漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

きつねのつき

2012年06月03日 | 読書録

「きつねのつき」 北野勇作著 河出書房新社刊

を読む。

 図書館で「SFが読みたい2012」をぱらぱらとめくっていて、ちょっとタイトルが気になったので借りてきた。
 帯に、「3・11後の世に贈る、切ない感動に満ちた書き下ろし長編」とあったので、なるほどそういう内容なのかと思って読み始めたが、そう思えばそう思えるが、関係なさそうといえばなさそうな作品。
 小説の中の世界は、何かが変ってしまった世界であるというのは冒頭から分かるものの、はっきりとさせないまま物語はどんどんと進んでゆく。なにせ、主人公は家で何かの仕事をしているらしい父親で、娘と妻と三人ぐらしなのだが、その妻はどろりとしたものになって天井にはりついているのだから。けれどもそれが日常として、受け入れられている。
 物語が進むにつれて、まるで「風の谷のナウシカ」に出てくる巨神兵のような、巨大な生物兵器の事故かなにかで変容してしまった地域で営まれている日常を描いているらしいというのがわかるのだが、このあたりが「3.11以降の原発問題」と絡んでくるように感じられる。ただし、どうやらこの作品は震災の二年も前に書かれていて、ボツをくらっていたもののようで、震災後に出版されることが決まったあたり、多少狙った感は感じられるが、それでもこの不思議な作品は、そのゆるやかな文体とともに印象的で、出るべくして出た作品だという気はする。カバーイラストは、マンガ家の西島大介で、もし漫画化するならこのひとしかいないというくらい、相性はぴったり。
 ちなみに、この作品の舞台は大阪あたりのようだ。この作品を読んだ後、橋下市長らの茶番劇を思って、嫌な気分になった。政治家といい、東西の電力会社のお偉いさんといい、自分のことだけを一方的に語り、あとは恫喝してみせるしか能がないんだろうか。まあ、そういう人は、多いけれども。