goo blog サービス終了のお知らせ 

lens, align.

Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

The eyes of truth are always watching you.

2005-03-29 10:26:28 | Science
↑表題の文章は、ジョージ・オーウェルの名著『1984』にある一節"Big Brother is always watching you"から。
恥ずかしながら未読なのですが、「監視社会」の性質から導かれる未来をある種の寓話として描いた問題作であり、反共プロパガンダとして利用されることもあったそう。が、オーウェルが最も批判したかったのは、どんな思想下であるにしろ、その社会全体に働く偏向性と不正な強制力であって、彼自身が忌避するそういった体勢側のシンボルとされたのは皮肉な話です。

現在、私達の生活はあらゆる『目』の観察下に置かれています。近年ではインターネットが情報の遍在性によって人々を結びつけ、その伝達距離を収束させています。逆説的になりますが、情報取得手段の汎化が、情報量の仮想的な局在性を招いているのです。 (※また、「情報の収束」は「知覚と関係性」に対して相補的です。その理由は、人と人との間で、情報は情報に対して使役され、その際、情報の全体性から要所を切り出す際に、というのは物理的な意味でなく、「全体性から切り離す」時点で、取り出された情報子そのものが相対的に変質してしまうからです。)この情報局在性で結びつけられている私達は、その管理下においては、その足跡が人間自身で認識できる形で解析可能である故に、あるゆる振舞いが「ある他者」に対して筒抜けになっている状態と言えるかもしれません。

この究極的な問題は、電子ネットワークの結びつきが地理的なコミュニティを凌駕する時点で起こります。あくまで仮想の話ですけれど、遠い、あるいは近い未来、特定の規範に基づいて結成された情報使役者の集団がそれぞれ何らかの権限を持つことが日常化に至った場合、私達は再び、権力の強制的な法規に抵抗しなければならない時代を経験する可能性があります。それはもっと見えにくいもので、実際に闘うべき相手は「民衆そのもの」と言い換えることが出来るかもしれません。その中であなたの行為は常に何者かの目の届く所にあります。弱みを握られるとすれば、それは自分にとっても世間にとっても「卑しき行為」とされるもののはず。あるいはでっち上げで陥れられようと、不当な評価を受けようと、時に屈しようと、あなたはあなたに対して誠実に生きるべきです。過去に先人達がそうしてきたように。傍にはあなたを肉眼で見守る人々がいるのだから。

・関連、参考
HPOさん:個人的な意見 ココログ版:歩いて、車で、スプートニクで Spiral
lens,align. : コンテクストの結晶化 -新たなアクセシビリティの定義(バックナンバー)
Steven Johnson / Emergence: The Connected Lives of Ants, Brains, Cities, and Software
glocom;創発民主性
Nexus(スモールワールド効果)


□ n e w s.
gad Jens Gadの"Achillea / "Nine worlds of Viking myths"のジャケット。スカンディナビアの古語や音楽様式を取り入れてるそうです。

              □ Tunes of the Day.
cd-spiritdance




♪ Peter Buffett / "Auglaise River,1830"
アルバム"Spirit Dance"から。ネイティブ・アメリカンの音楽と、教会聖歌の融合、そして重厚なデジタルビートを導入した名盤。 これはその作品を締めくくる一曲。Susan Zielkeの歌声がなんとも儚いです。

♪ Evanescence / Hello (Trifactor vs Gabriel & Dresden Mix")
エヴァネッセンス、についてはもはや説明がいらないでしょうが、我等がプロッグ・ハウスのトレンド、 Gabriel & Dresdenが手掛けた非公式・未発表リミックスがこちら。とても大好きな曲なのでここで紹介します。 こんなことしてるからトラックバックが憚られるんですよね。。w

Knoppix for Bio (KNOB, ノブ) 1.3.0

2005-03-11 12:40:00 | Science
生物の行動アルゴリズムで最も興味深いのが『動機の保存』ですね。(唐突に)あるシステムに帰属する個々の振舞いはその時々でランダムに装いながら、様々な事柄を「跨いで」、しっかりと「予定」を実行、あるいは裏切ったり。(たとえば会社に行く→デートする→会社に戻る→家庭に戻る(爆))ここら辺はセルラオートマトンを用いたモデルで対照比較してみると面白そう。。
まぁ、「考える」だけで何かが「解る」のなら誰も苦労しないって話で…。

http://knob.sourceforge.jp/
二階堂氏のバイオインフォマティクスプロジェクトであるKNOB (Knoppix for Bio)がリリースされました。KnoppixをベースにしたCD Bootable Linuxツールで、WindowsやLinuxといった環境に影響を与えないのが売りです。今までCygwinなどでLinux環境を実現していた人は、コンパイルの手間が大幅に省けます。更にembossから、GenBankなどの膨大なインターネットのデータベースに接続可能。SSH、VNC Serverを利用して複数人が同時に運用できるという、専門外の私から見ても画期的だとわかるもの。

収録ツールは

BioRuby 0.6.5
BioPerl 1.4.0
EMBOSS 2.10.0
R 2.0.1 + Bioconductor 1.5
G-language

といった、主に配列解析、系統解析、発現解析を扱う為の基礎が揃っています。

□ 量子情報科学:実験による一方向量子計算
  Experimental one-way quantum computing.(Nature)
  P. Walther, K. J. Resch, T. Rudolph, E. Schenck, H. Weinfurter, V. Vedral, M. Aspelmeyer & A. Zeilinger

量子コンピュータのアルゴリズムは、これまでは単一量子の論理ゲートに基づいたものが一般的でしたが、この実験では縺れた状態の量子ビット、ここでは四つの光子を用いる不可逆な計算アルゴリズムが利用可能だと実証されました。量子力学や、量子そのものに対する認識を大きく変える発見だそうです。そういえば、工学の分野でも量子ゼノ効果(『観察』することで、量子の状態を静止させる)なんて現象が利用されはじめたり、この領域では日々パラダイムの更改が起こっているような気がしますね。

□ 音楽的心像:無音は大脳聴覚野を活性化する
  Musical imagery: Sound of silence activates auditory cortex
  David J. M. Kraemer, C. Neil Macrae, Adam E. Green & William M. Kelley

頭の中で電話番号を復唱したり、音楽を思い浮かべるときの聴覚神経への刺激の有無を磁気共鳴イメージで比較したところ、無音の場合は、聴覚神経の活動が視覚神経と似た原理に従うそうことがわかったそうです。うーん、ってことは共感覚の由来も、より原理的なニューラルネットワークの振舞いに還元できるのかな?

KS12685

・情報の剽窃 -ある薬品を巡る話。
ガンの治療薬として開発が進められているものに、「アンチセンス薬」というものがありますね。これは異常なDNAとの反応を無視する相補的な遺伝子コードを配合した医薬品で、最近は日本でもアンジェスMGがその後継医療薬の研究開発で株価を上げたりしていますが、実際にはこの技術の発展過程で辛酸をなめた企業や研究機関も少なくありません。昨年には仏アヴェンティスが米ジェンタとライセンスした「ジェナセンス」の効果について否定し、提携を打ちきるという出来事も未だに記憶に新しいです。実はこの薬品、開発段階で幾度と無くその効用を臨床実験で否定されてきた経緯があります。
このアンチセンス薬の開発の黎明期、ある創薬系ベンチャー企業が薬品開発の半ばで、臨床試験等の認可を受けられず、プロジェクトを頓挫させてしまいました。その最たる要因の一つが、参考資料に利用した各大学の論文、研究機関のレポートにあった「誤り」です。酷いものには、化学法則の基本まで全く無視したものが紛れこんでいたそうです。研究者たる者、実際に自らが実験、解明したもの以外は信じてはならない、という美徳もありますが、現実には、この高度に細分化してしまった現代科学においては、如何に他の情報ソースを流用出来るかに、特許レースの明暗を分ける要素が含まれています。そこに『惑わし』がどのようにして潜んでしまうのか。でも実は、それは現場においても同じなのです。考古学者、生態学者等々、フィールドワークという現場主義に重点を置くべき理由がハッキリしているものに比べ、情報化の著しい影響を受ける研究領域では、研究成果そのものの信頼性による整理、ランク付けの基準を取り入れた新しいリテラシーと、その為のインフラの整備が急務ではないでしょうか。これから本流となるRNA医薬には更なる危険性が付き纏います。。。私自身は興味本位でフェノームの勉強を進めていましたが、この分野の情報過多ぶりに狼狽しました(笑)

□ Tunes of the Day.

hectorzazoulabsence
Hector Zazou / Etrangers Attracteurs
アルバム"L'Absence"から。Nicola HitchcockやCaroline Lavelleも参加。
11曲目"The Workers"のセリフは、マルクスの『共産党宣言』のブルジョワ経済分析から引用したもの。

The Thrillseekers / Dreaming of You (Tranquilo's Ambient Mix)
これもなんとなく気分で。

私は音楽を作ったり絵を描けるわけでも、まして一次情報の取得に長けているわけでもなく、ならこのBlogの価値は?と問われたら困ってしまいますが、多くのネット上のコンテンツがそうであるように、見る人に何らかのインプレッションを与えられれば、それだけで私自身が情報を得るモチベーションも良い方向で維持しつづけられるのではないかなーという、ある意味自分本位な動機のもとで戯れている感じです。またサイト、ブログというのは、それが情報の剽窃であっても、それぞれがブリッジであれば良いと思うのです。とにかく御覧になってくれている方、ありがとうございます。m(_ _)m


絶賛放置中

2005-03-08 22:45:42 | Science
subtilpourhomme0001買い物。
フェラガモのサブティール・プールオム。
ほんとはインカントを試しに行ったのだけれど、
一つ外向けの香りが欲しかったので(笑)
トップは、鼻にスッと通るようなグリーン系の瑞々しさを
どこか暗灰色の銀盤に濾したような・・・ってどんなだw
ラストノートもそれほど後を引かずフェードアウトして好感。

フレグランスって、主に気分転換に家で付けることが多いです。
普段はEcho Nomadやπフレッシュとか主張するものばかりで、
賑やかな場所に赴く時以外は、どうしても気が引けてしまいますね。

ついでにヘアカット。
さすがに最近は社会人らしく地毛の色に落ちつかせているけど、
動きは前より激しくなったような。。。w


・自動思考の虜
鬱になったり、世の中を斜に見がちな人は、
自分の考え事を真に受けすぎる傾向があるようです。
「考えない知性」の価値を省みることも必要ですね。

・「言い換え」について
たとえば人間を「遺伝子の器」と定義すること。(eX,免疫抗体の進化論によるカップリングの定義とか)そういった言い換えは、その言語が帰属する特定分野で、その表現に理解を促す有用性と、制御の必要性が伴って意味を為すもの。実際にこれを「人間の感情は遺伝子の生み出す幻」などと厭世的に捉える人々は、ここで起きている論理の階層の混同に盲目になっています。ある意味論理実証主義的ではあるけれど、「感情は幻」のはずなのに、「幻」という言葉自体に感情的なレッテルを貼りつけているのです。おかしいですね。私達が何かを感じるとき、そこにはそう感じさせる何かが起こっているはずです。ただ、もうひとつ上の階層からみると、彼らの言い分は間違っているわけではありません。彼らの感情的な振舞いそのものが、遺伝子の為せる仕業だと帰納することが出来るからです。

こうして、主観者が対象を評価する際に参照するパースペクティブによって、物事の肯・否定は180°覆えります。一元論、二元論も見方の問題でしかありません。コマンドを実行する際のディレクトリの指定のようなイメージでしょうか(笑)ただ、そういった遺伝子の振舞いを目的論で見てしまうと、また厄介な論理の無限後退に陥ることになります。遺伝子を創り出す化学法則、さらにその基幹となる量子論そのものの関連を無視して語ること自体に致命的な矛盾を孕んでいる為です。そもそも、事象の要因をミクロ制御に求めること自体、現代科学が「工学的に」利益を追求する方法論の一つでしかないということ。自然や宇宙といった「マクロな」複雑系の挙動は、ミクロ系の振舞いそのものの反映であり、どっちが要因でも結果でもない合わせ鏡。人間は人間のスケールを基準にその狭間の光景を垣間見ているようなものでしょうか。。。

所謂「メタ認識」、「メタ思考」といったもので包括的にそういう世界観を認識することは出来ても、人が言葉で物事を言うとき、そこには必ず事実との対称性の崩壊が働いてしまう。それこそがコミュニケーションの力学的な原理なのだけど、その自覚・無自覚に関わらず、私達にとって言語記述・定量展開が「実用的な」ものである為には、個々の価値観自体に暫定的な意味を持たせることが必要でした。そこで人は適当な区切りで、その記述の帰属する系と領域を閉じてしまいます。この因果関係が正しいかどうかは判別しかねますが、そうした閉じた系に因子の構造や振舞いを掬いとることしか、全体性の一部である私達には出来ません。ただ、「決定論」は突き詰めれば「等価性原理」ですから、あるゆる表現、振舞いに真理が等しく内包されていることになるでしょう。

過ごした瞬間瞬間は永遠にその場所で燃え輝いている。死は抗えないものの向こうで息づいている。

すなわち死すべき者たちはいち早く深淵に突き当たり、そのエコーとともに方向を転じるのだ
-フリードリヒ・ヘルダーリン

"Lang ist Die Zeit,es ereignet sich aber Das Wahre."
-Friedrich Hölderlin"Mnemosyne".

一粒の砂に世界を 一輪の野の花に天国を 掴みなさい あなたの手のひらに無限を 一刻の中に永遠を
-ウィリアム・ブレイク「無垢の予兆」

愛を口にしなくてもいい 愛とは知れない 愛を感じなくてもいい 愛でなくてもいい この愛 この愛
- クレイグ・アームストロング"This Love"

Truth is just revealed, just revealed through our courses in living
-Louis I. Kahn


ゲノムネットワークプロジェクト第1回シンポジウム

2005-02-27 08:19:13 | Science
http://www.kuba.co.jp/g-network/
バイオインフォマティクス・システムバイオロジーの分野では 初となる専門的で大規模なシンポジウムが開催されます。 アメリカのENCODE計画を上回るものとして国際的な関心を集めているそうで。 日本発信の学際として、世界的にスタンダードな位置付けを目指して欲しいですね。 やはりこれからは天文学的なデータの解析をどうモデル化するのかが重点になるみたい。 『プレゼンテーション』の「2時間を刻む生物時計の意義を探る」って、 先日Natureに取り上げられた中村氏の研究の関連なのかな?

天まで届け、高さ1000mのタワー
こういうのが未来都市にはドンドン建って欲しいものです。 さながら鏡の塔?数年前までは詭弁として退けられていた原子力発電のコスト高も、 やっと(遅)世間で認知されるようになってきたし、そろそろ日本も現実的な措置に出るべきなのでは? アメリカは水素、日本はメタンハイドレートに代替エネルギーの期待を掛けていますが、 セーフティという観点からはもっと自然の恵みを享受するべき。 未来の高層建築といえば、カーボンナノチューブを用いた軌道エレベータなどの構想もありますね。 どんな光景になるのかなー?

□ Other Topics
土星の環に酸素<Ananova> カッシーニの探査。生命がいそうだとかそういう話ではないですが。。 でもウィルスによっては、宇宙空間でも生き長らえるものがいますしね。 地球から何かバラまいて宇宙汚染しちゃってるかもしれません。

惑わしに基づいて

2005-02-26 05:23:56 | Science
Czech_image5"tento film je vénován vśem badatelům,kteří si svon existenci založili na mystificaci."    -Jan Svankmajer "Otrantsky zamek"

ホラス・ウォルポールのゴシック小説『オトラント城綺譚』の舞台は東ボヘミアに実在した? そんな仮説を唱える学者の架空のインタビュー番組を皮肉たっぷりに描いたのが、 ヤン・シュヴァンクマイエルの『オトラントの城』だ。絵本の切り絵が自在に動き出し、 音楽がセリフをなぞりながら、現実と想像の断絶を浮き彫りにする。 学者の発掘写真と絵本が語る悲恋の対照が、「墓泥棒」の卑しさを強調している。

「惑わしに基づいて─自らの実在を構築した全ての研究者に捧げる」

これはこの作品の最後のカットで登場するメッセージ。 予言による破滅というロマンチシズムに囚われた学者の「もっともらしい」言説には、 人々を惑わす文脈のゴーストが息づいている。つまるところ人々の探求行為の真の動機は、 真理を求めることではなく、自身の存在意義を守る為の機制だと言い換えられないか。 これはあらゆる人間に言えることだが、自身について言明する時でさえ、 そこには欺瞞と恣意に満ちた計算が働いている。まして他人のこと、文学・芸術に関して、 誰が『真理』を言い当てることが出来るというのだろう。 歴史研究における信用問題となると、ことは更に深刻だ。誰の事実が世界の事実なのか。

シュヴァンクマイエルは『ファウスト』でも、「不正に操作される世界」を歪な形で表現している。 フレームの内・外でいちいちその本性を曝け出して自動する記号たち。しかし主人公だけは 自らの行動原理に従っているだけなのに、抗いようもなく悲劇へと導かれていく。 この作品での予言のメタファーは、決定論と不可知論の狭間で自身の運命が決定される過程に描かれている。 しかし人々が結末のわかりきった物語に魅せられてやまないのは、様々な瞬間に運命を断ち切る煌きを見るからなのかもしれない。 またこの作品では、シュバンクマイエル作品に共通してみられる人間の基本動作「食べる」「触る」「開け閉めする」といった符号が見事に視覚を通して五感を刺激するように描かれている。こうした映像への共鳴のコネクタが物語に否応なくリアリティを感じさせる。

更に『ジャバウォッキー』では、人間の学習過程において人をシステムに吸収する社会化の 機械的な工程が、ユーモアとグロテスクたっぷりに映像化されている。 そこに人間自身は描かれない。彼女の生活道具、遊具が自動的に動き出し、それを語る。 玩具の構造的な側面がやけに強調されていて面白い。冒頭で家具が森を這ってくるシーンにも注目したい。 これは所謂、外部環境の得体の知らなさ、幼子を取り巻く記号に取り憑いている社会性という魔物、 転じて無垢を食らうジャバウォックの象徴であり、最後にはこの支配関係が逆転する。冒頭で引用されている ルイス・キャロル作「鏡の国のアリス」の一節による化け物退治は予言、そして成長の暗喩であることが示される。 そしてこの作品は全編がストップモーションである。 離在する符号は創り手のパースペクティブによって統合されるが、それが刻むタイムスケールは観察者と同じだ。 芸術や物語とは受け手の為に綴られるものだ。同調か拒絶か。完全な拒絶とは、認識できないものの他にない。 ここで排除されているのは、フィルムの瞬間と瞬間とに挟まれる製作側の操作。その見えざる意思もまた、文脈のゴーストだ。 それは、特定の目的の為にあらゆる論理を統べる、テクスト間の記号の利己的な振舞いを指す。

かつてゲーデルやヴィトゲンシュタインが示したように、言語は言語の記述する範囲において その差異を組み替えていくに過ぎず、事実と説明は等価では有り得ない。 しかし実際には、その言語や記号は現実に干渉し、それによってわたしたちは制御され、あるいは自らを転写する。 そこに露呈されるものがあるとすれば、人の営みを司る生体アルゴリズムの飽くなき業だろうか。 良く見るといい、星を覗くレンズの向こうにあるのは、あなた自身だ。

コンテクストの結晶化 -新たなアクセシビリティの定義

2005-02-24 20:56:39 | Science
-"Crystallization of the contexts" about a new kind of Accessibility.

web2.0(次世代ウェブ)として現在最も汎用されはじめているWeblog。私的利用から公用、ビジネスに至るまで、その使途と応用範囲を広げ続けている。ここまで人々に訴求する文化的特性については紋切り型の説明を避けたい。ここではそのうちの一つ、「誰もが同じことを書く」ことについて焦点をあてる。 ブログの基本的な生成過程はこうだ。 A「単数あるいは複数の事象・経験に基づいて、個人の定点観測からテクストとしておこす。」 B「そのテクストはアクセス可能である限り、外部環境に情報子として働きかける。」 こうして一般大衆が情報の発信源として自己組織化することで、集中型メディアとの関係性の崩壊が予測されているが、現実にはまだまだそうした未来までの見通しは疑わしい。多くの場合、テクストが扱うトピックのソースを共有していることがその根拠だ。トラックバックによって結びつくブログ間に働く差異は「意見の相違」レベルが大半。しかも“有用で権威ある”情報は主に専門家や限られたコミュニティによって齎されており、多くの大衆の思考も、そうした社会的なフィードバックに迎合して口並を揃えることが一般的である。 「誰もが同じことを言う」とはそのことであり、「サイレント・マジョリティ」の実体化とも言えよう。現実に人間の思考は帰属する文化環境から分解して読み解くことが可能だ。他人の日記においても同じ。生活経験の共有において、人々にとって最も関心があるのは共感できるかどうかである。

こうした振舞いから考え得る可能性として、某企業のCEOは「コンテクストの強化」として、マーケティングにおいては、方々からの多面的アプローチが齎す説得力の裏付けがあると肯定的に捉えていたが、私はあえてこれを「コンテクストの結晶化」としたい。それはある事柄を取り巻く反響が、その響きによって壁で囲いこんでしまう、つまり逆に未発達の接続可能性を排斥してしまう静止化モデルを形成するという諸刃の剣だ。こうしたことから、分散型メディアの自律性に依存する未来は、細分化の裏で提供される情報の画一化を伴う危険がある。 現在の集中型メディアへのアプローチは、個々がソースを明示する限りにおいて、容易に問題となってる事柄、セントラル・ドグマへの可塑性を持っている点で、まだラジカルな側面を保持している。ユーザは波の欠片からその源流を知ることが出来るだけでなく、テクストを形成する様々な語彙に関して、独自のアプローチを巡らすことが可能だ。つまり「ググれ」であるが、アクセシビリティの観点からは、そういった専門用語類に関しては文脈を断つことなく、即座に理解を促すシステムを導入することが理想とされる。次世代のアクセシビリティに必要とされるのは、事柄への一義的な説明を加えるだけでなく、そこに新たなテクストの発展性を求めることができる多義的な側面だ。テクストはテクストによって補完され、絶えることの無い自己生成を繰り返す。理想論だが、そこから先はアフォーダンスの新領域に踏み込むことになるのかもしれない。

ウェブログに限って情報社会を予見することは視野狭窄も甚だしいとは思うが、こうしたモデルに反映される情報子の特性や振舞いを読み解くことで、更に後世代のメディアへの橋渡しと出来るか否かが問題だ。

※私自身、こうしたテクストを書く上で核となる構想は瞬間的に浮かぶものの、最も手こずるのはどうやって説得力を持たせるかであって、その為のテクストを機械的に吐き出し、その中での配置によってセントラル・ドグマに形を与えることに時間とエネルギーを費やしている。 (これもある意味結晶化かも?) そうした過程の中に新たな分岐を見出すことも少なくはないし、そうでなくてはならないだろう。

□ Other Topics.
・英Centricaがガス価格を凍結。
Ananova
・カーディフ大学の研究チームが星のない領域を発見。
BBC News
無線波でのみ『見る』ことが出来る空間。大量のダークマター?宇宙の質量問題を解く重要な鍵になりそう。

□ 独り言…英文での投稿を試験的に見当ちう。。