漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

月の雪原 / 第一部・雪原 / 7・月の雪原へ・1

2007年11月22日 | 月の雪原
 頬に柔らかい光の滑らかな暖かさを感じて、ツァーヴェは目を開いた。
 青白く澄んだ光が頬を照らし、部屋を照らしていた。くっきりと明るいのに、じっと見詰めていると次第に朧になって、だんだんと捉えどころがなくなってくるその光は、確かに夜の光だった。光は、ツァーヴェの眠っているベッドの近くにある窓から差し込み、床を照らし出している。
 部屋の中には音がない。耳を澄ましても、しんと静まり返っていて、どんな音も聞こえない。
 それから動くものもない。光も揺れない。時間が凍りついたように、全てが穏やかに留まっている。空気も無口に息を潜めて、乱れない。部屋の中は、ひんやりとはしているが、それでも寒くはない。皮膚に感覚がなくなってしまったかのようだった。
 ツァーヴェはしっかりと目を開いた。誰もが驚くほどの深い黒さを持った、その大きな瞳を。
 身体がとても軽いような気がしたし、頭もすっと冴えていた。だが、実際には容易く身体を動かす気にはなれなかった。そしてしばらくそうしてじっと横たわったまま辺りの光景を見ていた。
 どうしてこんなに部屋の中が明るいのだろう、とツァーヴェは思った。もちろんそれは昼間の明るさとは違う。部屋の中の大部分は暗くて、幾ら目を凝らしても捉えられない。だが、窓から差し込んで来る光は、ただの月明かりにしては余りにも鮮やか過ぎるように思えた。太陽の光を反射して輝いているのが月だということを、ツァーヴェはかつて聞いたことがある。ならば、太陽の光がとても激しくなったのかもしれないとツァーヴェは思った。
 それとも、とツァーヴェは思った。そうだ、僕は熱を出して気を失ったんだ。ずっと長い時間吐き続けていたんだ。憶えている。あれはいつのことだったのだろう。もしかしたら、遥か昔のことなのかもしれない。
 だから、そうだ、僕はもう死んで、こうして意識だけが残っているのかもしれない。
 ツァーヴェはそう考えて、はっとした。それから恐る恐る手を動かして、自分の身体に触れてみた。身体は確かにそこにあった。その感触は確かに現実のもののように思えた。