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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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標準的神経治療:不眠・過眠と概日リズム障害 -多系統萎縮症と睡眠異常-

2017年03月02日 | 脊髄小脳変性症
日本神経治療学会は,神経疾患の治療指針を定める「標準的神経治療」を定期的に発行しているが,今回,獨協医科大学神経内科平田幸一教授が中心になり,「不眠・過眠と概日リズム障害」を発表した.不眠症,中枢性過眠症(ナルコレプシー等),脳血管障害・変性疾患と睡眠異常,治療について記載され,大変,勉強になる内容になっている.このなかで私は「多系統萎縮症と睡眠異常」について執筆をさせていただき,睡眠障害の特徴と突然死の問題について,解説とエビデンス・レビューを行なった.またお問合わせが多い上気道閉塞に対するpropofol鎮静下喉頭内視鏡検査(いわゆるDISE: Drug-induced sleep endoscopy)について具体的な方法を記載した.耳鼻咽喉科の先生方との議論の際に,資料として用いていただきたいと思う.フリーで下記のリンクよりDLできるので,ぜひご一読いただきたい.

標準的神経治療:不眠・過眠と概日リズム障害







孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

2017年01月13日 | 脊髄小脳変性症
近年,神経変性疾患の臨床診断と病理診断の区別が厳密に行われるようになった.例として,臨床診断-大脳皮質基底核症候群(CBS)と病理診断-大脳皮質基底核変性症,そして臨床診断-リチャードソン症候群と病理診断-進行性核上性麻痺が挙げられる.では脊髄小脳変性症はどうだろうか?実はこのような区別が曖昧なままにある.具体的には,臨床診断・遺伝子診断に基づく疾患群の総称が脊髄小脳「変性症」(SCD)で,その中の孤発例は皮質性小脳「萎縮症」および多系統「萎縮症」で,遺伝性は脊髄小脳「失調症」1型,2型・・・・(SCA)となる.つまり変性・萎縮といった病理学的概念と,失調といった臨床的概念が,厳密に区別されることなく混在しているのだ.

Brain Nerve誌に掲載された古賀俊輔先生(メイヨークリニック)による「孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する」という総説は,この問題を明快に議論した論文であり,一読して唸ってしまった.要旨を簡潔に述べると,まず孤発性脊髄小脳変性症の疾患概念の変遷を概説し,そして本邦と諸外国で用いられている疾患名の指す概念に相違があることを指摘している.その上で,これまで提唱された概念の中では「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」が一番,孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断として相応しいのではないかと提案している.

本論文の内容は下図に集約される.一番上の段は,本邦の現在の分類で,特定疾患の分類に基づくものである.つぎに「晩発性皮質性小脳萎縮症(late cortical cerebellar atrophy; LCCA)」という概念が出てくるが,これは欧米では異なる2つの定義で使用され混乱が生じうるため使用されなくなっている.具体的に,「狭義のLCCA」は下オリーブ核―小脳虫部に病変が限局する疾患を指す病理診断名で,「広義のLCCA」は二次性を含む孤発性脊髄小脳変性症を指している.一方,本邦では特定疾患において,LCCAのlateを外した「皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy; CCA)が使われているが,これは孤発性脊髄小脳変性症からMSAを差し引いたもので,欧米のいずれのLCCAとも合致しないという問題がある.事実,PubMedの検索で,CCAを使用している論文の65%は本邦の論文だそうだ.

次の「特発性晩発性小脳性運動失調症(idiopathic late-onset cerebellar ataxia; ILOCA)」はかつてよく目にしたものだ.これは有名なAnita Hardingが1981年に提唱したもので,3型に分類される.つまり1.オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA),2.小脳と下オリーブ核に限局するMarie-Foix-Alajouanine(マリー・フォア・アラジュアニーヌ)症候群,3.上肢の静止時および動作時振戦の目立つ群である.OPCAは現在のMSA-Cに相当し,病理学的に独立した疾患として確立されているため,OPCAを含むILOCAは本邦のCCAとは一致しない.

最後が「原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)」で,2002年Abeleらが提唱したものである.20歳以降発症の孤発性進行性小脳失調症のなかで,MSAと遺伝性疾患を除いたもの,つまり原因を特定できなかったものである.古賀はこのSAOAが,MSAをのぞく孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,無難な選択なのではないかと考えている.そしてこのなかに病理診断名としてのCCAが含まれるが,必ずしも純粋小脳型ではなく,振動覚低下やアキレス腱反射の低下・消失などの小脳症状以外の神経所見も見られる.

ちなみにSAOAの診断基準は以下のとおりである(Abele M et al. J Neurol 254;1384-9, 2007).
1.進行性の小脳性運動失調
2.20歳以降の発症
3.家族歴なし(第一,ニ世代の親族になし.両親は50歳以上とし,すでに死亡している場合は50歳以上の場合家族歴を否定できる.血族近なし)
4.その他の原因を認めない(髄液異常,後頭蓋窩の梗塞・出血・腫瘍病変,アルコール依存,抗てんかん薬の長期内服,中毒,傍腫瘍症候群,抗GAD抗体陽性,ビタミンB12,E欠乏,梅毒,脳炎,甲状腺異常など)
5.亜急性発症ではない
6.遺伝子診断で陰性(SCA1,2,3,6,17,fMR1 premutation,FRDA)
7.Gilman分類のprobable, possible MSAではない

本論文を拝見し,MSAを除く孤発性脊髄小脳変性症の臨床診断名として,SAOAを使用することは妥当と思われる.ただしSAOAにしてもILOCAにしても,世界的に見て,現在,頻用されているわけではない.この件に関して古賀先生と議論させていただいたが,メイヨークリニック神経内科のWszolek教授とその周辺は「まずSAOAをいう診断をつけ,そこから遺伝子診断をはじめ各種検査を行い,鑑別診断を進める」というように暫定的な診断名として用いているとのことである.しかし「SAOAを使うことが世界的な流れになっているとまでは言えない」そうだ.
今後,SAOAが使われていくのか,別の名称が用いられるのか,もしくは従来のまま混沌とした状態が続くのかわからないが,少なくとも現在の問題点を認識し,議論を行っていくことが必要である.ぜひオリジナルの論文をご一読されることをお勧めする.

古賀俊輔.孤発性脊髄小脳変性症の分類を再考する.Brain Nerve 68;1453-7, 2016



多系統萎縮症では体重減少がないからといって栄養状態は良好と油断してはいけない!

2016年11月29日 | 脊髄小脳変性症
筋萎縮性側索硬化症では,進行にしたがって体重が減少する.高度の体重減少は予後不良を示唆するため,体重減少を防ぐための高カロリー食が推奨される.またパーキンソン病でも進行に伴い,体重が減少することが知られている.では多系統萎縮症(MSA)ではどうだろうか?私たちは,MSAにおける病期ごとの体重と栄養状態について検討を行い,論文として報告したのでご紹介したい.

【研究の結果】
対象は2001年から2014年までに当科に入院したGilman分類probable MSAの82例(男性38例,女性44例)である.65例がMSA-Cで,17例がMSA-Pであった.うち24例が2回以上の入院をしたため,のべ130回の入院があった.アルブミン値に影響を及ぼす疾患(肝腎不全,うっ血性心不全,炎症性疾患,感染)を合併する症例は,対照から除外してある.評価項目はADLによる病期(自立/車いす/寝たきり),嚥下障害の有無,摂取カロリー,body mass index(BMI)とし,栄養学的な指標としてはしばしば使用される血清アルブミン値,血清総コレステロール値,リンパ球数とした.

さて結果であるが,自立群/車いす群/寝たきり群はそれぞれ50名,52名,28名であった.摂取カロリーは病期の進行に伴い低下したが(p<0.05;Fig A),BMIには変化はみられず(p<0.05;Fig B),体重の減少は認めなかった.一方,栄養の指標である総コレステロール値,リンパ球数には変化はなかったが,血清アルブミン値は病期の進行に伴い,4.18/4.03/3.07 g/dlと有意に低下した(p<0.05;Fig C).以上より,MSAではBMIが保たれていても(体重の減少がなくても),進行期には低栄養状態を呈しうること,その指標として血清アルブミン値が有用である可能性が示唆された.つまり,体重が減っていないからといって,栄養状態が良好であると油断してはいけないのである.MSA-CおよびMSA-Pに分けて行った解析でも,病期間のBMIに差はないこと,ならびに進行に伴い血清アルブミン値が低下することが確認された.

【なぜ体重は減少しないのか?】
ではなぜ体重は減少しないのだろうか?その理由として,まず嚥下障害による摂取カロリーの減少と消費カロリーの減少の程度が同等で,バランスが取れた可能性が考えられる.またMSAでは,むしろ低カロリーの食事摂取にも関わらず,気管切開・胃瘻造設後には皮下脂肪の蓄積傾向を示すことを,都立神経病院のNagaokaらは報告し,進行期にはカロリー制限する必要性についても言及している(臨床神経50;141-146, 2010).Nagaokaらはさらに検討を進め,脂肪細胞から分泌されるレプチンがMSAではうまく働いていない(つまりレプチン抵抗性の状態にある)可能性を示している(Neurol Sci 36; 1471-7, 2015).レプチンは脂肪細胞から分泌され,視床下部にて作用し,食欲の抑制,エネルギー消費の増大,交感神経刺激に伴う脂肪分解を介して,体重減少に作用するが,肥満者ではレプチン濃度が高くなっているもののレプチンによる刺激に鈍感になり,体重減少が起こらない.これを肥満者におけるレプチン抵抗性と言うが,NagaokaらはMSAでは自律神経障害によりレプチン抵抗性が生じているのではないかと考察している.
ちなみにわれわれの検討では血清コレステロール値に変化はなかったが,Nagaokaらの検討では低下を認めている.

【まとめ】
以上の結果から,1)MSAの進行期では体重は減少せず,むしろ増加もありうる.2)症例によっては摂取カロリーを絞る必要がある.3)栄養の指標としては血清アルブミン値が有用である,とまとめることができる.

Sato T, ShiobarabM, Nishizawa M, Shimohata T. Nutritional status and changes in body weight in patients with multiple system atrophy. Eur Neurol. 2016 Nov 29;77(1-2):41-44. [Epub ahead of print]


レム睡眠行動障害と多系統萎縮症における告知

2016年11月20日 | 脊髄小脳変性症
病名を含めた「病気に関する真実の告知(Truth telling)」は,原則として患者さんの意思表示能力が保たれる場合に実施される.しかし神経内科領域では,認知症を合併する神経難病が少なからず存在するため,告知の可否の決定は容易ではない.身体機能だけではなく,意思表示能力が進行性に低下する神経難病患者さんの意思表示能力の評価はときに難しく,主治医として,いつどのように告知を行い,その後の治療・ケアの方針の決定をサポートすべきか悩むことが多い.

これまで神経難病における告知は,筋萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病を例として議論されることが多かったが,それ以外にも議論が必要な疾患が多数存在する.これまで検討があまりなされてこなかったレム睡眠行動障害と多系統萎縮症の臨床と告知について講演をする機会を得たので,その要旨を記載したい.

【レム睡眠行動障害(RBD)の告知】
RBDの告知は2段階で考える必要がある.つまり,(1)夜間の異常行動の診断,つまりRBDについての告知,(2)将来,高率にαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー正体型認知症,多系統萎縮症)を発症する(phenoconversionという)という真実の告知,である.Phenoconversionの頻度は,最大5年で35%,10年で76%,最終的に91%と高率であり,これを患者さんにいかに伝えるかで悩むことになる.以下,順に私見を述べたい.

1.将来の真実を告知(Truth telling)すべきか?
文献を渉猟した範囲では,告知を行うべきか,行うとすればいつ,どのように行うべきかについてコンセンサスはみつからなかった.しかし患者さんは,RBDの診断が意味することを「知る権利」を持つため,まったく伝えないことは選択肢になりにくいように思われる.医師が伝えなくてもインターネットなどで情報を得ることは十分考えられ,その場合,情報を伝えなかった医師に対する信頼は損なわれるだろう.また真実を伝えなかった医師も患者さんに対する後ろめたさを感じることになる.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
ひとつは,患者・家族が,発症頻度の高さに大きな衝撃を受けることが容易に想像がつくため,告知をできれば避けたいという心情である.もうひとつは,いつ,どの病型を,どの程度の確率で発症するか,正確な予測ができないため.告知しにくいということである.

3.告知する場合,いつ,どのようにすべきか?
伝える時期は,RBD症状が治療により抑制され,かつ相互の信頼(rapportラポール)が形成させた後が望ましいと思われる.また告知前には,家族から病前性格,つまり告知に耐えられるだけの精神的な強さをもつか,うつなどの精神疾患の合併がないかを探る必要がある.そして告知の内容としては,全員が発症する訳ではなく,多くは長時間を要すること,発症を遅らせる治療はまだ確立されていないが,パーキンソン病では種々の薬剤があることを伝える.そして,告知後も責任を持って定期診察を行い,精神面でもフォローアップを行うことを伝えることが大事だと考える.

【多系統萎縮症(MSA)の突然死リスクの告知】

MSAの告知においても,病名以外に,将来の突然死のリスクについての告知を検討する必要がある.以下,順に考察する.

1.いつ突然死のリスクを告知するか?

(1)非常に重い内容であるため,突然死の危険性が高くなる進行期まで,告知を避けたいという考え方と,(2)未告知の状態で,入院精査・加療中に突然死が起きるといった問題を避けるため,早期の段階で,具体的には初回入院時には告知を行うという考え方の両者がある.個人的にはあまりに早期の段階から,一律にリスクについて説明するのは患者さんに与える心理的ストレスが大きいと考え,突然死のリスクの高い症例(早期からの自律神経障害,重症・中枢性の睡眠呼吸障害)に対して告知を行なうことがより良いように考えているが,リスク予測が正確にはできないという問題もある.

2.医師の告知を妨げている要因は何か?
第一は苛酷な選択を強いる告知をできれば避けたいという心情である.人工呼吸器を装着すれば突然死は防止できる可能性は高くなるが(窒息や心臓死のため100%ではない),長期の人工呼吸器下の療養により認知機能障害が顕在化する可能性が高くなる.つまり,人工呼吸器を装着するか否かの判断は非常に難しく,苛酷な選択と言える.第二は患者さんの意思表示能力の低下である(前述の通り,意思表示能力を失った患者さんには告知は行われない).認知機能低下は必ずしも進行期に生じるものではなく,CPAP導入を検討する時期にはすでに約3分の1の頻度で生じること,認知機能障害にて発症する症例も存在することを認識する必要がある.さらに認知機能低下に加え,運動症状の増悪によっても意思の表示がしにくくなる.第三の要因は突然死リスク予測がまだ正確にできないということ(不確実性)である.欧米では突然死自体も検討されてこなかった.

3.どのように告知をするべきか?

分かりやすく説明することと,心理的配慮(思いやり,共感)をもって告知を行なうことは言うまでもない.病名のみではなく,病態,予後,治療法,医療チームの支援の関わり方,社会的サポート体制についても伝える.そして治療の自己決定(autonomy)をいかに支えるか?死の恐怖にいかに寄り添うべきかも考える.意思表示能力が不十分な場合もshared decision makingにより,残存能力を引き出す努力を惜しまないことが大切である.意思能力がないと判断した場合には代理判断となるが,これを避けるためにタイミングを逃さないことや,advanced directiveを検討することも大切である.

【まとめ】
以上より大切なことは,
1. 意思表示能力が保たれている状況での告知(タイミングを逃さない)
2. より正確な予後の予測を可能とするバイオマーカーの開発
3. 十分な心理的配慮と告知後の責任を持った対応

と考えられる.



多系統萎縮症における喘鳴,治療介入と予後 ―対症療法のエビデンスを確立することの大切さ―

2016年09月07日 | 脊髄小脳変性症
【論文の内容】
多系統萎縮症における睡眠中の喘鳴と,その治療としての持続的陽圧換気療法(CPAP)と気管切開術が予後に与える影響について検討した研究が,Neurology誌に報告された.イタリアからの報告で,1991年から2014年において,MSAと最終臨床診断された症例に対する後方視的研究である.喘鳴は終夜ポリソムノグラフィーにて確認し,発症から3年以内に出現した場合を早期発症喘鳴と定義した.カプランマイヤー曲線にて生存期間を評価し,その予測因子を,単変量ないし多変量解析にて検討した.

結果であるが,対象は136名,研究を行った際に113名が死亡していた.42名(31%)で喘鳴を認め,うち22名(16%)が早期発症であった.31名で治療介入が行われ,12名が気管切開術,19名がCPAPであった.生命予後に関しては,喘鳴の有無で差はなかった.しかし喘鳴を早期から認めた症例は,3年以降に出現した症例と比べ,予後不良であった(図左).治療介入群は,行わなかった群と比較して予後は良好であったものの,CPAPと気管切開術では(気管切開術で若干良い傾向はあるものの)有意差はなかった(図右).

以上より,発症から3年以内の喘鳴の出現は,生存期間の短縮を予見する因子であり,喘鳴をコントロールする治療は生存期間を延長することが示唆された.

【論文の解釈】
治療介入を行った症例数が31名と少ないこと,かつ後方視的研究である点は,論文の限界と言える.本研究は,気管切開術を行っても,CPAPと比較して,有意な生存期間の延長が得られないことを示しているが,これは私たちが報告したように,気管切開術を行っても突然死する症例が存在すること(J Neurol 2008),気管切開術だけでは中枢性呼吸障害は防止できず,却って中枢性呼吸障害が顕著となる症例が存在すること(Neurology 2008)が背景にあるものと思われる.よって生存期間の延長を目指す場合は人工呼吸器の装着を検討すべきという私たちの主張と矛盾しないように思われる(Parkinsonism Relat Disord 2016, review).ただしその場合,長期療養に伴う認知症発症リスクについての検討が必要である.

【本研究のもうひとつの意義】
本研究は,症例数の少ない後方視的研究であり,かつ私たちの経験からすると当然の結果のように思える.それでもなぜNeurology誌が採択したかといえば,臨床医が感じていたことを,エビデンスの形で示したためと思われる.つまり,対症療法も,エキスパート・オピニオンではなく,エビデンスを示していくことが重要であり,それができれば高く評価される意義深い研究になることを示していると言えるのではないか.最新号のNat Rev Neurol誌もご覧頂きたいが,筋萎縮性側索硬化症における対症療法の総説が掲載され,各対症療法のエビデンス,推奨度の現状を示している.ここでも対症療法に対するエビデンス構築の大切さが強調されている.

一般的に,対症療法の研究は,病態修飾療法を目指す基礎研究と比較して,ランクが下の研究のように思われがちである.しかしpatient-centered medicineの考え方に立てば,進行スピードの抑制を目指す病態修飾療法は,評価スケールによる評価で統計学的有意差があるとはいえ,対照と比較して実感できる効果が得られないことが神経変性疾患ではありうるだろう.これに対し,変性疾患に合併しうる痛みやうつ,疲労,不眠,終末期の呼吸困難,死への不安などの緩和を目指した対症療法は,多くの患者さんがその有り難みを実感するものである.後者は,臨床医しか行えない研究である.臨床医はエビデンスをいかに築きあげていくかというノウハウを学び,対症療法の質を上げていく必要がある.

Neurology 2016; 87, 1-9

多系統萎縮症(MSA)に対するチーム医療

2016年05月25日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学病院の診療チーム(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器・睡眠,循環器,摂食嚥下リハビリ)による「多系統萎縮症の突然死防止」に対する取り組みを,新潟日報紙が写真のように紹介してくださいました.多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の中で一番頻度の多い疾患ながら,さまざまな症状を呈するため神経内科医だけでは対処が難しく,複数領域のエキスパートの協力が不可欠になります.とくに耳鼻咽喉科医との薬物鎮静下喉頭内視鏡検査(DISE)はハードルが高い検査ですが,その情報量は極めて多く,最近,複数の医療機関から問い合わせをいただいております.詳しい検査法などの情報提供をいたしますので,神経内科,耳鼻咽喉科の先生は遠慮なくご連絡ください.

(連絡先)〒951-8585 新潟市中央区旭町通1-757 新潟大学脳研究所神経内科 下畑享良


多系統萎縮症における臨床倫理的問題に対するスタンス

2016年04月22日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学医歯学総合病院では複数の臨床診療科(神経内科,耳鼻咽喉科,呼吸器内科,摂食嚥下リハビリ,循環器内科)が協力して,本邦で一番多い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)の臨床研究に取り組んできた(Niigata MSA study).MSAにおける突然死メカニズムと予防法の解明を目指した研究である.今回,総括ともいうべき総説論文をParkisnonism and Related Disorders誌に掲載していただいた.2001年から15年かけて行ってきた研究であり感慨深い.

この研究は,私の盟友である耳鼻咽喉科医がその必要性を訴えて開始したものである.自身が担当したMSA患者さんが突然死されたことから,この研究が必要と考え,睡眠呼吸障害に詳しい呼吸器内科医と,詳しくはない神経内科医(私)に声がかかり始まった.それから15年間で多くのことが分かったが,大きく,以下の4点に要約できる.
1.突然死は,CPAPのみならず気管切開術でも防げず,これらの治療は場合によっては(floppy epiglottisや中枢性睡眠時無呼吸症候群症状を介して)症状の増悪を引き起こしうること.
2.突然死のメカニズムは少なくとも4つあり(中枢性呼吸調節障害,窒息,CPAPによる上気道閉塞,心臓自律神経障害),複数の診療科による集学的アプローチを要すること.
3.突然死の多くは人工呼吸器装着により防止できること.
4.MSAは認知機能障害を合併しうることから,告知や治療の自己決定という倫理的問題に直面すること.

今回,論文の査読者から4の倫理的問題を提起するだけではなく,見解を述べるよう求められた.以下が現時点での私どものスタンスである.
1.突然死リスクの告知は,患者さん・家族に大きな不安をもたらすことを重視し,画一的に伝えるのではなく,危険性が高い症例を中心に,年齢,経過,性格,教育レベルなどを考慮して,症例ごとに検討したうえで行うべきである.危険性については,自律神経障害や睡眠呼吸障害・上気道閉塞が高度な症例ほど高いと言われているが,さらなる危険因子の同定が必要である.
2.気管切開術や人工呼吸器装着といった治療の選択は,認知機能を正しく評価した上で,これまで明らかになっている知見を共有して行うことが望ましい.


MSA診療の難しさは,複数の診療科による集学的アプローチを要することと,臨床倫理的な問題への取り組みを要することである.いずれも難しい問題であるが,本論文の私どものアプローチをぜひご覧頂き,ご検討を頂きたい.図は私どもが提唱している突然死防止のアルゴリズムである.

Shimohata T et al. Mechanisms and prevention of sudden death in multiple system atrophy. Parkisnonism and Related Disorders (2016) 


脊髄小脳変性症と鑑別が必要な小脳型PSP(PSP-C)の初のケースシリーズ

2016年04月03日 | 脊髄小脳変性症
小脳性運動失調を主徴とし,病理学的に診断が確定した進行性核上性麻痺(PSP-C)の10症例の臨床・画像所見をまとめた初めてのケースシリーズがMov Disord雑誌に掲載された.新潟大学,愛知医大,および東名古屋病院等の共同研究である.以下,要点を示したい.

【臨床像】
1)男性に多い(男女比8:2)
2)発症年齢(平均)は67.2歳で,範囲は57~73歳,罹病期間は平均6.0年で,範囲は3年から11年とさまざま
3)初発症状は失調歩行だが,四肢失調で発症した1例が存在した
4)転倒や核上性垂直方向性眼球運動障害が発症2年以内に出現(それぞれ6名および3名)
5)口蓋,ないし眼球・口蓋・咽頭ミオクローヌス を合併しうる(2名)
6)多系統萎縮症のGilman分類を満たす自律神経症状を合併しない

【画像所見】
1)病初期に小脳や前頭葉の萎縮が目立たない
2)進行すると小脳全体が小型化し,橋小脳槽が拡大する
3)進行すると第4脳室拡大や上小脳脚萎縮,humming bird signを認める
4)Hot cross bun signを含め,脳幹,小脳に異常信号を認めない

【欧米の状況】
欧米では,病理学的に診断されたPSPのうち,発症2年以内に小脳性運動失調を認めた症例は1/249(0.4%),全経過でも13/261(5%)と極めて少ないことも明らかになった.

ウェブではPSP-C症例の動画(リンク)もあるのでぜひご覧頂きたい.

Shimohata T et al. Clinical and imaging findings of progressive supranuclear palsy with predominant cerebellar ataxia. Mov Disord. 2016 Mar 31. doi: 10.1002/mds.26618.



患者さんに突然死のリスクを伝えるか,伝えないか? ―てんかんに学ぶ―

2016年02月27日 | 脊髄小脳変性症
新潟大学では,多系統萎縮症(MSA)における突然死の問題に2001年より取り組み,その機序や予防について多くのことを明らかにしてきた.しかし最終的にたどり着いたのは臨床倫理的な問題であり,そのなかでも「いつ,どのように患者さんに突然死のリスクを伝えるか?」はとくに難しい問題である.患者さんの知る権利は尊重すべきものであるが,突然死に対する不安は,患者さんに大きなマイナスの影響を与えることは容易に想像がつく.この問題を議論するために,「てんかん患者に起きる予期せぬ突然死(Sudden unexpected death in eplepsy;SUDEP)」に対する病状説明の現状を理解することは役に立つ可能性がある.

まずSUDEPは,てんかん患者さんに起きた,死因を特定できない突然死を指す.発生率は1,000人・年当たり0.9~2.3件で,一般人口における突然死の20倍以上である.危険因子としては,全般性強直間代発作の発生頻度が高いことが重要で,そのほか,男性,若い発症年齢,長い罹病期間,抗てんかん薬の多剤療法が知られている.てんかんにおける突然死のリスクを,患者さんや家族は知りたがっているのか,また医師はどのように伝えるべきかという問題を検討した論文を3つみつけるけることができたのでご紹介したい.

(文献1)Brodie MJ, Holmes GL. Should all patients be told about sudden unexpected death in epilepsy (SUDEP)? Pros and Cons. Epilepsia 2008;49 (Suppl 9):99–101.
症例報告を元にした問題提起の論文.SUDEPの危険性は知らせるべきであるが,その危険性は症例ごとに異なること,かつ適切な治療介入が行われた場合,その頻度は極めて稀であることから,必ずしも全例に伝える必要はなく,とくに危険因子を有する患者さんを対象とすべきではないかという考えを2名の著者が議論している.とくに患者さんの年齢,病歴,教育レベル,性格を考慮して,個々の症例ごとに判断すべきと指摘している.

(文献2)Gayatri NA, Morrall MC, Jain V, et al. Parental and physician beliefs regarding the provision and content of written sudden unexpected death in epilepsy (SUDEP) information. Epilepsia. 2010;51(5):777-82.
SUDEPに関する情報提供について,小児神経内科医と両親にアンケートした論文.74%の医師は一部の症例にのみ情報提供を行い,その告知の及ぼす影響についてはよく分からない状況であった.逆に両親の91%は医師にSUDEPの情報提供を希望し,その情報は短期的・長期的にマイナスの影響を与えるものではなかった.対面による説明を行った後,説明資料を手渡すことが良いと述べている.

(文献3)RamachandranNair R, Jack SM, Strohm S. SUDEP: To discuss or not? Recommendations from bereaved relatives. Epilepsy Behav. 2016;56:20–25.
SUDEPで身内をなくした27名の遺族に対して行ったインタビューの結果から,突然死のリスクをどのように伝えるべきか議論した論文.遺族は,突然死の情報(頻度,危険因子,予防法)を患者本人に説明すべきという希望を持っていること,医師は突然死の危険性について,個々の症例の感情や認知機能を考慮のうえ,最適な時期と状況を選んで伝えるべきと述べている.

以上より,SUDEPでは,多くの患者さん・家族は突然死のリスクを知りたいと考えていること,医師はその危険因子や患者さんの状況を考えて,個々の症例ごとに適切に判断する必要があることが論じられている.MSAにおけるこのような調査は知る限りにおいてないが,おそらくあまり説明はなされていないのではないだろうか.個人的には,患者さんや家族が突然死の危険性をどの程度知りたいかを明らかにすること,個々の症例ごとに,突然死の危険性を判断し,最適な時期・方法で説明を行うことが必要であるように思う.MSAでの突然死は,自律神経症状が高度であることや,声帯開大不全が高度であることが報告されているが,突然死のリスクをより正確に予見する症候の同定も必要である.

多系統萎縮症の予後に影響を及ぼす症候と自律神経機能検査

2016年01月25日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)は運動症状(パーキンソニズム,小脳性運動失調)に加え,自律神経障害を認める神経変性疾患である.生命予後に対し,種々の臨床症候(病型,発症年齢,性別,初期の自律神経障害)が及ぼす影響については様々な報告が存在する.そのなかでも,自律神経障害が予後を予測する因子として重要であるとする報告が多い(新潟大学Tada et al. 2007など).

MSAの生命予後に影響を及ぼす因子を明らかにする目的で,米国Mayo Clinicにおける多数例での検討がBrain誌に報告されているのでご紹介したい.本研究は後方視的研究(1998年か ら2012年)であるものの,事前に定められた自律神経機能検査が全例に対し行なわた点で,非常に素晴らしい研究といえる.

症例は臨床診断がMSAである685名で,うち594名がGilman分類のprobable MSA,残り91名がpossible MSAである.病型としてはMSA-Pが多く,430名(63%)を占めていた.発症年齢はMSA-CがMSA-Pより有意に若かった(58.4歳VS 62.3歳;P < 0.001).発症から死亡までの期間(中央値)は7.51年(95%信頼区間7.18~7.78年)で,診断から死亡までは3.33年(2.92~3.59年)であった.初発症状は,運動症状(61%),自律神経障害(28%),両者の合併(11%)の順に多かった.

注目の生命予後に影響をおよぼす因子に関しては,病型は生存期間に影響しなかった(P = 0.232). 初発症状も影響しなかった.しかし,単変量解析の結果, 複数の自律神経障害や自律神経機能検査異常が予後不良を示唆することが分かった.さらに多変量解析にて確認したところ,以下の6項目が生命予後不良を示す因子と考えられた(ハザード比の大きい順に示す:図1).

1. 発症3年以内の転倒(ハザード比2.31,P < 0.0001)
2. 膀胱症状;定義は尿意切迫,頻尿,尿失禁である(ハザード比1.96,P < 0.0001)
3. 発症3年以内の尿道カテーテル留置(ハザード比1.67,P < 0.003)
4. 発症1年以内の起立性調節障害;定義は起立時のめまい感,視覚異常,吐き気,脱力,疲労,coat-hanger painである(ハザード比1.29,P < 0.014)
5. composite autonomic severity score(CASS*)で評価した自律神経機能障害の重症度(ハザード比1.07,P < 0.0023)
6. 高齢発症(ハザード比1.02,P = 0.001)

*ちなみにCASSは,発汗ドメイン(0-3),心臓迷走神経ドメイン(0-3),アドレナリン作動性ドメイン(0-4)の合計(0-10)で,点数が高いほど重症の自律神経機能障害を示している(Low RA et al. Mayo Clin Proc 68; 748-752, 1993).
興味深いことは2-5が自律神経障害に関係した項目であることである.1についての詳細な考察はないが,非常に興味深いものと言える.

本研究の限界としては後方視的研究であることがあげられる.近年,MSAの臨床診断は必ずしも容易でないという報告があるが,これに対しては36例で病理診断が行われ,全例がMSAであったという結果を持って,臨床診断に大きな問題はなかろうと述べている.

以上,本研究は,臨床症候によりMSAの生命予後を推定することが可能とした点で意義のある論文と考えられた.とくに自律神経機能検査は,MSAの診断や,自律神経障害に伴う症状に対する早期からの対応を可能にするだけではなく,生命予後を予測する因子としても重要であることが示された.

最後に2名の米国の神経内科医の写真を示す.左がGeorge Milton Shy(1919-67),右がGlenn Albert Drager(1917-67)である.論文に対する査読者のコメントのなかで,この二人が50年以上も前に,臨床病理学的に単一の疾患であると報告していることに触れている(Arch Neurol 2; 511-527, 1960).Gilman分類において,かつての線条体黒質変性症(SND),オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA),Shy-Drager症候群はMSA-PとMSA-Cのみに分類され,このShy-Drager症候群がなくなってしまったが,とくに本邦においてはSDSの分類をなくしてしまったことは好ましくないのではないかという議論があった.海外からも"MSA-A"として,自律神経障害を主徴とするMSAについて検討したケースシリーズも若干ながら報告されている.個人的にも,2007年のTadaらの報告以来,この病型を独立させたほうが良いように考えてきたが,その是非はここではこれ以上議論しないまでも,ハザード比や確認のしやすさから,<font color="blue">「発症3年以内の転倒」「膀胱症状」「発症3年以内の尿道カテーテル留置」「発症1年以内の起立性調節障害」の4項目については,今後,十分に確認すべきものと考えられた.



Clinical features and autonomic testing predict survival in multiple system atrophy. Brain. 138:3623-3631, 2015.