漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

サイクロンの渦を抜けて・・・4

2010年07月30日 | W.H.ホジスンと異界としての海
 その後すぐに、航海士は船楼端から私に声をかけてきて、私が『あれ』を撮影するつもりかどうか訊いてきました。私は、もう撮ったとは思いましたが、撮ると答えました。彼が私に船尾楼に上がってくるようにと言ってくれたので、私は彼の隣に行くと、そこからさらに撮影に挑みました。航海士、船長、二等航海士は、写真という私の趣味にとても興味を示してくれており、良いスナップが撮れるようにと精一杯の協力をしてくれたのです。
 航海士が不安を抱えていることは、すぐに分かりました。というのは、まもなく彼は船尾楼甲板の見回りを終えて二等航海士と交替した後も、私の隣にやってきて、しばらく手すりにもたれていたからです。
 「おやじが一言、ロウアー・トップスルを畳めっていう英断を下してくれりゃあいいんだがなあ」少しして、彼は低い声でそう言いました。「どうも気に入らん。よくない天候が忍び寄ってきてる。俺の鼻には臭ってくるんだ」そして彼は頭を上げて、空気の匂いをクンクンと嗅ぎました。
 「あなたが畳めばいいんじゃないですか?」
 「そんなの出来ねえって!」と彼は答えました。「おやじは、何も触るなと言い残して行ったんだ。まあ、もし何か変わったことが起こったら、船長を呼ぶさ。船長は晴雨計キ・・イだからな。だがあんなもんは、俺に言わせりゃ、固定されてるもんだからな。ロープの端に持ってゆけるわけでもねえし」
 その間、稲妻が頻発して、空を横切ってゆきました。ですが、今ではその閃光はいくらか激しくなり、船のすぐ近くにさえ思え、雲の巨大な裂け目からは土砂降りのように――電が流体のように迸っていました。私はカメラのシャッターを開き、レンズを上に向けました。そして慌てて、凄まじい閃光の壮観な写真を一枚撮影しました。閃光は、同じ空の裂け目から降り注ぎ、巨大な電気のアーチのように、東と西とを分断しました。
 私たちはおそらく一分ほどは、そうした閃光の後に続くはずの雷鳴を待ちました。しかし何も起こりませんでした。代わりに、北東の闇から微かな音が地響きのように漂ってきましたが、それは静かな海を横切って、奇妙に谺しているように思えました。それから静寂がやってきました。
 航海士はまっすぐに立ったまま、私の方へ顔を向けました。
 「なあ」と彼は言いました。「こんなのを聞いたのは、これまでの人生でもたった一度だけだ。それは、ランシング号に乗っていた時の、サイクロンの前のことだったよ。インド洋だったが、その時、ユーラシア人(訳注:欧亜混血の人。蔑称として使われることがある)が海に飲まれちまった」
 「じゃあ、本当に今まさにサイクロンの危機にさらされていると?」私は少し興奮して尋ねた。
 「おれはそう思うがな……」彼はそう言いかけ、突然言葉を詰まらせて、じっと前を見詰めました。「見ろよ!」彼は声を荒らげて言いいました。「ほら!《おっ立った(Stalk)》雷光だ。間違いない!」そして彼は、北東を指さしました。「写真を撮るなら今だぞ。こんな機会は、生涯もう二度とないかもしれねえからな!」
 私は彼の指し示した方角を見たました。するとそこにははっきりと、巨大で朧ろな揺らめく雷光が、光る舌を「明らかに海から立ち上らせて」いました。それは十秒から十五秒ほどしっかりとその姿を留め、私はそれを一枚の写真におさめました。
 この写真は、現像してみてわかったのですが、撮れてなかったので、遺憾ながら、奇妙な、定義し難い鈍い赤色の輝きが、それと同時に水平線を染め上げた光景は、想像していただくよりありません。ですが今でもまだ、その滅多に見ることのできない電気現象の様子の記憶は、宝物のように私の中に残っています。幸運なのか災厄なのかはともかく、運命は我々をサイクロンの嵐に引きあわせたのです。この出来事についての話を切り上げる前に、もう一度読者に、この奇妙な雷光は大気中から降下してきたのでは「なく」、「海から立ち上っていった」のだということを念押ししておきたいと思います。

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