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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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小脳性運動失調とエピソード性の把握ミオトニアを呈した男性例・・・さて診断は?

2024年05月08日 | 脊髄小脳変性症
当科の森泰子先生らは,失調性歩行障害を主訴とする80歳男性を担当しました.家族歴なし.73歳より月1-2回,短期間,手を握ると開きにくくなることを自覚するようになり,また一過性の構音障害も経験しました.一過性脳虚血発作が疑われたものの各種検査で異常はなく,その後,構音障害と歩行困難は徐々に悪化し持続性になりました.慢性咳嗽なし.82歳時の神経症候では,小脳性運動失調,手袋・靴下型感覚障害,両側前庭動眼反射の障害がみられ,眼振はなし.手指には萎縮と拘縮がみられました.手指の曲げ伸ばしはでき,強く握ると開きにくい症状は残存していました(把握ミオトニア:図).叩打ミオトニアなし.RFC1遺伝子,DMPK遺伝子とも変異なし.



しかしFGF14遺伝子イントロンに229の純粋GAAリピート伸長を認めました.脊髄小脳失調症27 B(SCA27B)の原因遺伝子です.初期の報告では250リピートが病原性の閾値と示唆されていましたが,近年,200〜250のリピートが本症を発症しうることを示唆する報告がなされており,229リピートは病的である可能性があります.本例の特徴は初発症状のエピソード性の把握ミオトニアですが,SCA27Bではエピソード性運動失調を示すこと,またFGF14は神経系において電位依存性ナトリウムチャネルの機能を調節していることから説明ができなくもないように思います.今後の症例の集積が必要と思われます.なお本研究は横浜市立大学宮武聡子先生,輿水江里子先生,松本直通教授との共同研究として行いました.
Mori Y, Miyatake S, Kunieda K, Yoshikura N, Hayashi Y, Higashida K, Kimura A, Koshimizu E, Matsumoto N, Shimohata T. A cerebellar ataxia patient harboring 229 pure GAA repeat units in FGF14 presenting with grip myotonia. Neurol Clin Neurosci. 06 May 2024(doi.org/10.1111/ncn3.12826


多系統萎縮症における胸のつかえ,嘔吐の原因 ―遠位食道痙攣(distal esophageal spasm)の発見―

2024年04月15日 | 脊髄小脳変性症
以前,私どもは多系統萎縮症(MSA)では食道の機能障害により,食道内の食べ物の停滞が生じ,場合によっては逆流して誤嚥性肺炎や窒息による突然死の原因となりうることを報告しました(Taniguchi H, et al. Dsyphagia 2015).今回,当科の大野陽哉先生と國枝顕二郎先生が食道機能障害についてさらに検討し,「遠位食道痙攣(distal esophageal spasm:DES)」という現象が生じうることを初めて明らかにしました.

症例は74歳男性.3年前に起立性低血圧にて発症し,同時に胸に食べ物が詰まった感じ,食後の反復性嘔吐を呈しました.小脳性運動失調が認められ,MSA-Cと診断しました.ビデオ透視による嚥下検査では,下部食道狭窄と食道内のバリウム停滞が認められました.


内視鏡検査では下部食道の過収縮が認められました.


さらに高解像度食道マノメトリー検査では下部食道の早期収縮と食道蠕動運動の低下が認められました.


下部食道括約筋の統合弛緩圧は正常であったため,アカラシアは除外されました.シカゴ分類ver 4.0に基づき,食道運動障害は「遠位食道痙攣」に分類されました.治療としては内視鏡的バルーン拡張術を行い,その後,胸部の詰まった感じと嘔吐は改善しました.本例は,MSA患者においてDESが食道食物の停滞と食後嘔吐を引き起こす可能性があることを示した点とその治療法を示した点で非常に重要と考えられました.

以上より,ビデオ内視鏡による嚥下検査に加えて,高解像度食道マノメトリー検査は,再発性の嘔吐や胸のつかえを呈するMSA患者に有用と考えられます.このように食道機能を注意深く評価することで,誤嚥性肺炎や窒息死を予防することができる可能性があります.
Ono Y*, Kunieda K*, Takada J, Shimohata T. (*equally contributed) Distal oesophageal spasm in a patient with multiple system atrophy: A case report. eNeurol Sci. 13 April 2024. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405650224000078

MSAの食道機能障害
Taniguchi H, et al. Esophageal Involvement in Multiple System Atrophy. Dysphagia. 2015 Dec;30(6):669-73.(doi.org/10.1007/s00455-015-9641-2

DESの総説
Zaher EA, et al. Distal Esophageal Spasm: An Updated Review. Cureus. 2023 Jul 7;15(7):e41504.(doi.org/10.7759/cureus.41504

CANVASを画像からMSA-C,SCA3と区別するポイント

2024年04月11日 | 脊髄小脳変性症
RFC1遺伝子関連スペクトラム障害は,RFC1遺伝子のAAGGG反復配列の伸長に伴う疾患です.代表的な表現型は小脳性運動失調,感覚性ニューロパチー,両側前庭障害を3徴とする多系統障害型の運動失調症候群であるCANVAS(cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome)です.症候は運動緩慢や自律神経不全など多様性に富むため,多系統萎縮症(MSA-C)や脊髄小脳失調症3型(SCA3)などが主な鑑別診断となります.Mov Disord Clin Pract誌に,フランスから画像から鑑別できるか検討した報告が掲載されています.自験例6例と既報例13例で,FDG-PET,DaTスキャン,MIBG心筋シンチを行なっています.結論は以下です.

◆FDG-PET:CANVASでは主に小脳の代謝低下を示すが,脳幹と線条体の代謝は保たれており,MSA-CやSCA3と鑑別できる.
◆DaTスキャンにおける取り込み低下は,臨床的パーキンソニズムと関連しているようで,正常から重度の障害までさまざま.
◆MIBG心筋シンチはCANVASではSCA3と同様に取り込み低下を示しうるが,ほとんどのMSA-Cでは正常である.



図のFDG-PETは,Case 1,4,5では前側・頭頂葉の代謝低下が認められます.Case 1,3,4では小脳の代謝低下も認めます.しかし線条体と脳幹の代謝は保たれています.DaTスキャンはCase 1,4は正常,Case 3は高度低下,Case2は非対称性中等度低下を示し,さまざまです.
Horowitz T, et al. Molecular Imaging in CANVAS: A Contribution for Differential Diagnosis? Mov Disord Clin Pract. 2024 Apr 4.(doi.org/10.1002/mdc3.14041

多系統萎縮症に対する抗αシヌクレイン抗体第2相試験のプレスリリース

2024年02月05日 | 脊髄小脳変性症
日米の国際共同臨床試験として開始され,岐阜大学も国内3施設のひとつとして参加している多系統萎縮症治療薬Lu AF82422(図下:αシヌクレインC末端に対する抗体)のAMULET試験(第II相試験)の結果が公表されました.
Lundbeck announces supportive phase II results with Lu AF82422 in the treatment of Multiple System Atrophy from the AMULET trial

要約
◆多系統萎縮症(MSA)患者61人(Lu AF82422投与群40人,プラセボ投与群21人)を対象とした小規模な概念実証試験において,臨床的およびバイオマーカーの各エンドポイントにおいて有効性のシグナルが認められた.
◆AMULET試験では,主要評価項目であるUMSARS総スコアによるMSAの進行抑制において統計学的有意差は示されなかったが,Lu AF82422投与群ではMSAの進行が抑制される傾向が観察された.

つまり主要評価項目は達成できなかったものの,副次的な臨床評価項目およびバイオマーカーにおいて有効性を認めたため,抗αシヌクレイン抗体療法に「支持的」な結果であったということになります.とりあえずホッとしました.現在参加している患者さんに対する継続投与も決まりました.詳細なデータは後日,公開されるそうです.

ただシンシナチ大学のAlberto J Espay教授はそのTwitterで「negativeな結果をsupportiveと言い換えている」と批判をしています.たしかに主要評価項目は達成できず,明確な進行抑制効果を認めたわけではありません.病因タンパクに対する抗体療法,とくにαシヌクレインやタウといった神経細胞内に存在するタンパクに対する抗体療法は容易ではないことを示唆しているのかもしれません.アルツハイマー病におけるAβ抗体療法の効果の程度を考えても,単純に病因タンパクを除去すれば済むということではないのだと思います.





原因遺伝子が不明であったSCA4は,ヒトで初めてのポリグリシン病であった!

2023年10月09日 | 脊髄小脳変性症
脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxias: SCAs)は常染色体顕性遺伝の疾患群です.脊髄小脳失調症4(SCA4)は最も稀なSCAのひとつで,オリジナルは1996年,米国のScandinavian-American kindredにおいて報告されました.成人発症の小脳性運動失調に加え,ポリニューロパチー(感覚ニューロパチー)を呈します.かつて後索小脳型(Biemond型)と呼ばれていました.染色体16q22.1に連鎖しますが,原因遺伝子は不明です.表現促進現象(anticipation)が疑われ,CAGリピート病(ポリグルタミン病)の可能性が検討されましたが,剖検脳の検索で1C2(抗ポリグルタミン抗体)では陽性に染色されないことから否定的と判断されました.

さてプレプリント論文にて,オリジナルから27年,ついにSCA4の原因遺伝子が明らかにされました.スウェーデンの3家系の検討で,3症例では神経病理学的検索も行われました.遺伝子検査にはSR WGS(全ゲノム解析),Expansion Hunter de novoによるショートタンデムリピート(STR)解析,ロングリード(LR)WGSが含まれています.

まず臨床像の検討では,これまでに報告のなかった自律神経障害,運動ニューロン障害,眼球運動障害,嚥下障害,ジストニアを認めました.頭部MRIでは小脳のみならず,脳幹や脊髄にも萎縮を認めました. [18F]FDG-PETでは脳代謝低下が,[11C]フルマゼニル-PET(中枢性ベンゾジアゼピン受容体結合能を測定し,大脳皮質神経細胞障害の分布や程度を定量的に評価可能)では複数の脳葉,島皮質,視床,視床下部,小脳で結合低下が認められました.病理学的には,小脳プルキンエ細胞が中等度~高度脱落,脊髄では前角の運動ニューロンの著明な脱落と,後索の著明な変性が認められました(図).主に神経細胞に見られる核内封入体はp62およびユビキチン陽性で,まばらではあったものの中枢神経系全体に認められました.



以上の所見からリピート病を疑い,ヌクレオチドの伸長を検索したところ,zink finger homeobox 3 (ZFHX3)遺伝子の最後のエクソンのGGCリピート伸長を罹患者のみ有していました(1000人の対照群では認めませんでした).GGCリピート伸長(=ポリグリシン鎖伸長)は,ヒトの疾患ではC9orf72においてpoly-glycine-alanine expansionがあり,神経核内封入体病(NIID)ではNOTCH2NLCの5’非翻訳領域にGGCリピート伸長がありますが,コーディング領域のポリグリシン病としては初めてのものになります.

以上より,SCA4は,ZFHX3遺伝子におけるGGCリピート伸長によって引き起こされる神経細胞核内封入体を有する神経変性疾患であり,ヒトにおける最初のコーディング領域のポリグリシン病であることが明らかになりました.本邦でも存在する疾患か気になりますが,SCAと後索,Biemond型などで検索した限りそれらしき既報はなく,やはり希少なのかもしれません.
Paucar M et al. Spinocerebellar ataxia type 4 is caused by a GGC expansion in the ZFHX3 gene and is associated with prominent dysautonomia and motor neuron signs. medRxiv. October 03, 2023. doi.org/10.1101/2023.10.03.23296230

PEI/ODI比の低下は多系統萎縮症患者の予後不良を反映する可能性がある.

2023年08月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)において認められる睡眠中の突然死のリスクを予測するバイオマーカーが待ち望まれています.岐阜大学と新潟大学,東京医大の共同研究で,終夜パルスオキシメーター検査におけるPEI/ODI比という簡便な指標がそのバイオマーカーになるかもしれないという報告をParkinsonism Relat Disord誌に発表しました.ODI(oxyhemoglobin desaturation index)は,平均酸素飽和度から少なくとも4%低下した1時間あたりのイベント数で,PEI(pulse event index)は,平均脈拍数から6 bpm以上増加した1時間あたりのイベント数です.PEI/ODI比が1未満になると,上気道閉塞による低酸素イベントに対する脈拍反応の鈍化を意味し,高度の低下は突然死のリスクを反映する可能性があります.

対象はMSA患者26例を後方視的に解析しました.ODIの中央値は11.6/h,PEIは8.9/h,PEI/ODI比は0.91で1未満と低下していました(全員が低下するわけではなく,12/26例(46%)では1より高値でした).突然死を来した3人は,0.10,0.91,0.41と全員1未満で,最後の検査からそれぞれ0.7年後,1.3年後,4.2年後に突然死されていました.7人の患者でPEI/ODI比の経時変化を確認したところ,図のようにすべての患者で低下傾向を示し,PEI/ODI/年は-0.43/yearでした.

PEI/ODIの減少の正確な病変部位はまだ明らかではありませんが,MSAの病理学的研究では、腹外側延髄の外側傍巨細胞核(LPGi)にあるGABA作動性ニューロンの喪失が証明されています.これらのLPGiニューロンは,間欠的な低酸素と高CO2血症に反応し,疑核の心臓迷走神経の抑制を増加させ,睡眠中の低酸素と高CO2血症における心拍数の増加に寄与することが知られていますので,論文ではここが責任病変ではないかと推測しました.いずれにしましても,今後,より詳細な終夜ポリグラフ検査(PSG)データを用いた前方視的研究が必要と考えられます.

Ohshima Y, Hokari S, Nagai A, Aoki N, Watanabe S, Koya T, Kanazawa M, Nakayama H, Kikuchi T, Shimohata T.
Variation of respiratory and pulse events in multiple system atrophy. Parkinsonism Relat Disord.
https://doi.org/10.1016/j.parkreldis.2023.105817(原文をご覧いただけます)



CANVASの鑑別診断としてSCA27Bを考える必要がある

2023年07月31日 | 脊髄小脳変性症
小脳性運動失調症に加え,ニューロパチー,両側性前庭障害を呈するCANVAS(Cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome)を代表とするRFC1遺伝子関連スペクトラム障害(Brain Nerve 2022年11月号に特集号)は本邦でも少なからず存在し注目されています.今回,ヨーロッパからの報告で,その鑑別診断として,線維芽細胞増殖因子14(FGF14)遺伝子のGAAリピート伸長によるSCA27B(MIM: 620174)が重要であることが報告されました.ちなみにSCA27BはSCA50として報告されましたが,同じFGF14遺伝子のミスセンス変異などの遺伝子変異がSCA27と報告されていたことから,SCA27BとMIMに登録されました.

論文では,小脳性運動失調症に加えてニューロパチーおよび/または両側前庭障害を認めるRFC1遺伝子GAAリピート伸長(-)患者をヨーロッパの7施設から45人集積し,GAAリピートを調べました.この結果,GAAリピート伸長の頻度は,コホート全体で38%(17/45),小脳性運動失調+ニューロパチーのサブグループで38%(5/13),小脳失調症+両側前庭障害のサブグループで43%(9/21),3つの特徴をすべて有するサブグループで27%(3/11)でした(図左).両側前庭障害(ベッドサイド頭部インパルス検査またはビデオ頭部インパルス検査(vHIT)による両側前庭眼反射の低下として確認:vHITは47%(21/45例で実施))はGAAリピート伸長患者の75%(12/16)で認められました.またニューロパチーはGAAリピート伸長患者の75%(6/8)で軽度の感覚・運動混合型ニューロパチーを認めました(sensorimotor axonal neuropathy).運動失調の家族歴は,GAAリピート伸長患者で有意に頻度が高く(59% vs 15%;p=0.007),永続的な小脳性構音障害はGAAリピート伸長患者で有意に頻度が低いという特徴がありました(12% vs 54%;p=0.009).発症時年齢はリピート数と逆相関していました(R2=0.45; p=0.0031).

以上より,SCA27Bは,ニューロパチーおよび/または両側前庭障害を伴う小脳性運動失調症の稀ではない原因であり,CANVASおよびRFC1遺伝子関連スペクトラム障害の鑑別診断と考えられました.両者の鑑別点して,以下が挙げられます(図右).

1)SCA27BではRFC1遺伝子関連スペクトラム障害でしばしば認められる慢性咳嗽はまれ.
2)RFC1遺伝子関連スペクトラム障害では,運動神経障害は通常ないか,あってもまれであるが,SCA27Bでは75%(6/8人)に感覚・運動軸索ニューロパチーがみられた.
3)エピソード症状がSCA27Bでは10/17例と高頻度に認められたが,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害ではまれ.
4)SCA27Bは常染色体顕性遺伝であり,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害では常染色体潜性遺伝であるため,家族歴がその鑑別に役立つ.しかしSCA27Bでは孤発例がコホートによっては15〜50%と多く,一見,潜性遺伝にみえることがある.

Pellerin D, et al. Intronic FGF14 GAA repeat expansions are a common cause of ataxia syndromes with neuropathy and bilateral vestibulopathy. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2023 Jun 30:jnnp-2023-331490.



多系統萎縮症の予後を推定するノモグラムの開発

2023年07月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)の生存期間に関連する複数の臨床的要因が同定されています.今回,MSA研究のメッカ,オーストリアのインスブルック大学より,予後(7年生存率)を推定するためのノモグラム(ある関数の計算をグラフィカルに行うために設計された二次元の図表)が開発され発表されています.このノモグラムは個人単位で生存を予測するツールであり,患者さんのカウンセリングや療養計画に役立つものと考えられます.

方法は1999年から2016年の間にインスブルック大学に紹介されたMSA患者210人を後方視的に検討しました.35例が追跡不能,124例(59.0%)が死亡,51例(24.3%)が解析時に生存していました.発症から死亡までの生存期間の中央値は84ヵ月.多変量Cox回帰分析では,生存率定化の独立した危険因子として以下の変数が同定されました:発症時の高年齢(P = 0.0001),発症3年以内の転倒(P = 0.0001),レボドパ反応性の欠如(0.037),早期の起立性低血圧(P = 0.002),早期の泌尿・生殖器障害(P = 0.001),および発症3年以内の膀胱カテーテル治療(P = 0.002)(ちなみに「早期」の定義は運動症状の出現前ないし出現後1年以内).これらを変数にしてノモグラムを作成しました.内部検証および外部検証の時間依存性曲線下面積(AUC)は最初の7年間で0.7以上で,このモデルによる7年後の予測生存率と実際の生存率はよく一致していました.

【ノモグラムの使用方法】
①7項目の該当箇所にチェックを入れる(発症年齢,3年以内の転倒,早期カテーテル挿入,レボドパ反応性,早期の起立性低血圧,早期の泌尿・生殖器障害,純粋運動症状発症)
②各7項目のポイントを表の1番の上のスケールから調べ合計する.
③合計点をTotal pointsに書き込む
④そこから直線をおろし,7年生存率を調べる.



例えば図の患者1(赤い十字)の場合,合計ポイント84で,7年生存率が65%程度,患者2(青丸)では合計ポイント128で,7年生存率は35%程度となります.

以上のようにインスブルックMSAコホートに基づき,MSA患者における7年生存率を予測する信頼できるツールが開発されました.有用性を確認するためには,日本人も含めた大規模な前向き研究が必要と考えられます.

Eschlboeck S, et al. Development and Validation of a Prognostic Model to Predict Overall Survival in Multiple System Atrophy. Mov Disord Clin Pract. 27 June 2023(doi.org/10.1002/mdc3.13822)


SCA50 -新たな重要な鑑別診断?発作性の運動失調に要注意-

2023年02月21日 | 脊髄小脳変性症
SCA50と名付けられた常染色体顕性の脊髄小脳変性症が報告されました.私が入局した頃はまだ脊髄小脳失調症2型(SCA2)の遺伝子も未同定でしたので隔世の感があります.また教室のみんなは驚くかもしれませんが,私は大学院生のころ遺伝子解析を行っていて,小出玲爾先生(現自治医大学教授)とともに,のちにSCA17と呼ばれる疾患を発見したことがあります.久しぶりに当時を思い出しました.Hum Mol Genet. 1999;8:2047-53.

それはさておきSCA50ですが,遅発性小脳失調症(late-onset cerebellar ataxia;LOCA)の一つです.LOCAは30歳以降に発症する小脳症候群です.遺伝子解析では75%近くが陰性です.原因として,孤発性ないし自己免疫学性の小脳性運動失調症が含まれることや,標準的な次世代シーケンサーによる解析では,タンデムリピート伸長などの特定の配列変異の同定に限界があることが考えられています.

さて昨年末に,マギル大学とマイアミ大学の研究チームは,フランス系カナダ人の3つのLOCA大家系のうち6人に新たな遺伝子変異を同定しました.それは線維芽細胞成長因子14をコードするFGF14遺伝子(染色体13q33上)の第1イントロンの深部に存在するGAAリピートで,少なくとも250リピートが発症の閾値でした.ちなみにFGF14遺伝子のヘテロ接合点突然変異はSCA27Aの原因遺伝子として知られています.このため本疾患はOMIMではSCA50ではなく,SCA27B(# 620174)として登録されています.

遺伝子変異に関して,250~300リピートは病原性をもつものの(pathogenic)不完全浸透で,300リピート以上で完全浸透となります.また250~300リピートは健常対照でも認めています(図左上).また世代間のリピート数の変化に関して,女性の生殖細胞では伸長し,男性の生殖細胞では短縮することが示されています(図左下).研究チームは,さまざまな人種のコホートでも検討を行い,変異の頻度はフランス系カナダ人LOCAの61%に対し,ドイツ人患者の18%,オーストラリア人患者の15%,インド人患者の10%と異なることを確認しました.結果的に合計128人のSCA50患者を見出しました.



このうち122名について臨床像が検討されました.運動失調は46%の患者において,発症時に発作性(episodic)でした.発作性症状は複視,めまい,構音障害,四肢・体幹失調がさまざまな組み合わせで生じ,数分から数日持続しました.アルコールと運動が誘因です.発症年齢は,発作性症状が55歳(30〜87歳),進行性運動失調が59歳(30〜88歳)でした.下向き眼振は42%,注視方向性水平眼振は55%に認めました.姿勢時振戦は18名,めまいは33名,痙性は9名に認められました.RFC1遺伝子変異を思わせるvestibular areflexiaは5名,軽度の軸索型末梢神経障害は7名に認められました(中核症状ではありませんでした).画像検査では小脳萎縮を74%に認めました.ちなみにRafehiらも28症例を報告し,GAAリピートは270~450,発症年齢は50~77歳(一部40代)で,臨床所見はほぼ同じですが,自律神経障害や難聴が認められました.発症年齢とリピート伸長に逆相関を認めました.

元の文献に戻ると,剖検2例の検索ではプルキンエ細胞の広範な喪失を伴う小脳の萎縮が認められ,虫部で顕著でした(図右).分子層ではグリオーシス,顆粒細胞層では細胞数は減少していました.ヒト小脳とiPSC由来の運動ニューロンでは,FGF14のRNAとタンパク質の発現量が減少していました.つまりイントロンGAAリピート伸長がFGF14の転写を抑制している可能性が示唆されました.著者らは本疾患が一種のchannelopathyである可能性を考えており,発作性症状も説明がつくと推測しています.

おそらく本邦でも孤発性小脳性運動失調症において本疾患が報告されはじめると推測されます.CCAやIDCAと臨床診断される症例では,RFC1遺伝子やFGF14遺伝子を含めた遺伝子変異を行い,さらに既知の自己免疫性小脳性運動失調症をきたす自己抗体の有無を判定するということが今後,求められるようになると思います.現在,つぎつぎに小脳性運動失調症をきたす自己抗体が同定されていますが,遺伝子がどんどん同定された当時を思い起こさせます.

Pellerin D, et al. Deep Intronic FGF14 GAA Repeat Expansion in Late-Onset Cerebellar Ataxia. N Engl J Med. 2023;388:128-141.
Rafehi H, et al. An intronic GAA repeat expansion in FGF14 causes the autosomal-dominant adult-onset ataxia SCA50/ATX-FGF14. Am J Hum Genet. 2023;110:105-119.



多系統萎縮症の新診断基準と注意すべき3つの鑑別診断

2023年02月08日 | 脊髄小脳変性症
Brain Nerve誌の2月号において「多系統萎縮症の新診断基準とこれからの診療」を企画し,私も「Movement Disorder Societyによる多系統萎縮症診断基準──改訂のポイントと注意点」という総説を執筆しました.ぜひご活用いただければと思います.

注目すべき改訂のポイントのひとつに「自律神経障害を欠いても,clinical probable MSAと診断できる点」が挙げられます.いままでMSAと診断されなかった患者を拾い上げることができますが,反面,今まで以上にMSA mimicsと呼ばれる疾患を十分に鑑別する必要が生じます.

【注目すべきMSA mimics】
具体的には以下の3つのmimicsに注目する必要があります.
①imaging mimics(hot cross bun sign: HCBS/MCP sign/putaminal rim signを呈する疾患)
HCBSは,診断基準の項目に残りましたが,疾患特異的所見でないことを認識する必要があります.詳細はこちらのブログをご参照ください.

②免疫介在性小脳失調症+パーキンソニズム
文献を渉猟すると,傍腫瘍性(乳がん,精巣腫瘍,胸腺腫瘍→Ri, Hu,amphiphysin,ITPR1)と非傍腫瘍性(=自己免疫性)の報告があります(amphiphysin,Caspr2,GAD65, Homer-3, NAEで複数報告があり,CV2/CRMP5, GlyR, LGI1, Ma2でも生じる).近年,細胞表面抗原に対する抗神経抗体が次々報告され,これに伴い免疫介在性(=傍腫瘍性+自己免疫性)MSA mimicsの報告が増加しています.治療可能であるため以下のような症例では疑って除外する必要があります.

急速進行性である場合.
非典型的な症候を呈する場合.
腫瘍を合併する場合.
顕著な体重減少を呈する場合.
脳脊髄液検査で細胞増多,蛋白上昇,OCBを認める場合.
典型的画像所見を認めない場合,もしくはHCBが進行とともに不明瞭化する場合.

③クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)
(a) MV2(失調型)
(b) 4オクタペプチドリピートの挿入変異

感染防止という意味で,CJDの適切な診断は極めて重要になります.

【MSAに類似するCJDの報告】
最新号のMov Disord Clin Practに米国Mayo Clinicからの報告として,ブレインバンクにMSAとして登録されたものの,病理診断がCJDであった2症例が議論されています.症例1は55歳男性,6ヶ月の経過で起立性低血圧,パーキンソニズム,小脳性運動失調症,記憶障害を呈しました.頭部MRIでは顕著な萎縮や拡散強調画像で高信号病変なし.症例2は65歳男性,5年前から小脳性運動失調,パーキンソニズム,認知機能障害を停止,その2年前から夢内容に一致したパラソムニアを認めました.家族歴に父のパーキンソン病と,いとこのレビー小体型認知症を認めます.
症例1,2とも病理学的にCJDでした.症例1では小脳にKuru-like plaqueを,症例2では小脳分子層のシナプスにプリオン蛋白の沈着を認めています.症例1はMV2(失調型),症例2はgenetic CJDで,PRNP遺伝子に4オクタペプチドリピートの挿入を認めています.オクタペプチドリピートの挿入は5回以上だと発症年齢が37.9歳と弱年齢化しますが,1~4回では64.4歳で,かつ家族歴を認めないこともあり,浸透率が低下すると考えられています.
Nicholas B et al. Mov Disord Clin Pract. Jan 06, 2023(doi.org/10.1002/mdc3.13654)



最近,本邦でも同様の症例が報告されています(堂園美香ら.臨床神経2021:61:314-8).60歳から物忘れ,歩行障害,動作緩慢,四肢の粗大な振戦を認め,パーキンソン病ないしMSAと診断されましたが,最終的にPRPN遺伝子の4オクタペプチドリピートの挿入が明らかになりました.ミオクローヌスなし,脳波でPSDなし,拡散強調画像で大脳皮質の高信号病変なしで,CJDを疑って14-3-3蛋白やRT-QuICを思考しないと病初期の診断は難しいものと考えられます.

以上より,臨床的にMSAが示唆される場合でも,進行が急速であったり,長期間自律神経障害がないなど臨床像が非典型的である場合,CJDも含め十分な鑑別診断を行う必要があります.