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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症における新たな治療標的因子?ZIC4

2022年11月26日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)の疾患感受性遺伝子研究では,COQ2,SNCA,MAPTおよびPRNP遺伝子等が議論されてきました.ただしいずれも説得力のある証明がなされていません.2016年に報告された研究でも,MSA 918例の分析がなされましたが,ゲノムワイドレベルで統計的有意差を示す遺伝子は同定されませんでした.診断が臨床診断でなされ,誤診例が含まれていた可能性が指摘されています.

今回,病理学的に診断を確定したMSA 731名と対照群2898名を検討した多施設国際研究が報告されました.最も強い疾患関連マーカーは,3番染色体のrs16859966,8番染色体のrs7013955,4番染色体のrs116607983で,P値は5×10-6以下でした.3番染色体遺伝子座近傍の遺伝子として約600kb上流のzinc-finger proteins of cerebellum 1 and 4 gene(ZIC1,ZIC4遺伝子)が注目されました.

著者らはMSAの病態にZIC1,ZIC4が関与するか検討するため,MSA剖検脳を用いた免疫染色を行いました.検討に適したZIC1抗体を見出だせなかったため,ZIC4抗体による免疫染色を行いました.MSA患者24名(SND 10名+OPCAおよびSND+OPCA混合型 14名),対照5名を対象とし,小脳と前頭葉皮質を染色しました.歯状核ニューロンの総数におけるZIC4陽性ニューロンの割合を計測すると,対照とSNDでは一定の割合で認めたのに対し(33.2%,32.6%),OPCAまたは混合型では,ZIC4陽性ニューロンの割合は有意に低いことが分かりました(15.5%)(図).



以上より,MSAにおいてZIC4が介在して神経変性が生じる可能性が示唆されました.α-シヌクレインとZIC4の機能的相互作用の可能性については,現在,解析中とのことです.ZIC1と ZIC4は小脳の発生に重要な役割を果たします.これらの遺伝子の変異や欠失は,先天性の小脳欠損を引き起こします(Dandy-Walker 症候群).またMSAの脳組織を用いた最近の2つのエピゲノム研究でも,ZIC4が見出されています.さらに興味深いことに,細胞内抗原であるZIC4に対する自己抗体が,急性~亜急性の小脳性運動失調を呈し,自律神経障害も呈することが知られています(高頻度に肺小細胞癌を認めます).ZIC4が小脳疾患のkey moleculeであることは間違いなく,MSAでどのように関与するのか非常に興味が持たれます.
Hopfner F, et al. Common Variants Near ZIC1 and ZIC4 in Autopsy-Confirmed Multiple System Atrophy. Mov Disord. 2022 Oct;37(10):2110-2121.(doi.org/10.1002/mds.29164)

英国の伝統菓子パンhot cross bunと神経疾患

2022年10月27日 | 脊髄小脳変性症
朝のカンファレンスで,YouTubeでマザーグースの「hot cross bunの歌」を紹介しました.Hot cross bun はキリストの復活を祝う復活祭(イースター)に欠かせない,12世紀に誕生した伝統ある英国の菓子パンです.キリストの受難を象徴する十字架(クロス)状のシロップが特徴で,魔よけや幸せをもたらす力があるともいわれています.しかしこのパンを命名した人は,まさか何百年も後の世に,その名前を冠するMRI所見が脳神経内科医によって議論されることになるとは夢にも思わなかったと思います.

「Hot cross bun sign(HCBS)」は多系統萎縮症(MSA-C)のMRI所見として,医師国家試験でも頻出する有名なものです.しかし最新のMSAの診断基準(MDS MSA診断基準)では「HCBS は疾患特異的な所見ではないため注意を要する」と明記されています.最新のMov Disord Clin Pract誌に面白く,中身の詰まったEditorialが発表されましたので箇条書きにしてご紹介します.

◆1998年にSchragらにより初めて報告された(JNNP 1998;65:65–71.).
◆HCBSの原因となる病態は多岐に及び,変性,遺伝,自己免疫,感染,炎症,腫瘍・腫瘍随伴性,血管性,その他の原因による二次性がある.
◆HCBSはMSA-Cに対して98~99%の高い特異性,94~99%の高い陽性的中率を示す一方,感度は45~68%に過ぎない(J Neurol Sci 2018;387:187–195; Sci Rep 2019;9:1–7.).ただしMSA-CにおけるHCBSの形成は早く,grade 2のHCBSは,発症から3年以内のMSA-C患者の66.7%で観察されたが,SCA3では観察されない(BMC Neurol 2020;20:157.).
HCBSの鑑別診断は過去10年間で著しく増加している.これはとくに自己抗体や腫瘍随伴抗体に関する進歩の影響である.



◆HCBをみとめる鑑別診断の大半は稀で,少数の症例報告に過ぎないため「when you hear hoofbeats, think of horses, not zebras(蹄の音が聞こえたら,シマウマではなく馬を思い浮かべよ)」ということわざを思い出す必要がある.いわゆる「シマウマ探し」に陥らないことが重要.しかしMSA-Cの臨床診断において症候学的もしくは検査所見において違和感がある場合,treatableな疾患を見逃さないことが肝要である.
◆MSAで形成される機序は,橋ニューロンと橋横走線維の萎縮と橋被蓋と皮質脊髄路の温存と考えられ,grade0(変化なし),grade1(出現し始めた横線に比して高信号の縦線),grade2(明確な縦線),grade3(縦線の出現に続いて横線が出現し始める),grade4(完全なHCBS)の4段階が報告されている(J Neurol 2002;249:847–854).
◆血管性や感染性(vCJDやPML)のHCBでは,HCBSの形成機序は異なるものと考えられている.また炎症性では可逆的であることからやはりその機序は異なると推測される.
◆HCBSと関連する画像所見として,横線が目立つナタリズマブ関連多巣性白質脳症の「across the pons sign(J Neurol Sci 2017;375:304–306)」や,橋の高信号を四等分する十字形の低信号が観察され「reverse HCBS」が橋梗塞,ウィルソン病等で報告されている(BMJ Case Rep 2014;2014:bcr2013203447; J Neurol Neurophysiol 2017;8:1–2).



Mov Disord Clin Pract. Oct 12 2022

多系統萎縮症の新しい診断基準と今後の展望@Kyoto Neurology Forum

2022年09月12日 | 脊髄小脳変性症
京都府立医科大学 水野敏樹教授に座長を賜り,標題の発表をさせていただきました.初めて講演する内容でした.

3つのパートからなり,①Gilman分類 第2回合同声明の14年間の使用で明らかになった診断の問題点,②新しい診断基準(MDS MSA criteria)の目的と構造,そして限界,③創薬研究の現状・失敗とその原因について説明しました.①ではimaging mimicsや自己免疫性MSA mimicsについて触れ,③では岐阜大学でも進行中の抗αシヌクレイン抗体の効果を検証する国際治験AMULET studyについても可能な範囲で解説をしました.講演後,いつもご指導を頂いている京都大学 高橋良輔教授と新診断基準について議論させていただきでき,大変,参考になりました.下記スライドが,診断のお役に立てば幸いです.




特発性孤発性小脳失調症(CCAやIDCAと呼ばれるもの)の18%にneuropil抗体を認め,免疫療法が奏効する症例が存在する

2022年09月04日 | 脊髄小脳変性症
成人発症で緩徐に進行する原因不明の孤発性小脳失調症は,歴史的にさまざまな名称で呼ばれてきました.本邦では,「晩発性皮質性小脳萎縮症(late cortical cerebellar atrophy; LCCA)」や「皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy; CCA)」,そして最近では「特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia; IDCA)」が提唱されています.このなかにはさまざまな病態が含まれます.例えば多系統萎縮症(MSA-C)の前段階(mono-system atrophy)や遺伝性小脳失調症の孤発例,PSP-Cなどの変性疾患がまず含まれると考えられます.自己免疫性小脳失調症も含まれている可能性があります.ただし自己免疫性小脳失調症は,通常,亜急性の経過を示すため,神経変性疾患と間違うことはないと考えられてきました.しかし私たちは「ごく緩徐な進行を示す自己免疫性小脳失調症が存在する.そのような症例を見い出せば免疫療法により治療できる」という仮説を立てました.批判もありましたが,対症療法にとどまっている脊髄小脳変性症に対して「一矢報いたい,症状を改善させたい」という強い想いがありました.

IDCAを提唱した吉田邦広先生の賛同も得て共同研究を開始しました.大学院生の竹腰顕先生と神経免疫に詳しい木村暁夫准教授が中心に,後方視的に検討を進めました.図1の手順で310症例からIdiopathic sporadic ataxia(ISA*)群を67名まで絞り(既知の抗神経抗体は除外しました),疾患対照としてMSA-C群30名と遺伝性運動失調症(HA)群20名,そして健常対照群18名の4群を検討しました.



ラット小脳凍結切片を患者血清により免疫染色するtissue-based immunofluorescence assay(TBA)にてスクリーニングを行いました.自己抗体は細胞表面抗原に対する抗体(neuropil抗体と名付けました)と細胞質抗原に対する抗体が存在します(図2).一般に前者が病的な意義を持つため,neuropil抗体陽性患者の臨床的特徴および神経画像所見を検討しました(*ここでISAという用語を用いたのは査読者の指示に従いました).



結果として,ISA群67名はneuropil抗体陽性例12名,細胞質抗体陽性例18名,抗体陰性例37名に分類されました(クラスター解析をすると図3のような6パターンに分類され,複数の自己抗体が存在する可能性が示唆されました).



ISA群におけるneuropil抗体の陽性率(17.9%; 12/67)は,MSA-C群(3.3%; 1/30),HA群(0%),健常対照群(0%)に比べ,有意に高い値でした.neuropil抗体陽性ISAは,他のISA患者と比較し,錐体路徴候などの他の神経症候を認めない純粋小脳失調を示す頻度が高いことが分かりました(小脳特異的な抗原が示唆されます).画像所見ではISA群に特徴的な所見は認めませんでした.またneuropil抗体陽性患者4名(図4)でステロイドパルス・IVIgによる免疫療法が行われており,2名で小脳失調の改善が認められmRSが改善しました.また細胞質抗体陽性ISA 4名に対しても同様に免疫療法が行われ,2名で改善を認めました.発症から治療開始までの期間1~3年でした.



今後の目標は当然,標的抗原を同定することです.また当科を中心とする多施設による医師主導治験「特発性小脳失調症に対する免疫療法の有効性および安全性を検証するランダム化並行群間試験(代表;吉倉延亮先生)」が進行中です(臨床研究計画実施番号 jRCTs031200250)(http://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/research/idca.html).

最後に一緒に研究をさせていただいた中村勝哉先生,吉田邦広先生(信州大学),山川勇先生,漆谷真先生(滋賀医科大学)に感謝申し上げます.

★CCA/IDCA症例がいらっしゃいましたら,ぜひ自己抗体の測定をご依頼ください.抗体が陽性であった場合には治験への参加をご検討頂き,ともにエビデンスの確立を目指すことができれば有り難く存じます.どうぞ宜しくお願いいたします.

Takekoshi A, Kimura A, Yoshikura N, Yamakawa I, Urushitani M, Nakamura K, Yoshida K, Shimohata T. Clinical Features and Neuroimaging Findings of Neuropil Antibody–Positive Idiopathic Sporadic Ataxia of Unknown Etiology. Cerebellum (2022).
論文はこちらからご覧いただけます

【参考となるブログ記事】
孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ―SAOAという考え方―
注目の孤発性脊髄小脳変性症の新分類SAOAの特徴


多系統萎縮症におけるfloppy epiglottisに対する口腔内装置治療の開発

2022年03月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)は重篤な睡眠関連呼吸障害(SRBD)をしばしば呈する疾患です.CPAPによる治療を行いますが,ある時を境にして,急にCPAPが苦しくなり継続できなくなることがあります.その場合,floppy epiglottis(喉頭軟化症)が生じた可能性があります.喉頭蓋の支持が脆弱となり,CPAPの陽圧が喉頭蓋を気道奥に押し込んでしまい,上気道狭窄による睡眠時無呼吸の増悪,最悪の場合は窒息を招きます.この現象は2011年に初めて報告させていただきましたが(Neurology. 2011;76(21):1841-2),問題はCPAPが使用できなくなると治療の選択肢が気管切開術しかなくなることです.多くの患者さんや先生方から他の選択肢についてご質問をいただきましたが,何も示すことができずにおりました.



ただ喉頭蓋につづく舌骨喉頭蓋靭帯の付着点である舌骨を前方移動させることでfloppy epiglottisを解除できることに気付き,新潟大学歯学部口腔外科の三上俊彦先生,小林正治 教授らと共同研究を行ってまいりました.下顎を少しずつ前方に移動させるような2ピースタイプの上下分離型口腔内装置を用いて,徐々に舌骨を前方に移動させると,PSGで評価するSRBDを改善できることを3症例の症例集積研究として示しました.具体的には,2症例では無呼吸低呼吸指数(AHI)と覚醒指数(ArI)が改善しました.一方,3例目は無呼吸指数(AI)とCT90は改善しましたが,AHIとArIは上昇しました.副作用は一過性の顎関節の違和感,咬筋の痛み,歯の違和感のみで軽度でした.
以上より,今後のさらなる評価が必要ですが,下顎前方移動を可能とする分離型口腔内装置は,floppy epiglottis を呈するMSA-P患者に対して有用な治療介入となる可能性を示しました.
Mikami T, Kobayashi T, Hasebe D, Ohshima Y, Takahashi T, Shimohata T. Oral appliance therapy for obstructive sleep apnea in multiple system atrophy with floppy epiglottis: a case series of three patients. Sleep Breath. 2022 Mar 29.(doi.org/10.1007/s11325-022-02607-0)





多系統萎縮症の新しい診断基準(new MDS criteria for the diagnosis of MSA)

2022年03月23日 | 脊髄小脳変性症
私も少しお手伝いをさせている多系統萎縮症の国際的な患者会 the MSA coalition が主催するウェビナーが開催され,一足早く,新しい診断基準についてGregor Wenning教授とIva Stankovic教授による講演を拝聴しました.正式な論文は近日公開されるそうですが,概略をメモします.

【現在の診断基準の問題点】
Gilman分類 second consensus criteria(2008)の初診時の感度はprobableで18%,possibleでも41%でしかないという問題点がある(Osaki et al. Mov Disord 2009).臨床診断でMSAとされた症例の剖検で,実際にMSAであった頻度は62%ないし78.8%という報告がある(Koga et al. Neurology 2016, Miki et al. Brain 2019).

診断基準における問題点として以下の6つを挙げることができる.
1.診断の正確性が不十分であり,感度と特異度を向上させる必要がある.
2.新たに明らかになった臨床的多様性が考慮されていない.具体的にはPAFからのphenoconversion, young-onset MSA(YOMSA),long duration MSA(LDMSA),MSA-cognitive impairmentのような病型を指している.
3.レボドパ反応性良好患者の扱いが決まっていない
4.明らかになった遺伝学的・自己免疫学的MSA look-alike(mimics)の存在が考慮されていない.
5.診断を支持しない所見が曖昧で,PD,PSP,CBDで認めるものの,MSAで認めない所見を「除外所見」として使用することを検討すべき.
6.診断に有用な新しい検査所見が使用されていない.具体的には,自律神経機能検査(orthostatic HR change),中小脳脚・被殻の拡散強調画像,automated subcortical volume segmentation,髄液αSyn oligomerとニューロフィラメント軽鎖(Singer et al. Ann Neurol 2020),皮膚リン酸化αSynの検出,声帯機能障害(Gandor et al. Mov Disord 2020)がある.

【新しい診断基準の方針】
エビデンスに基づく検討として,74のclinical questionを設定し,システマティックレビューを行った.その上でコンセンサスに基づく検討として,2回のDelphi rounds後,MDS会員に諮り,最終virtual consensus conferenceを行った.

【新しい診断基準による4分類】
以下の4つを目的に合わせて使用する(Gilman分類は確からしさによる分類であったが,新基準は診断の目的を意識する必要性を感じる).
①Neuropathologically established MSA・・・病理学的な診断の確定

②Clinically established MSA(図1-3)・・・感度を犠牲にして,特異度を90%より高く最大化する

③Clinically probable MSA(図1-3)・・・バランスのとれた感度(80%より大きい)と特異度(80%より大きい)



④Possible prodromal MSA(図4)・・・疾患修飾薬の臨床試験に早期登録において有用.十分な特異度を有する必要がある.本当にMSAであるか経過観察が必要



*講演では詳細まで触れていなかったことと拙訳であることから,論文が出ましたらぜひ原文をご確認いただきたく思います.

多系統萎縮症患者さんの意思決定支援@秋田県難病医療従事者研修会

2021年09月14日 | 脊髄小脳変性症
秋田県難病医療従事者研修会の講師・ファシリテーターを務めさせていただきました.医師,看護師,保健師,MSW,PT,相談員など多職種の医療者が集まり,多系統萎縮症患者さんの治療・療養の意思決定支援をどのように行うべきか,3つのテーマで議論しました.重要と思ったポイントをスライドにまとめました.



多系統萎縮症は突然死リスクという真実告知と,人工呼吸器装着の自己決定支援といった非常に難しい問題がありますが,これまでALSと比べて議論がほとんどなされてきませんでした.しかし近年,この問題に対する取り組みの重要性が認識され,複数の学会や研修会でも議論されるようになりました.来月は日本難病看護学会にて「神経難病を極める-多系統萎縮症」というテーマでオンラインセミナーが開催されます(非会員も参加可能です).ぜひ多くの人に多系統萎縮症患者さんの意思決定支援に関心を持っていただきたく思います.







症候,画像で左右差を認める小脳性運動失調では自己免疫性脳炎を鑑別に挙げる

2021年08月26日 | 脊髄小脳変性症
高力価の抗GAD65抗体は,stiff-person症候群,てんかん,辺縁系脳炎,小脳性運動失調症などと関連します.今回,最新号のNeurol Clin Pract誌に,Jankovic先生らが,抗GAD65抗体陽性の片側性小脳性運動失調(hemiataxia)の2症例を報告されています.

症例Aは75歳の橋本病の女性で,67歳で失調歩行にて急性発症し,69歳より左半身の協調運動障害が出現しました.頭部MRIでは左優位の小脳萎縮を認めました(図).血清抗GAD65抗体濃度は4800 IU/mL以上.脳脊髄液では当初陰性でしたが,1年後に陽性となりました(1.41nmol/L).全身検索で腫瘍なし.IVIGにて左上肢と失調歩行が顕著に改善しましたが,その後,傍脊柱筋の筋痙攣が発生し,stiff-person syndromeに対する治療が必要となりました.



症例Bは,糖尿病と甲状腺機能低下症を有する62歳の女性で,やはり左優位の小脳性運動失調にて発症しました.血清抗GAD65抗体濃度は25000 IU/mL以上.腫瘍なし.IVIGとステロイドパルス療法により,運動時振戦を除き,症状は改善しました.

抗GAD 65抗体関連脳症としてhemiataxiaが生じることは,過去にも3症例で報告がなされています.著者は機序不明ながら,一方の小脳半球が自己抗体の損傷作用に対して他方よりも脆弱である可能性を示唆しています.私達もhemiataxia,もしくはSPECTで明らかな左右差を認める小脳性運動失調症患者では,たとえ慢性の経過であっても治療可能な自己免疫性小脳失調症を鑑別に挙げる必要があると考えています.もしhemiataxia,もしくはSPECT等で明らかな左右差を認める失調患者で,抗GAD 65抗体が陰性であった場合,当科にご相談をいただければ抗mGluR1抗体,臨床像によっては抗IgLON5抗体,ならびにラット小脳凍結切片による自己抗体の検索が可能です.御連絡いただければ幸いです.

Neurol Clin Pract. August 26, 2020.(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000939)

特発性小脳失調症を対象とした多施設医師主導臨床試験のご紹介

2021年01月07日 | 脊髄小脳変性症
2021年1月4日から,岐阜大学医学部附属病院では,指定難病の「脊髄小脳変性症」のうち,特発性小脳失調症(これまでは皮質性小脳萎縮症と呼ばれていた疾患です)の方を対象に臨床試験を開始しました.これは特発性小脳失調症のうち,血清中に抗体(抗小脳抗体)を有する患者さんの体のふらつきやしゃべりにくさなどの症状に対して試験薬を点滴し,その効果を観察するものです.この試験は,臨床研究法で定められる特定臨床研究に該当し,すでに認定臨床研究審査で審査され,Japan Registry of Clinical Trials(jRCT)に公表されています(臨床研究計画実施番号 jRCTs031200250).
この試験は,岐阜大学医学部附属病院と信州大学医学部附属病院で開始しましたが,現在,さらに2施設で開始の準備中です.

今回の試験では,特発性小脳失調症の診断基準Yoshida K et al. J Neurol Sci 2018)を満たす患者さんにおいて,まず抗体(抗小脳抗体)の有無を調べます.試験は血液中に抗体をもっている患者さんが対象になります.使用する薬剤の一般名は,メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウムという薬剤です.本薬剤を1日に1g点滴して,3日間続けるという治療法を一般的に“ステロイドパルス療法”と呼びます.本試験では,2回のステロイドパルス療法を行います.



本試験に関心がある,または,本試験への参加をご希望される場合は,かかりつけ医にご相談され,岐阜大学医学部附属病院脳神経内科(吉倉延亮臨床講師)または信州大学医学部附属病院脳神経内科・リウマチ膠原病内科(中村勝哉講師)に紹介状をもって予約の上,受診してください.詳細およびお問い合わせはこちらのホームページをご覧ください.

また岐阜大学医学部附属病院ならびに国立病院機構東名古屋病院では「進行性核上性麻痺を対象とした医師主導臨床試験」も進行中です.こちらもぜひご相談いただければと思います.

新聞報道をしていただきました.



抗mGluR抗体脳炎は,孤発性小脳失調症において鑑別診断に加える必要がある

2020年12月28日 | 脊髄小脳変性症
代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)は,興奮性神経伝達を媒介するGタンパク質共役型グルタミン酸受容体である.サブタイプが存在し,mGluR1とmGluR5は,主に後シナプスに局在し,活性化によりNMDA受容体活動の増強と興奮毒性を示す.抗mGluR1 抗体は病原性を有し,小脳スライスにおけるプルキンエ細胞機能を変化させることが示されている.また抗mGluR1抗体脳炎では,共通して小脳失調症を示すものの,進行や転帰,治療反応性は個人差があり,予測が難しいと考えられている.今回,その臨床的特徴と予後因子の同定,ならびに抗体がラット海馬ニューロンにおけるmGluR1クラスターにどのような影響をもたらすか検討した論文が報告された.

【患者の特徴】
新規に11名(成人10名,小児1名)が同定され,岐阜大学からの報告(J Neuroimmunol. 2018 Jun 15;319:63-67)も含め,既報の19名と合わせて30名(年齢中央値55歳;43%が女性)が検討された.まず前駆症状(頭痛,体重減少,疲労,吐き気,インフルエンザ様症状など)は,記載のあった17名中7名(41%)で認められ,神経症候よりも30日(以下,数値は中央値)先行していた.主症状は亜急性小脳症候群であり,30名中29名(97%)に認め(動画),発症からピークまでの期間は3ヶ月であったが,7名(23%)では小脳失調が3ヶ月以上進行した(7名の発症からピークまでの期間は19.5ヶ月,四分位範囲8~48ヶ月).また発症からピークまでの期間と抗体検査までの期間には正の相関があり(r = 0.85,p = 0.0001),急性発症の患者では,より早く診断されていた.

【臨床像】
経過中,小脳症候群のみは29名中4名(14%)で,25名(86%)では小脳外徴候を認めた.その内訳としては,認知障害(11/25名,44%),行動変化(6/25名,24%),その他(味覚障害,嚥下障害,自律神経障害,けいれん発作,睡眠障害,運動異常症)であった.行動変化は,過敏性,アパシー,性格変化から,幻覚やカタトニアを伴う精神症状まで多岐にわたった.認知機能障害には,記憶障害,遂行機能障害が含まれていた.運動異常症は5名で認め,ミオクローヌス・ジストニアを特徴としたが,唯一の小児例では顔面・四肢の舞踏病アテトーゼを認めた.けいれん発作は2名でのみで認めた.その他のまれな症状としては,視力低下と運動機能低下があった.3/26名(11%)に腫瘍(ホジキンリンパ腫2名,皮膚T細胞リンパ腫・前立腺腺癌合併)を認めた.

【検査所見】
髄液では19/25名(76%)に異常を認め,細胞数増多を11/25名(44%,27 /mm3),11/20名にオリゴクローナルバンドやIgG index上昇を認めた.脳波は5/8名(62%)で異常があり,焦点性の両側前頭または側頭の徐波化を示し,けいれん発作を起こした1名では間欠期のてんかん放電を認めた.

発症時の頭部MRIは7/19名(37%)に異常を認めたが,3名はT2/FLAIRの高信号またはGd造影所見,4名は非特異的な小梗塞様皮質下病変であった.追跡調査では12名中10名(83%)に小脳萎縮が認められた.図Aは6歳男児例.病初期は正常であったが,12日目に右小脳の浮腫を認めた.MRSではNAA/Cr比の低下,Cho/Cr比のわずかな上昇,小脳炎を示唆する乳酸ピークを認めた.



【抗体検査】
発症から9 ヵ月後(IQR 1~25 ヵ月)に実施され,30名全員の血清および 19名の髄液で実施された.両者揃った検体が19名から得られた.うち17 名は血清と髄液の両方で陽性であった.残り1 名は血清のみ,もう1名は髄液のみで陽性であった.

【治療】
30名中25名(83%)が免疫療法(パルス,経口ステロイド,血漿交換,IVIg)を受けた.うち14名(56%)が,シクロホスファミド,リツキシマブ,ミコフェノレートモフェチル,アザチオプリン,タクロリムスのうち1つ以上を含む第2選択免疫療法を受けていた.発症から免疫療法開始までの期間は,発症から抗体検査までの時間と正の相関があった(r = 0.79,p = 0.001).抗体検査の結果が出る前に免疫療法を開始したのは5名のみで,うち4名は急性症状を呈していた(急速進行性でなければ免疫療法が行われにくいことを意味する).

【転帰】
10/25名(40%)では有意な改善または症状の完全な消失がみられたが,13/25名(52%)では臨床的に安定または軽度の改善にとどまった.また残り2名は死亡した(剖検なし).再発は6名で認められたが,すべて免疫療法の中止に伴って生じていた.

最終フォローアップ時(中央値24ヵ月)には,12/16名(75%)にMRI異常があり,10名に小脳萎縮が認められた.ちなみに図B-Dは45歳女性例のもので発症時に認めた右小脳半球のFLAIR高信号(B)は短期間で消失したが,5週間(C)と9年(D)で進行性の小脳萎縮を呈した.



2年後の転帰が不良な群(modified Rankin Scaleスコア>2,7名)は,転帰が良好な群(mRSスコア≦2,12名)と比べ,ピーク時のSARAスコアが高く(中央値29対17),介助歩行も多かった(100%対33%).サンプル数が少なかったためか,両群間で治療の遅延に有意な差はなかった.

【mGluR1抗体のサブクラスと培養ニューロンへの影響】
mGluR1に対する抗体は主にIgG1であり,培養ニューロンにおけるmGluR1クラスターの有意な減少を引き起こした.

【結論】抗mGluR1脳炎は小脳症候群であり,通常は数週間かけてピークに達する亜急性発症であるが,持続的に進行する症例も存在する.通常,成人に発症するが,小児でもまれに発症し,舞踏病アテトーゼといった成人とは異なる症候を呈しうる.発症時の重症度が予後を予測する因子であるが,免疫療法が有効な症例が存在するため,見逃してはならない.

【本論文でも引用されている当科症例のサマリー】
51歳女性,初発症状は歩行障害,構音障害で,約2ヶ月間の経過で進行した.画像上,小脳萎縮は目立たなかった.純粋な小脳性運動失調を呈し,亜急性の経過であったため,傍腫瘍性小脳変性症を含む自己免疫性小脳性運動失調症を念頭において自己抗体の検索を行なった.商業ベースで測定可能な既知の自己抗体(HuD,Yo,Riなど)がすべて陰性であったため,抗mGluR1抗体に対するcell-based assay法による測定系を確立した(患者では図Aの赤い部分のように染色された.図Bは健常対照).さらにラット脳切片を,患者髄液を用いて免疫染色したところ小脳の分子層が染色された(分子層の深層にはプルキンエ細胞が並び,その樹状突起は分子層に存在する).現在も経過観察中であるが,やはり発症時には小脳萎縮は目立たなかったが,5年後には小脳萎縮は顕在化し,SPECTでは小脳血流の低下も認められた.詳細は過去のブロクに記載した.

以上より,純粋小脳失調症(IDCA,従来のCCAないしLCCA)は変性疾患とは限らず,免疫療法の可能性を常に念頭に置く必要がある.
Spatola M et al. Clinical features, prognostic factors, and antibody effects in anti-mGluR1 encephalitis. Neurology Dec 2020, 95 (22) e3012-e3025(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010854)