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浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

僕は東京ポッド許可局を応援しています。

2011-06-20 19:18:09 | 
昨日、トークライブに行ってきました。

何でもやっぱり生で見るといいね、と言う話は今度別にしたいと思ってます。

行ってきたのは「東京ポッド許可局」というポッドキャストで放送している番組のイベント。



東京ポッド許可局と言うのはマキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオ、という3人の芸人がいろんなこと(えーっとM-1とかビートたけしとかアイスとかキャベツとか…)について3人で話している、という音声だけの番組。

これがねー、面白いんだわ。

キャッチコピーは「屁理屈とはスポーツである」。

いいおっさんたち(だいたい30代後半から40歳)3人がジュースについて「あれ旨い!」だの、お笑いについて「手数の時代に入っている」だのを話し合っているのなんて、聞いてるこっちもずいぶん物好きだなぁと思うところはあるけども。

ぜひ騙されたと思ってポッドキャストを登録してみるか、iTunesとかもって無くてもパソコンでも聞けるので聞いてみてください。

(一番下に余計なおせっかいですが、現時点で聞けるデータのうちお勧めを書いておきます。)


ここからちょっと大仰な話になるけども、僕はこの東京ポッド許可局を応援しています。

なぜか、というとまず、コンテンツとして内容が非常に面白いから。聞いていて笑うし、「なるほどなぁ」と膝を打つところも多い。落語なんて僕はそんなに詳しくは無いけどそれでも「小朝論」という回で、三遊亭円朝という大落語家についての詳しい話なんかは非常に参考になった。

そしてこれが基本的には無料で聞ける、というのがすばらしい。システムとしては毎週日曜にネットを通じて配信されてそれをダウンロード、あるいは視聴するのは無料。配信後、数週間でネット上の掲載は終わり過去のものを聞きたければ5回分まとめて300円で購入できる、という仕組み。だからPodcastに登録して自動的にダウンロードされるようにしておけば基本的に無料。

こんなすばらしい話はないね。


そしてここからが僕が言うことじゃないけど今後のメディア論的視点からの応援理由。

僕はこれが新しい芸人の「売れる形」になって欲しいと思っています。

登場する3人とも現時点では失礼ながら決して世間的に有名、という人ではない。ダウンタウン、ナインティナイン、ブラマヨ、オードリーとか今テレビを付ければ見られる人とは比べ物にならないくらい知名度はない、大変失礼だけれども。

でもね、僕は思うんだけどテレビにいつも出ている人たちしか見たり聞いたり出来ない、という状態ってすごく淋しい。

出来れば面白い人も(そりゃもちろん面白くない人も)たくさんいて、そんな中で楽しめたほうがいい。

もちろんテレビだけが「世間」ではなくてテレビに出ていないけど面白い人は現時点ではたくさんいるだろう。僕が知らない面白い人、そして僕の知らないところで人気がある人だってまだまだたくさんいるんだろうと思う。だけどこれだけネットが発達した現代においてもその人たちを知ることが出来ない人、知っているけど触れるチャンスが無い人だってたくさんいる。たとえば地方に住んでいたりするとね。

あくまで素人意見だけど今のテレビはもうガチガチで、人気のある人(というか「人気があると思われている人」)しか出てこない。

そんな中、自分たちを面白いとちゃんと自信を持っているけど出るチャンスが無い人ってたくさんいるんだと思う。(その人たちがかけたチャンスがM-1であったと思うんだけど)

そしてそこにも入れない人がいて、残念ながらそういう人たちは今までどれだけコアなファンを得ていても残念ながら消えていくしかなかった。ファンがどれだけコアでも絶対数が少なければ商売にならない。

そんな状況をこの人たち、東京ポッド許可局は打破しようとしていると思う。

お金なんてほとんどかけずに3人で集まって1個のICレコーダーの前で話している。それをこれまたお金をかけずにPodcastとして配信する。ただそれだけ。それでもその話が面白ければ人は集まってくる。なんとまぁいまPodcast登録者数20万人ですって。

その20万人のうち何人がちゃんと聞いているかは誰にも分からないけど、場合によってはゴールデンタイムでも視聴率1%を切ってしまう現在においてもテレビよりもそれは大きな影響力なんじゃないだろうか。

僕はこういうパターンがどんどん出てくればいいと思っています。

こういう「話」の形だと二番煎じになってしまうけど、たとえば楽器を使わずめちゃくちゃすごいオリジナル曲を演奏できるよ、って人がいたとする。今までだったらこの人は単なるもの珍しい人で、うまく行ってもちょっとしたバラエティに出て終わり、ってくらいだろう。CD売ろうにもお金がかかるからそんなに作ってくれる人なんていない。自主制作しても限度がある。

でもこのパターンを踏襲すれば、まずはPodcast配信をする。いい物であれば聴取者が増える。その中で欲しい、という人にのみオリジナル音源をネット販売する、ということが可能かも知れない。直接的に販売出来なくてもそれが知名度を上げる要因になり、何かしらのチャンスが生まれることだってあるかも知れない。

Ustreamだって今は玉石混合だけどその中からきちっとお金を稼いでいく人が現れればもっともっと発展するだろう。

結果、テレビの視聴率が下がってテレビがつまらなくなってもそれは時代の流れだもの、仕方が無い。(ただあえて僕は言っときたいけど僕は典型的にテレビっ子でテレビとともに育ってきた人間だから「そーんなにテレビは弱くないだろ」と思っているけどね。お金無いならないでどうにかするよ、たぶんテレビは。)


この「東京ポッド許可局」も現時点では大きく儲かっている、というわけではない。(イベントでも本人たちがしきりに言っていた) でも僕はこういう人たちこそちゃんと儲かって欲しいと思う。ウハウハ、ってほどでなくても少なくとも本人たちがやりたいこと(つまりこの番組)を続けられる程度に。そうすれば何より聞いている僕が楽しめるもの。

なんとこの東京ポッド許可局、8月28日に日比谷公会堂で2,000人集めるイベントを行う。(→大東京ポッド許可局

先日見てきたイベントはこの大イベントのオフレコトークもあった。聴いていると一言で「2,000人集める」と言ってもこれは大勝負なんだなぁということがよく分かる。スポンサーのいるイベントではないからイベント費用は本人たちが出している。現時点で2,000人の動員力のある人たちでは無い。もし不運が続けばお客さんが入らず大赤字ってこともありうるだろう。

この「行けるのか行けないのか」というドキドキ感がたまらない。本人たちが言っていた「僕ら失敗している余裕がある年齢でもないし、後戻りが出来る年齢でもないんです!」はかなりグッと来たなぁ。僕自身、この人たちとほぼ同世代、と言っていい世代だからこの気持ちはよく分かる。

僕は決してお笑いに関して先物買いをする人間ではない。たとえばお笑い番組を細かくチェックして「あ、この芸人がこれから来そうだな」なんてことをやる人間ではない。だから数年後に「あいつらは俺がずっと前から目をつけてたんだよ」と言いたくて応援しているわけじゃない。

ただ上記のような理由で、必ずこの人たちは脚光を浴びるはずだと思うし、ぜひ浴びて欲しいと願っている。そうすれば世界はもっと面白くなるはず。

というわけで僕は東京ポッド許可局を応援しています。


気になる方は本も出てますからぜひ手に取ってみてください。買うのが躊躇われるならお貸しします。
東京ポッド許可局 ~文系芸人が行間を、裏を、未来を読む~東京ポッド許可局 ~文系芸人が行間を、裏を、未来を読む~


【オマケ:2011年6月21日時点で聞ける東京ポッド許可局お勧め回】

上記でも書いたけど東京ポッド許可局のコンテンツは大体10~30分くらいの音声コンテンツ。形式としては3人(許可局員、という形式)がtだただしゃべっているだけ。プラスたまに謎の局長と言う人が入ってくる時もある。

テーマはかなりばらばら。

毎週日曜日更新、公開期間(つまり無料で聞ける期間)は数週間。ただPodcastに登録(あるいは自分でダウンロード)してパソコンに保存しておけばずっと聴ける。

どの回も面白いけど人によって好みがあると思うので(僕は全部好きだけど)お勧め回を余計なお世話ですが書いときます。

※このページ(→東京ポッド許可局)行って下にスクロールや「次のページ」とか行ってみてください。各回にあるリモコンマークの再生ボタンを押せばすぐ聴けるし、「DL」というところを押せばダウンロードできます。

【第180回“大好きなファーストフード”論 】

3人がただただ自分の好きな食べ物について語り合う、という許可局のお家芸的回。この人たちの特長はただ単に「あれ旨いよね」というだけに終わらず、なぜそれが旨いのか、その旨さは自分に取ってどういう意味があるのか、という屁理屈をひたすらこねくり回す点。それがよく分かる回。

【緊急特番“ラジオ”論】

TBSラジオ60周年記念番組に出たときの回。ラジオについて語っています。このときのマキタ局員の「しゃべりたかったんだよ!」という心の叫びは白眉。なぜか途中、インスタントラーメンの話に脱線していくのもすばらしい。

【第184回“この志ん朝がヤバい! 傑作三席”論】

許可局員の一人サンキュータツオ氏は落語に造詣が深い。そのタツオ局員が平成の名人古今亭志ん朝の魅力を余すところ無く語った回。「落語大嫌い!」という人でなければ必ず「へーちょっと志ん朝って聞いてみようかな」と思うはず。そうやって自分の触れたことの無かったものに触れてみる、ということって人生おいて幸せなことだと僕は思うんだよね。
もしこれで落語に興味を持ったら是非、東京ポッド許可局の「小朝論」そして「小朝論~その後~」の小朝シリーズを聞いていただきたい。どれだけ落語の世界が興味深いかを必ずご理解頂けるはず。

「Deus lo vult.」 - 神がそれを望んでおられる

2011-06-06 19:40:08 | 
「ローマ人の物語」を僕が読み続けているのはご存知のとおり。

このシリーズは元々単行本で15冊出版されている。まぁ1000年間くらいの話だからね、ロングシリーズ。

単行本だと場所も取るし値段も高いので僕は文庫本で揃えています。だいたい単行本1冊が文庫本3、4冊くらいになるので、15×3で文庫本でも45冊くらいになる。(たっぷりあるんで本棚の一番上に並べといたらこないだの地震で全部落ちてて大変だった)

文庫本のほうは年に一度9月ぐらいに刊行される。次の9月に最終刊「ローマ世界の終焉」が出て、文庫本シリーズ終了の予定。

とはいえ作者自身の単行本のほうもまだまだ出ていて、「ローマ人の物語」の後日談「ローマ無き後の地中海世界」という単行本が出てる。たぶんこれも同じ形態で文庫本になるだろうからそれ待ち。

そして現在、作者が5冊シリーズで出している単行本が十字軍の話。

ローマ帝国の成り立ちと終焉まで(紀元前40年くらいから紀元後480年)のあと、十字軍の話(紀元後1000年くらい)にというのは非常に楽しみ。僕自身は十字軍についてほとんど何も知らないからね。

ま、こちらも文庫本を待とうと思っているから読むのはかなり先だなー、と思ってたんだけどシリーズ第一作が図書館にあったのでつい借りちゃいました。

絵で見る十字軍物語絵で見る十字軍物語

この本は「十字軍シリーズ」の予告編的なもの。ドレという画家が描いた十字軍の物語の絵がメインで文はその解説。絵が大きめにで、細かいことは載っていないけどだいたいの流れを頭に入れるにはちょうどいい。

だいたいの主要登場人物も絵で見て分かるしね。隠者ピエール、サラディン、リチャード獅子心王なんかがキーパーソンだ、ということは分かった。「カノッサの屈辱」なんかも出てくるのかなぁー。


そして、この簡単な「予告編」だけを読んでも分かることは「神がそれを望んでおられる」を合言葉にしたこの戦いは終わりが見えないなぁ、と言うこと。

キリスト教側はイスラエルという聖地の奪還を「神がそれを望んでおられる」を合言葉に正義の戦いとした。一方、イスラム教側もこの戦いを聖戦(ジハード)と名づけた。

その結果、神が一番望むわけがない多くの戦いと人の死が繰り返されることになる。残念ながらそれは第一回十字軍から約1000年経った現代でも終わっていない。

ため息をつくしかない。

街場のマンガ論

2011-06-06 00:06:19 | 
あー、面白かったわー。

内田 樹
小学館
発売日:2010-10-04



内田樹の「街場の~」シリーズ。

第一章の「井上雄彦論」なんかはこれ完全にマンガ論ではなくて教育論ね。

『バカボンド』(宮本武蔵のマンガね)を例にとり「わけの分からないことを言う大人が複数人いる状態が子供に取って一番いい教育現場なのだ」という話が出てくる。

『バカボンド』読んだ人は覚えていると思うけど、主人公宮本武蔵の心の中であるとき柳生石舟斎、宝蔵院胤栄と言う二人の師(というかロールモデル)が出てくる。二人は超一流で、だからこそむにゃむにゃと勝手なことを言う。イメージとしてはよくマンガで心の中で悪魔と天使が言い争いをするけどそういう感じ。

この状態、複数のロールモデルがぜんぜん違うこと、場合によっては同じことを言っているんだけど違う言い方をしている、時こそ本当にその人が自分で考え、自分で答えを出す時なのだ、という話。

それなんて本当によく分かる。

明らかに正しい人が一人しかいなくてその人の言うことが正しいと思える時なんて自分は成長しない。いろんな人がいろんなことを言って、しかもそれがどうも「全部正しいなぁ」と思える時、初めて自分で考えるようになるもんね。

その他にも「少女マンガの四種類の音」なんかは面白かった。普通のマンガにある音、つまり紙面上に出てくる文字は3種類しかない。つまり「実際の音(口に出して言った言葉だったり周りの音だったり)」、「内なる声(つまり、考えていること)」、そして「擬態語」。少女マンガには更にもうひとつ加わる。それは「心の中に存在するけど本人自身それに気づいていない声」この4つ目の声を理解できる人は少女マンガを楽しめるけど、これが理解出来ない人は少女マンガを楽しめない。

なるほどねぇ。

その他、対アメリカとの関係から読み解くマンガ論なども面白いです。

マンガ好きな方は「へぇーなるほどー」と思えると思いますよ。

指導者としてのティベリウス

2011-06-02 22:58:56 | 
ふと思って僕が昔書いた「ローマ人列伝:ティベリウス伝」の一部を修正の上、転載。


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現在、イタリアの歴史の教科書にはこういう記述があるそうです。

「指導者に求められる資質は、次の五つである。知性。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、この全てを持っていた。」

指導者に必要なもの、について僕は何もわかりません。その五つと言われればそうなのかもしれません。

ただ僕は指導者として絶対に言ってはいけないこと、だけはおぼろげながら思っています。

それは、

「だったらお前がやってみろ」

です。

望んだ権力でなかったにせよ、それを言ってはおしまいではないですか。つまり、指導者は絶対に投げてはいけないのです。

辛ければ適当にお茶を濁してもいい、時には弱音を吐くこともあるでしょう。
しかし投げてしまうのは余りにも無責任じゃないですか。

人生は不本意なものです。あっち行けーと言われて行ってみたらこっちに来いと言われ、やれと言われたことをやろうと思ったらやるなと言われ。

確かにティベリウスの人生は不本意なものでした。司令官としての才能を持ちそれを十分に発揮しながら、なりたくも無い皇帝にさせられ。母からはいちいち政治に口を出され、愛した人とは別れさせられ、政略結婚させられた妻とは巧くいかず。

それどころか自分が何よりも愛し、全身全霊で尽くしたローマ市民からも蛇蝎のごとく嫌われました。

しかし彼はそれを受け入れました。彼は言われたことを言われた以上にやりました。不器用だったかもしれません。それでも皇帝としての責務を何一つ投げませんでした。それで充分じゃないですか。
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しんぶんぶん

2011-05-27 20:20:38 | 
僕は新聞を読まない。

…と、もし10年前に言っていたらもしかするとかなりバカにされたかも知れない。

その頃はまだまだネットの力が弱くて、やっぱり「ニュースソース」としての新聞の価値が非常に高かったから。

でもあるときから僕は「こんなの、ネットのほうが早いじゃん」と思うようになったんだよね。そもそも新聞という「形」ってすごく不便なんだもの。大きいしすぐバラバラになる。文庫本くらいの大きさだったらもっといいのにね。あと毎日のことなので古新聞がすぐ貯まってしまう。

数年前だけどこんな出来事があったんです。

喫茶店がどこかでコーヒーを飲みながらふと隣を見るとお客さんが新聞を広げている。スポーツ新聞だったと思うんだけど。その見出しが目に入った。芸能欄だったと思うんだけど。
で、そこにニュースが書いてある。
そこで、ふと僕は携帯でニュースをチェックしていたら「今朝、○○新聞で報じられた××というニュースは誤報だと判明」というニュースが流れていたんだよね。

その出来事で「ああ、新聞というメディアはなんて不便なんだろう」と痛感してしまったんだよね。そこから完全に新聞をあきらめてた。

でも最近、ふと思うことがあって新聞を改めて購読することにした。まぁ基本的に天邪鬼、ということが大きいんだけどね。

何よりやっぱり新聞の価値というのは『面積』ということだと思う。

つまり一面をぱっと見ただけで「どのニュースが大事なニュースなのか」ということがその「面積」で分かること。これは新聞(というか”紙”)ならではのことだよね。

それから『興味の無いことを読める』ということも新聞の利点。

僕は各種新聞やその他ニュースサイトをRSSリーダーに登録して見出しで読めるように設定しているから、とにかく多くのニュースから自分の関心のあるニュースにすぐアクセスできるという点では非常に便利。
一方、新聞を読む、ってなるとほとんど僕には興味が無いことばかり。それでもざっと読んでいると読んだ結果、「へー」と思うこともある。

たとえばこないだ「琵琶法師」の記事があってね。若い方なんだけど琵琶の音色と共に語られる平家物語が好きで自分でもやるようになった、と。

もしこれが見出しでRSSリーダーにぱっと出てたら特に気にも留めないけど新聞で大きな面積が使われているとやっぱり読んじゃう。そして「そうか、ちょっと琵琶の音色なんて聞いてみたいな」と思ってyoutubeで探してみたり、「そうか、来年の大河ドラマは『平家物語』なんだ」なんてどうでもいいような、それでも自分の興味が広がってく感じがする。

この、紙の新聞、って絶滅が危惧されて既にかなりの時間が経ったけど、まだまだ寿命は長い気がします、たぶんおそらく。

聞き上手になるための3点

2011-05-23 20:52:49 | 
仕事柄、人の話を聞くことが多い。やればやるほど「ちゃんと聞く」ってのは難しいことだよなぁ、と思う。

そもそも僕は「人の話をちゃんと聞かない」ってことでは有名だからね。はい、反省はしてます。

話を聞くことについては色々な本を読んで来たけどこれは秀逸。

話を聞く技術!話を聞く技術!

「話を聞くプロ」、黒柳徹子、ジョン・カビラ、糸井重里、河合隼雄(心理学者)、吉田豪(プロインタビュアー)、現職の刑事(!)などなどに「どうすれば巧く人の話を聞けるのか?」というテーマでインタビューしたもの。

話を聞くプロに話を聞く、というこの海彦山彦的入れ子構造が大変興味深い。

で、読んでて思ったけど「話を聞く姿勢」として概ね共通しているのは下記3点だと思う。(刑事さんだけちょっと違うけど、それはまぁ目的が違うから)

1、相手を好きになる。
2、事前調査をしっかりする。
3、知ったかぶりはしない。

うーむ、反省すべきことばっかりだなぁ。

誰でも、心の中に、自分だけの、小さな島を、持っている

2011-05-12 19:16:39 | 
村上春樹の「羊男のクリスマス」という本があるんすよ。

羊男のクリスマス羊男のクリスマス

おそらく村上春樹作品の中では大きく取り上げられることは無いんじゃないかな、と思うんだけど僕はかなり好き。村上春樹作品によく出てくる「羊男」がひょんなことから異世界に行ってしまいいろいろな人(というかある意味クリーチャー)に出会う、という話です。

最初は文庫本で読んだんだけど好きなので単行本(というか絵本)も持ってます。

こういう「よく分からない異世界に行き、変なものに出会う」という話がそもそも好きで、我ながら何でだろうなぁと思ってたんだよね。

ふとしたときにそれを考えてて、ふと思い出した。

小学校の頃、学校の図書館でそういう本を読んだんだよね。

タイトルは分からないけど記憶にあるのはこんな感じ。

ある若者が何か目的を持って魔法使いを探しに行く。その異世界はなんだか地下の世界みたいなところで変な生物を見たりする。覚えているシーンは挿絵があったんだけどエレベーターがたくさんある場所でその世界ではエレベーターが何本も壁も無くぶら下がっている。結果、その人は魔法使いに会うんだけどその魔法使いが世界を救っていたのは彼がハナクソを穴に入れていたから、、、

という自分で言ってても「なんだその話?」と思うんだけどほんとにそういうの読んだんだよ。

機会があればまた読みたいなぁと思っていたけどそのタイトルも作者も分からない。覚えていたのはカバーが赤茶色で表紙の絵がその異世界の島だったこと。

ふとしたときに本屋で児童文学のコーナーにぷらっと行ってその表紙を目印に探してみたけど無いんだよね。

いつか読めればいいな、と思っていたけどそこはやっぱり現代ネット社会。ヤフー知恵袋で僕の覚えている話を書いて聞いてみたら即答えてくれる人がいました。

コン・セブリ島の魔法使いコン・セブリ島の魔法使い

なんとまぁ別役実の本だったのか。僕もこの人の作品は未読だけど不条理劇の大家だということくらいは知っている。

表紙がどうも僕の記憶と違うのでちょっと不安だけどついつい懐かしくてAmazonで頼んでしまった。

手元に来て分かったけど表紙のカバーをはずしたら正に「イエスイエス!これだよ!」という表紙。

改めて読んでみたけどすごい話だった。

そもそも出てくる固有名詞がすごいよ。主人公はトムカンテ君、ウジオシからサザントール半島を回ってトリントンからトンネルを通ってコン・セブリ島に行く。ガイドは猿のハゲで寝る前に月夜草の砂糖漬けを食べさせないとウスラシオを怖がるから動かなくなってしまう。。。いいでしょ?

こういう訳の分からない児童文学って人間の人格形成に非常に重要だと思う。勧善懲悪の分かりやすいストーリーだけじゃダメですよ、たぶん。

で、別役実のあとがきはこんな言葉で始まっていた。

誰でも、心の中に、自分だけの、小さな島を、持っている

うーん、なるほどなぁ。この本も裏表紙にコン・セブリ島の地図が載ってる。これ見てふと村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を思い出した。それもその想像上のストーリーの舞台となる地図が入ってたよね。

なんとなく想像上の地図を描く(ここに城があって、ここに洞窟があって、そこには怪物がいて…)ことってそりゃ昔、子供だった頃って多くの人がやったよね。

その地図から始まるストーリーって昔は子供だった我々がそりゃ好きなはずだよ。

やんでくれ、涙の雨よ

2011-03-26 22:03:10 | 
ちょっと前の話になるけど桑田のニューアルバムが出ました。

MUSICMAN(初回生産限定 “MUSICMAN” Perfect Box)(DVD付)
MUSICMAN(初回生産限定 “MUSICMAN” Perfect Box)(DVD付)

いや~いいアルバムだわ!!

ほんと聞きながら「あードッピオとマドモアゼル唯先生とドライブしたいなぁ」と思った。

昔、大学の頃、マドモアゼル唯先生の車で男3人で羽幌から札幌まで車で走った。その間、BGMはサザンのアルバム「Young love」で、とにかくずっとそれをかけながら都度都度「あ、ここの歌詞いいよねぇ」とか「ここ、『マヌーサかけた』って言ってない??」とかくだらない話をしてた。話が尽きるとただCDに合わせて歌ってたりね。

とにかく今回の桑田のアルバムもそういう感じ友達と(ビールでも飲みながら)語ったり、「ここ、いいよね~」と感心したりただただ声合わせて歌ったりして聞きたい。

桑田圭佑は昨年、食道がんで入院した。結果的にはご存知のとおり復活したわけだけどその時点では「万が一、もしかすると…」という可能性だってあっただろう。

曲の中には一聴して明らかに「死後の世界」を歌っているものもあって(『銀河の星屑』)、それなんかは「あ、もしかして入院したときに少しそういうことを考えたのかな」とも考えてしまう。

でも、今回のCDの初回限定版では桑田自身による各曲のセルフライナーノーツがついている。そこでそれぞれの曲に対して「この曲は入院前に作った」とか書いてあるのでそれぞれの歌詞がどういう状態で書かれたか、ということがわかる。ちなみに『銀河の星屑』は病気発覚前に作ったとのこと。

とは言え今この状態で聞く僕としては「いや、この歌詞は何かしら思いや予兆があって書いたのではないか」と思わずにいられない。

その中でも去年の紅白で桑田が歌った「それ行けベイビー!」ははっきり言って僕は3回に一回くらい泣きそうになる。

特に多くの人が大事な人と別れざるを得なかった、多くの人が傷ついた直後のこのタイミングではね。

偶然とは言えこのようなタイミングでこのような歌を作る、というのがやっぱり桑田圭佑が超一流ソングメーカーである所以だよね。

僕はこの曲をとても自分勝手に、現代における『上を向いて歩こう』だと思っている。

先人がこういう曲を歌ってくれているからその後に続く我々はその曲を口ずさみつつ前へ進める。

もう歌詞がいちいちいちいち良いんだよなぁ。

歩みをとめたきゃ言いな

歩みをとめたい時は言ってもいい、言う相手がいる、と思うだけでずいぶん楽になる。「歩みをとめるな」でも「歩みをとめたければとめればいい」でも無い。歩み続けなければいけない、でも立ち止まりたいときも有るだろう、その時にただただ聞いてくれる人がいる、ってだけで立ち止まらなくても済むんだよ。

命をありがとネ いろいろあるけどネ それなのに明日も知らぬそぶりで

ここの部分は今こそグッと来る。命が大事、そんなことは言われなくてもわかる過ぎるくらいわかってる。でも僕たちはいつもはそれを知らぬそぶりで生きている。

涙の雨はもうやんだ

少し前、どれだけの涙の雨が降ったんだろう。まだやんではいないだろうけど、せめてやんでくれ。

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適当に手を抜いて行こうな
真面目に好きなようにやんな
我れ行く旅の途中は予期せぬことばかり

歩みをとめたきゃ言いな
悩み多い時こそ笑いな
我が胸の奥の葛藤や身を切るような絶望も Oh, yeah!

すべてを背負いながら 生きるは重たかろう!?
吹く風に押され身体を預けて

それ行け!! Going Going
追い風 Blowing Blowing
それ行け!! Baby!(男の子)!!
ファイト!!

涙の雨はやんだ
時間がわずかにまた動いた
鏡に映る臆病な瞳で未来を探せ

あてなき旅こそ浪漫
時折道に迷うのは冗談
誰かが路地裏で大きな咳をした Oh, yeah!

神様、願わくば 私を責めないで

まだ世の中を悟る気になれない

それ行け!! Going Going
飛び出せ!! Blowing Blowing
それ行け!! Baby!(女の子)!!
スマイル!!

適当に手を抜いて行こうな
ボチボチ好きなようにやんな

終わりなき旅の道中は予期せぬことばかり Oh, yeah!

命をありがとネ いろいろあるけどネ
それなのに明日も知らぬそぶりで

それ行け!! Going Going
追い風 Blowing Blowing
それ行け!! ボク!!
ファイト!! 
-------------------------------------------

Youなんとかtubeには上がってないので、ぜひ皆様どうにかしてこの曲聴いてみてください。言ってくれればCD貸すしGooナントカさんで調べてみると動画が出るとか出ないとか。

善きもの

2011-03-17 11:23:02 | 
クリント・イーストウッド監督の「インビクタス」と言う映画があるじゃないですか。

アパルトヘイトのあった南アフリカのラグビーチームが奇跡的な勝利を勝ち取る、と言う実話に基づいた映画。

この映画の中でモーガン・フリーマン演じるマンデラ大統領がラグビーチームメンバーに一編の詩を贈る。その詩はマンデラ自身が投獄中に心の支えにしていたもの。

「善きもの」、例えば映画だったり音楽だったり、そんな大仰なもので無くても例えば恋愛だったり、日頃の何気ない優しい言葉だったり、と言うのはすごいパワーを持っていて、時にそれは奇跡に近い偉業を成し遂げる原動力になる、、、ということがこの映画でイーストウッドが伝えたかったテーマの一つなんだろうと思う。

(このあたりはライムスター宇多丸が素晴らしい評論をしている。→ザ・シネマ・ハスラー「インビクタスー負けざる者たちー」)

奇跡を起こす、とまで行かなくてもそういうことで少しでも癒されるところは確実にあるしね。

つーことで最近、寝る前にちまちまこの本読んでます。



よく知らずぱっと買った本なんだけど、初版は1968年、ということは約40年前か。著者のことはよく知らないけど、どうやら声楽家でパリにいた女性らしい。

オムレツだのポトフだのいろいろな料理に関するエッセイ。

さすがに40年前の本だけあって時々表現が古くて、それがまたノスタルジックでいいんです。

バターを「バタ」なんて言っていたりね。

もちろんパスタは「パスタ」はパスタじゃなく「スパゲティ」。

「湯気の立つ熱いスパゲティを深めの皿に盛り、上に大サジですくったバタを3個あちこちにのせて、そのまま食卓に出す。食卓に用意してあった粉チーズをふりかけ、大きなスプーンとフォークを使ってスパゲティをもち上げるようにしてパタとチーズをよくまぜあわせ、すきなだけ各自のお皿によそってたべる。」

なんて、今はパスタの種類なんてそりゃもうたっぷりあるけど、改めてそう言われると「あ、それはそれで美味しそうだな」と思う。

いつでも美味しいものは「善きもの」だと思うなぁ。

ヒーロー論だけでも読み応えあるよ

2011-01-07 21:05:32 | 
いやー年始早々いい本読んだわ~。

街場のアメリカ論 (文春文庫)街場のアメリカ論 (文春文庫)

この人のは「街場のメディア論」も面白かったし「下流志向」「日本辺境論」も面白かった。

んで、このアメリカ論は更に興味深いね。

何を主題にしているかと言うと日米の比較論。

その中でも「ちょっとこれは!」と思った日米のヒーロー像の違いについてのところを書いときます。

アメリカのヒーロー像、特にアメコミのヒーロー像は固定のパターンがある。スーパーマンにせよバットマンにせよスパイダーマンにせよ。

そのパターンの代表的なものは「変身する、しかし変身前の正体は誰にもばれていない」「そのヒーロー活動が決して市民に好まれてはいない」あたり。

これは特にバットマンに非常に当てはまるね。(映画「ダークナイト」ではバットマンは街を守るためとは言え警察から追われる立場になっている。)

で、このパターンとは何を象徴しているのか?

これはつまり「国際社会におけるアメリカの態度」ということになる。

ヒーローは街を良くするために体を張って戦う。でもそれは誰も感謝してくれない。むしろ街の人々からは「ヒーローが暴れると街が壊れる」とか迷惑がられたりする。俺の気も知らないで…。俺がいないと街はもっとめちゃくちゃじゃないか。。。もっと感謝しろよ。

これはアメリカ人が国際社会に対して感じている気持ちである。

一方、日本における特徴的ヒーロー像とはどういうものか?

それは鉄人28号から始まりガンダムを経てエヴァンゲリオンに続いた「巨大ロボット」の系譜。

これらの特徴は「強いのは巨大ロボット」「そのロボットは前時代の英知を結集して作られた」「ロボットは意志を持たないが故に操縦者により善悪どちらにもなり得る」「しかし、それを操縦出来るのは作った前時代人(大人)ではなく『子供』だけである」というもの。

これから分かることな何か?

これは第二次世界大戦を経た日本人の反省と希望。

つまり使い方次第で善悪どちらにもなる、意志を持たない巨大ロボットは「軍隊」「兵器」ということになる。

これを前時代の人間達は使い方を間違え、戦争を引き起こしてしまった。

その反省を踏まえ、これからの人々、つまり子供たちの世代、には正しい使い方をして欲しい。

これが日本のヒーロー物に込められているメッセージである。

うーむ、なるほどなぁ。


そう考えると、更にも一方の日本のヒーローのロールモデル、仮面ライダーやウルトラマンはどうなるのか?とも思う。

ウルトラマンが仏教の影響を受けている(M78星雲≑涅槃、ウルトラマンの顔≑アルカイックスマイル、、、)というのはまぁ色々なところで書かれていることだからいいとして、仮面ライダーはどうなんだろうね。

僕は仮面ライダーの特徴は「本人は望まずに」ヒーローになってしまったということだと思う。

タイトルの所で、主人公がショッカーに羽交い締めにされながら「やめろ~!」と言っているのは非常に特徴的だよね。

アメコミのヒーローはもちろん事故の結果、超人になったということはあったとしても、最終的には自己のトラウマのため、自ら望んでヒーローになる。でも仮面ライダーは違う。

そもそも自分が「改造人間である」というトラウマはショッカーにより作られたものであり、そのトラウマを克服するためにショッカー自体と戦う。

うーん、これは日本における個人と組織、そしてその家庭で形成される人格あるいはトラウマの克服についてのストーリーであるような気がするなぁ。

なんでも無いことをこうやって無意味に深読みしていくのって楽しいんだもの。

つまりヒーローというのは人の憧れであり、憧れであるということは大衆がなりたいと思っている姿の具現でもある。

ということは各時代のヒーローを研究していけばその時代の人々の「望み」が見えてくるんじゃないかと思う。更に言えば日米の比較を(この本はあくまで入門書だから)より深く行えば非常に意味あることなんじゃないかと思う。

これって文学的にもマーケティング的にも非常に重要な研究だと思うんだけど、これを網羅的に行っている人はいないのかな?

例えば「黄金バット」という髑髏、黒マント、シルクハット、という明らかに悪役的なイメージのヒーローは何を象徴していたのか?月光仮面はなぜ顔全体を隠していたのか?

誰か研究してないかな~。

The Book of the year 2010

2010-12-31 20:58:04 | 
年末になるとやっぱりよくテレビを観るなぁ。日頃観ない反作用で更によく観る。

今日、テレビ東京でやってた「アカデミックセミナー あの素晴らしい愛について」はすごかったね。いいもの観させてもらったわ~。浮世絵の母子像から観る日本人論。こんなのテレ東で昼間っからやってることに感動した。深夜には「スゴイ会議」っていうこれまたトンでもないのもやってたしね。アカデミックセミナーについては近々絶対に書きます。

つーことで実はもう5回目となる僕なりのThe Book of the year、今年の本。

しつこく続けてますけど、実はこれをやるためにブログを書いていると言っても過言では無いんです。

僕が今年読んだ本からあくまで独断と偏見で「今年の一番」を勝手に決めます。「今年読んだ本」だから中には発売されたのは昔、ってのもある。

小説もノンフィクションも一気に出して一位を決めるなんて何の意味があるんだ?と思うかも知れないし僕だってそう思わなくもないけど、ま、大晦日の気分なんでいいじゃないですか。

ちなみに過去4回はこちら。書名はその年の一番。
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The book of the year2009
「1Q84」

The book of the year2008
「イノセント・ゲリラの祝祭」

The book of the year2007
「ローマ人の物語」

The book of the year2006
「終末のフール」
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さーて今年はどんな本読んだんだっけな?

まずは惜しくも受賞を逃したエントリー作品から。


「下流志向」
下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち
内田樹って人は今年知って「日本辺境論」なんかも読んだ。一応、僕の仕事が教育関係だから教育論なんかは参考になるなぁ。
ブログで書いてた「七人の侍に見る組織論」はめちゃくちゃ参考になったよ。

「そうか、もう君はいないのか」
そうか、もう君はいないのか
城山三郎という作家が先立たれた奥さんについての思い出を綴ったエッセイ。どんな夫婦も遅かれ早かれ一人になる(同時に亡くなるってのは稀だろうからね)わけでそのときの切なさにグッと来た。

「ブレイズメス1990」
ブレイズメス1990
毎年出すねぇ、この人は。メインの田口白鳥シリーズの前日譚シリーズの2作目(もうなんのこっちゃか…) でもこのシリーズ、僕好きなんだよね。
前作「ブラックペアン1988」は剣道小説「ひかりの剣」と対になってた。ということでこの「1990」は「闇の牌」という麻雀小説と対になるんじゃないかと勝手に妄想してるんだけどどんなもんだろうね。

「バイバイ、ブラックバード」
バイバイ、ブラックバード
伊坂幸太郎。間違いないね~。「あるキング」以降、どうにも持ち味が変わったような感じがしていてそれは賛否両論なんだけど僕は嫌いじゃない。
この作品は暗そうに見えて最後に希望があってよかった。

「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~
これ読んだの今年だったか。。。もうタイトルを思い出しただけでどーんと凹んで来るなぁ。

「勝つために戦え!〈監督篇〉」
勝つために戦え!〈監督篇〉
今年はずいぶん映画を見た。映画館でも見たしレンタルでも見た。なもんだから必然的に映画関係の本もよく読んだね。これは押井守というアニメ映画監督が語る監督論。「映画監督にとっての勝利とは何か?」がテーマ。

「赤めだか」
赤めだか
エッセイでは今年のナンバーワンだなー。あまり落語は詳しくは無いんだけど、そのうえ立川流については更に何も知らなかった。でもこれ読んでから立川談春、立川志らくの落語聴いてみたらやっぱりいいんだよね~。大変失礼ながらyoutubeで見てるだけだけど、志らくの「大工調べ」はいい。
それ以上に「おお!名人芸!」ってのは談志の「芝浜」。生まれて初めて落語でぼろぼろっと泣いた。
で、その談志の話、そしてさらには談志が喧嘩別れした師匠の小さんの話まで書いてあって読めば読むほど落語、そして落語家が好きになるいいエッセイだったなぁ。正直、今年のブック・オブ・ザ・イヤーはこれしようか最後まで悩んだ。

と、言うわけで以上がノミネート作品。

さて、今年のThe book of the yearは!

(脳内でドラムロールをお願いします)










『hon-nin列伝 セキララなオンナたち』
hon-nin列伝 セキララなオンナたち (本人本)
いやー、これはすごかった!!!読みながら何度も「ぷっ」て吹き出したもん。おもしろかった~。
どういう本かと言うと吉田豪というプロインタビュアーの人がいるんだけど、その人がいろんな有名人にロングインタビューする、という雑誌「hon-nin」の連載を書籍化したもの。

この吉田豪って人はとにかく徹底的に相手を調べて相手のことを好きになり相手の新たな一面を見いだすインタビューで有名なのね。

特にこの本で最高におもしろかったのが麻生久美子。

僕はこの人のこと「ああ、なんかテレビで見たことある女優さんだなぁ」としか思ってなかったんだけどこのインタビュー聞いたらすごいよ!

「ビンボーだったけどお母さんがハンバーガー屋で働いてたので売れ残りのハンバーガーが食べれたから食べ物には困らなかった。」
「ザリガニ食べるのが楽しみだった、雑菌がいるから食べちゃいけないって大人になって知った」

あとやっぱり広田レオナね。
「家が金持ちだったので子供の頃よく誘拐されてました(アッサリ)」
「去年まで4年間寝たきりだったんで(アッサリ)」
すごい話のオンパレードなんだけどぜんぶアッサリ話してるんだよね。

とにかく出てくる出てくるトンデモ話。。更にそれを引き出す吉田豪のトークテクニック、それと出てきたトンデモ話に的確な突っ込み。

いやーおもしろかったわ~。


今年は僕のほうもいろいろあったけどこの人たちの壮絶な半生読んでると「僕なんてまだまだだなぁ」と思える。何より吉田豪がこの人たちの話聞いて「ダハハハハ!」と笑い飛ばしてて読んでるこっちが「ま、いっかぁ」と思える。

とにもかくにもおすすめですよ。この人のインタビュー本だと「男気万字固め」と「人間コク宝」ってのあってこっちはこっちでインタビュー相手がコクのある人たちでいいんです。


と、言うことで今年も色んな本を読んだ。

色んな場所に行ったし色んな物を食べた、そして色んな出会いもあった。残念ながらいくつかの別れもあった。そういうのはコインの表と裏でプラスがあればマイナスがあるもんだ。

「人生というゲームの場では誰しも何らかのコインを賭けなければいけない」ってルシールも言ってた。

年末になると「七味五悦三会」という言葉を思い出す。江戸時代の言葉らしいんだけど、「1年の間に七回くらいは美味しいものを食べ、五回くらいは楽しいこと(悦)があって、三人くらい良い出会いがあるといいものですなぁ」という意味だそうです。当時の人は年末にこの言葉を思い出し、今年そういうことがあったかどうかを考えたとさ。

さて、僕の2010年。

今年も美味しい物をたくさん食べた。特に今年はなんたって大阪に行く機会があってとにかく食べ物が美味しかったなぁ。串カツ、焼き肉、粉モン、そうそう黄ぃそばというショッキングな麵に会えた。

楽しい事も、出会いもあった。

ありがとうございました、出会ってくれて、楽しませてくれて。

ということで皆さん、今年もお世話になりました。よいお年を。

来年も理力があなたと共にあるように。
(May the force be with you.)

声なんてかけるわけないって

2010-12-08 21:59:12 | 
会社の関係でちょっと僕のオフィスが変わって神田になりました。

僕の家からは地下鉄で一本、ドアtoドアで20分くらい。

なんだけど今までのオフィスは歩いて3分だったから、「なんか面倒になったなー」という感じ。

電車通勤は5年ぶりくらいかなぁ。

神田勤務になっていいことの一つ目は、オフィス街なんでとにかく食べるところはいっぱいあるってこと。そりゃもう回りきれないくらいに。

もう一つは区のスポーツセンターが目の前、ということ。

禁煙してからというものダラダラと体重が増え続けてほんと洒落にならなくなってきたんですよね。つーことで会社帰りに極力通うようにしました。

建物自体はそんなに新しくないけどさっと運動するには十分な施設。ジムは一回500円だし、別料金でプールも使えるみたい。9時半までやってるからちょっと仕事をさくっと片付ければ会社帰りに行ける。

よーし走るぞう。

ところで僕が「たまにジムに行ってます」なんて言うと結構「ジムで綺麗な女の人に声かけてるんじゃないの~??」なんて言われる。

それについてはこの機会に真剣にいくつかの点に基づき論理的に反証したい。

1,大体ジムにいる女性に声かけるのは結構迷惑なことだと思う。

ジムに来てる女性は結構汗もかいて化粧もすっぴんだったりして、スポーツに熱中しているわけです。そんな中、声かけられるのなんて僕が女性だったとしたイヤだな、と思う。「どうせ声かけるならもうちょっとおしゃれして化粧もばっちりのときにしてよ」って思うもんじゃないのかね?

2,こっちだってそれどころじゃない。

一応こっちだって多少真剣に「走ろう」と思ってジムに行っているわけで、汗だくだくかい息切れてるわけなんです。んなもんだから声かける気力なんて残ってねーでげすよ。

3,そもそも公共のジムに女性は稀。

たとえば自由ヶ丘あたりのフィットネスクラブなんかだったら別なのかも知れないけど1回500円の公共のジム、しかも平日の夜、なんて女性はほとんどいないんですよ。
いるのはガチムチの筋肉してウェイトトレーニングのベルトして袖破ったようなシャツ着てるボディビルダー的殿方とかなんです。

4,そもそもどこかで見知らぬ女性に声かけることなんて僕はしない。

そんなことしたのなんて大学の頃、ドッピオさんとかとべろべろに酔っぱらってじゃんけんで負けた人声かけるゲームしたときくらいのもんじゃないだろうか?3年前くらいに横浜でドッピオさんと飲んでてなぜか「じゃんけんで負けたらナンパしよう」ってなったときも勝ったから声かけたのドッピオさんだしね~。「おじゃうさん、ハンケチを落としたでしゃう」とかだって僕は人生で言ったことないよ。もちろん「すいませーん雷門ってどっちですか?」とか声かけられたこともない。

以上4点に基づき本件を偽と証明する。Q.E.D.

いやまじで。

「はなし家」だけど話さない

2010-11-24 21:00:22 | 
読みたいな読みたいな、と思ってたんだよね。
立川 談春
扶桑社
発売日:2008-04-11


立川談春という落語家のエッセイ。落語家を志してからの修行の日々や、真打になるまでの葛藤、師である談志との日々、などの話。

僕自身は落語は大ファンってほどじゃなくてたまに本を読んだりネットで動画を見たりする程度。好きではあるんだけどね。(セールスマンとかにおいては話術の勉強として参考にはなると思うし)

なによりこの本の白眉は談春の師匠談志と、更に談志の元師匠、小さんの話が出てくる最終章。涙無しでは読めない。

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一応、説明しとくと柳家小さん(故人)という人は人間国宝にもなった人で落語界では超有名、落語協会の会長(当時)。

一方、立川談志は小さんの弟子だったけどいろいろあって落語協会を脱会し独自路線である「落語立川流」というのを立ち上げた。師匠と弟子でありながらこの騒動以降、和解することは無く小さんは亡くなってしまった。落語の本流である小さんと異端児の天才、談志の和解は多くの落語ファンが願い、夢見たこと。つまりプロレス界においては馬場猪木並。

「柳家小さん」味噌汁のCMで有名。

「立川談志」彼を評する言葉はただ一言、「天才」
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真打を目指す談春は7日連続の独演会を企画する。一夜目と最終夜の相手が談志、その間は小朝をはじめ、当代切ってのスター噺家。彼らと競演して談春が遜色ないのであれば師匠談志は彼を真打を認めざるを得ない。

ここで談春はもう一つだけ考える。競演相手として最も師匠である談志を驚かせられるのは誰か。それは小さんしかいない。談志に内緒で小さんに出演をお願いするため、友人である柳家花緑(彼は小さんの弟子であると共に小さんの実の孫)に相談。花緑は快諾し小さんに談春を繋ぐ。

小さんは談春に聞く「このこと、師匠は知ってるんだね?」と。談春は「はい」と嘘をつく。

すぐにそれは談志の耳に入る。「お前の独演会に小さん師匠が出るらしいな」「はい」「よし、じゃあ俺が挨拶に行くよ」

つまりここに来て!

小さん・談志のニアミスが起こりそうになる。これは僕も読みながら(結局二人は会わなかった、という歴史的事実は知ってるんだけど)「会ってくれ!プライドなんか捨てて会ってくれ!談春なんとか言え!いや、もうこの本ここからフィクションになってもいい!会ってくれ!」と心の中で願った。

でも談春は悩む。一番望みながら一番恐ろしかった二人の再会。この再会は確実に落語の歴史に残る。自分は落語史に名前を残していいのか?このまま話を進めればいいのか、それともここで師匠に土下座をしたほうがいいのか、そもそも独演会に小さんを呼ぶことは間違っていたのか。。。間に入ってくれた花禄に相談する。花緑の答えは「会わせない」。曰く「小さんは病院から出てきたばかりでしかももう高齢。今、いいことだろうと悪いことだろうととにかく興奮させたらどうなるか分からない。実の孫として反対だ」

談春は談志にわびる。ここで乾いた声で返す談志の台詞が…。これはもう読んでもらうしかない。

元師匠でありながら、落語の本流から離れなきゃいけない原因となった、愛おしく尊敬しつつも相容れない、一番愛してしかも一番憎い、元師匠小さんに対する談志のなんとも言えない気持ちが入り交じったいい台詞だった。

結局、小さんと談志の最後の邂逅は成らず。。。小さん死後、銀座のバーで談春・花禄に小さんの思い出を語る談志が切ない。。。


読んでて思うんだけど、談志も談春もその他の人々も「自分の気持ちや事実をはっきり言えば」ほとんどの問題は解決したはず。

例えば談春が「稽古してやるよ」という談志に対して「すいません、風邪をひいておりまして」と断り、談志が「そうか、じゃあ風邪が良くなったらゆっくり稽古するか」と言った、というエピソードがある。
談春は、喉が悪い師匠に風邪をうつしては申し訳無いという気持ちだったが、後に談志は「談春は風邪程度で俺の稽古を断った」と思い周囲に愚痴る。。。

この行き違いだって最初から談春が「風邪をうつしてはご迷惑ですから」と言うか、あるいは途中ででも「師匠、違うんです、あのとき断ったのは…」と言えば良かった。談志にしたって「お前、風邪程度で俺の稽古を断るのか?」と聞けば談春が「いえ、違うんです」と言ったろう。

彼らのやりとりを読んでると「みんなはっきり言えよ」と思う。あるいは「もうちょっと聞いてやれよ」とも思う。

でもこの人たちは言わない。「それはどういうことだ?」とも聞かない。

何故か。

たぶん、言わないことで伝わることこそが大事なことだと分かっているから。「噺家」という「話すこと」を職業としている人たちなのに。いや、だからこそ、なのかも知れない。

弟子も師匠も、相手のことを分かって上げられなかった自分を責めてる。言葉なんかに頼らなければ相手を分かって上げられなかった自分を責めてる。何度も何度も次こそ相手のことを分かって上げよう、と努力する。

そういうシーンを読んでると毎回切なくてもどかしい。お互い誤解しあって曲解して伝えたいことが伝わらない。なんでみんな幸せになってくれないんだよ、って文句を言いたくなる。

でもそんな師匠と弟子の関係が愛おしい。そしてそれが眩しくて眩しくて仕方ない。

語るやつら

2010-10-26 22:54:57 | 
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「待ち合わせなんですけど…」
「かしこまりました。お先に入られてるお客様のご予約のお名前いただけますかー?」
「ミキです」
「…」

つーことでね。

以前はiPod、今はiPhoneで音楽を聴いてます。

新幹線乗ってるときとか、ジョギングしてる時とかね。デスクで仕事している時も集中したいときとか。

で、いま、「音楽」って言ったけどそれはたぶん正しくない。

イヤホンを耳に差している時のたぶん3分の1は音楽を聴いてて、残りの3分の2はPodcastを聴いてる。

Podcastってのは主にラジオ番組をiTunesなんかでダウンロードして聴けるやつ。

いろいろ種類はあってラジオで放送されたのの再配信もあるし、Podcastでしか聴けない番組もある。

おもしろネタもあるし勉強もの、たとえば簿記講座とかもある。

おもしろそうな番組をiTunesに登録しておくと新しいデータが自動的にダウンロード出来るんでそれを聴いてる。

これがね~ほんとおもしろいんですわ。

(個人的に現代はテキストか音声の時代だと思ってるんですがそれはまた今度)

ラジオ番組で言えばライムスター宇多丸の「ウィークエンド・シャッフル」ってラジオ番組がおもしろいし(映画駄話シリーズ『やっぱり2が好き、それでも3が好き』なんか最高だった)、小島慶子の「キラ☆キラ」なんかもいい。

Podcastオリジナルだと町山智浩の「アメリカ映画特電」、吉田豪の「豪さんのポッド」が最高。

しかしさぁ、こういうの聴いてると「とにかくどんなテーマでも『語りたがる人』ってのはいるもんだなぁ」と思うよ。ウィークエンド・シャッフルが特にそうだけど、ラー油について、バービーボーイズについて、光GENJIについて、コカコーラCMについて、、とにかく雑多なテーマで1時間くらいずっと語り続ける、ってのはほんと尊敬するよ。(番組だからお酒も無しでね)

で、最近見つけたPodcastで白眉は「東京ポッド許可局」。

マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオという3人の芸人がただただ無駄話をしているだけのPodcastなんだけどこれがおもしろいおもしろい。

こんなものが無料で聴くことが出来るなんてそりゃテレビ必要なくなっちゃうわ。

無駄話といいつつたまに素晴らしい理論が展開されたりする。

「すべらない話(テレビ番組のね)」について語ってる回なんて、東西のお笑い論から物語論まで発展していってびっくりしましたよ。

春風亭小朝の話もすごかったなぁ。三遊亭円朝という大名跡を巡る妄念の話というアングルをくわえると一気に離婚話も鬼気迫って来るね。映画になってもいい。

かと思ったら「一番うまいアイスはなんだ?」とかって話を延々と1時間くらいしててそれはそれでおもしろかったりするんだけど。

こういう話なんで僕は好きなのかなぁと思ったら僕らが酒飲みながらしてる話と一緒なんだよね。

特に結論の無い話をビール片手に口角泡を飛ばしながら激論を交わす、ってのが。

本も出てるらしいよ。
マキタスポーツ,プチ鹿島,サンキュータツオ,みち
新書館
発売日:2010-09-24

気持ちが分からない

2010-10-25 00:04:06 | 
秋ですな。

ぷらっとシャツ一枚で外出たらちょっと肌寒かったりする。

この週末は結婚式もあったんだけど一応連休(土日休み)でかなりリラックスしました。

んで、ふと思いついて自宅の本棚の整理。

本棚、と言っても棚の後ろに適当に積み重ねてる本もあるからこの機会に読み返すものはちゃんと保存していらないものは処分してしまおうかと思ってね。

昔の流行の本とか明らかにつまらないものとかは持っててもしょうがないからね、古本屋にまとめて持ってきました。

そうなると返す刀で古本漁ってくるんで意味がないっちゃー意味が無い。

今回ゲットしたのは「スターウォーズ サイエンス&アート」っていう本。

かなりでかい。

SWのエピソード2が公開されたくらいのタイミングで発行されたんだと思うけど今までの設定資料とかがいろいろ載ってる。いや~おもしろいね~。こういうのあるとほんと午後いっぱいつぶれちゃうから困るわ。

エピソード6がまだ「REVENGE OF JEDI」だった時のポスターとか載っててこれがまたかっこいーのよ。

たぶんこれスターウォーズ展かなんかの時に限定で出版されたものだと思うんだよね。価格が記載されてない。でもさ、こういうのせっかく買ったのに古本屋に売る人の気持ちが良くわかんないよね。ま、手に入れられた僕としてうれしい限りなんだけど。

ところで本整理してて思ったけど「強者のしくみ」と「オレなら、3秒で売るね」は名著よ。

マネージャ、あるいはセールスマンにお勧めです。



マーク・ジョイナー
フォレスト出版
発売日:2007-05-19