超大型連休だとテレビのニュースでは言うけれど、実感がない。電車はいつもと同じような込み具合だし、都心の「まち」中も車で一杯だ。僕が決めたのではないが、暦どおりに事務所に出る羽目になった。
のんびり休みたいなあ!と言ったら、何言ってんの、ウイークデェイでしょ、と愛妻に言われてしまった。何だか追い出されるように事務所に行ってスケジュールを確認したら、今日だと思っていたJIAで行われるJIA・KIT(金沢工大)アーカイブス運営委員会は翌日だった。4月30日のことだ。でも事務所で、前回議事録を取りまとめ、中央郵便局を重要文化財にする会のHPにUPする記事を書いたり、返信を怠っていたメールをいじったりしていたら、7時を過ぎてしまった。
電話をした友人も、かけてきた友人も皆仕事をしている。だって大工さんは休めないわよね、明日は現場なのよという女流建築家がいる。天気も良いし・・休んでたら職人さんは食べていけないのよね!と言うのだ。
飛び石連休の狭間、僕だって仕事をしている。28日は調査した報告書を持ってクライアントを訪ねた。クライアントだって仕事をしている。久しぶりに仕事をした気分になった。
29日は東京女子大の園遊会。娘と西荻の骨董通りを散策してキャンパスを訪ね、出張していた屋台の「こけしや」スパゲッティを、暑い日差しの中で食べた。その後、教室で三沢浩さんのレーモンド考察を聞く。僕と顔を合わせた三沢さんが喜んでくれた。これは仕事ではないなあ!でも僕にとっては仕事みたいなもんだ。
2日は衆議院議員会館に行き、平沢勝栄議員や河村たかし議員の秘書、法制局の担当官と東京中央郵便局にかかわる法整備などの下相談をした。河村さんは本委員会で時間調整ができない。仕事だ。
同行した鈴木博之教授と昼飯を食いながら、10日、11日と京都で行うDOCOMOMO総会や研究発表会、それに鈴木さんの来春の東大退任を惜しむ建築家・難波和彦教授の企画した、著作を紐解く鈴木博之連続公開講座に話が咲いた。
会場は、15番階段教室。安藤忠雄さんの設計した情報学環・福武ホールは使わないのかと聞くと、最後はそこでといっているけど・・
僕はまだ見ていないけど写真で見るとよさそうですね・・安藤さんは本気でやったみたい。庇の先端がシャープで、潜っていく地階のバランスもいいと鈴木論評だ。
でも気になるのは庇の先端が下りていく階段の中間ぐらいで、バシャバシャと雨が落ちるのではないかなあ!そうかなあ気がつかなかったけど。
図面だと雨樋がないんですよ、と僕。まあたわいない話だ。
余計なことだが、鈴木さんも暦どおり、食事が終わるとちゃんと大学の研究室に戻る。授業があるのだ。もう今日は家へ帰ろうかなと思ったが、ふと気になって事務所に行った。電話がやたらと掛かってくる。
大阪に行った毎日新聞の記者Tさんからは「遅くなったけど7日の夕刊に載ることになった」という電話。ナンだっけと聞くと、例の大学キャンパスの問題。そうだった。取材を受けたんだ。そして彼女との話が弾んだ。
作家堀江敏幸さんの記事が面白いというのだ。5月1日の朝日新聞文化欄だ。
ああ!あのエッセイ。記者は他紙の記事も読むのだと思いながら、村野藤吾のつくった早稲田大学文学部高層棟解体に触れた一文を思い起こした。
僕が印象深かったのは「軽やかなウエハースのような校舎」という堀江さんの書き方だ。うまい言い方をするなあと思ったのだ。でも村野藤吾の文字も、文学部校舎との記載もなく「あの文じゃあ普通の人は、あの校舎のことを書いているのだとは思わないのではないかなあ?」そうかしら、あの人はそういう書き方をするんですよ、という。二十数年前に母校を卒業し、文学部教授になった芥川賞作家なのだ。堀江さんは。
このブログ掲載の一文を書きながら、スクラップしていた堀江さんのエッセイ・論考を、改めて繰り返し読んで思わず考え込んだ。
よかった、帰ろうと思ったのに気になって事務所に行ったのは。この文に気づかせた記者Tさんの電話を受けるためだったのだ。このエッセイは、建築の存在と『私』と『他者』、それも時間の介在によって起きてくる命題、かつての(若き日の)空間体験を紐解く鍵を示唆している。
タイトルは「時間の先にいる他者」だ。
さて明日からは本物の4連休,と一瞬考えたら今日からだった。29日の夜にはガソリンを満タンにした。1日からリッター30円も違うとなると人並みに入れておきたくなった。不可思議な特定道路財源問題と、役目を果たさない、村を埋めてつくられているダムにも思いを馳せる。
夕方娘が来た。明日は世田谷美術館の横尾忠則展へ行くことにした。日本民芸館の琉球織物展にも足を伸ばそう。さあ休みだ。
<写真 早大文学部・ウエハース校舎、村野藤吾面目躍如の階段手すり>
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