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Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

E.S. POSTHUMUS / "CARTOGRAPHER"

2008-02-13 06:10:00 | art music
Es_cartographercover
(Michelangelo Merisi da Caravaggio / "St. Jerome Writing" c,1604)


"Qui autem docti fuerint fulgebunt quasi splendor firmamenti; et qui ad justitiam erudiunt multos; quasi stellae in perpetuas aeternitates."
  ーIncipit epistula Sancti Jeronimi ad Paulinum presbyterum.

『学びを得た者たちは、さらに天蓋の輝きの如く光り続け、多くの者を義へと教え導くだろう。間断なき久遠にある星たちのように』
    ー聖ヒエロニムスからパウリヌスへの手紙


□ E.S.POSTHUMUS feat. Luna Sans / "CARTOGRAPHER"

ISUNOVA PI
SOLLENTE
MOSANE PI
CAARANO
NOLITUS PI

Release Date; 14/01/2008
       21/12/2007 (on iTunes)
Label; Wigshop Records
Cat.No.; WS2237
Format: 2xCDs

>> http://www.esposthumus.com/cartographer/cartographer.html
>> http://www.myspace.com/lunasans


>> tracklisting.

Disc.1 "feat. Luna Sans"

01. Nolitus
02. Isunova
03. Vorrina
04. Selisona
05. Marunae
06. Mosane
07. Decifin
08. Sollente
09. Caarano
10. Raptamei
11. Oraanu
12. Nivaos
13. Nasivern


Disc.2 "Piri Reis Remixes"

01. Aschielf PI
02. Oraanu PI
03. Marunae PI
04. Mosane PI
05. Isunova PI
06. Nasivern PI
07. Selisona PI
08. Raptamei PI
09. Caarano PI
10. Nivaos PI
11. Sollente PI
12. Decifin PI
13. Vorrina PI
14. Nolitus PI
15. Odenall PI


1929年、「ピリ・レイスの古代地図」がコンスタンチノープルで発見された。驚くべきことに、この地図には6千年以上に渡って氷に覆われていた湾や諸島が描かれていた。古代にこのような探検ができた文明とは一体どのようなものだっただろうか?

探検したのは、南インド洋の小さな孤島ヌマの人々ではないか。高度な航海技術を持つ海洋人であった彼らが地球のすみずみまで航海したのだ。私たちは、彼ら独自の言語を創り出した。"Cartographer"では、ヌマ島の人々の文明、発見、滅亡の物語を歌い上げる。



e.s. (="Experimental Sounds" or "Electronic Sounds")、Posthumus (="All Things Past" 全て過ぎ行くもの)。多様な古楽器が織りなす情緒に流麗なオーケストラ、地を這うような野太いトライバル・パーカッション、祈り上げるように響き渡る荘厳な混声合唱、そしてそれらの親和性を高めるエレクトロニクス。E.S. Posthumusの紡ぐ"CARTOGRAPHER(地図製作者)"の音楽は、遼遠たる大地に悠久の歴史を経て刻んできた、時空の境界無き人間の共時体験を、ピタゴラス哲学の教示『音楽は相反するあらゆるものの共鳴』に倣い、麗しき過去の空想史として現代に描き奏でる。

この2ndアルバム"CARTOGRAPHER"は、無名ながらも魅惑的なラテン系ヴォーカリスト、Luna Sansの歌声をフィーチャーしたディスクと、それらの曲を合唱曲にアレンジし、ボーナストラックを追加したディスク、"Piri Reis Remixes"の二枚組でリリースされた。今作のモチーフとなっている歴史上最も有名な『カルトグラファー=地図製作者』の1人であるPiri Reisについては後述するが、『ヌマ』についての伝承は調べた限り見当たらず、架空の設定、あるいは非常にマイナーな学識である可能性が高い。


ロサンゼルスに生まれたイケメン兄弟、Helmut VonlichtenとFranz Vonlichten。幼少の頃より母からピアノを学び、Franzは高校卒業と同時にレコーディング・スタジオに職を持つ傍ら、HelmutはUCLAで考古学を専攻。2000年に結成したユニット、"e.s. Posthumus"において、シアトル合唱団の重々しい混声コーラスと、各国の伝統楽器のプロフェッショナルを招いて、ロックのリズムやエレクトロビートを乗せるという古くも新しいスタイルを確立。(パフォーマーにはMichael LandauやDavy Spillane、Matt Laug、Lance Morrisonといった有名ミュージシャンも起用されている他、合唱団とオーケストラを指揮したJeffrey "Woody" Woodruffは、Celine Dionを始め数多くの大物アーティストを手掛けるエンジニアでもある。)

デビューアルバム、"Unearthed"の激情と憧憬を同時に煽る神秘的な作風は、ハリウッドの大作系映画の予告編などで好んで使われ、インディーズ・アーティストながら異例とも言える数のカルトなファンを世界中に生んだ。

2008年現在、e.s.Posthumus、あるいはもっと過去からの同系統の作品は量産され続け、数え切れないほどの劇伴作曲家やアーティスト、そしてライブラリ音源において同様の方法論の追随が試みられているが、e.s.Posthumusの音楽は、そのどれとも似て非なる一線を引いた佇まいがある。"Unearthed"のリリースから7年余り経て尚、ブロックバスター映画のトレーラーで彼らの作品を耳にする機会が未だに多いことが、その魅力と独自性の何よりの証左だろう。



"CARTOGRAPHER"の詳細なクレジットは公表されていないものの、楽器編成自体は"Unearthed"とさして変わらないようである。大編成の混声合唱団にオーケストラ、鋭角的に刻まれるドラムやベース、そしてペルシア~古典トルコ、アラブ音楽のインストゥルメントがボサノヴァやサラバンドといった様々な舞曲のリズムを奏で、ウーリアンパイプやネイ(中東の葦笛)といった特徴的な民族楽器が、ある時は広大な平原を歩む如く牧歌的に、ある時は大海の星原に歌う如く雄大に、抒情豊かな音色で染める。西欧神話、キリスト教、あるいは有史以前より遠い時代から人々が闊歩してきた、自然と文化を巡る遙かな記憶の原景を謳いあげる壮大な音の叙事詩である。


Luna Sansのヴォーカル・トラックとPiri Reis Remixesの棲み分けは徹底されており、Luna Sansサイドには"Nivaos"を除き混声合唱が一切登場しない。代わりにスパニッシュ・ギターが、古代ヌマの言語を想定したという造語("eRa"と同様に、ラテン語に酷似したフレーズが多用されている)によって歌われるヴォーカルに郷愁の色を添えている。こちらは昨今のイビサ系チルアウトやワールド・フュージョンにも頻繁に見られるラテン~イスラエルポップの様式にかなり近く、情緒過多な甘ったるいオーケストレーション(Tim Janisをはじめとしたヒーリング・ミュージック、イージーリスニングにさえ大分歩み寄っているように聴こえる)が如何にもと言った感じで調和している。

Luna Sans自身はDeep ForestやEnya、Massive Attackといったニューエイジ、トリップホップからポップオペラをルーツに挙げるシンガーであり、今回の起用にあたっては非常に慎重にならざるを得なかったというが、出来上がったものは意外と保守的に仕上がっているのではないかと個人的には申したい。


ここで残念なのは、混声合唱をメインにした"Piri Reis Remixes"が、あくまでLuna Sansのヴォーカルトラックのアレンジに準じたものであるという点である。大半の楽曲において、コーラスはヴォーカルにとって代わって主旋律を奏でるものではなく、インストゥルメントの一部として融け込んでしまっている。ボサノヴァを取り入れるなど、ヴァリエーションそのものは多彩になったものの、構造はよりミニマルになり、軽妙、あるいはゆったりとしたムード音楽に興じている感が強い。

世界中の古都や伝説の都市への憧憬を謳い上げた"Unearthed"。その最大の特徴だった仰々しいまでの混声コーラスのダイナミズムと先鋭性は失われ、空間的な残響効果を伴ってソフィスティケイトされた柔和なサウンドに落ち着いており、特に前作では雄々しかった男声パートが抑制されている。"Unearthed"における"NARA"や"ISFAHAN"の手法をエンハンスしたアルバムという印象が強い。"EBRA"や"POMPEII"のヘヴィメタル色はすっかり陰を潜め、"ANTISSA"や"MENOUTHIS"のような心をえぐるキラートラックも少ない。"Isunova PI"や"Mosane PI"については、"Unearthed"からの進化を顕著に窺わせる出来だけに、アルバム全体のトーンダウンした雰囲気は心残りである。


また、"Luna Sans"サイドと"Piri Reis Remixes"の製作過程にどういう摺り合わせがあったのかは定かでないが、ボーカル曲とコーラス曲が同じトラックを共有しているが故に、それぞれに不似合いなシークエンスを分け持っているという状況が所々に見受けられる。たとえば"Isunova"や"Marunae"といった、映画音楽を意識した劇音楽調の盛り上がりが展開される曲においては、フレーズが徐々にクレッシェンドやスタッカートを伴って一点でピークを迎える特徴的なアクセンチュエーションが施されており、どうしても楽曲の世界観を歌っているはずのボーカルとは乖離して聴こえてしまい、試みとしては巧くいってないと思われる。逆に、ボーカルの不在に代わるにはコーラスの存在感が薄いトラックも多く見られ、やはり贅沢なBGMという位置づけに甘んじたものを感じてしまう。


"Piri Reis Remixes"の特異ともいえるボーナストラック、"Ashielf PI"と"Odenall PI"は、以上に挙げた特徴とは全く対照的な作風であり、純粋にフィルム・スコアリングを意識した、クラシカルかつ映像との親和性と視覚性の高い楽曲となっている。"Ashilef PI"は、2005年に DJ Quik and Bizarre.と共作したNFLのテーマソング、"Rise to Glory" (Posthumus Zone)や、"Cartographer"に先駆けてリリースされたシングル"Unstoppable"を一分の尺に圧縮したような曲で、あからさまにHans Zimmer率いるRemote Control社におけるアクションスコア・ライティングの方法論を拝借している。

"Piri Reis Remixes"では楽曲の構成を鑑みて、"Luna Sans"サイドから大幅に曲順が差し替えられているが、"Ashilelf PI"の終結部の中断から"ORAANU PI"の壮大なコーラスに瞬間的に移行する展開は大迫力である。ギターとパーカッションの軽快で胸のすくような導入部から始まる"ODENALL PI"は、大袈裟なフレーズの反復で大胆に楽曲を割さきながらも、各展開部に独特なフルートやストリングスのメロディを絡めて、ハリウッド往年のスペクタクル映画を彷彿とさせるドラマティックかつ感動的なインスピレーションでアルバムを締めくくっている。



アートディレクション             .

Stjeromewriting


『執筆する聖ヒエロニムス (c.1605-1606)』


ジャケットアートは、"Unearthed"の『聖マタイと天使』に続き、同じカラヴァッジョことミケランジェロ・メリージによる『執筆する聖ヒエロニムス』(ローマ、ボルゲーゼ美術館所蔵)が使用されている。色彩に富み、「闇」を効果的に用いた写実主義の厳格なイメージは、e.s.Posthumusの生々しくダークなサウンドに実に相応しい。ジャケットでは省かれた筆の先にある骸骨は、「知の流性」と「死」を結びつける象徴的なメタファーである。おそらくアルバムの『Cartographer(地図製作者)』というタイトルに倣って引用されたもので、聖ヒエロニムスの主題とは切り離して「地図を書き写す様」だと捉えさせる意図があるのだろう。

ウルガータ聖書のラテン語訳によって、西欧のキリスト教化に最も貢献したことでカトリックの四大教父の1人に数えられる聖ヒエロニムス。シリア砂漠を放浪し、様々な試練を打ち破った寓話が残されており、知見に富み、論理的ながらも、あまりに辛辣で厳しい性格は、彼が遺したとされる幾つかの書簡にも顕著に現れている。晩年、カラヴァッジョは同様の主題による、もう一つの『執筆する聖ヒエロニムス』をサン・ジョヴァンニ大聖堂の祭壇画として描いている。


Novamap


"Nova totius Terrarum Orbis Tabula"

ジャケット内側のディスクホルダーには、17世紀に出版され最も普及した『新世界全図』がプリントされている。著者はハッキリとは判別できないが、"G a. Fichasect"と記銘されているようである。(上の画像は別の出版者によるものだが、地図部分は共通している。)


Pirireis

"Piri Reisの地図"


Cartographer、ピーリー・レイス。オスマン帝国の軍人であり、同時代の海洋知識の集大成である『キターブ・バフリエ』を著し、その後の世界地図の一般化に大きく貢献した。一般に『ピリ・レイスの地図』と呼ばれるものは、"Cartographer"の序文にある通り、1929年にコンスタンチノープルで発見された、1513年製作の航海地図の写本の一部である。

エジプトのセリム一世に献呈されたこの地図は、紀元前4世紀の古代マケドニアから、イスラム世界やポルトガルの航海史、そしてコロンブスによる新大陸地図の情報を纏めたもので、その解釈を巡っては、神秘めいた異説が様々唱えられている。


最も有名なのは、Graham Hancockが著書『Fingerprints of the Gods (神々の指紋)』において、これを「超古代文明」の存在の傍証としたところだろう。当時は確認されていなかった南極大陸が記されているという点を論拠として冒頭に紹介しているが、実は巻中の引用において縮尺を変更し方位が回転されている他、多くの証拠について不正操作や論理的飛躍が指摘され、現在では疑似科学の象徴的な存在として認識されている。

e.s.Posthumusが"Cartographer"のテーマとして扱う『ヌマ伝説』は、このハンコックやデニケンが唱えている「古代のオーパーツ」、「知識の伝承者」の存在をモチーフとしていると思われるが、あくまで作品を鑑賞する際にイメージを拡張するファンタジーの加味であり、誰しもが抱いている神秘に包まれた古代史へのロマンや冒険心を思い起こして、素直に聴いてみるのも一興であろう。


こうして音楽を彩るアート、学識、物語といった種々の要素によって構成される"Cartographer"の古式万華鏡的世界。斯様にe.s.Posthumusは、自ら標榜する通り、かのピタゴラス哲学の観念にあるが如く、異なる次元の素材同士を調和させ、歴史と国境を超えた壮大なハーモニーによって人々の心を震わし、その幻想を統べる新世界の地図を描いたのだ。


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4 コメント

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阿部2号さんのところより参りました。 (777)
2008-02-25 00:09:10
阿部2号さんのところより参りました。
素晴らしいレビューありがとうございます。1ブログというより、濃い一冊の辞典を読んでいるような感覚を覚えました。
文章から滲み出る知識や気品がビシビシ伝わってきます。私もe.s.Posthumusを待ち焦がれていた一人なので、とても楽しむことができました。混声合唱は本当に素晴らしいですね。ただ、もう少し制作期間が短いとありがたいかもしれません。
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>>777さん (n.)
2008-02-28 07:47:09
>>777さん
お褒めのお言葉ありがとうございます。
レビュワー冥利に尽きます(;_;

7年間のブランクもそうですが、
どうして彼らにこんな作品を作る資金があるのか謎です(笑
ほんとは2005年頃の予定だったのが、色んな事情で延びたそうです。

今後ともご愛顧よろしくおねがいします。
返信する
すごく嬉しいです!! ()
2008-04-12 19:12:21
すごく嬉しいです!!
こんなに!凄いレビュー♪。
読めるのが嬉しいです!。
感激です。

・・ありがとうございます!。
凄い・・。
返信する
ありがとうございます。 (n.)
2008-04-16 08:29:22
ありがとうございます。
レビュアー冥利に尽きるお言葉ですm(_ _)m
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