名古屋大学よりSBMAの自然歴に関する論文が報告されている.同ループは,酢酸リュープロレリン(商品名:リュープリン)や,抗生物質ゲルダナマイシン(geldanamycin) の誘導体17-AAGが,SBMAに対する治療薬として有用である可能性をtransgenic mouseを用いた研究にて報告しているが,今後,予定される治験のデザイン決定や,薬剤の効果の判定のためには,SBMAの自然歴についての情報が不可欠と考えたようだ.
さて論文は1992年から2004年までに経験した223名(!)のSBMA患者の自然歴を,ADLを判定する上で重要な9つの指標(手指振戦,筋力低下,階段で手すりが必要になる,構音障害,嚥下障害,杖つき歩行,車椅子,肺炎合併,死亡)にて判定した.もちろん全例遺伝子診断にて診断が確定している.
結果としては,検査時年齢は55.2歳(30-87歳)で,観察期間1~20年であった.手指振戦の出現は最も早期から生じ,中央値33歳.筋力低下は主として下肢から始まり,中央値44歳で出現した.階段の際の手すりは49歳,構音障害50歳,嚥下障害54歳,杖つき歩行59歳,そして車椅子歩行が61歳であった.21名の患者は中央値62歳の時点で肺炎に罹患し,うち15例は中央値65歳で死亡した.もっとも頻度の高い死因は,肺炎と呼吸不全であった.
それぞれの指標が出現する年齢は原因遺伝子であるアンドロゲン受容体遺伝子のCAG repeat数に負の相関を示していたが,興味深いことに各指標間の間隔(すなわち疾患の進行速度)とは相関を示さなかった(具体的にはCAG repeat数47を境に2群に分け,Kaplan-Meier解析で比較している).この結果は,疾患の進行速度はCAG repeat数とは関係はないことを意味しており,驚くべき結果となった.
また伸長ポリグルタミン鎖を含む変異アンドロゲン受容体は,男性ホルモンと結合したのち核内に移行し,運動ニューロンに対し神経毒性を発揮することから,血性テストステロン値についても興味がもたれたが,発症後長期間経過しても,比較的高値に保たれることも判明した.
前述のように,今後,治験を行なううえで,本邦におけるSBMAの自然歴が明らかになった意義はきわめて大きい.しかも本研究は,高額な研究費を必要とする類のものではなく,多くのドクターが丹念に患者の診療を行うという地道な努力があって初めて成し遂げられたものである.すごい論文だと思う.
最後にSBMAに対する酢酸リュープロレリンの効果判定は,第Ⅲ相二重盲検比較試験が医師主導型治験の形で行われることになった(JASMITT治験).実施医療機関や問い合わせ先については以下のホームページを参照されたい.
球脊髄性筋萎縮症(SBMA)患者を対象とした治験の実施について
Brain 129; 1446-1455, 2006
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名古屋大学が行ったスタディ「SBMAの自然歴」は、SBMAの治療研究において、画期的であることは言うまでもありません。
ただ、現時点においては、この「SBMAの自然歴」の治験等のへの応用については、それを行う研究機関も、また、いつ実施されるかも未定のようです。
SBMAの治験におけるエンドポイントが「death」であることもその理由のひとつでしょうか。
現在実施されているSBMAに対する酢酸リュープロレリンによる第Ⅲ相臨床試験は、期間が一年に満たない48週間のものであり、「SBMAの自然歴」を応用した効果測定を目的としているとものであるとは、考えにくいのです。
「SBMAの自然歴」における各指標間の間隔は、数年単位であり、数年単位の期間で酢酸リュープロレリンを使用した治療研究を行う予定の研究機関は、現時点ではありません。
酢酸リュープロレリンが、SBMAの疾患進行速度を、長期にわたって抑制する効果があると仮定しても、患者の症状が進行せず、次の指標に移行しないことを確定するには、数年単位での治療研究が必要になるからです。
つまり、この画期的な「SBMAの自然歴」を応用した治療研究は、「将来のもの」と言うことになってしまいます。
さて,SBMAの治験に関してはご指摘のとおりであると思います.年単位の期間で酢酸リュープロレリンの効果を見るというものではありません.ただこれは,酢酸リュープロレリンの保険適応を早く承認してもらうため,評価項目を短期間で改善しうる嚥下機能に絞ったという側面があるように思えます.ですから「SBMAの自然歴」を生かした長期的な研究は,保険適応が承認されてから行われるのではないかと思います.
名古屋大学が現在実施している酢酸リュープロレリンによる第Ⅲ相臨床試験については、私も次のように思います。
酢酸リュープロレリンの保険適応を早く承認してもらうため,評価項目を短期間で改善しうる嚥下機能に絞ったということは十分に考えられます。
医師主導型治験は、資金的にも、またマンパワーにおいても、製薬会社の行う治験に比べて潤沢ではありません。
そこで、患者も含めた経済的負担等を早く軽減したいところでしょう。
また、「嚥下機能の改善」は、この疾患のもっとも頻度の高い死因が、誤飲等による肺炎や呼吸不全であることを考えれば、ターゲットとしても妥当性が高いと思います。
酢酸リュープロレリンの試験薬としての、他の効果、例えば、多くの患者さんが関心のある、歩行等の症状の改善の効果については不明です。
今後も機会があれば投稿させていただきますのでよろしくお願いします。