Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

「天才ソコロフ」の響き

2016-11-17 | 
雨が上がったので軽く走った。沢沿い往復だ。23分19秒だったが、往路は10分39秒で、昨年六月の往復22分39秒時の往路10分44秒よりも早い。時速10㎞割れが殆んどだったがそれ以上に定速走行を心掛けた。今までで最も定速度が長く続いて、復路の登りまでは時速で上下1.5㎞内に収まっていた。但し登りが落ち過ぎた。減速を縮小していれば記録だっただろう。そしてもう少し心なしか初速を上げればよい。外気温8度で、久しぶりに裸で走ったが、汗だくになった。

ソコロフのリサイタルから一週間経った。この辺りで纏めておかないと記憶が薄れる。当日前後の状況からしてあまり十分に時間的心理的余裕がなかったので十二分に堪能できたかどうかは疑問が残る。それでもなぜこのピアニストが重宝されているかは分かった。そして天才指揮者ペトレンコがこのピアニストを天才と呼ぶ意味も想像ついた。

先ず何よりもモーツァルトのハ長調ソナタK545やあの幻想曲での弾きぶりが見事だった。そもそもの楽器の音が気になる曲だが、その時に鳴り響く音とししてとても説得力がある音楽的な響きだった。ああしたピアノさばきを目の辺りにすると、グルダやシフやモートァルト弾きといわれる内田などのピアノが子供騙しにしか思えなくなる。かなり多くの名人ピアニストを聞いてきたが、これに匹敵するのはただ一人スヴェトラーノフ・リヒテルしか思い浮かばなかった。ネイガウス流のピアノのそれがソヴィエトに受け継がれていたのかどうかなどは分からないのだが、チァイコフスキーコンクールでソコロフを審査したエミール・ギレリスなどとは違うピアニズムである。キット・アームストロングが習っても出せないピアニズムである。

そしてリヒテルと同じように教えても習うことも出来ない音楽性を有しているのも間違いない。なるほどロシア風の鐘が永遠に鳴り響くようなリズム感覚などはシューマンの音楽にとってどれほどの意味があるのかは何とも言えないが、それを超えるシューマンの書法に対応するピアニズムは見事としか言えない。これまで聞いたシューマンのピアノ曲はいったい何だったのだと思わせるぐらいに密に組み合わされた音のアラベスクであり、それが幻想曲作品17番などでは見事に制御されていた。ああしたピアニズムを弾き熟すには天才が更に練習しなければいけないものだと理解した。

例えばポリーニなどと比較すると、その単純化して鳴り響く音響とは全く異なるもので、細かなところは意外にあやふやになるとこも散見された。そのようなことも敢えて他の目的のために犠牲にしているのもリヒテルのピアニズムとも瓜二つである。だから本来は両者ともライヴ録音などは似合わないピアニストでその細部の崩れは放置されたままになっているのであるが、それを意に介さないのもそっくりなのだ。まさしくそのような音楽性がリヒテルを天才としたものだった。

同じ会場で一年ほど前にポルリーニの演奏会がより安価で売られていたが、事前の評判が悪かったので行かなかった。入りは今回の方が沢山人を入れていただろうが十二分に入っていた。そしてシューマンの創作が示されるということではポルリーニとは比較にならないほどその音楽構造を示していたことも間違いない。なるほど西欧で引っ張りだこになっているのも頷け、市場も存在している。正直このピアニストの活動などは三人のテノール並みのそれかなという先入観念があったのだが、それは全く似ても非なる市場だった。

批評などに書かれるようにピアノリサイタルなど訪れたことのない人が沢山来ているというのもはほとんど感じなかった。それならばシューマンの音楽などをは歌曲演奏会で聞いて関心がある人たちというのだろうか?そのようなことはないだろう。

暗くした舞台とそのピアノの設置、後ろの屏風の立て方などあれだけの大ホールにしては室内楽的な雰囲気もあって、全く違和感を感じなかった。むしろ癖のない響きが豊かになっていた。そして一枚だけ余っていた上手のバルコンの席はピアノを聞くときに最も好きな位置の一つであった。ピアノの音色的に自らのそれを定めているのではなく、楽曲に応じて柔軟に音色を弾き分けられる天才のようで、まさしくその楽譜の響きが聞こえてくる。

なるほどペトレンコが天才と呼んだのは、まさしく楽譜に応じて正しく音を出せるようにと練習を欠かせないから天才であると書き換えれるかもしれない - まさしくペトレンコ指揮の飽くなき練習の意味はそこにある。その点においてもピアニストとしても練習を重ねたこの天才指揮者がこの天才ピアニストを評価するところに違いない。決してホロヴィッツのシューマンのようには響かないのがソコロフのピアノである。



参照:
インタヴュー、時間の無駄六 2016-08-13 | 文化一般
笑ってしまう靴下の右左 2016-09-30 | 生活
結構長いWIN8.1への道 2016-11-10 | テクニック
残された不思議な感覚 2015-06-13 | 雑感
グレゴリー・ソコロフのショパン (日々雑録 または 魔法の竪琴)
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