漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

漂着文庫コレクション/ 2. 夢の丘

2008年10月02日 | 漂着文庫コレクション
 
「夢の丘」 アーサー・マッケン著 平井呈一訳
創元推理文庫 東京創元社刊

 奥付を見ると、1984年9月28日初版となっている。出てすぐ買った記憶があるから、もう四半世紀近く前だ。当時はは神戸の垂水に住んでいたのだが、駅のショッピングセンター「たるせん」の中に入っていた、日東館という細長い売り場を持つ書店で買ったのを覚えている。それ以来、部分的に読み直したりはしたが、通して読み直すのは本当に久々だ。
 好きな本は何度でも取り上げたくなる。久々に読んで、やはり傑作だという感を新たにした時には、なおさらだ。
 一読して分かるように、この「夢の丘」は、マッケンの半自伝的小説である。僕の大好きな作家W.H.ホジスンと同じように、貧しい地方の牧師の息子として生まれた主人公が、作家を目指してロンドンに移り住むものの、馴染めず、客死するまでの物語だが、読みどころはそういう大きなストーリーにはなくて、自家中毒的な孤独の中で主人公が幻視する神秘的な光景にある。
 物語の冒頭から、ド・クインシーの「阿片中毒者の手記」のタイトルが何度か出てくるから、影響があるのだろうが、そういった意味でも、日本の稲垣足穂の「弥勒」とも通じるものがある。あるいは、ユイスマンスの「さかしま」なども似たジャンルの作品だろう。だが、主人公が死ぬ時に見る光で作品の冒頭とループを描くという構造によって、閉じられながらも果てしなく広がってゆくという、奇妙な余韻を描き出す。怪奇幻想作家は数多いが、その幻視する力において、マッケンは明らかに一段高い所に位置する作家である。マッケンの筆にかかると、世界は確かな形を失い、メルトダウンする。そしてその向こうから、鮮烈な色彩を持った、別の光景が現れるのである。