浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

愛と悲しみの喫茶店学から。「頭の良さとはなにか?」という話

2018-06-19 15:25:42 | 
(以下、敬称略)

文筆家・平川克美がオーナーの喫茶店「隣町珈琲」の話は少しした。基本的には喫茶店で夜は不定期に「火鉢バー」というバーになり、更に不定期にトークイベントが開かれている。

そのトークイベントの中で僕が一番と言っても良いくらい好きなのが、平川克美と精神科医・名越康文の「愛と悲しみの喫茶店学」というシリーズです。これは喫茶店を愛する二人が喫茶店について語る、、というお題目は80%くらいウソで平川克美の縦横無尽な思いつきを「なんでも拾う」名越康文がほんとになんでも拾って拾った上に広げて更に観客に放り投げるという抱腹絶倒の二人芸(と言っても失礼ではないと思う)です。

このトークライブの面白いところは実は「枕」というか、録音の始まる前、なんです。お二方は前に居て、開始時間の始まる前も話している。で、実はこの録音始まる前のトークが実はその日のテーマであり、約2時間のトークは結果として、開始前のトークにつながる。アドリブといえばアドリブなんだけど結局、しっかり落ちる、という素晴らしい話術だと思う。

先日(5月28日)の回に、開始前にお二人が話していたのは「頭の良さ」について、だった。

例えば先日、解任された財務省の事務次官なんかはめちゃくちゃ頭が良いと言われていたらしい。その頭のよい人がああいうことで事件になる。じゃあ頭の良さとは何なのか、という話をしていた。もちろん結論のある話じゃない、そもそも開演前の無駄話なわけだし。

それでも、なるほどな、と思うことが2つあった。

一つは、頭の良さとは「メタロジックで考えられること」ということ。メタというのは「高次元」という意味で、例えば「AとBどちらが良い?」という問題があった時に「そもそもAとBどちらかを選ばなければいけないのか?」と考えるようなこと(簡単にいうと)。確かにね、それは理解できる。

もう一つは、平川克美が「自分が感じる、頭の良い人というのはある種の"深さ"を持っている。その深さはどこから来るかというと"あきらめたものの多さ"ではないか」ということを言っていた。うむ、これは理屈ではうまく説明できないけど、実感として「おお!」と思うところがある。

ということで、僕も「頭の良さ」について考えた。

もちろんいろんな考えがあるだろうけど、僕が思う「頭の良さ」は「きちんと返答できること」だと思っている。

なにか質問を受けた時にきちんと答えられること。質問者が「ああ、この人はちゃんと私の質問に答えてくれた」と思うこと、思わせること。これが重要なんじゃないかな、と思う。

逆にいうと、現代を生きていると、「質問に答えない人」って本当にたくさんいるのよ!

それは、都合が悪いことには答えない、という意図的に答えない人もいるし、大変残念だけど読解力なんかがあまり高くなくて「自分が何を聞かれているかわからない」から答えないという人もいるけど、そのどちらも合わせてね。

テレビなんか観てると結構いるでしょ?特に国会周りなんてそういう人ばっかりじゃないですか。ほら、最近言われてる「ご飯論法」というやつ。

Q「朝ご飯は食べましたか?」
A「いえ、食べてません(パンは食べたけどご飯は食べてない)」
Q「常識的に考えればパンも朝食ですよね?」
A「いや、そうかも知れませんが急いでいたのでパンを飲んだのです。だから食べてないと答えました」

みたいなやつ。これこそまさに「質問にちゃんと答えてない」というやつですね。

もちろんああいう人たちは良い学校出て難しい試験を通ったはずなので、地頭は悪くないのかも知れない。同じペーパーテストを受けたら僕なんて足元にも及ばないだろう。だけど、その地頭を「なんとかして質問に答えない」ということに使っている、という時点で「なんて頭悪いんだろう??」と思ってしまう。

一方で、「質問にきちんと答えることができる頭の良さ」というのは僕は、けっこうラジオの人生相談なんかで「そうそう、これだよ」と思うときがある。

例えばTBSラジオに「生活は踊る」という番組があって、その相談コーナーがあるんだけど、聞いてみるとメインパーソナリティのジェーン・スーという人が的確に答えていて「頭良いよなぁ」と思うときがある。

それから隣町珈琲界隈の人だと例えば内田樹はGQという雑誌でお悩み相談コーナーを持ってたりするけど(こちら→「内田樹の凱風時事問答館])これなんか読んでると「ちゃんと質問に答えてるなぁ」と思う。

こういうのが頭の良さだよなぁ、と僕は思います。なので僕もちゃんと質問には答えていこうと思っています。

というかそもそも論としてさ、ちゃんと質問に答えてくれない(答えられない、じゃなくて答えてくれない)って人はそんなに信じちゃいけませんね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2018ロシアワールドカップ予想

2018-06-14 15:39:17 | スポーツ
あっという間にワールドカップ開幕。

どんなことでも予想しておいたほうが楽しめると思っているので予想してみましょう。

まず、グループリーグ。左が1位、2位。

A ウルグアイ/ロシア
B スペイン/ポルトガル
C フランス/オーストラリア
D アルゼンチン/ナイジェリア
E ブラジル/スイス
F ドイツ/メキシコ
G ベルギー/イングランド
H ポーランド/コロンビア

ベスト16。◯をつけてるほうが勝ち上がると予想。

 フランス対ナイジェリア◯
 ウルグアイ対ポルトガル◯
◯スペイン対ロシア
◯アルゼンチン対オーストラリア
◯ブラジル対メキシコ
◯ベルギー対コロンビア
◯ドイツ対スイス
 ポーランド対イングランド◯

ベスト8。

 ナイジェリア対ポルトガル◯
 スペイン対アルゼンチン◯
◯ブラジル対ベルギー
◯ドイツ対イングランド

ベスト4。

◯ポルトガル対ブラジル
◯アルゼンチン対ドイツ

3位決定戦。

 ドイツ対ブラジル◯

決勝。

 ポルトガル対アルゼンチン◯

さーてどうなりますかねー。

日本?勝ち点0か、2敗1分けってところでしょう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

こたえる

2018-06-07 21:39:37 | ニュースから
「辺境ラジオ」という不定期ラジオ番組がある。その番組の出演者の一人に、西靖さんという毎日放送のアナウンサーがいる。

その方が、子どもが生まれて「子どもができて変わった?」と聞かれた時に答えていたことを覚えている。

「ニュースが身にしみる、というか、"こたえる"。誰が誰を殺めた、というニュースひとつにしてもなぜこんなことに、、というようにとにかくこたえる」

その感覚はとてもよく解る。特に、幼い子が亡くなる事件や事故が、僕は本当に身にこたえる。それはもちろん、僕の生きる同じ世界ではあるんだけどだいたいは僕個人とは関係が無い。だけど、そういうニュースを聴くだけで本当にこたえる。身が切られるように辛い。「身が切られるような」なんて慣用句は昔はわからなかった。だけど、今は解る。ああ、これが、「身を切られるような痛み」なのかと思う。

「年をとると涙もろくなる」というのはこういうことなんだろうと思う。

年を経て、僕個人は結婚していないし子どももいないけど、この年になると結婚して子どもがいる人が周囲に増えた。

僕には姪っ子が3人いて、もちろん血縁の無い子どももかわいいと思うけど、少しでも自分の血がつながっている子どもというのは本当に別格に愛おしいと感じる。また、血がつながって無くても、例えば友人の子で、生まれた直後から知っていて毎年会って会うたびに「うわぁ、大きくなったなぁ」と驚いてきた子もまた可愛いと思う。

もし、そういう子たちがなにか理不尽な暴力でその生命を落とすようなことが起きたら、、とたまに想像してしまうんだけど、それがとっても辛い。下手すると考えただけで涙が出てくる。

今日、5歳の子が虐待され亡くなったというニュースがあった。

朝、それを読んで「ああ、これをちゃんと読んだら今日一日、僕は悲しくて仕事が出来なくなるだろう」と思ったので読むのをやめた。そして、夜、そのニュースを読んでたら、涙がボロボロ出てきた。

ああいう風に命を失う子がとにかく一人でも減ってほしい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ゴールデンウィークに観た映画「港町」について。

2018-05-10 11:30:14 | DVD、映画
ゴールデン・ウィークでしたね。

毎年、この時期が一番いいね。暑くもないし寒くもない。だいたい毎年、僕はこの時期から短パン解禁です。

で、「ゴールデンウィーク」という言葉は映画業界が宣伝のために作った和製英語だそうです。という訳で今年のゴールデンウィークは映画を観まくっておりました。

前半は27日にアベンジャーズ・インフィニティウォー、28日にジュマンジ(吹替)、29日レディプレイヤー1、後半は3日にジュマンジ(字幕)、4日に港町、5日にシェーン、6日にアイ、トーニャ。どれも面白かった。

で、僕が書いておきたいのは「港町」について。他の映画はまぁ世界的大ヒット作だから僕が書かなくても誰かが書くだろう。

映画『港町』予告編



でもこの映画は素晴らしい映画であるにも関わらず上映館数はとっても少ない。東京だと渋谷のシアターイメージフォーラムという映画館だけじゃないかな。

だけど、これは繰り返し言っておきたいのだけど興味深い映画だった。大げさだけど「映画というメディアのかなりギリギリのライン」なんじゃないかとすら思う。その話を少し。

そもそもどういう映画かと言うと想田和弘監督の観察映画第7弾ということになる「観察映画」というのは想田監督による一連の作品群のことで、ドキュメンタリー映画だけど筋書きも(あらかじめ決められた)テーマも無くただ対象を観察している映画ということ。

非常に説明が難しいんだけどぜひいくつか観ていただけれ一発で解ると思います。

お薦めは「選挙」、ぜひどうぞ。日本の選挙制度がバッチリ分かって笑えてその上、考えさせられる。

観察映画については前も書いた。→「壮大な湖を観ているような映画」 

この時、僕が書いたことは「観察映画」についての僕がずっと感じていることを非常に僭越だけど、我ながら的確に書けたと思っているので引用しておきます。

-----
観てて思ったのは「なんか雄大な湖を観ているみたいだなぁ」ということ。ずっと見ていても静かな湖面にはほとんど何も変化は起きない。でも時々、かすかな波紋が起きる。「あ、今のなんだ?魚が飛び跳ねたのかな?鳥が飛びこんだのかな?」と思う。でも今となっては分からない。観察映画もそういう瞬間があるから、しかもそれがいつ起こるか分からないので逆に目が離せなくなる。そう感じる。
-----


で、今回の「港町」。

これはまた今までの観察映画と比べても非常に説明のしづらい映画になっていると思う。もちろん何か難解な話だという訳ではもちろんない。映画としては想田監督が岡山県の牛窓という町(現在は合併し正確には瀬戸内市の一部)でただいろいろな人々を映している。

今までの観察映画と比べて異質、というのは、例えば観察映画は「事前にテーマを決めない」とはいえ、それでも何かしらの意図は感じた。例えば「選挙」「選挙2」であれば「日本の選挙」について監督なりの興味があったのではないか、ということが観ている我々も気づく。平田オリザを観察した「演劇」もそう。観察映画だから筋書きの無い映画であることは予測していたけど、それでも「そこで何か興味深いことが起きるのではないか?」という予感があった。

この「港町」の次の作品「ザ・ビッグハウス」なんて正にそう。

「ザ・ビッグハウス」予告編


アメリカで10万人収容のアメフトスタジアムを観察した映画、ってだけで「とんでもないこと起こりそうだなぁ」とワクワクしてくる。

だけど「港町」はそうではない。想田監督がラジオ出演されたとき(アフター6ジャンクション)、この映画の成り立ちに関して話されていたのだけど、ほとんど偶然のようなかたちでスタートした映画だそう。ただ、想田監督が、言っちゃ悪いけど特に特徴も無い港町を観察するという映画が面白くなるんだろうか?と観る前には少し思っていた。

でもね、おもしろい!

保証します!面白いです。細かいあらすじはネタバレになるので書かないけど、ぷぷっと吹き出してしまうところも多々ある。

例えば笑えるところというと、この町は高齢化が進んでいて大体の人は耳が遠くなっている。だから人々はおんなじことを何度も、大声で言わないといけない。これがもう、最後には面白くて仕方がない。いや、笑っちゃいけないのかも知れないけどさ。狙ってこんなギャグをしたら逆に白けちゃうけど、これが事実だから、事実という大げさなものでなくて単なる普通の生活だからそこにおかしみがある。

そして、この映画には「こ、これは、いったい何なんだろう??」と背筋がゾッとするとところもある。観察映画だからすべて「事実」なんだけど事実の中に溢れてくる「虚構」がある。それが興味深く、恐ろしい。恐ろしいというとすごく失礼なんだろうけど、僕はそう感じてしまった。

僕はゴールデンウィークにいろいろ映画を観た。それぞれ、大変おもしろかった上に、僕はそれらの映画は「語ることが出来る」と思う。例えば「ジュマンジ」であればバーチャルなゲーム世界の物語にオールドスクールな「ブレックファストクラブ」という映画の要素を合わせたもの、、とかね。その言葉が巧いかどうかは別としてとりあえず語る言葉を持っている。

だけど、この「港町」だけはなんと言っていいか分からない。面白いんですよ、面白いんですけど、どう面白いかと言われるとこれはもう「人それぞれ」と言うしかない。

もし、機会があればぜひ観てみてください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

履歴書について

2018-05-07 18:52:59 | 日記
ふと家のポストを見ると履歴書が入っていた。


なんだこれ?と思って裏を見ると、近所に新しく出来るスーパーのスタッフ募集のチラシだった。

うん、なるほど。

とにかく今は人手不足だし、オープニングスタッフであればなんとしても人を集めなくてはいけない。「いちいち履歴書買うの面倒くさいな」と思う人ももしかしたらいるかも知れない。その人に「もうこのチラシの裏に直接書いてもOKですよ」というのは確かに理屈は通る。そういう人が何人いるか分からないけどね。

とかく履歴書なんてのは面倒なもんですね。

たぶんもう僕の人生で履歴書を書くことは無いんじゃないかなと思う。もしあったとしても「手書きじゃなきゃダメ」と言われたら「じゃあ結構です」と言うんじゃないかな。

もちろん数回かは僕も履歴書を書いたことがある。

昔はさ、なんでもかんでも手書きじゃなきゃダメとかで本当に面倒だったよね。修正液使っちゃダメ、とかさ。

もちろん、今もあるんだろうねぇ、手書き履歴書が必須の会社。そんな会社、行かないほうが良いと思います。

手書きの履歴書を提出される会社側は「字には人となりが出るからそれを見たい」という理屈をこねる人もいる。オーケー。じゃあそれを認めるとする。でもさ、だとしたら会社側も応募者に対して何かしら手書きで文書を出すべきだよね。例えば採用通知とか全部手書きで書いて出すべきでしょう。

もし字で人となりを判断したいなら、採用試験で書道でもやらせればいいと思いますけどね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

AmazonEchoも買っちゃったよ。

2018-05-04 14:41:44 | 日記
先日、AmazonEchoDotを買ったのだけれど(→「AmozonEchoDotを買ったよ。」)便利なのでついAmazonEchoも買ってしまった。


Amazon Echo

前回購入した「AmazonEchoDot」は小型で値段が安いものなんだけど、今回のEchoはそれより大きくてスピーカーが良いもの。値段もDotよりは高い。Dotが5,980円なのに対してEchoは11,980円。それが期間限定で9,580円だったのでつい。。

そもそもなんでふたつも必要なのか、ということになりますがあると便利なんですよ。

僕の今住んでいる部屋は2DKでして、最初に買ったDotのほうはキッチンに置いてある。


こんなアダプタを買ってキッチンの上部の壁に付けてある。そもそもこの天井近くのコンセント、何に使えばいいのか分からなかったのでちょうど良いです。

料理している時に手で触れずに「アレクサ、音楽をかけて」といえば音楽がかかる。ほとんどラジオを聞くためだけに使っていますが。べんりですよ。

で、もうひとつの部屋がリビングでそこにもスピーカーがほしいなと思っていたんです。ということで購入。


こんな感じで置いてある。

で、このAmazonEcho、どうなのか?

うーんとねぇ、正直、Dotで充分だったかなぁ、と思います。Echoのほうは大きい分、スピーカーも良くなっている。良くなっているんだけど、低音が響きすぎる。そのせいでラジオだと特に人の声が聞きづらいんだよね。。音質はいじることが出来ないのでそれが惜しいと言えば惜しい。

今、EchoDotをふたつ買えば1,000円オフ、というキャンペーンをAmazonがやっているけどそれが正解なのかも知れないなぁ。

EchoであれDotであれ声をかけるだけで音楽やラジオを聴くことが出来るというのは明らかに便利なんだけどね。

家を出るとき、「アレクサ、音楽を消して」と言って出る時ふと、「このままエアコンもアレクサに声かけたら消してほしいなぁ」とすら思う。

どんどん未来になってきますな、良いのか悪いのか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

上を向いてアルコール

2018-05-01 12:32:06 | 
お酒はよく飲む。

お酒って特に日本だとすごく簡単に買えるし、俗に言う「飲みニュケーション」も頻繁だから、ふと気づくと「あれ、ここ数ヶ月、飲まなかった日無いな」と思うことがある。

特に僕みたいな仕事だと、夜に人と会うと「ま、とりあえず飲みながら話しますか」ってことも多いから。

そういう時ふと「あれ、自分、アル中なんじゃないだろうか?」と怖くなってお酒を断ってみたりする。いまのところ何の問題も無い。

例えば、飲みたくて飲みたくて仕方ない、と思ったりしないし、当然、手が震えたり幻覚を観たりなんてしない。ありがたいことに健康診断の数値もガンマGDPという肝臓が悪いと上がっちゃう数字も今のところ正常値。

と言っても僕は全然安心出来ない。

たぶんね、アルコール依存症ってもっと静かな、もっと恐ろしい病気だと思うから。

こないだこの本を読んだ。


「上を向いてアルコール」


コラムニストの小田嶋隆という人が自身の依存症体験を書いたもの。本としてはかなり面白くて(interestingでもあるんだけど、funnyでもある)ところどころ思わず吹き出してしまう。だけどこの「滑稽さ」がやっぱりちょっと怖いと思うんだよね、この依存症ってやつは。。

考えてみると、日本って意外とアルコールにはゆるい社会なんじゃないかなと思っている。

身分証明書無しで自己申告でお酒が買えるし、しかもコンビニで気軽に24時間買える。最近は「ストロング系」と言ってアルコール度数の高い、9%とかのチューハイ、が流行ってる。そりゃそういうお酒があっても良いけど、あまりに高アルコール飲料がカジュアルすぎるような気もするけどどうなんだろう?

ということで日本って一生懸命、禁酒や断酒をしようとしている人には結構ツライ社会なんじゃないだろうか。

そりゃもちろん「本人の意志次第だよ」と言われるかも知れないけど、僕はそれはちょっと違うんじゃないかと思っている。

例えば、僕はもう煙草を止めて10ヶ月くらいになるけど、煙草だってこれニコチンという物質への依存症だと思う。今回では無いけど、昔、少し煙草を止めた時(すぐ断念した)は、寝ていて煙草を吸う夢すら見た。これって「意志」の問題じゃなくて完全に病気なんじゃないかと思う。

アルコールもそういうところがあるんじゃないかなぁ、、僕は専門家では無いから断言は出来ないけれど。

アルコール依存症の事例を読んだりしていると、これもう素人(友人や家族、周りの人ね)にはどうしようも無いよなぁ、と思う。

お酒は楽しく適度に、というのが大前提だけど、もしなにか問題あったらすぐ病院に行ったほうがいいと思うよ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ナイスガイ、鉄人・衣笠祥雄

2018-04-26 16:35:30 | ニュースから
僕は野球ファンではなくて、野球に関する知識がほとんど無い。あまり積極的に野球を観たりもしない。だけど、このニュースだけは単なる僕の、子どもの頃の思い出として書くことをご容赦頂きたい。「野球好きでも無いくせに」と言われてしまうかも知れないけど。

小学生の頃、近所にとても仲の良い友達がいた。たぶん小学校4年生から6年生くらいまではずっーっと一緒に遊んでたような気がする。その友人のご両親は広島出身で、彼はいつも広島カープの帽子をかぶっていた。ちょうど僕の子供時代に広島カープの初優勝があって、そんなこんなで僕は野球チームといえばなんとなく「広島カープ」というイメージがあった。あと知っていたのは巨人、阪神、くらい。

そういうわけで、「鉄人・衣笠」は僕が知っている数少ない野球選手の一人だった。

当時の連続出場世界記録を達成したことは知っていたし、王貞治に続いて野球史上二人目の国民栄誉賞受賞選手。

衣笠が連続試合出場記録を達成したのは今の僕と近い年齢の頃。今となって、改めて「試合に出続けること、打席に立ち続けること」の難しさ、尊さが判る。改めて「とんでもねぇことだ」と思う。

僕は野球はあまり観ていないけど、後に本で読んで知った「野球選手・衣笠」はこの本。


「江夏の21球」

日本における「スポーツ・ノンフィクション」というジャンルを確立したと言っても大げさで無いほどの有名な作品で、1979年に広島が日本一になる試合を描いたもの。

主人公的役柄は当時の広島のエース、江夏豊なんだけど、ある場面で衣笠が江夏に近づき勇気づける。ここで江夏はその男気を感じ、、というという描写がある。

ほとんど野球の知識がない僕でもこのシーンはグッと来る。

今回、その衣笠が亡くなられた。亡くなった当日に偶然、僕は広島に居たんだけど亡くなられたことを知ったのは東京に戻ってからだった。

その日のニュースは衣笠を偲ぶニュースばかりだった。

若いときも、また引退した後も、改めてとても素敵な笑顔の人だったなぁ、と映像を観て改めて思う。

その笑顔も、またデッドボールに対しても投手に「気にするな」とばかりに手を上げる姿も、そしてマウンド上の江夏にかけた言葉も、引退後の活動もとにかくすべて含めて「ナイスガイ」という言葉以上にこの人に似合う言葉は、無いと僕は思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

毎日ハッピー

2018-04-21 09:59:48 | 仕事
今、僕は自分で仕事をしている、つまり「会社員」では無い、ということ。

どうせ一人だし何か大きな借金(例えば住宅ローンや奨学金)があるわけじゃないし、日々食ってくらいは出来るんじゃないかなーと思っていたけどそれはそのとおりだった。

というか想像よりも、ありがたいことに仕事は多々あって、会社員で居た時よりは金銭的にも時間的にも余裕がある感じがする。

単純比較は出来ないけど、会社員時代から考えて「時給」ということで言えば体感的には5倍くらいになっている気がする。ありがたいこってす。

で、最近思うんだけど自分でビジネスするせよ、あるいは人に雇われるにせよ、根本的な大事なこと(そりゃたくさんあるけど)は、3つ。

「質問には答える」
「嘘をつかない」
「自分が悪いときにはちゃんと謝る」

この3つをしっかりやっている人って意外と世の中に多くないので、これをやっていると結構信頼される。もちろん僕だって常に完璧に出来ているわけじゃないけど。

それでも、極力、出来る限りこれらをやっていると問題はあまり起きないし、起きてもそんなに大きくならず毎日ハッピーに生きていける。

逆に言うと、この3つを逆にしていると問題は加速度的に大きくなる。

つまり、

「質問には答えない」
「嘘をつく」
「自分が悪くても謝らない」

ということ。

いや、誰のことを言ってるってわけじゃーないっすよ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

無人島に持っていく一冊

2018-04-16 10:27:12 | 
よく「無人島に本を一冊持っていけるなら」という質問があるじゃないですか。

そもそも無人島なら食料や生活用品を持っていったほうがいい、という野暮な答えはおいておいて。

これもなかなか難しい質問だと思う。いくら自分が好きな本でも結構飽きちゃうんじゃないかなとも思うしもし読んだことない本を持っていってそれがつまらなかったらがっかりしてしまう。

たまに「自分なら何を持っていくかな」とすこーしだけ、考える。

で、そのテーマである時、けっこう新基軸な答えを聞いた。ある有名なソングライターの人の答えだったと思う。(ごめんなさい、うろおぼえなんです)

その人はアメリカのヒットチャートの一覧の本を持っていく、と。それだとだいたい聞いたことがあるから、曲のタイトルを読んだけで頭の中でその曲を再現できる。更にその曲が入っていたLPの他の曲のことを思い出したり、その曲を聞いた頃の思い出を考えていたら退屈はしないだろう、と言っていた(のを、読んだ覚えがある)。

そういう視点で、僕はこのシリーズを持っていくかなと思う。


ゼロ年代アメリカ映画100 (アメリカ映画100シリーズ)

タイトルどおりの本でその年代(つまり10年間)のアメリカ映画の100本が紹介されている。その映画の紹介を読んで、その映画を頭から思い出していればかなり時間はつぶせると思う。もし観てなかったとしてもこの本での紹介を見ながら、どんな映画か想像も出来るしね。

ゼロ年代、90年代、80年代、70年代、60年代と出てるけど僕はゼロ年代を持ってくかなー。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

AmozonEchoDotを買ったよ。

2018-04-12 16:37:25 | 日記
買いました。


Amazon Echo Dot


Amazonが出してるスマートスピーカー。「アレクサ、◯◯」と声をかければ答えてくれる。

正直、僕はそういうシステムにまったく興味なかったんだけど、じゃあなぜ買ったんだ、というとまぁまぁいろいろありまして。

家にいるときにはラジオを聞いていることが多い。当然、今だとスマホでラジオを聴ける「ラジコ」というアプリがあるのでスマホで聴けばいい、、と思うでしょ?これがねー。。

まず、スマホでラジコ聞いてるとすごく電池を食うんですよ。僕は家ではキッチンでダイニングテーブルに座ってラジオを聴くことが多いんだけど、そこに座っているとスマホの充電が出来ない。そりゃもちろん延長コードとかで繋げば充電できるけど、そこまでは面倒。

だから今までは普通のラジオ、つまりラジオ受信機(ってのも変な言い方だけど)でラジオを聞いていた。だけどね、やっぱりラジオ受信機だと電波があまり良くなくて。一度、チューニング狂っちゃうとまた合わせるのが面倒。置き場所変えてみたり。。

仕方ないので性能のいいラジオ受信機を買おうかなぁと思っていたんだけどこの時代に一万円近く出してラジオ受信機買うのもなぁと思っていた。

そういうところにこのスマートスピーカーが出たもんだから飛びついた次第です。

家に届いてすぐWi-Fiにつないで、ラジコのアプリを入れればラジコが聴けた。

結果としてどうかというと、すごく快適。「アレクサ、ラジコでTBSラジオをかけて」と言えばすぐTBSラジオが聴ける。止めるときは「アレクサ、ストップ」とか言えばいい。ちょっとこの快適さはびっくりです。

あとはたまーに「アレクサ、今日雨降る?」とか天気を聞くこともあるけど基本的にはラジコ専用機。十分です。

あ、そうそう、タイマーもたまに使うかな。料理してて手が離せないときとかに「アレクサ、タイマーを20分でセットして」とか。

今までの経験上、音声認識端末ってほとんど信用してなかった。なんか聞き取り精度が高くないなーと思って。だけど今回のは昨日がシンプルってこともあるかも知れないけどあまりストレス無く使えてて良いです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

よくわからないのだけれども

2018-04-09 10:33:39 | 日記
仕事柄によるものが多いんだけど、だいたい僕は聞かれて答えることが多い。知らないことでもとりあえる「答える」ということが仕事。もちろん嘘や適当なことを答える、ということでない。

「自分はそれについてはまったく知識がありませんが、同様の事例だとこういうことが言えます」とかね。「わかりません」と答えるってことも大事な答え。

それでも、というかだからこそというか、日頃生きていて「よくわからんなー」と思うことは多々ある。そのあたりを2つほど。

<買取専門店について>

先日、盛岡の町中を車で走っていたら大きな「買取専門店」を見つけた。イメージとしては大型の家電量販店くらいの大きなビルで国道沿いの3階建て。「なんでも買い取ります!」「どうぞお売りください」みたいな看板が出ている。

ふと思い返してみると、僕の家の近所のツタヤも先日、2階の一部が買取専門店になった。

このように、町中には都会だろうと地方都市だろうと買取専門店が増えている。こういうのってどうやって儲けているんだろうか?

例えば家に眠っている古い着物をまとめて目方で売って、その中の一着が実は値打ち物で何百万、ってことは多く無いだろう。おそらくは持ち込まれるのは着なくなった服、古い家電、あとは何だろ、昔の玩具とかゲームとか? そんなのホント二束三文なんじゃないの??

どうやって儲けているのかよくわからんなー。

<車で『あおられる』ということ>

ふとTwitterを見ていたらこんな日焼け防止カバーを見かけた。


Twitterではこれをつけた写真と共に「この日焼け防止カバーをするようになってから後ろの車にあおられないようになりました」とつぶやかれていた。

つまり、車を運転する人が腕の日焼け防止のためにこのカバーをする。そして運転席から片手を出したりしていると、ちょっと怖い人かと思われて、後ろの車からあおられることが無くなる、、と。なるほど。まぁ本当かどうかは別として論理は立ってる。別の問題もありそうな気もしますが。

だけど、僕はよくわからないのだけれども運転をしていてそんなに「後ろの車からおおられる」ってことって有るのかな??少なくとも僕は後ろの車からあおられた経験が無い。もしかすると自分が気づいていないだけかも知れないけど。。

というかそもそも論、もしあおられたとしたら道を譲れば良いだけなんじゃないかな?譲っても付いてこられたとしたらそりゃ問題だろうけど。


まぁ世の中まだまだ分からないことばかりですなー。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「彼ら」の話ではない

2018-03-28 18:20:29 | 
「実験」というのは、僕みたいな「科学の門外漢」にとっても楽しいものです。例えば小学校や中学校でちょっとした実験をやるのは確かった覚えがある。

でも、何においてもとりあえず実験をすれば良い、というものではない。例えば仮に、言語学において「人は言語を知らないとどのような人格になるのか」という疑問があった場合、すごい簡単な話は、子ども一人を実験台にして、完全に隔離された場所で過ごさせる、10年くらい。10年後、彼(あるいは彼女)はどのような人間になるのか、を見れば良い、、いや、もちろん良くない。彼(あるいは彼女)の人権はどうなるんだ?という最大の問題がある。

つまり、実験というのはとても大切なことだし、百の理論より一の実験ということは言えるけども、そんなになんでもかんでも実験すれば良いというわけではない、ということ。

しかし、仮に、その「実験」が全く問題無く、法的にも許されるものだったら? つまり、まだそれに対応する「法」が出来ておらずやりたい実験をすべて出来る状況だったら? 確かに実験後、問題は起きるかも知れない、でも起きないかも知れない、分からない。しかし実験によって今までの疑問が晴れる、理論が正しいか誤っているかは確実に分かる、としたら? もしその理論が正しいければ全人類を救うかも知れない。

その実験をあなたはやりますか、やりませんか?

これが、この本に書かれている「闇」の一つ。


闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか


今では禁忌になっていたり犯罪になっていたり、あるいは歴史の汚点になっている様々な科学実験や研究、またそれらに携わった研究者のルポルタージュ。大変に面白かった。

例えば、とある16世紀の科学者は墓を掘り起こして死体を解剖することで人体の仕組みを解き明かした。当時、その実験は違法ではなかった。その科学者に後輩科学者がある悩みを打ち明けた。悩める後輩にその科学者は言った。

"Why think? Why not to try?"
(なぜ考える? なぜ試してみない?)

背中を押された後輩科学者はずっと考えていた実験を行ってみる。実験台は、彼の息子。。

この科学者が誰で結果がどうなったかは本書を読んでいただくとして。

このような科学者がこの本で紹介されている。

彼らが全員、邪悪だったのか? あるいは被験者の気持ちが分からない冷酷な人間だったのか? 僕は違うと思う。むしろ「これは良いことなのだ」と思っていたようにも思える。

この本の最後の章に「スタンフォード監獄実験」が紹介されているのが特徴的だと思う。

スタンフォード監獄実験というのは、数人を囚人役と看守役に分けて、それぞれを演じさせたところ、囚人役はどんどん奴隷的になっていくし看守役はどんどん残虐になっていった、という実験。これを企画した心理学者は決して邪悪な科学者だったわけではない。ただ「人の心理や性格は、生まれつきのものではなく、状況によって決まる」という仮説を実験したかっただけだろう。

つまりこの本に描かれている闇に魅入られた科学者たちは、「状況」に応じただけだろう。

ということはつまり、彼らだけでなく、我々だって状況によっては「闇に魅入られる」ことだってありうるんだろう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

からしのはなし

2018-03-26 18:39:21 | 食べ物
先日、菜の花を買いましてね、スーパーで。あまり頻繁に買う食材では無いんだけど見切り品で半額だったんですよ。おお、と思って買いました。こういう青果って一人暮らしだと余らせてしまうことが多いのでなかなか買いづらい。でも春だしなぁということで。

菜の花のからし和えなんか美味しいもんねぇ。

と思ったんだけど実は僕の家の冷蔵庫に辛子が無いことに気づいた。そう言えばあんまり使わないもんなぁ。。

チューブに入っている調味料だと、わさび、柚子胡椒、にんにくすりおろし、生姜すりおろしはあるんだけど辛子が無い。

無くてもいいけど、、と思って冷蔵庫を探ってみたら洋辛子はあった。

多分、フレッシュネスバーガーでテイクアウトしたときについてきたやつの余り。

菜の花のおひたしに白だしかけて鰹節まぶしたのの横に添えてみたけど、まぁ、それなりに「菜の花のからし和え」でしたよ。

春ですなぁ。。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

勝手なものです。

2018-03-23 14:40:25 | 日記
タバコをやめつづけていることについては前も書いた。

「やめつづける」

「3ヶ月とちょい。」

これらを書いた後もなんだかんだと吸って無い。明確に「この日から吸ってないな」と言えるのは2017年7月1日なので、この3月が終われば丸9ヶ月タバコを吸っていないということになる。

タバコを吸いたい気持ち、と言われると今のところ明確に言えるけど「無い」。自分でも不思議なほどにもうまったく、タバコを吸いたい気持ちが無い。むしろ、タバコのニオイが嫌だ。

もうね、勝手なものです(笑)

これまで約20年、ほぼ毎日タバコを1箱吸い続けてきて、周囲に煙とニオイを撒き散らしてきた。例えば数人で居酒屋なんかに入って、タバコを吸わない人がいても「タバコいいすか?」と訊いて、その場所でタバコを吸ってきた。それはなんとも思わなかったし、もし「あ、タバコやめてください」ともし言われたらそりゃもちろん従ったけど、心の中で少し「なんだよ、心が狭いな。。いいじゃないか、タバコくらい」と思ったこともある。

でもね、それは間違ってるたよ。どの口が言うんだ、と言われるかも知れないけどさ。

やっぱり喫煙可の店で食べるご飯は美味しくない。タバコのニオイは嫌なものです。

今となっては例えば、オフィスで仕事をしていて喫煙者の人が喫煙所でタバコを吸って帰ってきても「におうなぁ」と感じる。喫煙可の喫茶店(分煙じゃない、昔ながらの喫茶店)に入って人と数十分話して出てくると自分がタバコくさいと感じる。

こういうニオイを自分は撒き散らしてきたんだなぁと改めて感じるし、反省をしています。

もちろん、完全にやめたわけじゃなくて、意志の弱さは定評のある僕のことだからいつかまたフト、タバコを吸い出してるかも知れない。

だけど、今のところ「また吸いたい」という気持ちは無い。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加