるけどそういうことをちゃんとやってる。

そういう意味で貴重なソングライターだと思うね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こんな時代が来るなんて

2010-09-09 23:41:51 | 音楽
桑田佳祐のニューアルバムが出ましたね~。

桑田佳祐
ビクターエンタテインメント
発売日:2010-08-25


病気でライブが無くなったのが本当に残念。。。

このアルバムも発売日前にアマゾンで予約して速攻取り寄せましたよ。

んで、封を切ったのはついこの間。2週間ほど放置しといたことになる。

なんでって?

だってうち今、CDプレイヤー無いんだもの。

パソコンを買い換える前はCD買ったらまずパソコンでiTunesに取り込んでiPodに落として聞く、って手順だったけど今のパソコンCDが付いてないモデルだから。

ぐるりと部屋を見回すと今、CDプレイヤーって無いんだよね。

考えてみるとCD買ったのだって数年前のサザンのアルバムが最後かも知れない。最近はダウンロードで買う方が多いもんね。

は~こんな時代が来るなんてねぇ。

昔はやっぱりラジカセ(ああ、懐かしい言葉だね)があってその後、CDコンポを買って持ってた。音楽だってCDで買うことが当たり前だったよね。

つーことでちょっと時間が出来たんで古いパソコンを引っ張り出して、それは完全にサラの状態になってるのでネット繋げる設定して、iTunesをダウンロード&インストールして、そこでCDを取り込んでそれをUSBに取り込んで外付けのハードディスクに移してそこから新しいパソコンのiTunesにフォルダごと取り込んで、iPodに同期してそれでCDを棚に仕舞う。たぶんそのCDはよっぽどのことがない限り2度と開かない。

10年前の僕にさ「それ何やってんの?」って聞かれて「音楽聞こうとしてる」って答えたらアホかと思われるだろうね。

とにかくこれが2010年の音楽の聞き方なわけだ。

で、聴き方は変わってもやっぱり桑田は最高ね。

タイトルチューン「本当は怖い愛とロマンス」最高。

---
誰かに甘えてみたくて
ふざけて胸を撫でた
君も微笑んでくれると
いつものようなノリだった
今まで何をしたって
許してくれたじゃない
積もり積もった思いが
君の中で今、燃え上がる

本当は怖い愛とロマンス
突然キレておさらば
こんなに弱い駄目な僕を
切り捨てる 魔女のように

男のささいな仕草が
女は我慢できない
出会ったころと違うよ
裁くチャンスを狙い澄ましてる

女って怖い!! 何故? わかんない
いろんなもの買ってあげたでしょ
なんったってすごい
幸せが七色の虹のように
She's gone

振り向けば置き去りにされた
ライライラライ
夏の夕日が沈んで行きました

本当は怖い愛とロマンス
突然 「ハイ、それまでヨ!!」
こんなに弱いダメな僕を苦しめる
鬼のように
Good bye my love
I know you are leaving
おいしい食事も奢ったじゃない
Oh tell me why say what you are feeling
青春が風と共に
She's gone
---

系譜としては「ロックンロール・スーパーマン」だの「祭りのあと」とかの「情けない男パターン」で最高にいいね。

---
男のささいな仕草が
女は我慢できない
出会ったころと違うよ
裁くチャンスを狙いすましてる
---

ここが本当に怖い愛とロマンス。

そこでさ、いろんなもの買ってあげたでしょ、だのご飯奢ったでしょ、とか言ってるのが本当に情けない感じでいいね。そういうことじゃ無いんだって!って言ってあげたい。

このへんのところは後ほど最近見た映画と共にちゃんと書きます。

とにかくこの曲は今度ドッピオさんと飲んだら二人でがなり歌おう。



(で、CDプレイヤーが無いって言ったけど後で考えてみたらDVDプレイヤーはあったからそれで聴いてもよかったんだよな)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無知の知

2010-09-08 23:07:36 | 仕事
どのくらい一般的な言葉か知らないけど「無知は罪悪」って言葉があります。

うちの会社ではよく言われている言葉なんだけど。

つまりどういうことかと言うとおよそ世間の多くの不幸な出来事は「無知」から起こった、という感じの言葉。

例えば昔、病気なんかは非現実的な呪いのせいだと考えられていて、病気になった人に対して悪魔払いなんかをやってたわけだよね。それでは治るはずがないので多くの人が死んだ。

これは病気に対する「無知」から起こった出来事。

多くの政争だの戦争だって多くの場合は相手に対する無理解とか無知から起こってることだってある。

そういうのは良くないよね、と言うのを戒めるのが「無知は罪悪」という言葉なんだけど。

僕は初めて聞いた時からこの言葉が嫌いだった。

いやね、「ちゃんと知らないといけませんよ」という教訓としては理解が出来ますよ、でもさ「無知は罪悪」といい切られてしまうと、そんなんどんな人間であって程度の差こそあれ「無知」なわけでしょ。だって世の中すべてのことを知ることなんて出来っこないわけだから。

そうすると全人類が罪人という話になってそれってなんか楽しくないじゃないですか。

と、思ってたんだけどこの言葉にちょっとツイストを加えると、正しいな、と思える。

どういうことかと言うとね、まずやっぱり「無知は罪悪」なんですよ。

で、じゃあ無知って何?というと一番の無知は「自分には知らないことがある」ということを知らない無知。なんかソクラテスみたいだけど、「自分は何でも分かっている、自分に知らないことは無い」といういわば「傲慢」は本当に罪だと思う。

こういうことってよーくあるよね。

仕事にしても「俺はそれなりにこの仕事をしてるんだからこの仕事については全部分かってるんだ」と思ってしまったり。

新入社員なんか見てるとそう思いますよ。

入社2、3ヶ月くらいで「自分は何にも知らない」とたたきのめされて、それ以降謙虚に学ぶわけだけど、それが2,3年続くと「3年もやったからもう俺は分かってる」と傲慢になりがちなんだよね。

そういう時はやっぱり罪人だと思う。

逆に言うと「自分はまだまだ知らないことがある、だからちゃんと学ばなきゃいけないんだ」と肝に銘じている限り少なくとも罪人ではないと思うね。

仕事に限らず人間関係だってそう。

「この人とはつきあいが長いんだからこの人の考えることは大体分かってるんだ」って思ってしまって相手の考えをちゃんと聞く努力を怠るとやっぱり問題起こるよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9月の個人的風物詩

2010-09-05 11:59:24 | 日記
9月ですねぇ。

9月って言うと個人的に毎年恒例なことがあって。

まず一つ目は来年の手帳選び。ここ6年ほどかな、ほぼ日手帳というものを使ってるんだけど、それの発売が9月なんだよね。毎年毎年いろんな色のカバーが出るもんだから、それをネットで検討したり、販売してるLOFTまで出かけて実際に色を観たりして選んでる。


僕が今年使ってるのはこれ。赤の革で熊の型押しが入ってるやつ。

手帳だから大事なのは中身だけだから、中身だけ買ってカバーは使い回せばいいじゃん、とも思うんだけどやっぱ一年使う物だから毎年好きなもん買いたいよね。

いままで大体赤が多かったんだけど、来年用のは違う感じにしました。ネットでざっと観た時に「あ、来年はこれにしよう」とすぱっと決めて念のためLOFTで見て決めました。9月にネットで頼んどくと年内に届くからそれが楽しみだなぁ。

もう一つは「ローマ人の物語」の新刊が出ること。

これって既にハードカバーでは全部出てるんだけど文庫版は毎年9月に出る。これが本屋さんに並んでるの観ると「ああ、もう夏も終わりだなぁ」という感じ。

今回出たのはシリーズで言うと15巻中の14巻目、「キリストの勝利」。
ローマ人の物語〈38〉キリストの勝利〈上〉 (新潮文庫)
ローマ人の物語〈38〉キリストの勝利〈上〉 (新潮文庫)

名も無い小国が大国カルタゴに勝ち、カエサルがグランドデザインを描きアウグストゥスが完成させたローマ帝国。悪帝もいたものの五賢帝が引き継いだけれどどんどんと衰退していったのがこの一個前の「最後の努力」。

で、いよいよこの巻では弱体する皇帝の威力の後ろ盾のためにキリスト教を国教とすることになる。

予定通り行けば来年の9月に最終巻「ローマ世界の終焉」が出てこのシリーズは完結することになる。それは少し寂しいけどその頃にはたぶん別シリーズの「ローマ無き後の地中海世界」とか今始まったばかりの「十字軍物語」が文庫で出るだろうからそれはそれで楽しみ。特に十字軍物語は本当に楽しみだなぁ。

ローマ人の物語を読んでると本当に「繁栄するとは何か、そしてそれがどうダメになっていくのか」ということを考えざるを得ない。

それって今の日本にも当てはまることだし、会社組織にも当てはまる。

『賢者は歴史から学ぶ、凡人は経験から学ぶ、そして愚者は経験からも学ばない』って言葉があるけどやっぱり少しだけでも歴史から学ぶようにしないとね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

父と子と、あと何か

2010-09-02 00:46:30 | 
ひょんなひょうしで見つけました。


肺がんで死にかけている団塊元東大全共闘頑固親父を
団塊ジュニア・ハゲタカファンド勤務の息子がとことん聞き倒す!
「お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!」


長いタイトルだな。。。

どういう話かと言うと(ほとんどタイトルがすべてだけど)、60代で昔ばりばりの学生運動家の父がガンで先が長くない、というタイミングでその息子が父の60年代を対談形式で聞き倒す、というもの。で、その内容をネット上で公開している。

更にこれ単行本にもなってるらしい。
お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!
単行本にもなるくらいのたっぷりの分量なんだけど、移動中なんかに携帯で読み終えました。活字中毒の人にはいいですよ、文字がたっぷりあって。

さすがに父はばりばりの学生運動家だけあって、当時の世相(学生運動とかベトナム戦争とか共産主義とか)の知識がたっぷりある。フランス革命から始まりソ連崩壊までの歴史ってのをざっくり説明してくれてるのはありがたいよ。

で、それだけじゃなくて近代思想だとか哲学だとかの話にもわき道に逸れていってそれがまた興味深い。
冷戦時における核戦略史とか、デジタルディバイドよりランゲージディバイドのほうが深刻だ、とか、いろいろおもしろい話を読めた。

語り手は父で、一方聞き役である息子は1974年生まれということだからほぼ僕と同世代。

この団塊世代の父と団塊ジュニアの息子、という関係は僕と僕の父とほぼまぁ同じ。

(厳密に言うと1974年生まれは団塊ジュニアで、1975年生まれはポスト団塊ジュニアだけど、まぁそこまで細かく分けても意味無いからね)

息子のほうは少なくともこの対談においてはほぼ僕らと同じ知識で、やっぱり父の言葉で「それなに?そんな言葉知らないけどどういうこと?」と素朴な質問を投げかけたりしてて、それがまた僕らに取っては理解の促進になる。

話がとてもおもしろいけど、それ以上にやっぱりこの「父と子」の関係がおもしろい。

気持ちとしては非常によく分かるんだもの。

僕と僕の父も別に仲が悪いってわけじゃないけど「父と子」ってどうも愛憎半ばするというか照れもある感じでまともな話ってあまり出来ないじゃないですか。

だからね「父と子」の間に何かを置くと喋りやすくなる、という気持が分かるんだよね。何というか「父と子と聖霊」で三位一体論みたいな話だけどさ。

ちょっと前にドッピオさんと一緒に僕の実家行ったけど、僕と父の間に他者(この場合ドッピオさんね)が入ると僕も父もよく喋るけど、二人だけだとねぇ、あまり話は弾まないよね。父は「基本的にずっと喋ってる」って人なんで僕が返事しなくてもずっと喋ってるわけだけど。

この本でも父と子はよく喋ってるけど、これもたぶん「父の60年代」というテーマが無ければこんなに話は弾まなかったんじゃないかな。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ごめん、好きじゃないです

2010-09-01 00:29:39 | 日記
こないだ食事しててキャバクラの話になった。なんでだろうね?飲んでたのはキャバクラ嫌いな上司(男性)と女性だったんでそんな話になる流れじゃないんだけど。

そこで言われたんだよね。

「showさんってキャバクラとか好きそうに見えるのにね~」

あのですね、何度も言ってるけどもう一回言いますけど、僕、キャバクラ嫌いです。

ここ数年、行った覚えが無いし最後に行ったのは4,5年前かな。同行してた人がどうしても、って言うんで。

好きじゃない理由はいくらでも挙げられる。

まず、お金がかかる。これは行った人じゃないとまったく分からないと思うけど、はっきり言います、えっらいお金かかりますよ! 「私も飲んでいいですか?」「おつまみ頼んでいいですか?」「延長しますよね?」なんて質問によく分からないのでとりあえず「はい」って答えてたらとりあえず一晩でちょっとした札幌のワンルームの家賃くらいは払えるくらいの会計になるからね。

あと、別に話もおもしろくない。「こっちが金払ってるんだぞ」と偉そうに言うつもりは無いけどそれでもさ、普通にこっちが話して、相手が話してそれを聞いて、、、なんて言うコミュニケーションならいつでもしてるわけですよ。いや、基本的にあんまり人の話聞いてない部分がある、と言われたらそりゃ謝るけど。とにかくなんでそんなのをわざわざお金払ってしなくちゃいけないのか。

それとね、「あ、これが最大の理由かも知れない」と思うんだけど、「音楽とかで店内がやかましい」ということなんだよね。

これは僕、こういうお店に限らずどこでも嫌いです。

居酒屋だろうと喫茶店だろうと音楽がやかましい、というのは好きじゃないなぁ。だってさ、一緒に行った人の話がよく聞こえないじゃないですか。

だからね、僕、パチンコもやらないんだけどそれは「パチンコ屋ってうるさい」ということもあるんだよね。



あ、僕はキャバクラ好きじゃないけど「キャバクラ好きな人」のことは別に嫌いじゃないよ、それはま、人それぞれだから。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インセプション追記

2010-09-01 00:28:56 | DVD、映画
ちょっと映画「インセプション」のことで、見終わったあと「ああ、こういうことかも知れないな」と思ったことがあるんでしつこく追記しときます。

まずこれは完全ネタバレなんでご注意ください。ネタバレだ、って言いましたからね、よろしく。おもしろい映画なんでぜひ観て頂きたい。








この話は「僕もそう思ってる」ってことじゃなくて、「そういうことを伝えたかったのかも知れないな、あるいはそういう風に感じる人もいるだろうな」って話なんであまり僕個人を投影しないでいただけると助かります。。。

前の話で僕はこの映画は3段階の見方が出来る、という話を書いた。

1段階目は「産業スパイ」の話。御曹司に会社を解体させるという考えを「インセプション(植え込む)」というアクション映画。

2段階目は「夫婦」の話。

3段階目は「現実って何?」って話。

ちゃんと書きたいのは2段階目の夫婦のこと。

まず、この映画のお約束を確認しとく。

・主人公たちは人の夢の中に入り込むことが出来る。
・夢の中では時間が早く進む。つまり、現実には1時間しか寝てないのに夢の中ではそれが1週間くらいに感じられる。
・夢はどんどんと深く入っていくことが出来る。夢の中で更に夢を見て、更にその中で夢を見て…ということが可能。
・入っていくたびに時間は早まる。現実、第一階層(現実で観てる夢の中)、第二階層(現実で観てる夢の中で観てる夢の中)…と行けば、現実の1秒が第二階層では1ヶ月くらいになる。

で、この映画の中の夫婦はこんな感じ。

・主人公と妻は二人とも夢に入ることが出来る。
・二人は夢の階層深くで長い時間を過ごした。プロポーズした時に「二人で年を取っていこう」と約束したし、二人の時間が楽しかったから。
・その中で主人公は「とはいえ現実に戻らないと」と思った。
・妻は夢を現実としてここで生きていきたいと思った。
・そこで主人公は「これは夢で現実ではないんだ」という考えを妻にインセプションした。
・結果、妻は現実でも「これは現実ではないんだ」という考えにとらわれてしまった。
・その考えで、妻は現実で「これは現実ではない」と考え、死ねば現実に戻れる、と思い自殺してしまった。
・以後、妻の死はトラウマになり、主人公の仕事において(つまり夢の中で)たびたび妻の幻影にとらわれる。

だから、主人公の仕事、つまり「他人の夢に入り込み、記憶を盗む、都合のいい現実をインセプションすること」において妻の幻影が現れたびたび主人公の邪魔をする。

これね、見方によっては、「仕事の邪魔をする妻」ということだよね。

「仕事仕事って言って、私をないがしろにしないで、私とちゃんと時間を過ごして」という妻。

このあたりがすごく象徴的だなぁーと思うんだけど、

「仕事のため現実に戻ろうとする夫」と「とにかく現実じゃなくてもいいから二人で長い時間を過ごしたがる妻」というのがね。

更に言うと「主人公の仕事がことごとく妻に邪魔される」ってのもおもしろいよね。仕事がんばろうとしたら妻に邪魔される…。

何度も言うけど僕がそれに同意しているというわけじゃなくて、「そういう取り方も出来るよね」というだけの話。映画の作り手もそういうメッセージを明確に伝えたくて映画を作ってるんじゃないかも知れない、それは分からない。

で、これがこの映画だとひとつひねりが入っておもしろいのが、主人公の仕事がことごとく妻に邪魔されるわけだけど、この「邪魔してる妻」って結局、「主人公の深層心理」なんだよね。既に現実の妻は自殺して既に、この世にいないわけだから。

これが本当におもしろいなぁ。

僕も観てて最初は「ああ、この奥さん面倒くさいなぁ」と思ってたんだけど、途中でふと「いや、もう奥さんは現実には死んでてこれは全部主人公の潜在意識なんだ」と気づくんだよね。それに気づくと、主人公が結局、奥さんを恐れていて(ま、自殺を止められなかった、という罪の意識かも知れないけど)結局、主人公の一人相撲じゃないか、と思うんだよね。

つまりね、よく言うじゃないですか、「奥さんが『私と仕事どっちが大事なの』って言う」とか。確かにそういうこと本当に言う奥さんもいるだろう。でもね、それってあなたが勝手に幻想として思ってるだけかも知れないよ、って言うメッセージをこの映画は発してる、とも考えられるよね。

更に言うと、この主人公の役をディカプリオがやってるのがおもしろいよね。

どういうことかと言うと、映画のメッセージとして、

①愛のため旦那の仕事を邪魔する妻、邪魔される旦那。
②でもそれもすべて旦那の幻想かも知れないよ。

で、更にその旦那役を35歳で独身のディカプリオがやってる。

これがどういうメッセージとして受け取れるか(あえて受け取ろうと思えばね)というと、「ぐだぐだ夫婦関係で悩んでるけど、それは幻想かも知れない。というか現実社会でディカプリオは結婚してない。だからぐだぐだ結婚について悩んでもしかたないじゃないか」かも知れないなぁ、と思うんだよね。


ということで以上は僕が考え過ぎているだけかも知れないけど、とにかくま、いろんな見方が出来る映画、ってのはいい映画だよね。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする