日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

建築家渡辺豊和の、「湧別町ふるさと館」を訪ねて!

2015-12-20 23:12:58 | 自然

1970年を挟んで大学の建築学科に学んだ僕は、僕自身モダニズム建築の落とし子ではないかと思うことがある。在学中に丹下健三の香川県庁舎、A・レーモンドの群馬音楽センター、ル・コルビュジエの西洋美術館、槇文彦の名古屋大学豊田講堂などが建った。

学生の時にはその全てを見てはいなかったが、堀口捨巳教授の建てた白亜の駿河台校舎で学び、堀口先生が資料を抱えて出雲大社の講義をしてくださったことが昨日の様に思い起こされたりする。
駿河台に建つこの校舎は、同じく駿河台に建てた図書館と共に堀口建築の成果、つまりモダンムーブメントの味わい濃い建築だったが、駿河台の堀口建築は、全て無くなってしまった。

ところでこの11月、札幌市大の羽深教授に招かれて院生に講義をした折に、moroさんに案内されて、オホーツク海に面した紋別に赴いた。ここにもいくつかの魅力的な建築があるが、其れは別としても札幌に帰る途中で案内してもらった建築の一つが、渡辺豊和の設計した上湧別(かみゆうべつ)町郷土資料館(1996、北海道紋別郡)、現在の「湧別町ふるさと館」である。

渡辺豊和は1938年に秋田県角館(かくのだて)町の出身、若き日にRIA事務所に所属して山口文象に薫陶を受けた建築家でポストモダンの旗手ともいわれるが、1987年に「龍神村民体育館」で建築学会作品賞を受賞している。

さりげなく案内してくれたmoroさん自身は、ポストモダンの落とし子だと自認しているが、ご自身がつくる建築がポストモダンということではなく、建築を学んだ時代はポストモダンの全盛時代、大学での講義ではその時代をうけて、非モダニズム建築に特化した講義を受けていたという。しかしこの時代、あっという間に主流でなくなって!と嘆いていたものだ。

ところが渡辺豊和の作品歴を見ると、正しくポストモダンに特化していて、モダニズムの落とし子を自認する僕の好奇心がふつふつと沸きあがってくるのだ。まずは建築の外観をみてください。<文中敬称略>