梅雨の晴れ間に、東北、山形の米澤に居る友人T.Aから山田錦が届いた。小粒だが美しく品のいい`さくらんぼう`だ。`さくらんぼう`ってこういう味なのだった。清涼なプレゼントである。
T.Aは高校の同級生で、オヤジさんは中国文学の権威だった。ところが彼は理系、コンピューター構築の先端を走った研究者でもあり教育者でもあった。
過去形で書くのはいよいよ現職を退き、僕がオヤジさん(ご両親と言うべきです)のために取手(茨城県)に建てた、外壁がコンクリート打ち放しの住宅に住むことになったのだ。少し手を入れるがこの住宅(住居と言いたい)は、僕のいわばデビュー作である。つまり独立して初めて手がけた建築なのだ。
困ったことに、この建築を見ると僕がわかってしまう。僕自身が「俺はこういう建築家なのだ」と言わざるを得ない。俺もまんざら棄てたものでもないと思いながらも、髪が薄くなり、ますますオヤジさんに似てきた彼を見ていると、オヤジさんの穏やかな笑顔が目の前に彷彿と浮かび上があがり、柔らかな口調も聞こえてくる。更に亡くなる寸前まで電話を下さったお年を召したお母さんの、可愛らしい声も響いてくるのだ。
さて今年も軽トラックで、伊勢原の自宅の樹林からもいで持って来てくれた「枇杷」である。
持ってきてくれたのはHさん、僕が大学を出て叔父の建築会社で、現場員として働いていたときの先輩である。
この枇杷は、見た目は無骨だが旨いのだ。季節のものだからと、でももう終わりなんだけどね、枇杷はもぎるまでおいとかないと駄目、もぎてからも熟すほかの果物とは違うんだけど鳥に突っつかれちゃってね、そうなんだよね!と言葉を返しながら、お互い去年と同じことを言ってるなあと思った。
A邸は僕の(ブログではなく)HPのワークスに記載してある。
3月11日のあと、東北にいる知人が気になって真ッ先に電話を入れたのがAへだった。揺れたが住居は大丈夫、ブロックの塀がやられたものの心配しなくても大丈夫だよ!とのことで、ほっとしたものだ。
Hさんは日本蜜蜂にもトライしているいわば自然人である。
ほんとにお久しぶりです。
お元気ですか?
いまどちらに事務所を構えていらっしゃるのでしたっけ!年賀状を見ればわかりますね!
言われてみるとその通り、もぎたてを食べるなんて今の時代贅沢でしょうかね!
亡き母は「昔から庭に枇杷を植えると病人が出るって言うのよ、縁起悪いから切りたいわっ!」と言ってたっけ。
そのくせ時々は手頃な高さに実った枇杷を家族で食べていたけれど(笑)
ところでHさん邸はpenkouさん設計しなかったのですか? 我が(って言える程偉く無いけど)伊勢原にpenkouさん作品があったら良いのに。
枇杷にはそんないわれがあるのですか!困ったなあ。嘗て長崎の実家の中庭には見事なイチジクの樹があっていい風情だったのですが、縁起が悪い!なんていわれていたような気がします。いつの間にか無くなってしまいましたけど。
H邸(邸?)ですが、プランなどスケッチをしてこんな家(うち)はどう?なってことをやった記憶が微かにあります。Hさんは浜松の工業高校を出たのですが、家具を作ったりすることまで自分でやる細工師的な才能があって、そんな僕のスケッチを参考にしながら自分で図面を引き、大工さんを使いながら自宅を建てました。ずいぶん前のことです。
北海道。天気はいまいちでしたけどmoroさんと車で(あの赤い奴もほんのちょっぴり)DOCOMOMO関連の人を訪問したりして楽しかったですよ!学生さんとの交流もできたし・・・少々疲れましたが・・・
でも友人もお母さんもそんな話してなかったと思うので縁起悪くは無いでしょう!笑