Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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抗NMDA受容体脳症をもう少し考えてみる

2008年03月08日 | その他
 前回,抗NMDA受容体脳症を取り上げた.タイトルに「若い女性に好発する」と記載したが,必ずしもそうではないようだ.スペインからの報告で,症例は53歳男性(!).3ヶ月間の経過で,進行性の短期記憶の障害と失見当識,複雑部分発作を認めた.脳波で両側側頭葉の発作波を認め,頭部MRIでは側頭葉内側面に信号異常を認めた.悪性腫瘍の検索では,前立腺生検,睾丸エコー,FDG-PETを含め異常はなかった.辺縁系脳炎と診断され,ステロイドパルスとそれに引き続くステロイド内服,IVIgを行った.治療開始後4週で記銘力および見当識の障害は著明に改善した.MRI所見も改善した.ラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させると,神経細胞の表面と神経突起が陽性に染色された(既報のNR1/NR2 heteromer陽性パターンに合致する).しかしラット海馬スライスから抽出したタンパクを電気泳動後,Western blotしても患者血清は標的抗原を認識しなかった(しかし,市販のNR1ないしNR2を認識する抗体は陽性のバンドを認めた).治療4カ月後の患者血清でラット海馬スライス標本を染色すると,抗体価は10分の1に低下していた.以上より,①この疾患は男性にも生じうる,②悪性腫瘍が検査で見つからない状態でも発症する,③症状・画像所見の改善は抗体価の低下と相関する,とまとめられる.

 上記の免疫染色やWestern blotの所見についてはご理解いただけただろうか?NMDA受容体のことを説明しないと分かりにくいかもしれない.この受容体は,中枢神経系を中心に生体内に広く分布し,リガンドであるグルタミン酸の結合後,陽イオンを透過するイオンチャネル共役型受容体として働く.中枢神経系における興奮性シナプス伝達,シナプス可塑性,神経発達などの神経活動において重要である.構造としてはNR1(GluRζ1)サブユニットと,4種類のNR2サブユニット(NR2A-DとかGluRε1-4と呼ばれる)によって構成される.つまり,NR1 と NR2 のヘテロ2量体が2セットからなる4つのサブユニットにて構成されているのだ.振り返って症例報告の結果を読みなおすと,患者血清に含まれる抗体は,NMDA受容体が神経細胞膜上に存在し,NR1とNR2が結合している状態であれば認識するが,電気泳動をするために蛋白を変性させ,結合していない状態にすると,もはやその抗体は受容体を認識しなくなるということを意味する.

 抗NMDA受容体抗体といえば,今回の奇形腫に合併する辺縁系脳炎が初めてではない.有名なものとして,epilepsia partialis continua(EPC)やRasmussen 脳炎,そして本邦において報告された辺縁系脳炎で,抗 GluRε2 抗体が血清・髄液中で検出されるという報告が過去にある.この場合は,NR2のひとつのサブユニットを認識しているというわけだが,今回注目を集めている抗体とは異なり,別の病態・疾患と考えることができるようだ.今後の興味は,今回報告されたNMDA受容体のうち,NR1/NR2 heteromerを特異的に認識する自己抗体が出現する脳症が,どのような臨床表現型を持つのか(単一か,多様性を持つのか),またどのような治療を行うべきかに移るわけだ.

 さて3月1日に行われた日本神経学会関東地方会では,抗NMDA受容体脳症に関連した演題が全部で4題報告された.こんなに症例が存在するのか,もしくは病気にもトレンドがあるのかなど不思議に感じた.具体的には,実際の舌ジスキネジアのビデオが提示され,かなり激しい不随意運動であることが分かり驚いたり,今回の論文症例と同様,IVIgとステロイドパルスの併用が有効であった症例の報告があったり,普通にラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させても陽性に染まらないが,Triton Xでスライスを処理すると(つまり細胞膜を抗体が通過しやすくすると),初めて神経細胞内が陽性に染まるケースがあったりした(最後の症例は,細胞内に存在するNMDA受容体のC末端は認識するが,細胞外のN末端を認識しない抗体を持つということである).また前述の抗 GluRε2 抗体が陽性で,甲状腺癌を認めた辺縁系脳炎の報告もあった.いずれにしてもこのような辺縁系脳炎が存在することを認識し,悪性腫瘍の検索しあれば早期に除去すること,また場合によっては強力な免疫抑制療法(血漿交換やリツキシマブが必要な症例も存在するのではないかという意見も出た)も検討することが大切なようだ.

Neurology 70; 728729, 2008 
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2 Comments

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Unknown (kinmuiです。)
2008-05-02 14:45:17
そうですね。病院によっては何人も経験しているようで びっくりですね。
ところで奇形種であれば 必ずしも 悪性腫瘍ではないのでは?

腫瘍があっても 
ウイルス性脳炎の治療だけで 治る症例も希ではない、
かなり時間がかかっても ゆっくり改善がみられる
そうで、
どこまでどうするかが問題のようですね。
むしろ
不随意運動を痙攣重積と誤診して 鎮静させすぎて IVHなどの感染の合併の誘発をさせないことのほうが きわめて大切だ と 経験の多い先生がおっしゃっていました。

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18才の男性です (みとり)
2009-11-10 07:58:44
5月に発病、統合失調症として治療をしてきました。先月になって抗NMDA受容体が陽性であったとの連絡を受け、息子の病気をどう考えていいのかとまどっています。
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