Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月7日) 

2020年11月07日 | 医学と医療
今回のキーワードは,「反科学的思考」をもたらす神経機構,こうもりポケモンとハゲタカ・ジャーナル,スパイク蛋白質D614G変異の臨床的意義,好中球の自殺と血栓形成,70日間も感染力のあるウイルスを排出した患者,回復スピードとウイルス特異的抗体の関係,中和抗体の臨床試験の中間解析です.

新型コロナ論文に関する投稿を続けてきた理由はいくつかありますが,ひとつはCOVID-19に伴う神経筋合併症を理解して,見逃さずに院内感染を防ぐべきと考えたためです(今後,感染者が増加し,改めて重要になる可能性があります).もうひとつはテレビやネットにて,後述する「反科学的思考」を見聞きし,正確な科学的事実を共有する必要性を感じたためです.前者についてはだいたい出尽くし,現在,まとめとなる総説を執筆していますが,そろそろ役目を果たしたように感じています.後者に関連して次のような論文を読みました.

◆パンデミックにより顕在化した「反科学的思考」をもたらす神経機構.
COVID-19パンデミックにより,一般の人も多くの科学情報,たとえばグラフや統計,さまざまな治療法を目にすることになった.しかしその理解は必ずしも容易ではなく,科学リテラシーの重要性が問われることになった.一方,パンデミックは「科学という真実を否定する人々の存在」を顕在化させた.COVID-19の起源に関する陰謀論から始まり,反マスク行動,反ワクチン信仰,効果が証明されていない対策や治療を信じるなどがその例であり,感染拡大につながる大きな要因になっている.JAMA誌に,米国UCSFの脳神経内科医が書簡を投稿し,科学を否定し,誤った信念を形成・維持する「反科学的思考」をする人と,誤った信念が形成・維持されてしまう神経疾患,レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症の患者の間には,共通の神経機構が存在するのではないかと考察している.証明が困難な仮説ではあるが,興味深く読んだ.著者は結論として「科学者,臨床医,公衆衛生の専門家は,マスク,ワクチン,投薬などの問題において,一般の人々と対話をすべきである」,「医学界は,小児期から生涯にわたって科学教育を中心とした体系的な取り組みを行い,健康に害を及ぼしかねない誤った考えを打ち消さなければならない」,「科学が勝利すれば,みんなが勝利できる」と述べている.
JAMA. Nov 2, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.21332)

◆ショウヨウシティでのCOVID-19アウトブレイクは,ズバットの喫食と関係がある.
標題は最近話題の論文のタイトルで,American Journal of Biomedical Science and Research誌に掲載されたものだ.唯一の図表を見ると,SARS-CoV-2ウイルスとコウモリ「ズバット」ウイルスの核蛋白アミノ酸配列の比較が示されている(図1).



実は論文タイトルのショウヨウシティは,ゲームの「ポケモン」ゆかりの都市で,「ズバット」はこうもりポケモンの名前だ.私はポケモンファンなのでよく分かるのだが(笑),著者名を見るとポケモン登場人物のウツギ博士と女医のジョーイさん,最後が本当の著者の米国のSchlomi先生となっている.つまりSchlomi先生が投稿した「ニセ論文」が,学術誌に掲載されたのだ.実はこの雑誌はいわゆる「ハゲタカ・ジャーナル(悪質性の高いオープンアクセス・ジャーナル)」で,掲載費さえ支払えば,どんな論文も「査読をせず」に掲載してしまう.研究業績至上主義の今の世の中に付け入る商売だが,Schlomi先生はこのような雑誌の告発を分かりやすい方法で行っている人である.このような雑誌には投稿しないこと,そしていつも学生や若手医師に言っているように「論文だからといって信じず,批判的に読む」ことが大切である.
Cyllage City COVID-19 Outbreak Linked to Zubat Consumption
Am J of Biomedical Sci Res. March 18, 2020(doi.org/10.34297/AJBSR.2020.08.001256)
https://biomedgrid.com/pdf/AJBSR.MS.ID.001256.pdf

◆スパイク蛋白質D614G変異は感染力を高める.
スパイク蛋白質変異D614Gは,パンデミックの過程で優性になったが,その感染性やワクチンの有効性に与える影響はいまだ明らかにされていない.今回,米国テキサス大学の研究者が,USA-WA1/2020株にD614G変異を導入し,その影響を検討した(オリジナルがD614で,変異株がG614である).結果としてG614変異株は,ウイルスの感染性を高め,ヒト肺上皮細胞およびヒト初代気道組織でのウイルス複製を促進した(図2).



G614 変異株に感染したハムスターは,鼻腔ぬぐいおよび気管で高い感染力価を示したが,肺では認められなかった.G614 変異株が COVID-19 患者の上気道におけるウイルス量を増やしたことから(感染後5日目では,13倍以上にも増加している),変異により感染力が高まる可能性が示唆された.しかし症状には明らかな差はなく,感染性の高さが重症度につながるわけではないことも示唆された. 
さらに現在作成されている多くのワクチンがD614を抗原として使用していることから,D614に感染させたハムスターの血清を用いた検討を行い,G614変異株に対する中和力価がD614よりもやや高いことを確認している.このことから,G614突然変異でも,臨床試験中のワクチンは有効である可能性があるが,G614変異株に対する治療用抗体の研究も行うべきと述べている.
Nature. Oct 26, 2020.(doi.org/10.1038/s41586-020-2895-3)

◆COVID-19では血栓形成を促進する自己抗体がみられる.
COVID-19は血栓症のリスクが高いことが知られている.米国ミシガン大学からの論文で,入院患者172名の血清中の8種類の抗リン脂質抗体(aPL抗体)を測定した.具体的には,抗カルジオリピンIgG,IgM,IgA;抗β2GPI IgG,IgM,IgA;そして抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン(aPS/PT)IgGとIgMである.結果として,24%の症例にaPS/PT IgG,23%に抗カルジオリピンIgM,18%にaPS/PT IgMを検出した.まとめるとaPL抗体は,メーカーの閾値を用いた場合には52%(89名)に,より厳格なカットオフ値を用いた場合でも30%に検出された.そして高いaPL 抗体価は,好中球細胞外トラップ放出(NET:つまり貪食する以上に細菌が多数存在するときに,その細菌群めがけて投網のように網を投げかけて細菌を捕獲・殺菌すること)を含む好中球の過活動,血小板増多,重度の呼吸器合併症,および糸球体濾過率の低下と関連していた.抗リン脂質症候群患者からのIgGと同様に,COVID-19患者から単離されたIgG分画は,健康な個体から採取した好中球にNET放出を促進した(図3).



NETは細菌を捕獲・殺菌するだけではなく,好中球自身も血管内で細胞死に至り(NETosisという),血管内血栓形成の足場になることが知られている.よってCOVID-19患者血清から精製したIgGをマウスに注射すると,確かに2つのマウスモデルで静脈血栓症が生じた.以上より,COVID-19で入院した患者の半数が,少なくとも一過性にaPL抗体陽性となり,これらが血栓形成をもたらしている可能性が示唆された.
Science Transl Med. Nov 2, 2020(doi.org/10.1126/scitranslmed.abd3876)

◆特定の患者では,無症状でも70日間も感染力のあるウイルスを排出する.
米国からの症例報告だが,なんとCell誌に掲載された.しかしその内容は非常に詳細な検討がなされた長編論文で,Cell誌での採択も頷ける.症例は慢性リンパ性白血病と後天性低ガンマグロブリン血症を合併した免疫不全の女性で,COVID-19に感染した.無症状であったものの,上気道から感染性のあるSARS-CoV-2ウイルスが初診から70日間も持続して排出された(図4).RNAの排出はさらに105日まで観察された.1回目の回復期患者血漿輸血でも感染性は消失しなかったが,2回目の輸血から数週間後,ウイルスRNA は検出されなくなった.患者内において,連続的でダイナミックなウイルスゲノムの変化が観察された.しかしVeroE6細胞(猿の腎臓細胞由来)およびヒト初代肺胞上皮細胞における複製速度は変化しなかった.以上より,特定の患者が長期にわたって感染状態を維持する可能性があることが示された.
Cell. Nov 4, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.049)



◆早く感染から回復した人は,ウイルス特異的抗体産生が長期間持続している.
米国からの報告.COVID-19に感染した92 名のウイルス抗体反応を経時的に評価した.ウイルス特異的抗体価は患者によりさまざまであったが,症状の重症度と相関がみられた.76名の被験者を約100日まで追跡したが,抗体産生の持続期間も異なっていた.ほとんどの患者ではウイルス特異的IgGは大幅に減少したが(このような患者をdecayerと呼ぶ),初期の抗体価が同等であったにもかかわらず,期間内で抗体価が安定ないし増加した患者が20%存在した(sustainerと呼ぶ).これらの症例は後方視的に振り返ると,感染後,短期間で回復していたことが分かった(平均10日対16日).これらの症例はウイルス特異的メモリーB細胞抗体遺伝子の体細胞変異が増加し,さらに以前に活性化したCD4+ T細胞頻度が持続的に高かった.以上より,ウイルス特異的IgG産生を持続して維持できる患者は,疾患からの回復が早い傾向があることがわかった.
Cell. Nov 3, 2020.(doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.051)

◆ウイルス中和モノクローナル抗体LY-CoV555の中間解析.
米国からウイルス中和モノクローナル抗体LY-CoV555を用いた第 2 相臨床試験の中間解析の結果が報告された.軽度または中等症のCOVID-19と診断されたばかりの外来患者452 名を対象とした試験で,中和抗体 LY-CoV555 を3種類の用量(700 mg,2800 mg,7000 mg)または偽薬のいずれかの単回静脈内投与群に無作為に割り付けた.主要評価項目は,治療11日目のウイルス量のベースラインからの変化とした.結果であるが,対数ウイルス量のベースラインからの減少の平均値は-3.81であり,99.97%以上のウイルスRNAが除去された(図5).症状スコアも11日目まで一貫してLY-CoV555群のほうが良いものの,7~11日目には両群ともほとんど治癒ないしあっても軽度の症状のみであった.入院ないし救急外来受診はLY-CoV555群で1.6%,偽薬群で6.3%であった.群ごとに調べると,LY-CoV555を2800 mg投与された群では,ベースラインからの減少におけるプラセボとの差は-0.53(95%CI;P=0.02)と有意であった.しかし700 mg投与群(-0.20;P=0.38)または7000mg投与群(0.09;P=0.70)では偽薬との有意差は認めなかった.有効性の証明にはさらなる検討が必要である.
N Engl J Med. Oct 28, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2029849)


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