Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月9日)   ―COVID-19による医療従事者のバーンアウト―

2020年08月09日 | 医学と医療
今回のキーワードは,無症状感染者のウイルス量は発症者と同等,遅れる新規がん患者の発見,遠隔医療導入の必要性とその限界(デジタルデバイド問題),COVID-19と医療従事者のバーンアウト,神経合併症(回復患者の脳微細構造と機能の異常,思春期患者の脳症,多発microbleeds),正常肺にウイルス受容体はない,ウイルス反応性CD4+ T細胞続報です.

今週は2つの問題を考えさせられました.1つ目は「COVID-19に関連した医療従事者のバーンアウト(燃え尽き症候群)の顕在化」です.医療従事者はこの問題に苦しんできましたが,聖路加国際病院からの論文はCOVID-19がこの問題にさらなる拍車をかけている状況を如実に示しました.2つ目は「データ公表に関する科学者の道義的責任」です.コロナ前は査読を経て論文化したデータのみプレスリリースし,社会に周知していました.しかしコロナ後は迅速なデータ共有を目的として査読前プレプリント論文が普及し,さらに今回,論文にすらなっていないデータが社会に大きな影響を与える事態を経験しました.科学者のデータ公表に関する正しい姿勢が問われていると思います.

◆無症状感染者であってもウイルス量は発症者と同等,隔離は厳密に行うべき.
韓国からの報告.PCR陽性感染者303名を対象としたコホート研究.このうち110名(36.3%)が無症状であった.無症状感染者のRT-PCRのサイクル閾値(Ct値)=ウイルス排出量は,症状ありの感染者とほぼ同等であった.つまり感染拡大を防止するためには,症状の有無にかかわらず,PCR陽性者の隔離を厳密に行うべきである(家庭内感染を防ぐための施設は不可欠).また無症状感染者のうち21 名が後日,発症した.PCR陽性から症状発現までの期間は15 日(四分位範囲:13~20 日)であった.症状の有無に関わらず,PCR陰性化までの期間は同程度であった.
JAMA Intern Med. August 6, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3862)

◆パンデミック後,新たに発見されるがん患者数が減少している.
米国からパンデミック前後で,6種類のがん(乳がん,大腸がん,肺がん,膵臓がん,胃がん,食道がん)の新規患者数の変化が報告された.パンデミック期間中,6つのがんを合わせると新規患者数は46.4%も減少した(4310名→2310名).乳がんの51.8%(2208名→1064名,P<0.001)を筆頭に,すべてのがんで有意な減少がみられた(図1).つまりパンデミックは受診控えに伴うがんの診断の遅れをもたらし,進行したステージでの受診や予後不良につながる可能性が高い.受診による感染を恐れる中高年齢者に対する「遠隔医療」の提供が求められている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17267)



◆遠隔医療の導入が困難な高齢者の原因と頻度(デジタルデバイド).
遠隔医療の導入で問題となるのは,どれだけの高齢者が取り残されてしまうかである.原因として(1)十分な聴力がない,(2)十分な視力がない,(3)話すことに問題がある,(4)認知症,またはその可能性がある,(5)インターネットに対応した機器を持っていない,(6)電子メールやインターネットを使ったことがないが挙げられる.(5) (6)はいわゆるデジタルデバイド(IT技術を利用できる人と,できない人の間に生じる格差)の問題である.
米国カルフォルニア州の65歳以上の住人を対象とした横断的研究が報告された.2018年において1300万人(38%)が遠隔診療の準備ができてないと推測された.家族などが遠隔診療を設定できたとしても,それでもできない高齢者は1080万人(32%)と推測された.電話診療のほうが多くの患者が使用できるが,聴覚障害,コミュニケーション困難,認知症などでできない高齢者は20%に上った(電話診療はさらに視覚的評価を必要とする医療には向いていないという欠点がある).政治はこのデジタルデバイド問題を認識し,医療と患者の橋渡しを行う必要がある.
JAMA Intern Med. August 3, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.2671)

◆バーンアウト(1).COVID-19が神経疾患領域にもたらした4つの変化
カリフォルニア大学サンディエゴ校のChenらは総説の中で,COVID-19が神経疾患領域にもたらした大きな変化を,入院診療,外来診療,研究,倫理の4つに分けて議論した.入院診療では,医療資源(個人防護具,人工呼吸器,ベッド,スタッフ)の枯渇や入院患者を院内感染から守るストレス,自身やスタッフ,家族が感染しうることへのストレス,人との接触を減らすことにより生じる医師-患者関係や教育の難しさといった医師のプロフェッショナリズムに関わる問題がある.外来診療においては重症化リスクの高い患者を感染から守るストレス,COVID-19を合併ないし関連する神経症状を呈する患者に遭遇しうるストレス,遠隔診療導入による負担増加などが考えられる.また研究でも進行中の臨床試験や基礎研究が予定通りに実施できないこと,倫理では不足する医療資源の配分や,ハイリスク患者のアドバンス・ケア・プランニングの問題がある.
Front Neurol. 2020;11:578(doi.org/10.3389/fneur.2020.00578)

◆バーンアウト(2).COVID-19患者と直接接触する医療従事者のバーンアウトと危険因子
聖路加国際病院において4 月に行われた調査結果が報告された.評価にはMaslach Burnout Inventory-General Survey日本語版が使用された.回答率75.6%,対象は312名で,バーンアウトの頻度は31.4%であった.バーンアウト群は,していない群と比較し,女性の割合が高く(80.6%対67.0%;P = 0.02),月当たりの休日日数が少なく(8日対9日;P = 0.03),中途退職の意思がある者が多く(74.5%対24.3%;P = 0.01),さらに年齢が若く(28歳対32歳;P = 0.001),経験年数が短かった(5年対8 年;P = 0.001).医師を基準とした場合,看護師(オッズ比4.9;P = 0.001),臨床検査技師(6.1;P = 0.002),放射線技師(16.4;P = 0.001),薬剤師(4.9;P = 0.02)でバーンアウトが多かった(図2).また経験年数(0.93;P = 0.001),個人用保護具に不慣れ(2.8;P = 0.002),睡眠時間の減少(2.0;P = 0.03),仕事量減少の希望(3.6;P = 0.002),感謝や尊敬の期待(2.2;P = 0.03)も影響因子であった.医師以外の職種におけるバーンアウト頻度が高いことの説明として,医師と比べて,これらの職種は裁量権と意思決定権が低いためではないかと考察されている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017271(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17271)



◆バーンアウト(3).医療従事者を守るために組織や国家が行うべきこと
全米医学アカデミーが,パンデミック下の医療従事者を守るために組織や国家が行うべきことについての提言を行った.医療従事者の不安の根底にあるのは,患者や同僚の間で感染が広まったり,家族に感染を持ち帰ったりすることへの恐怖である.また2003年にトロントでSARSが発生した際には,社会的孤立感,病気で同僚を失った痛み,感染したことに伴う社会的汚名などが原因で,強い精神的苦痛が生じたことが分かっている.これらを踏まえ,対策として組織は第1にCWO(チーフ・ウェルネス・オフィサー)の役職を設けて強力な権限を与え,医療従事者を守る仕組みを作るべきと述べている.第2に医療従事者がストレス因子について不利益を受けることなく自由に話し,上司は積極的にフィードバックする仕組みを作る必要があると述べている.一方,国家には身体的,精神的苦痛が生じた医療従事者のケアを行う予算を組むこと,苦痛を評価し,ケアの効果を検討するための疫学的追跡プログラムを実行することを求めている.
N Engl J Med 2020; 383:513-515(doi.org/10.1056/NEJMp2011027)

◆神経合併症(1)COVID-19の回復段階では脳の微細構造や機能の障害が生じ,記憶障害や嗅覚障害に関連する
中国からの前方視的研究.COVID-19から回復し,感染から3か月が経過した60名と対照39名に対し,神経症状の有無を評価し,さらに拡散テンソルイメージング(DTI)と3次元高分解能T1WIシーケンスを行った.結果として,55%(33/60名)が神経症状を呈しており,かつ嗅覚皮質,海馬,島皮質,左ローランド海綿体,左Heschl回,右帯状回の灰白質増加等の対照群にはない広範囲に及ぶ脳微小構造異常などが見出され(図3),それらの異常所見の一部は記憶障害や嗅覚消失と相関していた.以上より,COVID-19の回復段階での評価で,脳の微細構造および機能障害を認めること,つまり脳への長期的影響が生じうることが示唆された.
EClinicalMedicine. August 03, 2020(doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100484)



◆神経合併症(2)思春期のCOVID-19脳症を見逃してはならない
米国から,9日間の発熱後,脳症を呈し入院した従来健康な16歳男子が報告された.重度の倦怠感,錯乱を伴う進行性の傾眠,支離滅裂な発話を呈した.全身性の脱力を認め,介助なしでは歩けなかった.腱反射は正常.頭部CT(造影剤なし)も正常.CKは1200 U/Lまで増加,またSIADHを合併した.頭部MRIは実施しなかった.髄液細胞数は122/mL(単核球優位),蛋白は173 mg/dL,小児ICUに入室後,鼻咽頭拭い液PCRが陽性になったが,髄液は陰性だった.レムデシビルが使用された.神経症状は入院4日目に改善しはじめ,15日目に退院し,外来経過観察となった.若年者の脳症であっても,COVID-19は鑑別診断に加えるべきである.
Neurol Clin Pract. July 28, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000911)

◆神経合併症(3)critical illness-associated cerebral microbleeds
COVID-19により急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈した63歳男性に対してECMO治療を行ったところ,せん妄をきたし,頭部MRIでは脳梁と大脳皮質近傍の血腫と,無数のmicrobleedsを来した症例が報告された(図4).画像所見はcritical illness-associated cerebral microbleeds(CI-aCMB)と呼ばれるもので,人工呼吸器(とくにECMO)治療を要するARDSにおいて報告されている.原因は不明だが,インフルエンザにおいて報告があり,ウイルス感染に伴う内皮障害の関与が推測される.
Neurology. 2020;10.1212/WNL.0000000000010537(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010537)



◆正常な肺組織にはウイルス受容体ACE2はほとんど発現していない
ヒトのすべての主要な組織や臓器に対応する150種類以上の異なる細胞におけるACE2の発現パターンを,免疫組織化学的に検討した研究がスウェーデンから報告された.360名の肺組織を含むヒト組織を調べた.ACE2の発現は,主に腸,腎尿細管,胆嚢,心筋細胞,男性生殖細胞,胎盤上皮細胞,管細胞,眼,血管系で観察されたが,驚くべきことに,従来の報告と異なり,正常な呼吸器ではほとんど発現していなかった(図5).mRNA レベルでも同様であった.SARS-CoV-2はまず上気道の線毛上皮細胞や眼の結膜上皮に感染し,その感染が何らかの機序(インターフェロン?)による肺組織におけるACE2発現を誘導し,肺で感染するのかもしれない.
Mol Syst Biol. July 26, 2020(doi.org/10.15252/msb.20209610)



◆未感染健常者にみられるSARS-CoV-2反応性CD4+ T細胞は,4種類の風邪コロナウイルスと交差反応性をもつ
SARS-CoV-2の反応性CD4+ T細胞が感染していない健常者で報告されており,20~50%の人に交差反応性T細胞の記憶が存在することが示唆されている.米国からの研究で,COVID-19パンデミック前の25人のヒト血液サンプルを用いた検討を行ったところ,すでに報告されているようにSARS-CoV-2反応T細胞が見つかった.さらにSARS-CoV-2の142の領域(抗原決定基)がT細胞への反応と関連することを示した.またこのT細胞は,4種類の風邪コロナウイルスHCoV-OC43,HCoV-229E,HCoV-NL63,HCoV-HKU1にも交差反応性をもつことを示した.つまり風邪の原因となるコロナウイルスに対する多様なT細胞の記憶は,SARS-CoV-2にも作用することで,COVID-19で認められる症状の多様性の一部を説明できる可能性がある.しかし実際にこのT細胞がCOVID-19に対して防御効果を示しているのかは不明である.
Science. Aug 04, 2020(doi.org/ 10.1126/science.abd3871)


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