Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月5日)  

2020年07月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは,迅速抗体検査の感度,ウイルス変異株614G,サイトカイン・ストームは不適切,虐待による小児の頭部外傷,小児多臓器炎症症候群(MIS-C),脳梁膨大部病変,脳梗塞発症1.6%,髄液サイトカイン,急性筋炎による弛緩性四肢麻痺です.
今週は神経筋合併症や髄液に関する論文が目立ちました.神経症候を主訴・主徴とする場合,呼吸器症状を認めなくてもまずCOVID-19を疑って,鑑別診断に加えることが「ポストコロナ時代の臨床神経学」だと思います.

◆外来における迅速抗体検査を行うべきではない.
COVID-19抗体検出法の精度についてのメタ解析論文.3つの血清学的検査,すなわち酵素免疫吸着法(ELISA),ラテラルフロー免疫測定法(LFIA),化学発光免疫測定法(CLIA)の感度と特異度を調べている.このなかで,インフルエンザで行うような外来診察室で結果がすぐわかる迅速抗体検査(ポイントオブケア検査)はLFIAによるものである.条件に合った40論文についてメタ解析を行なったところ,迅速抗体検査の検討はわずかに2論文のみであった.問題の感度はELISAが84%,CLIAは最も高く98%,LFIAは最も低く66%であった(図1).また感度は,症状発症1週間以内では低く,3週間後の検査で高くなった.特異度は97~98%であった.→ 既存の迅速抗体検査を継続すべきではない.
BMJ. July 01, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m2516)



◆positive selectionを受けたウイルス変異株の報告.
コロナウイルスでは増殖を繰り返すうちに遺伝子変異が生じると考えられている.今回,自然淘汰によって変異型の選択が生じ,優位性をもって増加する(positive selectionを受ける)ウイルス株が報告された.この変異により,ウイルス表面のSタンパク質に存在する614番目のアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に変わる.614D型は武漢型で,614G型は2月下旬にヨーロッパで出現し,その後増加したためヨーロッパ型と言える(図2).世界レベルで見て,3月1日では10%のみであったが,3月末には67%,5月末には78%にまで増加した.日本でも2月ではすべて614 D型だったが,3月以降は614G型が大部分になった.
問題は2つのウイルス株の病原性の違いである.614 G型の感染者ではRT-PCRのサイクル閾値の低下がみられ,ウイルス量は614 D型と比較して多かった.また培養細胞と偽ウイルスを用いた検討で,614 G型の方が感染力は高かった.しかし2つのウイルス感染者の重症度(入院転帰)には差はなかった.614G型への変異により感染者が増加したのか,本当に重症度に違いがないのかの検討が今後必要である.
Cell. July 03, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.06.043)



◆COVID-19では「サイトカイン・ストーム」は適切ではない.
COVID-19ではしばしばサイトカイン・ストームという用語が使用されている.しかし,ほとんどの症例では,サイトカイン・ストームが問題となる急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者における血漿中サイトカイン濃度よりもかなり低い.例えば炎症促進性サイトカインであるIL-6を例に挙げると,重症COVID-19患者でも,ARDSの過炎症型患者の10~200分の1にすぎない.サイトカイン・ストームという言葉は印象的で注目を集めるが,COVID-19においてはこの用語を使用することは混乱を招く.
JAMA Intern Med. June 30, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3313)

◆小児(1)虐待による小児頭部外傷が15倍増加.
英国の1病院における報告で,COVID-19のため外出禁止となった3月23日からの1か月間に,虐待によると考えられる小児の頭部外傷が10名受診した.これは過去3年間の同時期の平均である0.67名と比べて,15倍以上も高い頻度であった.外出自粛期間において,医師は一層,小児虐待に注意する必要がある.
Arch Dis Childhood. July 2, 2020(doi.org/10.1136/archdischild-2020-319872)

◆小児(2)小児多臓器炎症症候群(MIS-C)の定義.
COVID-19の小児例では川崎病に似た炎症性疾患が報告されている.この病態は最近,「小児多臓器系炎症性症候群(Multisystem Inflammatory Syndrome in Children;MIS-C)」と呼ばれるようになり,アメリカ疾病管理センター(CDC)による定義が報告された.
・RT-PCR,血清(抗体),抗原検査で陽性,または発症前の4週間以内に感染者と接した経験がある21歳未満の小児.
・24時間以上の発熱.
・炎症(CRP上昇,赤沈亢進,フィブリノーゲン↑,プロカルシトニン↑,Dダイマー↑,フェリチン↑,LDH↑,IL-6↑,好中球↑,リンパ球↓,アルブミン↓のいずれかを呈する)
・重症のため入院が必要.
・2つ以上の臓器障害(心臓,腎臓,呼吸器,血液,胃腸,皮膚,神経).
・ほかに当てはまる診断名がない.
CDC(https://emergency.cdc.gov/han/2020/han00432.asp)

◆小児(3)小児神経合併症と脳梁膨大部病変.
英国からの症例集積研究.MIS-C 27名のうち4 名(14.8%)に中枢および末梢神経系の神経合併症を認めた.脳症,頭痛,脳幹および小脳の徴候,筋力低下,腱反射減弱を認めた.全例,頭部MRIで,脳梁膨大部における異常信号を認めた(図3).2名で行なった髄液検査は,PCR陰性で,オリゴクローナルバンドも陰性だった.3名に行なった脳波では,軽度,徐波の増加を認めた.NMDA受容体,MOG,AQP4に対する自己抗体はすべて陰性.神経所見の改善は全例でみられ,2名は完全に回復した.全例ほとんど,呼吸器症状は認めなかった.神経症状のみを呈する小児患者においても,COVID-19を考慮すべきである.ちなみに脳梁膨大部の病変は,成人において私どもも報告しており(doi.org/ 10.1016/j.jns.2020.116941),COVID-19に伴う病変部位として認識する必要がある.
JAMA Neurology. July 1, 2020. (doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.2687)



◆神経疾患(1)COVID-19の神経・精神症状についての大規模研究.
英国からの報告.何らかの神経症状を呈した153名(中央値71歳)のうち,完全な臨床情報が得られた125名について検討した.77名(62%)が脳血管イベントを呈し,内訳は57名(74%)が脳梗塞,9名(12%)が脳出血,1名(1%)が中枢神経血管炎であった.39名(31%)に精神状態の変化がみられ,9名(23%)が特定不能の脳症,7名(18%)が脳炎であった.残りの23名(59%)のうち10名が新規発症精神病,6名が認知症様症候群,4名が情動障害であった.脳血管イベントを起こした患者では60歳以上は82%であったのに対し,精神状態に変化を認めた患者は51%で,より若かった(図4).
Lancet Psychiatry. June 25, 2020(doi.org/10.1016/S2215-0366(20)30287-X)



◆神経疾患(2)COVID19での脳梗塞発症は1.6%.
米国からの後方視的研究.ニューヨークの2病院に救急外来を受診ないし入院したCOVID-19患者1916名中31名(1.6%)が脳梗塞を発症した(年齢中央値69歳).一方,2016~2018年においてインフルエンザA/Bにて入院した患者では1486名中3名(0.2%)であった.COVID-19感染の方がインフルエンザ感染よりも脳梗塞のリスクが高かった(調整後オッズ比7.6).またCOVID-19発症から脳梗塞発症までは中央値16日(IQR 5~28日)であった(図5).
JAMA Neurol. July 2, 2020(doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.2730)



◆神経疾患(3)3回目の髄液PCRで陽性となった急性壊死性脳症.
スウェーデンからの1例報告.髄液PCR検査で2回陰性を示した後,3回目(発症19日後)に陽性になった.意識レベルは昏睡まで悪化した.頭部MRIでは,視床,島下領域,内側側頭葉,脳幹に対称性の異常信号を認めた.髄液中の単球や蛋白質はわずかに増加しただけであったが,IL6とアストロサイト活性化マーカーであるGFAPは病初期に高値で徐々に低下した.また髄液タウと神経損傷マーカーであるニューロフィラメント軽鎖(NfL)は経過とともに増加した.IVIGと血漿交換を行なったところ,神経所見は改善し,発症4週後に抜管できた.脳炎・脳症では髄液の評価を繰り返し行う必要がある.
Neurology. June 25, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010250)

◆神経疾患(4)脳炎における髄液サイトカイン.
スペインから脳炎2症例(25歳男性,49歳男性)の報告.3日以内に神経症状,意識障害は回復した.重篤な呼吸器疾患の合併はなし.いずれもPCRは鼻咽頭拭い液陽性だが,髄液陰性であった.髄液IL-β(正常2.56 pg/mL未満)は症例1のみ14.8と上昇,IL6(正常7 pg/mL未満)は症例1で190,症例2で25と上昇.また髄液アンジオテンシン変換酵素(ACE)(正常0-2.5 U/L)も,15.5および10.9と上昇していた.3日未満で急速に回復していることから,脳への直接的なウイルス感染の可能性は低く,髄液中のサイトカインおよびACEの増加に伴う炎症経路の活性化が原因と推定される.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. July 1, 2020.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000821)

◆神経疾患(5)ICUにおける急性筋炎による弛緩性四肢麻痺.
イタリアから6症例の報告.年齢は51~72歳,男性5名であった.いずれも人工呼吸器からの離脱時に弛緩性四肢麻痺に気が付かれた.全例で電気生理学的検査を気管内挿管の6~14日後に行っている.鑑別診断としてはギランバレー症候群やcritical illness neuropathyないしmyopathy,中毒性ミオパチーが挙げられた.筋電図ではmyopathic changeを認め,神経伝導検査では複合筋活動電位は正常の40~80%に低下していたが,感覚神経活動電位やF波は正常であった.いずれも顔面筋の筋力低下や眼球運動障害を認めず,敗血症で死亡した1例を除き予後が良好であったことから,診断としてcritical illness myopathyが考えられたが,ウイルスによる直接障害の可能性も否定はできなかった.
Neurology. Jun 29, 2020.(doi: 10.1212/WNL.0000000000010280.)

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