Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月15日)  ―Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症― 

2020年08月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,第2波における予後の改善の理由,個人防護具使用と抗体陽性率,N95マスクが枯渇したときの対処法,後遺症としてのLong-Haul(長期間)COVID,パンデミック期間中のパーキンソン病患者,多彩な神経合併症,頭痛外来に紛れ込むCOVID-19,ロシアでのアビガン臨床試験成功,ロシアでのワクチン開始が避難される理由です.

8月2日に「若者であっても感染すべきではない」と記載しましたが,さらにそれを肯定する論文が多数報告されています.今回紹介するのは「Long-HaulないしLong-tail COVID」と呼ばれている筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)様の後遺症と,感染後・免疫介在性に生じる神経合併症(重症筋無力症,遅発性運動異常症,ギラン・バレー症候群)です.脳神経内科的には極めて多彩な病態を来すため,感染者が急増する現状では,日常診療の場においてCOVID-19の可能性を常に考えて診療を行う必要があるように思います.

◆ヒューストンにおける第2波における予後の改善は,患者集団の変化と医療の改善で説明できる.
米国ヒューストンにおける第1波(3月13日~5月15日;774名)と第2波(5月16日~7月7日;2130名)の患者集団の変化と予後の違いに関する報告.第2波は,テキサス州全体の段階的な社会活動再開の2週間後に始まった(図1).第2波ではPCR検査数が増え,若年層,ヒスパニック系,社会経済的に低い患者層へと移行しており,糖尿病,高血圧,肥満などの併存疾患の合併は減少した.また第2波では,レムデシビルとエノキサパリン(抗凝固薬)の使用頻度が増加した.第2波での患者のICU入院の割合は少なく(20.1%対38.1%),入院期間は短縮した(4.8日 vs 7.1日).院内死亡率も低下したが(5.1%対12.1%),ICU入室患者の死亡率は有意に低下しなかった(22.9%対27.5%).第2波で予後が良好であることは,患者集団の特徴が変化した結果,併存疾患の合併が減少し,疾患の重症度が低くなったこと,ならびに治療薬を含めた医療が改善したことの組み合わせによって説明できる.→ 日本でも同様の科学的な分析が必要である. 
JAMA. August 13, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15301)



◆三次医療センターの病院職員の抗体陽性率は,周辺地域の一般住民よりも低い.
ニューヨーク州ロスリンにある三次医療センターにおいて,3月1日から4月30日までの間,無症状の病院職員に対して任意で抗体検査を行った.N95マスク,ガウン,手袋などの個人防護具(PPE)は,米国疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインに基づいて使用された.病院職員3046名において,抗体検査を1699名(56%)に行ったところ,抗体陽性者は167名(9.8%)であった.病院職員と,ニューヨーク州が報告したロングアイランドの一般市民の抗体陽性率を比較すると,病院職員の方が有意に低かった(9.9%対16.7%, P < 0.001).病院職員がより高い頻度でウイルスにさらされていることを考えると,PPEは適切に使用されれば有効であることが分かる.この結果は医療従事者の不安や心理的苦痛を緩和するものと言える.
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4214)

◆新品のN95マスクが入手できない場合,使用期限を過ぎたものや滅菌済みのもので代用可能.
パンデミック時,マスク不足は大きな問題となった.医療現場ではこれに対応するため,期限切れのマスクを使用したり,滅菌を行ったり,通常とは異なる使用法を行った.また認可外のマスクが代替品として輸入され,病院に寄贈されたりもした.このため,これら代替マスクの,エアロゾル粒子に対する適合濾過効率(fitted filtration efficiencies;FFE)について評価した研究が米国から報告された.使用期限切れのN95マスクと,エチレンオキサイドと過酸化水素滅菌を施したマスクでは,FFEに変化はなかった(95%以上).誤ったサイズのN95マスクでは,性能がわずかに低下した(90〜95%).また認可されていない6種類のマスクはすべて95%を達成できなかった.ちなみにサージカルマスクのFFEは71.5%,よく使用される耳ひも付きマスクは最も低い38.1%であった(図2).
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4221)



◆Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症.
急性期から回復した患者の多くが,後遺症を呈することが明らかになりつつある.これには精神症状,睡眠障害,運動不耐性,自律神経症状(軽度の運動や起立時の頻脈,寝汗,温度調節異常,胃運動障害,便秘・軟便,末梢血管収縮),持続的な微熱,リンパ節腫脹などが含まれる.この病態に関する査読付き論文はまだ報告されていないが,ウェブ上では多くの記事で取り上げられており,「Long-Haul(長期間)COVID」もしくは「Long-tail(長い尾)COVID」と呼ばれている(図3:doi.org/ 10.1126/science.369.6504.614).
例えば26歳の高校教師は,自身の症状を以下のように説明している.「胸が痛くて,頭が痛くなる.体が痛くて心臓がドキドキする.ほとんど動けない極度の疲労状態だ.脳は霧の中で,ペットの犬の名前さえ覚えていない.睡眠と食欲を失う.足がしびれ,耳鳴りがする」
医師による検査では,症状を説明できる異常は見つからない.症状の多くは,筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)に似ている.ME/CFSの原因は不明だが,ウイルス感染を引き金として発症する可能性が指摘されてきた.Long-Haul COVIDは,ME/CFSの病態生理を研究する絶好の機会となるかもしれない.
Neurology. Aug 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010640)



◆パンデミック中,パーキンソン病患者の2/3が症状の増悪を実感した.
スペインからの報告.パーキンソン病(PD)患者に対して,パンデミックの影響を調査する目的で,95の質問を含むオンライン調査を行った.568件の有効な回答が得られた(年齢63.5±12.5歳,女性53%). 553名(97.4%)はパンデミックを認識し,68.8%は憂慮していた.95.6%が予防措置を講じていた(手洗い励行86.8%,マスク着用86.8%など).484名(85.2%)の患者はCOVID-19患者との接触はなく,またCOVID-19に感染したのは15名のみ(2.6%)であった(5名が入院したが,死亡はなかった).外出自粛中も72.7%の患者は活動的な生活を送っていたが,65.7%の患者は症状の増悪を感じていた(運動緩慢47.7%,睡眠障害41.4%,筋強剛40.7%,歩行障害34.5%,不安31.3%,疼痛28.5%,疲労28.3%,うつ27.6%など).
Mov Disord. Aug 10, 2020(doi.org/10.1002/mds.28261)

◆神経合併症(1)COVID-19感染後に重症筋無力症を発症しうる.
重症筋無力症(MG)は,アセチルコリン受容体(AChR)や神経筋接合部のシナプス後膜の分子に抗体が結合して発症する自己免疫疾患である.COVID-19発症後にMGを発症した3名(64~71歳,男性2名)がイタリアから報告された.発熱の出現後,5~7日以内にAChR抗体陽性の全身型MGを呈した.抗体価は22.8~35.6 pmol/L(正常値0.4pmol/L未満)であった.全例胸腺腫は認めなかった.治療は臭化ピリドスチグミン,プレドニゾン,IVIGに対し,通常のMGに典型的な反応を示した.病態機序として感染後・免疫介在性の障害,すなわちウイルスタンパク質に対する抗体がAChRサブユニットと交差反応した可能性が考えられる.
Ann Intern Med. Aug 10, 2020(doi.org/10.7326/L20-0845)

◆神経合併症(2)重症例において遅発性に出現する運動異常症.
フランスからの報告.ICUに入院し,人工呼吸器管理をされたのち,抜管後23±7日後(14~31日)に遅発性運動異常症を呈した5症例の症例集積研究.4名に上肢の姿勢時・動作時の振戦が認められ,そのうち1名(患者2)には不規則な起立性振戦が,1名(患者4;腎不全を合併)には両側上肢に安静時および姿勢時・動作時にjerky/myoclonicな異常運動が認められた.残り1名は右半身優位の動作時振戦であった.電気生理学的検討は患者2と4で行われ,大脳皮質ミオクローヌス(異常な長ループC反射)と皮質下ミオクローヌス(持続時間の長いバースト)が示唆された.病態機序として,(1)ウイルスによる直接的な中枢神経系の障害,または感染後・免疫介在性の障害,(2)(とくに症例4では)代謝性(腎不全),低酸素血症後ミオクローヌスの可能性が考察された.
Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14474. doi:10.1111/ene.14474

◆神経合併症(3)COVID-19関連ギラン・バレー症候群(GBS)のsystematic review.
14編の論文で,合計18名の患者を対照としたsystematic reviewが報告された.全例, COVID-19の症状を認め,咳と発熱が最も多く認められた症状であった.COVID-19を発症してからGBSを発症するまでの期間は-8日(8日前)~24日(平均9日,中央値10日)であった.ほとんどの患者は,電気生理学的に脱髄型を呈する典型的なGBSの臨床像を呈していた.8例(44%)で人工呼吸器を要した.2例(11%)が死亡した.
Eur J Neurol. Aug 5, 2020(doi.org/10.1111/ene.14462)

◆神経合併症(4)COVID-19は頭痛のみ呈しうる.
トルコからの報告.頭痛が原因で頭痛外来を受診し,COVID-19と診断された患者を対象とした観察研究である.軽度の症状を有する PCR で診断されたCOVID-19 患者 13 名(女性9名)の頭痛の特徴が報告された.頭痛は全例で経過中の初期症状として出現したが,3名の患者は頭痛のみを呈していた.片頭痛に似た特徴を持つ重度の急激な発症,弱まることにない頭痛に加え,嗅覚・味覚障害や消化器症状(下痢,食欲不振,体重減少)を呈していた.頭痛は70%の患者で3日間持続し,全例で2週間以内に消失した.頭痛はCOVID-19の単独症状となる可能性があり,その他の症状を認めない患者では見逃される可能性がある.片頭痛の既往のない急性発症の持続性の頭痛を呈する症例,および嗅覚・味覚障害や消化器症状を合併する症例では,COVID-19に伴う頭痛を鑑別する必要がある.また考察では,アンギオテンシン系,CGRP,炎症性サイトカイン,三叉神経血管系が頭痛に関与する可能性について議論している.
Headache. Aug 13, 2020(doi.org/10.1111/head.13940)

◆神経合併症(5)動脈硬化性病変や危険因子を有する症例では大血管閉塞に注意する.
CPVID-19における脳梗塞と動脈硬化性病変の関連について検討を行ったフランスからの報告. COVID-19患者で,大血管閉塞(large vessel stroke)を呈した6症例(年齢中央値は52歳)について後方視的な解析を行った.全例,高血圧,糖尿病,脂質異常症,BMI>25などの危険因子を有していた.COVID-19の呼吸器症状の出現から,脳卒中発症まで11.5日であった.ベースラインにおいて,全例,CTまたはMR画像で脳内および脳外の血栓を有していた.頸部頸動脈に大きな血栓を認めた症例は,画像検査では,基礎となる軽度の非狭窄性アテローム腫を有していた(図4).血管リスク因子や基礎となる動脈硬化性病変を有する患者において,COVID-19感染した場合,脳梗塞の発症の有無を注意深く確認する必要がある.
Eur J Neurol. August 6, 2020(doi.org/10.1111/ene.14466)



◆治療(1)アビガンの成分であるファビピラビルがロシアの第II/III相臨床試験で有効性を示した.
RNAポリメラーゼ阻害剤であるファビピラビル(日本のアビガン)のロシア製品であるAVIFAVIRの第II/III相臨床試験のパイロットステージの結果が報告された.患者60名を低用量群(1日目に1600 mgを2回,翌日からは600 mgを1日2回),高用量群(1日目に1800 mgを2回,翌日からは800 mgを1日2回),非投与群の3群に20名ずつ割り付けた.投与開始5日の時点で,ウイルス除去率はAVIFAVIR群では62.5%(25/40名),非投与群では30.0%(6/20人)であった(p=0.018)(図5).また発熱もAVIFAVIR群の方が2日で正常化した(非投与群では4日かかった:p =0.007).また副作用はAVIFAVIR群の7/40名にみられ,下痢,悪心・嘔吐,胸痛,肝障害を認めたが,安全性と忍容性に優れていた.ロシア保健省はこの結果に基づいて,AVIFAVIRに対し,COVID-19患者に対する迅速販売を承認した.
Clin Infect Dis. Aug 9, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1176)



◆治療(2)ロシアによるワクチン「スプートニクV」の2つの重大な問題.
Nature誌のNews欄.ロシアのプーチン大統領は8月11日,同国の保健当局が世界で初めてコロナウイルスワクチンを承認したと発表した.ClinicalTrials.govの登録データによると,このワクチンは,コロナウイルスのスパイク蛋白を発現する2種類のアデノウイルスベクターで作られている.旧ソ連時代に打ち上げた世界初の人工衛星の名前を取って「スプートニクV」と名付けられた.しかしワクチンの安全性と有効性をテストするための第3相試験(何千人もの人々にワクチンと偽薬を注射して行う追跡調査)をまだ完了していない.この十分な検証がなされていないワクチンの接種を開始することは,まずワクチン接種される医療従事者を含む人々を危険にさらす可能性があり,倫理に反すると多くの科学者は避難している.またこのワクチンは76名のボランティアに投与されているが,第1相と第2相臨床試験の結果は公表されていない.さらにもし健康被害が生じた場合,多くの人がワクチンの副作用を恐れ,受け入れを後退させることにつながるため,ワクチンによる感染拡大防止を目指す世界的な取り組み全体を台無しにしかねないと指摘している.
Nature. Aug 11, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02386-2)

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