漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

鹿の王

2016年02月06日 | 読書録
「鹿の王」(上・下) 上橋菜穂子著 角川書店刊

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 国際アンデルセン賞を受賞したこともある、日本を代表するファンタジー作家による、2015年度本屋大賞受賞作。日本医療小説大賞、という、ちょっと特殊な賞も受賞している。
 国家と民族という問題に、黒狼熱という疫病を絡めたストーリー。ハイ・ファンタジーだが、テーマは重い。つまり、細菌兵器を使った少数民族によるテロリズムということだが、舞台が中世的なものだから、もちろんやや呪術的な迷信が信じられている。主人公は、その伝染性の病のワクチンを作ることに情熱を燃やす青年ホッサルと、その病に対する抗体を持つ、「常に死に損ない続けている男」ヴァン。皮肉なことに、既に自分を半ば死者であると考えているヴァンは、様々な民族の人々によって、それぞれの思惑から、必要とされている。タイトルの「鹿の王」というのは、ヴァンの民族によって名付けられた、鹿の群れが襲われた際に、たった一匹だけその場で踊って見せて、その襲撃者と対峙してみせる鹿のことを指す。つまり自分を犠牲にして群れを逃がす役割を持つ鹿のことだが、往々にしてそれは、かつては群れの中で力を持っていたが、現在では最盛期よりはやや力を失っている牡が担当する。物語を通じて、ヴァンはまさにそういう役割を背負わされているわけだが、彼は鹿の王を、決して英雄などではなく、なまじ力がまだ残っているせいで自らを過信し、そうせざるを得ない悲しい業を持つ生物だと言う。
 児童文学作家の小説だから、もちろん完全に大人向けの小説だというわけではない。だが、小学校の高学年以上の人なら、どの年代の人でも、面白く読めるはず。ぼくは、実はハイ・ファンタジーはそれほど得意ではないのだが、これは一気に読めた。時代設定に比してホッサルらの医学的知識が進みすぎてるような気がしないでもないが、日本のハイ・ファンタジー小説の中では、最も優れた作品のひとつではないかと思う。善悪の二元論ではない、様々な立場の正義が交差する、奥行きのあるこの作品は、ぜひ小学校の高学年の子どもたちに読んでもらいたいと思った。