Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

成果を挙げて摩耗する

2014-11-14 | 生活
トレイルランニングシューズを修理した。左足の踵の外側にある外側から左右に支える箇所がはがれたからである。左右に一対横に張っていて、足がくねらない様になっているのだが、その一か所が離れた。

なるほど最近くねり勝ちになると思っていたが、関係があるのだろうか。これで二足目であるが、そこが離れるのは初めてである。もう数か月だけは使いたいので靴用の接着剤で張り付けた。底のプロフィールも大分摩耗しているが、雪道でも使ってみたい。氷河行はしなかったが、アルプスの石灰の大渓谷でも使いやすかった。新モデルはどうなるのだろう。

修理して翌日走りに出かけた。その差異を走り心地で感じるほど敏感ではないが足を捻るような状況にはならなかった。その代り足が極端に疲れた。自宅でも感じていたのだが、峠まで23分3631歩走ると、土踏まずから脹脛までが突っ張っているのを感じた。

このような感じは最近では初めてなので気になった。爪先立ちで走るようになって数年経つので、今更そうした無理が出るとは思わないので原因が分からなかった。しかし走りながら考えてみると、ここ暫くの走行距離が明らかに伸びているのだ。週末日曜日の頂上往復、火曜日の沢沿い往復、木曜日の峠往復、合わせて約20KM、140分、標高差750Mほどの量は多い。以前ならば長い距離走行の合間は身体ならしで終わらせていたのだが、時間があり無理なく距離が伸ばせれるようになったので、次々と走行距離が伸びているのである。

腱でも損傷させてはいけないのと、今年の大成果である走行距離の上昇を確立させるためにも慎重に解析分析が欠かせない。靴の状態はそれほど変わっていない。但し足元が悪い場所を長く走ることになっていること、気温が落ちてきている中での運動など、様々な要因を挙げていくことは可能だろう。

ベルリンでさよならコンサートがあったようだ。指揮者アーノンクールのベルリン最後の指揮であったようだ。ベルリン出身とされる指揮者がどこに住んでいるかも知らなかったが、ベルリンには育ったグラーツから四十過ぎになって戻って来てマスターコースを開いたとある。十月のコンツェルトムジクスのモーツァルトに続きヴィーナーフィルハーモニカーとのシューベルトで最後を飾ったようである。

この指揮者の録音や実演での音楽体験を思い浮かべると、モンテヴェルディのオペラ「ポッペア」公演以外にはあまり記憶がないのである。コンサートもオペラもそれ以外にはあまり思い浮かばない。録音も大分持っているのだが、やはりモンテヴェルディの「オルフェオ」のLPやTV映像など、キャシーバーベリアンの歌が入っているものや、あとはハイドンの交響曲などがあるが、結局レフェレンスとして生き続けるであろう制作は、最初の大成功作「イドメネオ」などだろう。交響曲や宗教楽やオペラセーリアと古典派音楽の専門で、それ以前の音楽となると権威を獲得することのなかった音楽家だったのだろう。音楽活動を終えたわけではないようだが、この後に何かを期待できるというようなこともないだろう。

いつものように目玉を突き出した写真が載っているが、まさしくその通りの音楽は、独特のアーティキュレーションの強調によって、緊張感を齎して新たなサウンドを展開した反面、音楽的なその瞬間はソリストなどの技量と音楽性以上の成果を上げていなかったかもしれない。当日の会場のコンツェルトハウスは、通常は無料で同地の管弦楽団を聞けるという立ち席まで完売していたということである。



参照:
消えた踵のエラ張り 2014-01-31 | 雑感
燻し銀の音楽談義の一時 2010-02-05 | 音
ジャンル:
きいて!きいて!
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