Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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POEMS症候群と血管内皮細胞成長因子(VEGF)

2005年07月23日 | 末梢神経疾患
POEMS症候群とはpolyneuropathy,organomegaly,endocrinopathy,M蛋白血症,皮膚症状の頭文字をとった症候群で,歴史としては1956年にCrowが,1968年には深瀬らが,多発性神経炎,内分泌異常を伴うplasma cell dyscrasiaの症例を報告したのが始まりである(Crow-Fukase症候群).高月病,PEP(pigmentation,edema,plasma cell dyscrasia)症候群などの名称でも呼ばれている.本邦における疫学としては,1995年の高月らによれば文献例を含めた158例の検討にて,男女比は1.5:1,20歳代から80歳代と広く分布し,発症年齢は男女とも48歳(多発性骨髄腫より約10歳若い)と報告している.
 病因解明は遅れている.本症候群の多彩な病像の根底にあるのが形質細胞の増殖とそれに伴う免疫グロブリン異常(IgG,IgA-M蛋白の出現)であるが,近年,形質細胞の増殖因子としてIL-6が同定され,IL-6が病因に関与している可能性が指摘されている.しかし必発とされる多発ニューロパチーの機序についてはほとんど分かっておらず,また血清VEGF(vascular endothelial growth factor)が健常人や多発性骨髄腫患者と比較して有意に上昇していることが知られているが,その意義については分かっていない.
 今回,イタリアからPOEMS症候群11症例に対して,VEGFの臨床的,病因的意義を検討する研究が報告された.まず,血清VEGFの上昇に加え,本疾患では血清エリスロポイエチン(EPO)が低下することを初めて指摘した(多発性骨髄腫患者では低下しない).また臨床経過の増悪に伴いVEGFの上昇とEPOの減少は高度となり,かつ治療が奏功した場合,ともに正常化することも示している.またVEGFは,診断マーカーとしてのみならず,予後因子としても有用であることを指摘し,治療前1500pg/ml未満の症例では治療反応性が良好であったと述べている(EPOは治療反応群と非反応群で差はなし).VEGFは治療効果のメルクマールとしても有用だそうで,有効性の乏しいIVIgや一過性にしか効かない血漿交換ではVEGF値が低下しないのに対し,有効性があると考えられる放射線療法やアルキル化剤投与ではVEGF値は低下した.
さらに神経生検による組織学的検索を行い,VEGFがvasa nervorumの血管壁に高発現していること,逆にVEGF受容体2(VEGF-R2)発現は低下していること(down-regulation),vasa nervorumの基底板は肥厚し,内腔は狭小化していることを明らかにした.すなわち,著者らはVEGF上昇および vasa nervorumにおけるVEGFの高発現は末梢神経への虚血を介してニューロパチーをきたす可能性を考えている.具体的には,VEGF上昇,血管壁における高発現に伴うvasa nervorum血管内皮細胞の活性化 → microangiopathyに伴う末梢神経の低酸素 → 転写因子HIF-1a活性化 → VEGF転写の増加 → positive feed-backによる悪循環,という具合である.EPO低下についてはsubclinicalに腎障害が生じているのではないかと推測しているが,少し説得力に乏しい.
 いずれにしてもこの仕事のポイントは神経生検の標本を抗VEGF抗体で染めたというアイデアに尽きる.これまで不明であったPOEMS症候群における末梢神経障害の機序の突破口になるかもしれない.ただし,なぜ本疾患でVEGFが上昇するのかという問題はまったく手付かずのまま残っている.

Brain 128; 1911-1920, 2005
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