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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症の新しい鑑別診断「RFC1遺伝子関連疾患」とマオリ族の話

2020年10月19日 | 脊髄小脳変性症
Cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome(CANVAS)は両側の前庭機能障害,小脳性運動失調,感覚神経障害を主徴とする症候群である(Neurology 2011;76:1903-1910).その原因遺伝子として,RFC1 (replication factor C1)遺伝子のイントロンに両アレル性AAGGGリピート(ペンタヌクレオチドリピート)の異常伸長が報告されている(J Hum Genet. 2020;65:475-480).CANVASでは約92%の症例でこの遺伝子変異が認められる.ちなみに鑑別診断としては,遺伝性疾患としてフリードライヒ失調症,SCA3,SCA6,非遺伝性としてMSA-C,ウェルニッケ脳症などが挙げられる.このRFC1遺伝子に関して,興味深い論文が2つ報告されたで紹介したい.

【RFC1遺伝子関連疾患の1病型としてのMSA】
ひとつは中国からの論文で,RFC1遺伝子変異が,CANVASと症状の一部が類似する多発系萎縮症(MSA)に認められるかを検討した研究である.対象は中国人のsporadic adult-onset ataxia of unknown etiology(SAOA)患者104名,MSA患者282名,そして健常対照203名で,病原性のあるAAGGGリピートと他の5つのペンタヌクレオチドリピート(AAAAG11, AAAAGexp,AAAGGexp,AAGAGexp,AGAGGexp)をスクリーニングしている(11回が基準となるリピート回数で,expは400~2000回の伸長リピートを意味する).また神経学的診察,画像検査,電気生理,前庭機能検査を含む包括的な臨床評価を行っている.

結果として,SAOA患者1名とMSA患者3名に両アレリック性(AAGGG)expが確認された.リピート数は100~160であった.さらに,MSA患者1名には(AAGGG)exp/(AAAGG)expという遺伝子型も認められた.しかしこれは過去に晩発性小脳失調症(LOCA)や健常対象者でも報告されていることから病原性は不明と考えられた.

表現型の検討では,両アレリック(AAGGG)expを有するMSA患者は,血族婚は認めないものの家族内発症はなく,常染色体劣性遺伝形式として矛盾しないと考えられた.表現型はMSA-CとMSA-Pのいずれも呈しうることが分かった(probable MSA-Pが2名,possible MSA-Cが1名:後者ではレム睡眠行動異常症合併し,MRIではhot-cross bun signあり!).CANVASの診断基準を満たさなかった.しかしCANVASの3主徴の出現までには長期間(10年以上)要することから,今後,CANVASの症候を呈する可能性はある.病理学的検索ができた症例はなかった.いずれにしても(AAGGG)exp例とMSAの発症早期における鑑別は困難と考えられた.また (AAGGG)expの臨床表現型は,①CANVAS,②MSA,③SAOAとも言える.



以上より,MSAの診断において,今後,RFC1遺伝子のスクリーニングをすることが望ましい.またCANVASとMSAの診断基準の再検討は必要であろう.
Wan L,et al. Biallelic intronic AAGGG expansion of RFC1 is related to multiple system atrophy. Ann Neurol. Sep 16, 2020.(doi.org/10.1002/ana.25902)

【マオリ族における新たなRFC1遺伝子変異パターンと創始者効果】
もう一つは,Brain誌に報告されたニュージーランドのマオリ族(ラグビーのハカで有名)における報告である.ニュージーランドには29名のCANVAS症例が報告されていて,その一部16名はヨーロッパ由来である.残りの13名はマオリ族由来の症例である.



遺伝子解析の結果,全例,集団特異的な(AAAGG)10-25(AAGGG)expというこれまでにない変異パターンを認めた.ヨーロッパ由来の症例と比較して,明らかな表現型の違いはなかった.マウリ族に共通の疾患ハプロタイプが存在することは,この新規リピート伸長がこの集団での創始者効果があることを示唆する.また本報告ではCANVASがレム睡眠行動障害を呈しうることや,10歳未満でも発症しうることも記載されている.



A Māori specific RFC1 pathogenic repeat configuration in CANVAS, likely due to a founder allele.
Brain 143;2673–2680,2020(doi.org/10.1093/brain/awaa203)

COQ8A-ataxiaの臨床・画像所見と治療

2020年05月08日 | 脊髄小脳変性症
【COQ8A-ataxiaとは】
小脳失調症の多くはいまだ治療困難であるが,さまざまな病態が含まれるため,治療可能な症例を見逃さないことが重要である.当科で取り組んでいる自己免疫性小脳失調症に対しては免疫療法が有効である可能性があるし,常染色体劣性遺伝性であれば原因遺伝子産物の補充により改善する可能性がある.後者の例としてCOQ8A-ataxiaを紹介したい.

これは上述の通り,常染色体劣性遺伝性運動失調症(ARCA)のひとつで,ミトコンドリア呼吸鎖に必要な補酵素Q10(COQ10)欠乏を呈する.これまでARCA2と呼ばれてきた.原因遺伝子はかつてCABC1ないしADCK3遺伝子と呼ばれていたが,これらは(COQ 10合成に必要な)酵母Coq8ホモログをコードするため,近年,COQ8A遺伝子と呼ばれている.ちなみにCOQのあとの数字はイソプレン側鎖の数を表している(図).まれな疾患で全体像が分かりにくかったが,今回,国際研究にてARCA2すなわちCOQ8A-ataxiaの多数例での検討が報告された.治療可能な症例を見逃さないためにも,臨床像と治療についてまとめておきたい.



【遺伝子変異と症候】
症例はドイツ,イタリア,フランス,英国,米国等から集積された59症例.方法は遺伝子型と表現型の関連,臨床像,頭部MRI所見,進行速度,およびCoQ10補充による進行抑制効果を検討している.
まず遺伝子変異は18の新規変異を含む44種類の病的変異が同定された.遺伝子変異にホットスポットはなく,さまざまな機能領域に認められた.ミスセンス変異は蛋白の構造にさまざまな影響を与えるものと予測された.
臨床像としては種々の系統におよぶさまざまな症候を呈した.発症は小脳失調症で,10歳未満にピークがあった(図).小脳失調症のみの症例も25%に認めるため,常染色体劣性のpure cerebellar ataxiaでは鑑別に加える必要がある.そのほか,認知機能障害(49%),てんかん(32%),運動不耐(25%)を呈した.認知機能については精神発達遅延とした既報もあったが,進行性であり,認知症と考えられた.Hyperkineticな運動異常症も認められ,多い順に,ミオクローヌス(28%),ジストニア(28%),頭部の振戦,姿勢時・運動時振戦を認めた.ミトコンドリア脳筋症を思わせる症候として,ミオパチー,脳卒中様発作,難聴,糖尿病も認められた.



小脳失調症に加えて他の系統の症候,特にてんかんとミオクローヌスを呈する症例は,両対立遺伝子の機能喪失型変異例(biallelic loss of function variant)よりミスセンス変異例において頻度が高かった(82-93%対53%, P= 0.029).ミスセンス変異によるgain of functionないしdominant negative(異型の遺伝子産物の働きが優性になること)の機序が関与しているものと考えられた.

しかし明らかな遺伝子型と表現型の関連は認められなかった.また同じ遺伝子変異であっても異なる表現型を呈することもあった.おそらくミトコンドリアのヘテロプラスミーが関連する可能性や,COQ8遺伝子に対する修飾因子がシス・トランスに作用する可能性が考えられた.

【頭部MRI所見】
頭部MRI所見では,小脳萎縮を全例で認めた.小脳虫部に限局しうるため,発症から長期経過していない若年例では見逃しうる.また大脳萎縮(頭頂葉と前頭葉~島回)や歯状核・橋背側のT2高信号をいずれも28%の頻度で認めた.この歯状核・橋背側のT2高信号は本疾患では指摘されていなかったが,同様の所見が同じnuclear-encoded mitochondrial recessive ataxia(核にコードされたミトコンドリア蛋白の異常により生じる劣性遺伝性失調症SPG7:プレガバリン遺伝子変異)でも報告されており,興味深い.脳梗塞様の異常信号も11%に認めた(図).



【進行速度と治療効果】
横断的解析を34名(図)で,縦断的解析を7名で行うことができ,進行速度はSARAによる小脳性運動失調の評価で,年0.45のスピードと緩徐であった.ちなみにフリードライヒ失調症は年0.8,ARSACSは年2.6と報告されている.



CoQ10ないしその誘導体であるイデベノンの補充により,進行の停止ないし改善ができることが示された.カルテなど臨床情報上では14/30例で改善が認められ,SARAによる定量的評価では8/11例に改善が認められた(年-0.81の抑制).また補充の中止により改善していた症状が再度悪化する「治療のON-OFF効果」が確認された症例もあった.
最後に治療介入により50%の進行抑制を示すためには,サンプルサイズが1群48名以上必要と考えられた.



【終わりに】
渉猟した範囲では本邦例の報告を見いだせなかったが,若年性小脳失調症では鑑別診断に加え,血清ないし血漿のCoQ10を測定し,treatableな疾患を見逃さないことが重要であろう.COQ10の低下する若年性小脳失調症ではカルシウム依存性クロライドチャネルであるanoctamin-10をコードするANO10の遺伝子変異により生じるSCAR10(autosomal recessive spinocerebellar ataxia-10)が存在する.臨床像も似ているが,発症年齢の平均が30歳代であることと痙性失調を呈する点は鑑別の参考になるかもしれない.

Traschütz A, et al. Clinico‐genetic, imaging and molecular delineation of COQ8A‐ataxia: a multicenter study of 59 patients. Ann Neurol. April 26, 2020
Kawamukai M. Biosynthesis of coenzyme Q in eukaryotes. Biosci Biotech Biochem 80:1-11, 2015

西城秀樹さんと多系統萎縮症

2019年11月27日 | 脊髄小脳変性症
敬愛する先輩脳神経内科医から読むように勧められた本がある.「蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)」だ.2018年5月,63歳という早すぎる人生の幕を下ろした西城秀樹さんの妻,美紀さんが語った18年にも及ぶ壮絶な闘病,そして最後までステージをあきらめなかった西城秀樹さんの様子を記した本であった.読むように勧められた理由は,私が多系統萎縮症の臨床,とくに突然死の問題を専門としてきたためだ.

この本には「18年間,一切,表に出ないよう守られてきたこと」がたくさん書かれていた.結婚前より糖尿病を患い,インスリン治療をしていたこと,ヘビースモーカーであった上,サウナ入浴による脱水で脳梗塞を来したこと,脳梗塞の入院を実は8度も繰り返していたこと,そして何より驚いたことは,亡くなる4年ほど前から多系統萎縮症を罹患し,最終的に心拍停止の状況で発見され,蘇生したものの脳死状態となり,3週間ほど経て亡くなられたことである.つまり多系統萎縮症に伴う突然死が死因だった.私達は多系統萎縮症の突然死のメカニズムとして,中枢性呼吸障害や窒息(食物の逆流性誤嚥やCPAPによる喉頭蓋の押し込み),心臓自律神経障害などがあることを示したが(総説:Parkinsonism Relat Disord 2016;30:1-6),そのいずれが原因であったかは文章を読んだだけでは分からなかった.

この本は西城秀樹さんの死の真相を公にすることが目的ではなく,脳梗塞や多系統萎縮症という神経難病を世の中に知っていただき,「今も病気で戦ったり,リハビリを続けていらっしゃる方とそのご家族に,少しでも参考になることを伝えたい」という美紀さんの意図がある(このため主治医である鈴木則宏湘南慶育病院院長による脳梗塞や多系統萎縮症についての解説がある).とくに多系統萎縮症は,テレビやマスコミで取り上げられ注目されてきた筋萎縮性側索硬化症(ALS)より患者数が多いにも関わらず,世間の認知度は低く,かつ臨床倫理的問題が山積しているにも関わらず,ほとんど議論がなされてこなかった疾患である.この書籍がきっかけになり,多系統萎縮症への関心が高まり,多くの人からの理解や支援が得られ,治療,緩和ケアの取り組みがより向上することにつながれば本書の意義はより大きなものとなる.

子供の頃からファンであった西城秀樹さんが,幾度もの病魔に襲われる様子は,読んでいて辛かったが,その一方でほっとする場面もたくさんあった.意外な形で設定されたお見合いから始まった2人の爽やかな交際や,大スターの常人から少しずれた微笑ましい生活,47歳で子供を授かってからの秀樹さんの子煩悩ぶりなど,とても楽しかった.冒頭のページにある家族のアルバムや家族同士の手紙のやり取りも素敵だった.ただ1番印象的であったのは,病と闘いながらも,ステージに立ち続け,それが叶わなくなった後も,再び1人でステージに立つことを目標に,懸命にリハビリに励んだ秀樹さんの姿であろう.決して引退は口にしなかった.最後まで西城秀樹はスターだったのだ.

蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)







多系統萎縮症における閉塞型睡眠時無呼吸の重症度は呼吸の不安定性により決定される

2018年11月10日 | 脊髄小脳変性症
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の重症度は,肥満,もしくは小顎症のような顔の骨格により影響を受ける.これらが存在すると上気道が狭窄・閉塞しやすくなるためである.しかし経験的に多系統萎縮症(MSA)においてはこの知見は当てはまらないことが分かっていた.つまりMSAでは肥満を認めなくても高頻度に閉塞型SASを認めるのだ.

理論的,実験的に,閉塞型SASの重症度には4つの因子が関与することが知られている.(1)解剖学的な上気道のつぶれやすさ,(2)上気道の開大筋反応,(3)呼吸の不安定さ,(4)覚醒のしやすさである.最も重要な因子は(1)解剖学的な上気道のつぶれやすさであり,肥満はこの状態を引き起こす.MSAが肥満による影響を受けないとしたら,当然,(1)以外の因子が関与しているということになる.ではMSAのSASはどの因子に影響を受けるのか?この問題はMSA研究者にとっては大きな謎であった.東京医大の中山秀章先生と私どものグループはこの問題に取り組み,「近似エントロピー(approximate entropy;ApEn)」という概念を導入し,(3)の「呼吸の不安定性」がMSAの閉塞型SASの重症度を決定していることを初めて明らかにした.

研究の仮説として,MSAの一部の症例では,中枢型SASやCheyne-Stokes呼吸,CPAP開始後に中枢性SASが顕在化するcomplex SASを呈することから,中枢性呼吸調節障害に基づく呼吸の不安定性が存在し,その程度が閉塞型SASの重症度を決定していると考えた.そして本研究では,呼吸の不安定性の指標として「近似エントロピー(ApEn)」を用いた.ApEnは小さいほど規則性が高く,大きいほど低い(不安定である).具体的には(筋電図をもとにアーチファクトが存在しない)就寝前の胸壁運動をプレチスモグラフで記録し,ApEnを算出した.図1の患者AとBを比較すると,一見して,患者Bの呼吸が不安定な印象を持たれると思うが,実際にApEnは患者Aで0.74,患者Bで1.56と,患者Bで高値となっている.ちなみに呼吸の不安定性は,脳梗塞,心不全,オピオイド使用などで報告されている.


対象はMSA群20名(罹病期間3.3±2.0年),対照群20名.終夜ポリソムノグラフィを行い,無呼吸低呼吸指数(AHI)を算出した.ApEnに加え,BMIや罹病期間,MSAの重症度,そのほかのPSG所見を集積し,相関を検討した.この結果,分かったことは以下の2点である.
(1)MSA群は対照群と比較して,呼吸の不安定性が有意に高い(ApEn 1.28 vs 1.11, P<0.05)
(2)多変量解析の結果,MSAではAHIにApEnが相関するが,BMIは相関しない.逆に対照群ではAHIにBMIが相関するが,ApEnは相関しない(図2).
つまりMSAの閉塞型SASでは呼吸の不安定性が重要で,対照群では体重が重要な影響因子であることがわかる.一方,ApEnと疾患重症度,罹病期間には相関は認めなかった.


結論としてMSAでは就眠前にも呼吸の不安定性が認められ,閉塞型SASの重症度を決定していることが初めて明らかになった.

J Clin Sleep Med. 2018;14:1661-1667.


抗mGluR1抗体の測定は純粋小脳失調症の診断において今後必要である!

2018年04月18日 | 脊髄小脳変性症
【mGluR1の機能と疾患との関連】
代謝型グルタミン酸受容体1型(metabotropic glutamate receptor type 1;mGluR1)は,主に小脳プルキンエ細胞に分布し,運動学習に関わる重要な蛋白として知られている.具体的には興奮性,可塑性,生存に関与している.また脊髄小脳変性症の病因にもなることが知られている.その遺伝子変異は,常染色体劣性遺伝性の先天性小脳性運動失調症の原因となる.さらにこの受容体に対する自己抗体,すなわち抗mGluR1抗体が陽性となる自己免疫性小脳性運動失調症の論文が海外から5つ報告されている.しかし本邦における報告はなく,かつ世界的に見ても長期経過や治療反応性についての報告はなく不明であった.今回,岐阜大学の吉倉延亮,木村暁夫らがこの問題に取り組み,重要な知見を得たのでご紹介したい.

【症例 ―診断―】
51歳女性,初発症状は歩行障害,構音障害で,約2ヶ月間の経過で進行した.画像上,小脳萎縮は目立たなかった.純粋な小脳性運動失調を呈し,亜急性の経過であったため,傍腫瘍性小脳変性症を含む自己免疫性小脳性運動失調症を念頭において自己抗体の検索を行なった.商業ベースで測定可能な既知の自己抗体(HuD,Yo,Riなど)がすべて陰性であったため,抗mGluR1抗体に対するcell-based assay法による測定系を岡崎生理研との共同研究のもと確立し,患者血清および髄液中の抗mGluR1抗体の検出に成功した.具体的にはCOS7細胞にmGluR1を一過性発現する系において,患者血清を用いた免疫染色を行なった(患者では図Aの赤い部分のように染色された.図Bは健常対照).さらにラット脳切片を,患者髄液を用いて免疫染色したところ小脳の分子層が染色された(分子層の深層にはプルキンエ細胞が並び,その樹状突起は分子層に存在する).非常に美しい画像であるが,第一著者の吉倉延亮先生は「自分で行った免疫細胞染色,組織染色の画像を見たときには感動した.このような感動はモチベーションの維持に重要だと思った」と話している.


【症例 ―長期経過と治療反応性―】
本例は現在も経過観察中であるが,発症後5年間にわたり,SARAスコア等を用いた長期経過観察を行ない,客観的な評価ができた点において従来の報告と大きく異なっている.上述のとおり,発症時では小脳萎縮は目立たなかったが,5年後には小脳萎縮は顕在化し,SPECTでは小脳血流の低下も認められた.

症状の増悪と免疫療法による改善を繰り返し,計4回の入院治療が行われた.具体的にはステロイドパルス療法,血漿交換,タクロリムス,アザチオプリン、IVIG,リツキシマブが行われた.とくにIVIGは小脳性運動失調に対して,小脳萎縮が明らかになったあとでも,速やかな改善効果を示した.


【本例が示す3つの重要なポイント】
① 純粋小脳失調症において抗mGluR1抗体陽性例が存在する!
純粋小脳失調症の本邦例でも,抗mGluR1抗体陽性例が存在することを確認した.本例は病初期から神経内科医による評価が行われたため亜急性の経過が確認されたが,病初期に神経内科医による評価が行われなかった場合には自己免疫性小脳性運動失調症が疑われない可能性がある.疑ったとしても,これまで抗体のアッセイ系が本邦においては確立していなかったため、未診断で経過観察されているものと考えられる.本疾患の未診断例が国内に相当数存在する可能性がある.

② 本疾患は治療可能である! 
本例は免疫療法が有効であることを明確に示した.とくに強調したいのは小脳萎縮・血流低下が見られた進行期においても,IVIgが速やかな効果を示した点である.前述のようにmGluR1は小脳において興奮性,可塑性,生存に関与する.よってこの抗体は短期間では機能障害,長期間では神経変性(プルキンエ細胞の脱落)に関わるものと予想される.神経変性が進んだ進行期においても,機能障害を呈するプルキンエ細胞が存在する可能性を考えて,治療介入を試みる必要がある.

③ 抗体は長期に産生される!
免疫療法を行なっているにも関わらず,発症67ヶ月後においても抗体が持続的に産生されていた.このことは十分な経過観察が必要であること,慢性期においても十分な治療を要することを示すものである.

【結論】
今後,純粋小脳失調症,つまり原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)の基準を満たす症例において,抗mGluR1抗体を測定することは治療につながるという意味で重要になる.脊髄小脳変性症に対する治療は有効なものがなく歯がゆい思いをしてきたが,まずは治療可能な症例をきちんと見出すことが大切である.

【検査依頼について】
純粋小脳失調症やSAOAと考えられる症例の自己抗体の検索を当科ではお引き受け致します.お問い合わせは当科吉倉延亮医師までお願い致します.

Yoshikura N, Kimura A, Fukata M, Yokoi N, Harada N, Hayashi Y, Inuzuka T, Shimohata T.Long-term clinical follow-up of a patient with non-paraneoplastic cerebellar ataxia associated with anti-mGluR1 autoantibodies. J Neuroimmunol 319; 63-67, 2018

多系統萎縮症における認知機能障害を予見する因子

2018年03月22日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)では,従来は合併しないと考えられてきた認知症を呈しうる.とくに前頭葉機能障害をしばしば合併し,病期の進行とともに前頭・側頭葉を中心とする大脳萎縮も明らかになってくる.人工呼吸器を装着した症例では顕著な萎縮を認める.前頭側頭型認知症の病型を示す症例や,初発症状として認知症を呈する症例も報告されている.しかしながら,MSAにおける認知機能の低下を予見する因子についてはよく分かっていなかった.このため私たちは,前方視的な検討を行ない,認知機能および前頭葉機能に影響を及ぼす因子について検討を行なった.

対象はGilman分類のprobable MSAの診断基準を満たす連続59症例とした.追跡開始の時点で,認知機能障害を呈する症例は除外した.ミニメンタルステート検査(MMSE),前頭葉機能検査(FAB)の得点と相関する臨床所見,頭部MRI所見(Fazekas分類)を,線形回帰分析,ANOVAを用いて解析した.

さて結果であるが,対象の発症年齢は60 ± 9.0 歳(42–80歳),罹病期間は50 ± 31ヶ月(11–160ヶ月)であった.病型は46例(78%)がMSA-Cであった.MMSE, FAB, 疾患重症度(UMSARSのパート1,2,4)の平均値ないし中央値は,順に26 ± 3.2, 14 ± 2.7, 22 ± 9.1, 23 ± 9.8, 3(2–4)であった.心拍CVRRおよび残尿量は1.70 ± 0.88%および184 ± 161 mlであった.

次に関心事であるMMSEに相関する因子の検討を行った.MMSEは罹病期間(p = 0.03),UMSARSパート1(p = 0.02),パート4(p = 0.04),残尿量(p = 0.002)と負の相関を,CVRR(p = 0.01)と正の相関を示した.一方,FABはUMSARSパート2(p = 0.003), 側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードと負の相関を示した(p = 0.02および0.01).

MMSEは罹病期間が長くなると低下したが,FABでは罹病期間との相関は認めなかった.またMMSEでは,罹病期間の影響を超えて,顕著な低下(認知障害)を認める一群が存在することが分かった.このためMMSEの罹病期間に関する回帰直線の68%予測区間を下回る症例(図のオレンジの部分)を急速認知機能低下群(RCI群)と定義した.RCI群と非RCI群の臨床所見,MRI所見をロジスティック回帰分析で比較した.

単純ロジスティック回帰分析の結果,RCI群の予測因子はMSA-Pであること(p = 0.03),UMSARSパート1高得点(p = 0.03),パート4高得点(p = 0.03),残尿量高値(p = 0.006)であった.これら4因子を説明変数とするステップワイズ多重ロジスティック回帰分析を行なうと,残尿量のみが有意な予測因子となった(p = 0.04).

以上の結果から,まずMMSEとFAB低下の予測因子は異なることが分かった.また注目すべき点として,以下の2点が挙げられた.
1)大脳白質のMRI信号変化は前頭葉機能障害を予見する
前頭葉機能は,MSAの運動機能(UMSARSパート2)に加え,側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードが関与している可能性が示唆された.後者に関連して,MSAでは頭部MRIや剖検の評価にて,大脳白質変性を呈した症例が複数報告されている.MSAにおける前頭葉機能障害に大脳白質が重要である可能性が示唆された(ただし今回の検討では大脳皮質の評価は行なっていない).

2)残尿量は罹病期間に比して高度の認知機能低下を予見する
自律神経障害の重篤な症例のなかに,認知機能が罹病期間による影響を超えて高度に低下する症例が存在することを示唆している.この機序は不明であるが,自律神経障害を早期から認める症例は予後が不良であるばかりでなく,認知機能も不良となる可能性がある.

以上の結果は,まだよく明らかにされていないMSAの認知機能障害の機序にヒントを与えるものと考えられる.今後,より多数例を対象として,MMSEやFAB以外の認知機能評価の指標を含めた検討が望まれる.

Hatakeyama M et al. Predictors of cognitive impairment in multiple system atrophy. J Neurol Sci 2018 (online) DOI: https://doi.org/10.1016/j.jns.2018.03.017







ノーベル化学賞から見たポリグルタミン凝集体

2018年01月23日 | 脊髄小脳変性症
【ポリグルタミン凝集体と私】
私が初めて取り組んだ研究は,ハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症の病因蛋白に含まれる「伸長ポリグルタミン鎖」が細胞に与える影響を明らかにすることであった.培養細胞であるCOS細胞やHeLa細胞にトランスフェクション法により一過性に病因遺伝子の導入を行い,伸長ポリグルタミン鎖が核の近傍に塊,すなわち凝集体を作る様子を毎日毎日,蛍光顕微鏡で観察した(図A).先輩医師と取り組んだこの研究は,凝集体の形成におけるトランスグルタミナーゼの関与と,治療としてその阻害剤が有用である可能性を示し注目された(Nat Genet 1998).その後,私はこの凝集体の意義を寝ても覚めても(笑)考え続けて,①ポリグルタミン鎖は細胞骨格の微小管に沿って輸送され,微小管形成中心という核近傍の構造物内に集められること(Neurosci Lett 2002;図B-D),②神経細胞の生存に必要なCREB転写に必要な転写コファクターTAF130は伸長ポリグルタミン鎖と結合し,凝集体内にトラップされ,CREB転写が機能しなくなることを明らかにした(Nat Genet 2000).ちなみに図Aの矢印はGFPタグ付きで緑色に光る,伸長ポリグルタミン鎖が形成する核近傍の凝集体,図Bは微小管形成中心を示すマーカーであるγチュブリンの局在,図Cは細胞骨格ビメンチン,図Dはβチュブリンとの関係を示している.

現在,伸長ポリグルタミン鎖の毒性はオリゴマーにあると考えられ,凝集体形成は細胞が毒性を軽減するための保護機構であると考えられている.また伸長ポリグルタミン鎖はin vitroではfibril (線維を構成している微小な組織単位)を形成することが報告されているが,細胞内ではどうななのか明らかにすることは技術的に困難であった.

【ノーベル化学賞,クライオ電子顕微鏡の登場】
クライオ電子顕微鏡(Cryo-Electron Microscopy)は,構造生物学者が原子レベルの分解能で構造解析を行なうための手法である.2017年,開発に関わった3人の研究者がノーベル化学賞を授与されたことは記憶に新しい.これまで原子レベルで生体分子の構造解析を行なう方法は,X線結晶構造解析と核磁気共鳴のみであったが,第3の構造解析法として注目されている.「クライオ」は「低温・冷凍」の意味の接頭語であるが,水が氷になれないほどのスピードで,極低温により急速凍結し,「ガラス質(アモルファス)の氷」で凍結水和した試料を観察することにより,試料の超微細構造を損なわずに元の状態のまま観察することができる.このため従来困難であった巨大なタンパク質や複合体が解析できる.

【クライオ電子顕微鏡から見たポリグルタミン凝集体】
ドイツを代表するMax Planck研究所の研究者らは,ハンチントン病の病因タンパク質ハンチンチン(Htt)をコードする遺伝子のうち,伸長CAGリピート(97リピート)を含み,GFPタグが付いたハンチンチンエクソン1(Htt97Q-GFP exon1)をマウス初代培養神経細胞に強制発現させた.図Eは前者に発現させたものであるが,私が塊として見ていた凝集体は,青色で示したアミロイド様のfibrilが放射状に伸びた構造物であったことが分かる.その周囲にある緑色の構造物はリボソームで,赤が小胞体膜,金色がミトコンドリアである.小さな四角を拡大したものが図Dで,小胞体の膜がfibrilによって串刺しにされ,形態が歪められていることが分かる.一方,核内にも凝集体ができるが,核膜には異常な形態変化はなかった.さらにHeLA細胞にて同様の実験を行い,やはり小胞体膜の形態に障害が生じていることを確認している.さらに凝集体周囲の小胞体膜動態が著明に抑制されていることを確認している(図G).これらの結果は細胞保護的に作用すると考えられてきた凝集体が,小胞体の膜障害を介して,細胞毒性をもつ可能性を示唆している.

【研究の限界】
私が昔から観察してきたものの正体を見ることができ,しかも非常に美しい画像の連続で,感激しながら論文を読んだ.しかし,本研究のポリグルタミン病の病態解明に対する貢献は乏しいように思う.①全長ハンチンチンではなく,エクソン1のみという人為的な蛋白での検討であること,②過剰発現の実験系であること,③小胞体ダイナミクスを含む多くの実験が非神経細胞を用いていること,があげられる.結果の解釈についても,凝集体による小胞体膜の障害を介した毒性を示したものの,細胞保護的な効果が否定されたわけではない.恐らく凝集体はその両面を併せ持つのだろう.

Bäuerlein FJB, et al. In Situ Architecture and Cellular Interactions of PolyQ Inclusions. Cell. 2017 Sep 21;171(1):179-187.e10.


注目の孤発性脊髄小脳変性症の新分類SAOAの特徴

2017年08月14日 | 脊髄小脳変性症
成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の代表はMSA-Cであるが,もう一つは近年,SAOA(Sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology)と呼ばれるようになった分類で,この概念の背景については,過去に当ブログにおいてご紹介した.
孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

自律神経障害を認めない点でMSA-Cと鑑別
されるが,一部のSAOA症例は,その経過中にMSA-Cに表現型が変化しうる(phenoconversion).しかしSAOAの臨床像や重症度,遺伝子変異の関与についてはほとんど不明であった.これを解明するために,ヨーロッパにて成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の患者レジストリーであるSPORTAXが結成され,その結果が報告されたのでご紹介したい.

対象は進行性失調症,40歳以降の発症,家族内類症や血族結婚なし,後天的な失調の原因なし,という4項目を満たす症例とした.重症度はSARAで検討し,遺伝子診断は脊髄小脳変性症特異的遺伝子スクリーニングパネルと次世代シークエンサーを用いた.上述の通り,SAOAの一部はMSA-Cにphenoconversionすることから10年間以上,表現型に変化がなかった症例をSAOAと定義した.

さて結果であるが,249名が対象となった.83名がMSA-C probableのGilman分類の診断基準を登録時に満たし,さらに経過観察中に12名が診断基準を満たした(計95名).小脳失調の重症度(SARA高値)を決定する因子は,多変量解析にて,MSA-Cの診断基準を満たすこと,および罹病期間が長いことであった.一方,SAOAと診断されたのは48名であった.MSA-Cと比較してこれらの症例は,小脳失調の重症度が低く(SARA:13.6±6.0 vs 16.0±5.8,P=0.0200),年間の進行速度も遅かった(SARA:1.1±2.3 vs 3.3±3.2,P=0.0013).臨床像に関しては,MSA-CはSAOAと比較して,筋強剛,排尿障害,腱反射亢進が有意に多かった.

遺伝子診断を行った194名中11名(6%)に病因と考えられる遺伝子変異を認めた.具体的には確定的な遺伝子変異は劣性がATM 1名,SPG7 2名,優性がCACNA1A 2名,TRPC3/SCA41 1名,ほぼ確実な遺伝子変異は劣性がADCK3 1名,POLG 1名,SNX14 1名,優性がCACNA1A 1名,OPA1 1名であった.またATM,POLG,CACNA1A遺伝子変異を持つ症例はMSA-C probableの診断基準を満たした.

以上の結果より,SAOAに関して以下の点がわかった.
1)SAOAはMSA-Cと比較して,小脳性運動失調は軽度で,かつその進行も遅い.
2)劣性遺伝および優性遺伝を呈する複数の脊髄小脳変性症の遺伝子が,SAOAの原因になりうる.

3)MSA-Cの原因遺伝子として報告されているCOQ2の変異は認めなかったが,これと異なる3つの遺伝子変異が認められた.しかし,MSAの診断を病理的に確認していないため,これらの遺伝子がMSAを引き起こすとは言えない.むしろphenocopy(表現型模写:通常と異なる表現型が出現)の可能性がある.

さらに本論文は以下の意味でも重要であろう.
1)SAOAの一部がMSAである,もしくは遺伝子変異を持つことがわかったが,残りの症例の病態がまだ不明である(図).変性疾患だけではなく,おそらく治療可能な免疫性,炎症性,代謝性失調等さまざまな疾患が含まれているものと予想される.
2)MSA-Cの病態修飾療法を行う際に,MSA mimicsを除外する必要があるが,SAOAはPSP-Cなどとともに鑑別に挙がる.最後に個人的に使用しているMSAの鑑別診断のリストを提示する(表).厳密にmimicsを否定することはなかなか難しいことが分かるだろう.

Giordano I, et al. Clinical and genetic characteristics of sporadic adult-onset degenerative ataxia. Neurology. 2017 Aug 9. pii: 10.1212/WNL.0000000000004311.


純粋自律神経不全症は,多系統萎縮症,パーキンソン病の病態抑止療法のターゲットである!

2017年04月19日 | 脊髄小脳変性症
純粋自律神経不全性(pure autonomic failure; PAF)は,多系統萎縮症(MSA),パーキンソン病/レビー小体型認知症(PD/DLB)を発症(conversion)しうることが知られている.もしPAFの段階で,このconversionを予測できれば,MSAやPD/DLBのごく早期(premotor phase)での診断が可能になり,病態抑止療法の実現につながるかもしれない.今回,米国Mayo Clinicが,2001年から2011年にかけての後方視的研究の結果,PAF症例のうち,いつ,どの程度,どの疾患にconversionするかを検討した論文を報告した.

対象は,起立性低血圧(30/15 mmHg以上の低下)を認め,末梢神経障害やAdie緊張性瞳孔等の合併,免疫療法への反応,中枢神経変性の合併,傍腫瘍症候群やシェーグレン症候群を示唆する抗体陽性などを除外したpossible PAF症例とし,最終解析は3年間以上経過観察できた症例に限定した.自律神経機能の評価は膀胱機能,睡眠(レム睡眠行動障害,睡眠時無呼吸)のほか,著者のLow PAが1993年に開発した総合的自律神経機能評価法Composite Autonomic Severity Score(CASS;自律神経機能検査第4版に詳しい)や温度発汗試験(Thermoregulatory sweat test; TST)を行った.ちなみにCASSは,大別するとValsalva法を用いた血圧変化,定量的軸索反射性発刊試験(QSART),呼吸性心拍変動検査,起立試験の4つを行う.検査の40%をadrenergic 機能,30%ずつを末梢性発汗(sudomotor)機能,cardiovagal機能に配分できる.またパーキンソニズムとも小脳症状とも判断のつかない軽微な運動徴候(歩行障害や振戦など)の有無も確認した.

さて結果であるが,318名がpossible PAFの基準を満たし,経過観察が3年未満のケースや軽微な運動徴候に関する記載がないものを除外すると79名が最終解析された(図).このうち,41名が症状のconversionがないstable PAFであったが,37名はconversionし,内訳はMSAが22名(59%)と最も多く,PD/DLBは11名(30%),4名は明らかな運動徴候を呈したものの両者の診断基準を満たさなかった.MSAへのconversionは中央値2.4年(四分位範囲1.9-3.3年)に生じ,大半がPAFの発症3年以内であった.一方,PD/DLBは中央値3.9年(4.2-8.4)でより長かった.Conversion率は,possible PAFを分母にすると12%(37/318名),3年以上経過したPAFを分母にすると47%(37/79名)になる.以上より, MSAがPD/DLBの2倍の頻度であったが,conversionまでの期間の長短が影響している可能性もある.

つぎにMSAへのconversionの危険因子の検討が行われた.MSA群とstable PAF群が,PAFと診断された時期の臨床像を比較すると,MSA群では重度膀胱障害が多く,総CASSスコア低値,cardiovagal CASSスコア低値,発汗異常の中枢・交感神経節前パターン,坐位および起立時のノルエピネフリン値高値という特徴が見られた.軽微な運動徴候もMSA群で多かった(32% vs. 12%).

一方,PD/DLB群はstable PAF群と比較して,総CASS スコア低値,adrenergic CASSスコア低値,末梢性発汗機能スコア低値,起立時のノルエピネフリン高値,高齢を認め,MSAとは異なっていた.軽微な運動徴候も多かった.

以上より,2つの疾患ではconversionの危険因子が異なるため,両者の発症の鑑別が可能となるものと考えられ,以下の2つのスコアが作成された.

MSA conversion score(0~5点)
1)CASS vagal score < 2
2) 神経節前性発汗障害パターン
3) 重症膀胱障害(尿失禁,尿閉,カテーテル留置)
4) 臥位ノルエピネフリン > 100 pg/mL
5) 軽微な運動徴候
➔ 0ないし1点でconversionの可能性は低い(stable PAF)
➔ 3点以上でMSAへのconversionの可能性は高い

PD/DLB conversion score(0~3点)
1) CASS total score < 7
2) 起立時ノルエピネフリン上昇 > 65 pg/mL
3) 軽微な運動徴候
➔ 0ないし1点でconversionの可能性は低い(stable PAF)
➔ 2点以上でPDへのconversionの可能性は高い

本研究の問題点としては,単一施設の評価であること,後方視的研究であること,PAFの希少性を考えると十分な症例と考えられるものの,オッズ比,感度,特異度を求めるにはまだ不足していることが挙げられる.

以上,PAFでは12%~47%の症例が診断から数年の間にconversionすること,MSAではより早期であること,特定の危険因子の組み合わせにより,高い感度・特異性を持ってconversionの予見が可能であることが明らかになった.今回の知見は,RBDについでPAFも,MSAやPD/DLBの病態抑止療法の標的になることを示している.その意味で非常に大きな成果である.一方,conversionを予見するためこれだけの自律神経機能検査をきちんと行うのはなかなか大変だと思った方も多いのではないだろうか.症例数にしても,これだけの検査を長期にわたり行ってきたことに関しても,さすがMayo Clinicと脱帽する論文であった.

Singer W et al. Pure Autonomic Failure: predictor of conversion to clinical CNS involvement. Neurology 88;1129-36, 2017




多系統萎縮症の睡眠関連呼吸障害は約3割の症例で自然に軽減する

2017年04月06日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)は高頻度に,睡眠時無呼吸症候群などの「睡眠関連呼吸障害(Sleep-related breathing disorders; SRBD)」を呈するが,その経時的な変化についてはほとんど分かっていなかった.新潟大学医歯学総合病院呼吸器内科と神経内科は,2001年から2015年までに経験したMSA症例のうち,複数回,SRBDに関する検討を行った症例を対象とし,その経時的変化と,SRBDの増悪を予見する因子について検討を行った.その結果をSleep Medicine誌に報告したのでご紹介したい.

本研究の対象は,いびきや喉頭喘鳴の精査のため,当科に入院したMSA症例のうち,持続的陽圧換気療法を未導入で,かつ2回以上ポリソムノグラフィー(PSG)を行った連続症例とした.初回および最終の無呼吸低呼吸指数(AHI)の変化により,増悪群と改善群に分類し,両群を比較し,SRBDの増悪を予見する因子を前方視的に検討した.

さて結果であるが,対象は24名(MSA-C 21名,MSA-P 3名)で,初回PSGまでの期間は3.1±1.7年であった.初回および最終のPSGの間隔は2.4±1.5年で,その間に2.5±0.6回のPSGが施行された.この間,PaO2と%VC(肺活量)は有意に低下し,AHIは19.4±22.8/hから34.4±30.1/hに増悪した(P=0.006)初回検査時は全例,閉塞型無呼吸であったが(図の●),経過中,3名(13%)が中枢型(図の○)に変化し,いずれの症例もAHIは増悪した(1例は急激に増悪した).また中枢型無呼吸への変化は,発症から3-4年という比較的早期でも認められた.

増悪群は17名(71%)で,無治療での改善例(改善群)が7名(29%)に認められた(体重の影響はなく,BMIが増加してもAHIが改善する症例があった).両群間の比較では,年齢,罹病期間,病型,初回検査時のBMI,疾患重症度(UMSARS),血液ガス,呼吸機能,PSG所見に差はなく,唯一,増悪群で発症から初回PSGを行うまでの期間が短かった(2.7±1.5年対4.2±1.7年;P=0.037)

結論として,(1)MSAに伴うSRBDは経時的に増悪するものの,約3割の症例では自然経過で改善しうること,(2)発症から初回PSGを行うまでの期間が短いこと,すなわち早期からいびき・喉頭喘鳴を呈する症例では,持続してSRBDの増悪が進行することを初めて明らかにした.

Ohshima Y, Nakayama H, Matsuyama N, Hokari S, Sakagami T, Sato T, Koya T, Takahashi T, Kikuchi T, Nishizawa M and Shimohata T. Natural course and potential prognostic factors for sleep-disordered breathing in multiple system atrophy. Sleep Med 34; 13-17, 2017.