Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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麻薬性鎮痛薬(オピオイド)によるCHANTER症候群の初めての病理所見と本邦初報告の意外な経過

2024年09月11日 | 機能性神経障害
図1Aと図2bの海馬のギザギザ,見慣れない所見だと思います.基底核/海馬/小脳の浮腫と制限拡散(restricted diffusion)を伴うこの画像所見をCerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted Diffusion (CHANTER) と呼びます.この画像を呈するCHANTER症候群は,オピオイド(麻薬性鎮痛薬)使用後に生じる急性中毒による脳症です.急性小脳浮腫は徐々に増悪し,閉塞性水頭症に進行するパターンを呈します.この画像所見を知っておくことで早期診断が可能になり,外科的処置を含めた積極的な浮腫対策ができるようになります.



この症候群が初めて記載されたのは2019年(Jasne AS. et al)で,2022年から論文報告が増加しています.Mallikarjunらはフェンタニル(鎮痛薬として使用される非常に強力な合成オピオイド)の過量使用後に発症した3症例を報告しています.背景には「オピオイドクライシス」,すなわち米国で社会問題化している麻薬性鎮痛薬中毒患者の激増があります.日本はオピオイドに対する規制が厳しいと言われていましたが,一部に不適切使用があるとも言われて,さらに症例報告もなされはじめ,今後,この画像所見に遭遇する可能性があります.興味深い症例報告を2つご紹介します.
Jansen N, et al. CHANTER syndrome in the context of pain medication: a case report. BMC Neurol. 2024;24(1):249.(doi.org/10.1186/s12883-024-03748-3
Jasne AS, et al. Cerebellar Hippocampal and Basal Nuclei Transient Edema with Restricted diffusion (CHANTER) Syndrome. Neurocrit Care. 2019;31(2):288-296.(doi.org/10.1007/s12028-018-00666-4
Mallikarjun KS, et al. Neuroimaging Findings in CHANTER Syndrome: A Case Series. AJNR Am J Neuroradiol. 2022;43(8):1136-1141.(doi.org/10.3174/ajnr.A7569

【初めての病理所見の報告】
米国の報告.45歳男性.薬物依存の既往.意識障害にて救急搬送.尿検査でフェンタニルとカンナビノイド陽性.頭部CTで両側小脳半球の大きな低吸収域,脳幹圧迫と閉塞性水頭症あり.第2病日の頭部MRIでCHANTERを認めた(図2).減圧開頭術および後頭蓋窩組織の切除,C1椎骨の椎弓切除が行われたものの,発症4日後に死亡し剖検が行われた.病理所見は以下になる.
1)部位:小脳,海馬,淡蒼球の対称的かつ広範な浮腫,壊死,出血.とくに海馬のCA1領域と淡蒼球が顕著.
2)好酸球性神経細胞壊死の存在:低酸素性・虚血性損傷を反映.
3)血管変化:壊死した血管および反応性の血管変化が小脳や海馬で認められる.
4)軸索の膨化およびマクロファージ浸潤:淡蒼球および内包では,軸索の膨化や泡沫状のマクロファージの存在が観察され,亜急性の梗塞を示唆する.
5)出血および壊死:小脳における大きな出血と壊死.



つまりCHANTER症候群はオピオイドの細胞毒性のみならず,低酸素・虚血の両方の機序が関与していることを示唆しています.これまでの実験モデルを支持するものらしいのですが,標的治療法を開発するためには,より正確な細胞経路を明確にする必要があります.
Schwetye KE, et al. Histopathologic correlates of opioid-associated injury in CHANTER syndrome: first report of a post-mortem examination. Acta Neuropathol. 2024 Aug 31;148(1):33.(doi.org/10.1007/s00401-024-02797-9

【遅発性低酸素性白質脳症を呈した本邦例の報告】
京都大学の意識障害患者の症例報告で,当初,一酸化炭素(CO)中毒と診断されたものの,のちにオピオイドであるトラマドールの過剰摂取が判明しました.急性期MRI所見は,両側淡蒼球と小脳の異常信号を認め,CHANTER症候群が示唆されました.集中治療により意識レベルは回復したものの,入院3週目頃から徐々に意識状態が悪化.25日目の頭部MRIで新たなびまん性白質異常信号が認められ,遅発性低酸素性白質脳症(delayed post-hypoxic leukoencephalopathy;DPHL)が疑われました(図3).これは急性低酸素症の回復後に神経・精神症状が出現する病態で,ほとんどの症例はCO中毒に伴うものですが,一部は過剰なオピオイドの使用に関連して発症するそうです.脳脊髄液ミエリン塩基性蛋白の著しい上昇あり.58日目から高圧酸素療法を試験的に開始したところ,患者の状態は徐々に改善しました(計63回施行).この症例からもCHANTER症候群の病態では脳虚血が関与することが伺えます.



オピオイドの使用はおそらく整形外科疾患領域を中心に増加傾向にあるのではないかと思います.上記のような症例の増加を防ぐため,オピオイドの適切な処方を呼びかける必要があります.
Jingami N, et al. Case report: Consecutive hyperbaric oxygen therapy for delayed post-hypoxic leukoencephalopathy resulting from CHANTER syndrome caused by opioid intoxication. Front Med (Lausanne). 2024 Apr 17;11:1364038.(doi.org/10.3389/fmed.2024.1364038
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