Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月17日)  

2020年05月17日 | 医学と医療
今回のキーワードは,事前確率,偽陰性,子供の頃のBCGは無効,死亡率・重症化率の予測,ネコ・ネコ感染,脳卒中画像検査の減少,川崎病様症候群の多発,有望な新規治療(抗IL-6抗体,抗凝固療法)とカトレラ®試験失敗の理由です.

PCRの検査拡大が求められています.しかし臨床診断に関する基礎知識が共有されていないため,一部,誤った議論がなされています.オスラー先生がおっしゃったように,臨床診断はあくまで確率の問題ですし,検査は正しく用いて初めて意味を持ちます.「患者さんの希望でPCRを行い,陽性ならCOVID」と言うだけなら医師でなくてもできます.まず必要なのは事前確率(=有病率)や尤度比といった「ベイズの定理」を考えることです.緊急事態宣言によりフェーズが変わり,事前確率が低下した現在,むやみに検査を拡大すれば偽陽性が増え,感染してない人を患者と誤診するばかりでなく,個人防護具やベッドの枯渇,医療者の負担増加を招きます.PCR検査を拡大し,確実に行うべきは,事前確率が高い患者,濃厚接触者,院内感染に関わるエアロゾルを発生しうる患者です.PCR検査は絶対ではありません.偽陽性を防ぐための事前確率を高める努力や,偽陰性を防ぐためのPCR検査タイミングの理解が不可欠です.

◆嗅覚消失症状を含む臨床症状からのAI診断.英国・米国のアカデミアと企業の共同研究.自覚症状を記録するスマホアプリを用いてデータを分析した.英国の参加者245万人の32.2%(80万人) がCOVID-19らしき症状を記録していた.PCR検査を受けた1.8万人に限ると,陽性者と陰性者で10項目を比較したところ,差を認めたのは「嗅覚喪失,食欲低下,疲労」の3項目のみだった.とくに嗅覚・味覚の喪失を記録した人の割合は,陽性者(65%)は陰性者(21%)の約3倍高く,重要な予測因子と考えられた(オッズ比6.74).陽性者を予測するために,年齢,性別,上記3症状,持続する咳を組み合わせた数学モデルを作成すると,ROC曲線のAUCは0.76と中等度の予測能を示した.症状ありと記録した80万人に適用すると,14万人(17.4%)が感染者である可能性が考えられた.→ 予測因子として,発熱や咳より「嗅覚喪失,食欲低下,疲労」に注目すれば,事前確率を高め,最も必要とされるところに追跡やPCR検査を集中できる.Nature Med. May 11, 2020.



◆医療者のPCR陽性率.無症状の医療者400名を対象としたPCR陽性率に関する報告.ロンドンがロックダウンし,感染のピークと考えられた3月23日から1週ごとに5回,鼻咽頭拭い液を用いたPCRを行い,陽性率を検討した.順に7.1%,4.9%,1.5%,1.5%,1.1%であった(図1).陽性率の変化は院内感染によるものではなく,市中感染の増減を反映するものと考えられた.一般に医療者に対するPCRは症状を認めた場合に行われるが,流行時には無症状であってもチェックが必要である.Lancet. May 7, 2020.

◆偽陰性を避けるための検査タイミング.米国の報告.鼻咽頭拭い液を用いたPCR検査の7つの既報(計1330名)から,感染日ないし発症日からのPCR偽陰性率を算出した.感染した直後の偽陰性率(感染しているのに検査が陰性である割合)は100%(!)と全例間違っていた.その後,偽陰性率は低下し,発症時(感染から4日後)では38%,発症から3日目(感染から7日目)では20%と最低になり,その後,再び上昇し,感染から21日後には66%になった(図2).→ COVID-19が臨床的に疑われる場合,PCR陰性という結果のみで診断を除外すべきではない.また偽陰性率は発症後3日目が最も低いことから,医師は検査を発症から1~3日間,待つべきである.Ann Intern Med. May 13, 2020.



◆BCGに予防効果なし.BCG接種の有無で感染率を比較した報告.イスラエルでは1955~1982年にBCGワクチンが義務化され,その後,結核の罹患率が高い国からの移民に対してのみに行われたことから,接種群と未接種群が存在する.このためBCGの予防効果の比較が可能である.PCR陽性率を比較すると,接種群は11.7%(361/3064名),未接種群は10.4%(299/2869名)と有意差はないもののむしろ摂取群で多かった(95%CI:-0.3%~2.9%,P=0.09).小児期のBCGが成人期のCOVID-19に対して予防効果を持つという仮説を支持しない結果である.JAMA. May 13, 2020.

◆血液検体による死亡率の予測.武漢における患者485 名の血液検体を用いて,死亡を予測するバイオマーカーの同定を目的とした機械学習.結果として,LDH高値(カットオフ値365 U/L)・高感度CRP高値(41.2 mg/L),リンパ球減少(14.7%)の3項目を用いると,患者の死亡を9割を超える確からしさで,10日以上前に予測することが可能になった(AUCスコアは開発コホートと確認コホートで各々97.8%, 95.1%).実際にはLDH高値単独で,迅速な医学的介入を要する患者の多くを見出すことができる(AUCスコア94.2%,92.3%).Nature Med. May 14, 2020.

◆重症化予測オンライン計算ツール.中国575病院が参加し,患者が重症化(ICU入室,侵襲的人工呼吸器装着,死亡)するリスク予測をするスコアが開発された.開発コホートと確認コホートの患者数はそれぞれ1590名と710名.72の候補から,以下の10項目が独立した予測因子と考えられた:入院時の胸部X線異常(オッズ比3.39),年齢(1.03),喀血(4.53),呼吸困難(1.88),意識障害(4.71),併存症の数(1.60),癌の既往(4.0),好中球/リンパ球比(1.06),LDH(1.002),直接ビリルビン(1.15).これを組み合わせたオンライン計算ツールが開発され,ウェブ上に公開されている(図3).JAMA Intern Med. May 12, 2020. “Calculation Tool For Predicting Critical-ill COVID-19 At Admission”
http://118.126.104.170/?fbclid=IwAR229PyvSDVhMLv7AcZSMauikE3Hik-7vpQY-44VdQqgGpdHS0vzqgdgZt0



◆ネコ間での感染伝播.ウィスコンシン大学や東京大学などの共同研究.3匹のネコにSARS-CoV-2を感染させ,その翌日からそれぞれ,別のもう1匹のネコと飼育した.ベロ細胞を用いた感染実験で,最初のネコは感染翌日から5~6日間,感染力のあるウイルスを排出した.もう1匹の猫は接触開始後3~6日目には感染力のあるウイルスを排出するようになった.いずれのネコも発熱や体重減少などの症状を認めなかったことから,飼い主が気づかないまま感染源となる可能性がある.ヒト→ネコへの感染は確認されており,「ヒト→ネコ→ヒト」という感染の連鎖が生じるかが問題になる.NEJM. May 13, 2020

◆ウイルスの腎臓や脳への親和性.ドイツからの報告.ウイルスの種類によって増殖可能な細胞や臓器が決まっている(トロピズムと言う).SARS-CoV-2のトロピズムを明らかにするため,剖検27名の検体を用いて,各臓器の1細胞あたりのRNAコピー数を算出した.肺,咽頭以外に,心臓,腎臓,肝臓,脳,血液からもウイルスが検出された.また併存症が3つ以上ある場合,とくに腎臓で検出された.感染を助長するACE2,TMPRSS2,カテプシンLを発現する細胞が腎臓に複数あることが関連している可能性がある.脳についても8/26名(31%)で認められ,併存症が多い症例で検出される傾向がある.→  SARS-CoV-2は脳に対しトロピズムがある.NEJM. May 13, 2020.

◆神経疾患(1).外出自粛による脳卒中画像検査の減少.米国856病院における脳卒中検査ソフトウェアRAPIDを用いた患者23万人に対する調査.本年2月に各病院1日あたりの患者数は1.18人であったものが,流行中の3月26日からの2週間には39%減少し,0.72人になった.この減少はCOVID-19の入院患者が少ない病院でも見られ,感染を恐れて検査を躊躇したためと考えられた.脳卒中患者が治療のタイミングを逸している様子が窺われた.NEJM. May 8, 2020

◆神経疾患(2).髄膜脳炎の病態.軽症の呼吸・全身症状を呈し,鼻咽頭拭い液PCR陽性でCOVID-19と診断された2症例.発症から5日ないし17日後,急速に神経・精神症状を呈した(1名はてんかん重積発作).髄液所見はウイルス性パターン(蛋白461,466 mg/L,細胞数17,21/mm3)で,いずれも髄液PCRは陰性.頭部MRIで器質的変化がなく,速やかに神経症状が改善したことから,ウイルスによる脳の直接障害ではなく,parainfectious(傍感染性脳症)の病態が推定された.Eur J Neurol. May 7, 2020.

◆小児における川崎病様症候群の多発.イタリアのロンバルディア州において,小児の重症の川崎病様疾患が10名報告され,うち8名は新型コロナウイルス抗体陽性であった.過去5年間の川崎病様小児19名と比較して,30倍以上発生頻度が高く,より年長で(平均7.5歳対3歳),心エコー異常が多く(60%対11%),川崎病ショック症候群(50%対0%)やマクロファージ活性化症候群(50%対0%)をより多く認めた.さらにステロイド治療をより要した(80%対16%)(Lancet. May 13, 2020).川崎病ショック症候群は英国ロンドンからも小児例8名が報告されている(Lancet. May 07, 2020).→ COVID-19の新たな病態であり,小児において注意が必要である.

◆肺局所のIL-6上昇.急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と多臓器不全を呈した66歳男性の症例報告.血漿,気管支肺胞洗浄液,胸水のIL-6やIL-10濃度を経時的に測定した.血漿濃度は臨床経過や血漿交換療法を含めた治療介入とは相関せず,死亡当日に上昇したのみであった.この原因として加齢と併存症による免疫抑制が関与している可能性が考えられた.しかし気管支肺胞洗浄液は血漿の10倍以上高く,肺局所のサイトカイン上昇が病態に関与する可能性が示唆された.抗IL-6抗体(トシリズマブ)による局所のIL-6抑制が治療効果を有するか検討が必要である.Ann Intern Med. May 12, 2020.

◆新規治療(1)トシリズマブ.個人的に重症化阻止に一番期待を寄せている抗IL-6抗体療法.中国からの報告.トシリズマブ投与後の臨床症候,胸部CT,検査所見に関する後方視的検討.まず投与後初日に発熱は消失し(図4B),2~3日後には他の症状にも顕著な改善が見られた.さらに5日以内に15/20名(75%)の症例で酸素投与量を減らすことができた(図4C,D).胸部CTのすりガラス様陰影は19/21 名(91%)で改善した.リンパ球減少は10/19名(52.6%)で改善した.CRPの低下は16/19名(84.2%)で認められた(図4A).重篤な副作用なし.全例,トシリズマブ投与の15.1日までに退院した.トシリズマブの有効性が示唆されるが,ランダム化比較試験による評価が必要.Proc Natl Acad Sci. Apr 29, 2020.



◆新規治療(2)抗凝固薬.ニューヨークのMount Sinai病院に入院した2773名の観察研究の結果,入院中に抗凝固薬(経口,皮下,静注を含む)が投与された786名(28%)の生存期間は,非投与群に比べて長かった(中央値21日対14日.しかし死亡率は22.5%と22.8%で変わらず)(図5A).また侵襲的人工呼吸器を装着した患者395名に限ると,抗凝固薬投与群は非投与群と比較して,死亡率は減少し(29%対63%;P<0.001,調整ハザード比0.86),生存期間も延長した(中央値21日対9日)(図5B).出血合併症は有意差なし(3%対1.9%).今後,ランダム化比較試験を行う必要がある.J Am Coll Cardiol. May 6, 2020.



◆新規治療(3)ロピナビル・リトナビル試験の失敗の理由.期待されたものの臨床試験に失敗した抗HIV薬カレトラ®(ロピナビル400 mg・リトナビル100 mg;1日2回)に関する,オーストリアからの薬物動態に関する報告.同剤を使用した8名の患者の血漿濃度を調べたところ,そのトラフ値6.2~24.3 g/mL(中央値13.6)はHIV患者に投与した場合の約2倍であった.しかもCRPに正の相関をしたことから(Rs=0.81),炎症によりチトクローム依存性薬物代謝が阻害されたものと考えられた.しかしロピナビルは血漿蛋白に結合し,その1~2%のみが活性をもつことから,SARS-CoV-2に有効な50%効果濃度(EC50)16.4 micro-g/mLに達するには,約60~120倍の血中濃度が必要と推定され,この薬剤を使用することは困難と考えられた.→ 急がば回れであり,やはり創薬は正しいステップを踏む必要がある.アビガンも薬物動態に関する検討が必要であろう.Ann Intern Med. May 12, 2020.
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