日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

時を刻んだ「東京中央郵便局」 マネーで時(焼き鳥ではないトキ)をはかることは出来ない

2009-03-05 11:45:36 | 建築・風景

2月26日の国会総務委員会で、河村たかし議員の質問に答えた鳩山邦夫文部科学大臣は、東京中央郵便局は文化庁が重要文化材に指定できる価値のあるものだと表明したことを受けて、「貴重なものだ、それを害することのないようにしなくてはいけない」と言明した。
そしてその夜の記者会見で大臣は「重要文化財の価値があるものをなくすのは、トキを焼き鳥にして食べるようなものだ」と指摘し「文化や歴史を大切にする国でなくてはならない」と述べる。そのエキセントリックな比喩がプレス関係者の心に響き、新聞、テレビで大きく報道されたことは周知のことと思う。生々しい言い方だが、言いえて妙とも言えそうだ。

この国会総務委員会でのやり取りは大変興味深い。
新聞ではほとんど報道されなかったが、河村議員は入札に疑惑があるので調査して欲しいとさらりと鳩山大臣に依頼した。そして質問に答えた文化庁の高塩氏は、一昨年(2007年)12月の決算行政監視委員会で、文化庁として東京中央郵便局庁舎は、『戦前の近代建築のすぐれた作品の一つであり、重要文化財の指定を検討するに足る価値を有している』と述べたことにふれた。
驚くべきことに文化庁は、その後総務省や日本郵政にこの庁舎の保存を図りながら再整備を行う提案をし、日本郵政が設置した「歴史検討委員会」の委員長(伊藤滋氏)にも申し入れをするなど働きかけをしてきたと踏み込んで答えた。建築文化を大切したいという思いに満ちていて、聞いた僕の心を打つ。

それに対して日本郵政は、棒読みのような口調で、建築団体等から保存要望があったことを重く受け、歴史検討委員会を設置し、委員会の提言や技術的な検討を踏まえて、「歴史的な景観の保存に努めている」と述べた。微妙な言い回しだが事実とは違う。
この委員会のおかしなところは、日本郵政の二人の役員が委員として参加していることだ。6名の外部に委嘱した委員の誰一人取り壊して良いと発言しておらず、結局各委員の見解を列記することで報告書が作成されたが、郵政二人のコメントは無い。
千代田区の景観審議会で検討委員の意向に従ったと述べた郵政担当者への不信が積もり、ある委員のところに説明に赴いた時に、意見を聞いたが決めたのは郵政だと明言している。しかしその後の説明ではまた同じことを繰り返している。読めば判ってしまうことなのに何故?と更に不信がつのる。検討委員に失礼だ。

河村議員は重要文化財どころか、(より緩やかな)登録文化財にさえ該当しないと言明した文化庁の発言を取り上げ、『あなたは文化財を壊すと言っているんだ』と指弾した。

この一部保存とレプリカの問題は建築界の大きな課題ではある。
なくなるよりは少しでも残った方がいい。レプリカであっても、消えて亡くなるよりもいい。そうだろうか。いや、そうではあるまい。ことにこの庁舎に関しては。

歴史検討委員会の資料に掲載された計画案をインタビュアーに見せると、皆一様に愕然とする。
発表されたパース(透視図)を見ると、ほぼ全部を残してその上にガラス張りの超高層を建てるのだと錯覚してしまうのだ。当初の新聞記事がそうだった。それが狙いかと余計なことを考えてしまう。
残すのは2スパン、つまり奥行きがほぼ10メートルあまり、前面は角から時計のところまで。残りは全て取り壊し、東京駅と線路側の外壁を今の外壁に摸して(レプリカ)てつくるというものだからだ。これでこの建築の歴史を継承すると述べているのだから。

東京の顔、日本の表玄関に偽者があっていいはずがない。建築は表だけ・ファサードだけではない。人がいて、人が使うための空間がなくては建築とは言わない。まして残したとはいえない。
河村議員の指摘はまったくそのとおりだ。そしてそれを受けた鳩山大臣の感性も素晴らしい。自信を持って信念を貫いて欲しい。

鳩山文科大臣の発言を受けて、なぜか僕に数社に及ぶTVや新聞社からの取材があった。
今設計をしている住宅の詳細のスケッチが煮詰まってきていてイメージが具体化し、つくる喜びにのめりこんでいて中断したくないが、この建築の魅力を大勢の人に伝えるいい機会だと思った。でも僕でいいのかとも思うのだが、観たよ`と連絡くださった方もいる。
時間が合わなくて僕は一つも見ていない(事務所にテレビがない)が、いつも気になるのは僕の思いを伝えられたか、ディレクターの質問にきちんと答えられたかということだ。でも取材を受けて学ぶことも多い。

まず問われるのはこの建築の価値だ。インタビュアー(ディレクター)はプロだが、建築のプロではない。
装飾のないモダニズム建築の魅力を市民に伝える試練の場を僕は得ているのだ。同時に時を刻んだ建築の課題や今の社会状況を様々な視点から見直すことにもなる。建築と経済は切り離せない。しかし「時」をマネーではかることはできない。考え込むが有難いチャンスを得た。
確かに考えさせられることもある。
時は過去のものだけではない。誠実にこれからの時を考えたい。都市はゆっくりと時間を掛けてつくらなくてはいけない。

大庇を解体し、新聞記者の問いかけには、主要部ではないので解体しても価値を損なうことはない(ある。勿論!)と述べ、調査のためだ(大庇解体がなぜ調査?)、そして不要な機材を運び出すためにやむを得ずとJIAへの説明会時の指摘に回答したその10日後、日本郵政の西川社長は解体が進んでいて、いまさら後戻りできないといわば開き直った公式表明する有様に、薄ら寒い危機感を覚えるのは僕だけだろうか?そして昨日の鳩山大臣の緊急現地視察に対して、調査のために一部を剥がしているだけだと述べる。

一つだけ言っておきたい。僕は(僕たちは)郵政民営化を問題にしているのではなく、この建築が好きで大切にしたいと思っているだけだということを。

<写真 中郵客溜りから観る東京駅 吉田鉄郎の辰野金吾への問いかけと、新しい時代を築く決意を読み取れないだろうか>


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17 コメント

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民間建物なら ()
2009-03-06 12:38:17
建築基準法第8条(維持保全)や10条(保安上危険な建築物等に対する措置)に基づいて、なし崩しに実質的な解体工事を行っているJPに対して国土交通大臣(或いは特定行政庁たる千代田区)が保安上の措置を命ずることは出来ないのでしょうかね?
(第10条の命令は最初に除却と書かれていますが、当然にして使用制限と修繕ほか保安上、衛生上必要な措置とされていますので詳細調査後に耐震補強することも含めてと解されると思います。)
普段、国民の役に立たない建築基準法と国土交通省ですが(笑)せめてこんな時くらい役立て!と言いたいですね。
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今朝のTVで (moro)
2009-03-06 13:02:24
東京中郵の工事中断(中止ではありませんが)のニュースを見ました。
「朱鷺のやきとり」を例えに出された鳩山大臣の言葉を聞き、新潟大学で朱鷺の生殖細胞「保存」の研究を卒論としていた私は、思わず笑ってしまいそうになりましたが、本当にこのまま笑顔でいられる結果となって欲しいです。
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保存とは (通りすがり)
2009-03-06 13:09:39
東京中央郵便局を保存することの理由、真意がいまひとつわかりません。政治的、建築的に。
政治的な理由を知らずに、建築の専門として保存を問うことはできません。なぜこのタイミングで工事をとめるのか、誰も説明していません。
個人的に保存したいことに理由はありません。
日本の文化とは何かということと、それが東京中央郵便局とどういう関係にあるのか説明を誰もしていません。有名な建築家だから、有名なモダニズム建築家に評価されたから、保存すべきなのでしょうか。お時間がありましたら、説明を宜しくお願いします。
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戦後期におけるモダニズム建築への理解と共感について (Tosi)
2009-03-07 11:47:11
現実の具体的な法人や個人が新古典派経済学によって仮定されている「合理的なホモ・エコノミクス」であるはずも、あるべきでもありませんが、東京都の決定とあわせて、「容積率転売より高層化によるテナント収入を期待するほうが合理的」と強く示唆する新聞報道を目にすると暗い気持ちになります。
ウェブ検索でいろいろな記事を読んでみました。モダニズム建築への批判が全般化したのは経済成長のひずみが意識され始めた1960年代終わりごろからのことで、戦後の理想が信じられていた時代には、理解や共感が批判を上回っていて、逆にむしろ様式建築のほうが嫌悪されていた、ということをこの記事から知ることができました:
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20090301-OYT1T00011.htm
この時代には、「様式建築=重厚=威圧的=権威主義的=明治憲法を連想させる=暗い」に対して「モダニズム建築=軽快=開放的=民主主
義的=新憲法を連想させる=明るい」というイメージがひろく共有されていたのだと思います。このことは、例えば横浜と鎌倉の前川・坂倉作品(重文はおろか国宝に指定されるべきです)を訪れるとき、現代の私たちにも実感できることです。私は個人的には東京中央郵便局を利用したことは数えるほどしかありませんが、戦前の大恐慌時代に竣工した建物にもかかわらず、上記のモダニズム建築のイメージに合致していたように思えます。
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訂正 (Tosi)
2009-03-07 19:56:46
いま先の投稿を読み返していて気づいたのですが、冒頭の文中、「法人」そのものが「『合理的なホモ・エコノミクス』である」と読めるつながりになっているのは少し変なので、以下のように訂正します(大括弧部分を付加):

現実の具体的な法人や個人が新古典派経済学によって仮定されている「合理的なホモ・エコノミクス」[に還元され得るもの]であるはずも、あるべきでもありませんが、東京都の決定とあわせて、「容積率転売より高層化によるテナント収入を期待するほうが合理的」と強く示唆する新聞報道を目にすると暗い気持ちになります。
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モダニズム建築論考について (penkou)
2009-03-08 13:46:19
Tosiさま
貴重で示唆に富むコメントをお送りくださいまして有難うございます。基本的には共感します。今の時代を見据えた場合、社会現象や財界・政界・ジャーナリズムの世界を考えると、それをどのように把握してどう対処し、又この難しい問題を広く大勢の人々に伝えていくのにはどうすればいいのか、考えさせられます。
TVやプレスからの取材と仕事が重なってうまく整理できませんのできちんとした僕の考えをまだお伝えできません。
容積移転の問題は大きな課題ですが、現実的にはそれを考察しなければな分なし崩しに貴重な建築が失われるのではないかという危惧もあります。
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都市の記憶装置 (penkou)
2009-03-08 14:21:50
「通りすがり」さま
東京中央郵便局を保存することの理由ですが、誰も説明をしていないということはないのではないでしょうか。郵政が諮問した`歴史検討委員会`の有識者の方々もそれぞれの立場で説明をしていますし、建築学会,JIA、DOCOMOMOや中郵を重文にする会(略称)から提出している保存要望書にも、きちんと書かれています。
しかしそれが一般の方にうまく伝わらない、伝え得ない問題はあるかも知れません。
現象としては政治問題になってなっていますが、本来は文化の問題です。建築を考えるとき経済とのかかわりは当然のことながらとても大切です。又社会とのかかわりを抜きにしても考えられませんし人の生き方の問題にも深く関わることです。そこに「時」とか「時間を刻む」(つまり人の記憶・「建築は都市の記憶装置」というコトバがあります)という命題が浮かび上がるのです。だから文化ということになるのだと考えているのですが、即物的にこの時期において、という視点だけでコレを捉えることに危惧を覚えます。

JIAは公社化、民営化のずっと前の郵政省時代、野田聖子氏が郵政大臣時代からこの問題を取り上げ、文化財指定などを働きかける要望書を提出し、それを社会に伝えることをしてきました。ですけどななか社会に伝わらないもどかしさを僕は持ち続けています。
コレも僕にとっての課題ですが、当然のことながら個人だけの問題ではないと思っています。
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都市の記憶 (通りすがり)
2009-03-10 13:02:17
東京中央郵便局が保存されるにふさわしい建物であることはわかります。ただ、それがなぜ今このタイミングで政治家(株主)がでてきて保存すべきと言っているのかが理解できません。
歴史と文化は違います。歴史は作られ、読まれます。文化は変化します。都市は生きています。時間はとまりません。都市の記憶とは人間が経験と体験から読み取るものです。それは世代や生い立ちで全て違います。保存は時間を止めるもしくは、延命です。人によっては、街路樹や道路幅とかバス停とか、そんなもののほうが大切だったりもします。
保存することに反対するわけではありませんが、保存の仕方というのは、一つではありませんし、状況に合せて適切な保存方法を提案していくべきだと思います。


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Unknown (まつぼっくり)
2009-03-15 13:49:40
 penkouさま、ご返信ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくおねがいいたします。
「重文にする会」のHPの件は了解しました。

 これまでのこちらのブログでの経過をみて
思ったのですが、一般の市民向けに広報する
手段として、いかにこの建築が素晴らしいかを
伝えるパンフレットのようなものをつくって
みてもよいかもしれませんね。
 それを思いきって子ども向けの内容にしてみ
ても、言葉を一つ一つわかりやすくする工夫が
できるので、よいかもしれません。


 ここ最近、中央郵便局をめぐる状況は
めまぐるしいものがありますが、目先の
情報に惑わされず、しっかりと腰を据えて、
あきらめずにいたいものですね。
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読売「編集手帳」から (九ちゃんのママ)
2009-03-17 01:14:02
penkou様やコメンテータの方々はすでにお読みになったかと存じますが、いいなぁーと思った記事を見つけたので、紹介させてください。3/1付読売編集手帳、以下全文

〈丸ビル、新丸ビル、国鉄、中央郵便局など大建築の立ち並んだ東京駅前の景観は近代都市美の象徴として日本一のものであろう〉。昭和32年の本紙読者欄にあった投書の書き出しである◆この後が、今読むとちょっと面食らう。〈その間にあって東京駅のあの怪物のような赤い建物は、完全に周囲の風景と反発している〉〈ただ官力の偉大さを誇示しようとした明治時代の遺物であって、今日では何のとりえもない〉◆投書の主は、時代錯誤的な駅舎を早く建て替えよ、と主張している。これに対して別の読者が、〈周辺のアメリカナイズされた建造物の白々しさに対して、東京駅こそ重みがある〉と反論の投書を寄せた◆残すべき建築物とは何か。その時には分からないものかもしれない。今、赤レンガ駅舎は創建当時の姿に復元して保存する工事が進行中だ。近代都市美を構成したビルは消え、最後に残った中央郵便局を保存せよとの声が上がっている◆外観の一部だけ残して超高層ビルにするという日本郵政の計画に鳩山総務相が国会で待ったをかけた。どうすべきか、50年後の読者に問えればよいのだが。


 50年前にも、さまざまな意見があったのですね。でも当時の「東京人」はえらい! 反対、賛成、いずれにしても市民自ら考えを述べている。まつぼっくり様のご提案「子ども向けの・・・」大賛成です。50年後のためにも。。。

 私は子どものころから南口バス停を使い、当たり前のように中央郵便局を眺めて来ました。それが名建築だったことを、実は一連の報道で知りました。東京駅の目の前の一等地に、名建築を全面保存。そんな粋な計らいがどうしてできないのでしょうか・・・ 江戸前の気風の良さをみせて欲しいです。おじゃましました。
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