Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

復活祭音楽祭ペトレンコ登場

2016-03-19 | 雑感
2017年の復活祭の座席を確保した。バーデン・バーデンの音楽祭でサイモン・ラトルが監督として最後の年になり、次期音楽監督キリル・ペトレンコがゲストとしてデビューする。引き繋ぎの年となる。2018年以降の公演の音響視察や計画の子細な打ち合わせも兼ねるのだろう。

キリル・ペトレンコに関しては、2017年秋に手兵のミュンヘンの歌劇場と共に日本旅行が決まっていて、「マイスタージンガー」と「サウスポール」と、もう一つもしかすると「影の無い女」が引っ越し上演されるのではなかろうか。なぜならば、「マイスタージンガー」も驚くことに同一キャストで再演され、「サウスポール」は来年一月にも世界初演キャストでの再演が予定されているからだ。

本年一月に臨席した世界初演の実況録画を週末にDLすることが出来た。どうやらフランスでTV放送から録画したようでDVD基準であった。音質に関しては限界があるが、ARTE自身がネットで上げていたものよりも品質が高く、あの精妙なアンサムブルも聞ける。

さてサイモン・ラトル監督の最後のオペラは期待していた「ペレアスとメリザンド」ではなくて、「トスカ」である。まだまだフランスものでは印象の薄い後任者がフランスものを取り上げるまでには時間が掛かるかもしれないが、「トスカ」ならどちらでもよいと思った。それでも最後にコンサートでマーラーの第六交響曲一曲を披露してくれる ― 後任者が一昨年ずる休みしてキャンセルした曲目である。

キリル・ペトレンコのコンサートもチャイコフスキーの悲愴交響曲とハフナー交響曲となっていて、今秋のミュンヘンの座付管弦楽団の第五交響曲での欧州公演よりは少しマシなぐらいだろうか。悲愴交響曲は、若い音楽監督としてフルトヴェングラーもフォン・カラヤンも独自のレパートリーとして取り上げていたもので、その伝統にも則っているかも知れない。しかしそれ以上に、これらの曲のプログラムならば管弦楽団をトレーニングする前でもあまり問題なく客演で演奏できると考えたからだろうか。現在のフィルハーモニカ―はクラウディ・アバドが任を得た時とは異なって遥かに柔軟で機能的な管弦楽団にはなっているが、それでも限界があることは現監督が充分に認知している通りである。

先日改めてミュンヘンの歌劇場のネット予約を試してみたが、中々負荷に強い。それに比べるまでもなくバーデン・バーデン祝祭劇場の電話回線もネットも甚だしく負荷に弱い。昨年も感じていたが、忘れていた。兎に角、電話も掛からず、ホームページもダウン状態が続くのである。それでも一寸した裏口から入ると、予約まで入れた。しかし券の不安定な動きを抑えるためか、座席は選択は不可だった。自動選択で価格別に良い席から配券されている。だから、あれだけ混んでいても最初から二つ目ぐらいの席を入手出来たのではなかろうか。そして今年から価格毎の配席が変わっている。昨年までは高価過ぎたためだろう、割安の二列目が新設されて、予約が遅くなってもそれなりの格安券が買えることにもなる。

座席の視覚に関して検索があった。バーデン・バーデン祝祭劇場は近代的な劇場で音響はどこも悪くはないが、サイドのバルコンの第二列目とあまり舞台に近い前方は舞台が全部見れない。最上部の階上席はかなり高いので舞台奥は見えないが、コンサートでは高みから乗り出せば問題が無い。



参照:
出合いまでの想定をする 2016-01-09 | 雑感
音が鳴り響く環境の考査 2015-04-01 | 音

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