Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Ma2抗体の標的抗原は進化の過程でウイルスから取り込まれ,いまだにウイルス様粒子を産生することで傍腫瘍性症候群をきたす

2024年02月07日 | 自己免疫性脳炎
最新号のCell誌の驚きの論文です.傍腫瘍性神経症候群(PNS)は,担癌患者に合併する神経障害のうち,免疫学的機序により生じる多様な症候群です.さまざまな自己抗体が出現しますが,そのなかでMa2抗体は精巣腫瘍,非小細胞肺がんに認めることが多く,細胞内抗原を認識しています.その抗原は「傍腫瘍性Ma2抗原(paraneoplastic Ma 2 antigen;PNMA2)」と呼ばれます.その遺伝子は中枢神経系で主に発現していますが,上述の腫瘍でも異所性に発現します.この米国ユタ大学からの論文では,PNMA2は進化の過程で,ウイルスがコードする分子がヒトの生理機能として組み込まれてできたこと,そしてそれがいまだに自己として認識されずに免疫の攻撃の対象となりPNSをきたすことが報告されています.

「進化の過程でウイルスがコードする分子が組み込まれた」代表例は,神経細胞のシナプス形成に関わるArcです.これはTy3レトロトランスポゾンの Gag蛋白質(レトロウイルスのウイルス粒子に必要な構造蛋白質)と相同性があり,実際に神経細胞内に存在するRNAを取り込んだウイルス様粒子を産生し,他の細胞へ伝搬させることが知られています.ちなみにレトロポゾンとは,自己のコピーを作成してゲノム内の異なる位置に挿入することができる移動性遺伝素子のことです.そして今回の研究は,PNMA2も同じTy3レトロトランスポゾン由来であり,Arc と同じようなウイルス様粒子(=非エンベロープ型ウイルス様カプシド)を産生して細胞外に分泌し,それが一種の自己(?)免疫反応を引き起こすことを示しています.



論文ではまず進化の過程で,Ty3レトロトランスポゾンが神経系の発達と機能に関わるDPYSL2遺伝子(Dihydropyrimidinase Like 2)の近傍に挿入され,この遺伝子のプロモーターを使用することになったため,海馬など神経系で強い発現が診られることを示しています.つぎにPNMA2はエンベロープを持たないこと,HIVに似たウイルス粒子を形成すること,レトロウイルスのGagタンパクに似た20面体複合体(PNMA2カプシド)を形成することを示しています.さらにこの組換えPNMA2カプシドをマウスに注射すると,外側のスパイクに結合する自己抗体が誘導されること,つづいてB細胞とT細胞の活性化,さらにサイトカインの放出につながることも示しています(図).そして最後にマウスの記憶や学習が障害されることが示されます.ヒトMa2抗体陽性PNS患者の脳脊髄液中のMa2抗体も,同様にPNMA2カプシドのスパイク部分に結合しました.



以上より,1億年前に組み込まれ,自己とも他者とも言い難いPNMA2カプシドが抗原となって誘発する免疫反応により,神経障害が生じることが明らかにされました.この研究が正しければ,Ma2抗体は細胞内抗原抗体といえど単なる診断マーカーでなく,病的意義を持つ抗体である可能性が高いわけですが,実際に免疫療法が有効である例が多いことが知られており,実臨床とも合致する内容といえます.
Junjie Xu, et al. PNMA2 forms immunogenic non-enveloped virus-like capsids associated with paraneoplastic neurological syndrome. Cell 2024, https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.01.009.

注)MRIはBrain. 2004;127(Pt 8):1831-44のもの.Cell論文では視床下部,皮質,海馬の順にPNMA2 RNA発現が高いことが示されているがこれに一致する画像といえます.




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