出雲大社については、ささやかながら忘れ得ない思い出がある。
明治大学で学んだ学生時代、建築学科を創設し学科長を担った堀口捨巳教授が膨大な資料を抱えて登壇し、朴訥な福井なまりをちりばめながら淡々と講義をしてくださった出雲大社本殿論考である。
歴史の研究者の様々な姿の古代・創建時の出雲大社の姿を紹介し、その中でひときわ高い登壇のための壮大な階段の姿を訥々と述べるロマンに満ち満ちたその姿。そして時間が来ると、では!と余韻に浸って居る僕達を置き去りにしてさっといなくなった四十数年前にもなる一齣だ。
そしてふと想い起こしたのは、発掘調査をしたら、見事に太い柱群が発掘され、堀口フアンだった僕は、この社殿は堀口先生の論考が正解だったのではないかと想ったものだ!
その出雲大社の御祭神は「だいこくさま」と親しまれている大國主の尊。本殿の創設は1744年との事で271年前になる。
米子空港からバスで米子駅へ、駅のチケット売り場の担当者と出雲行きの相談をした。ヒヤリングする出雲の建築家亀谷清さんとの約束は夜の7時、たっぷりと時間があるがうまい時間にある特急に乗ることにした。指定席もあるが観光シーズンなのでどうだろうか?と相談すると、自由席で十分との事で乗ってみたら、2車両しかない自由席は一人の老人しかいなかった。我を思い、こりゃ老人車両かと苦笑する。
そんな思惑はなんのその、列車は猛烈なスピードで右手に中海を見、あの滑稽な安来節の安来か!と想うまもなく安来駅を通り抜けて松江を過ぎ、ちらりちらりと宍道湖を見て出雲へ。途中上り電車待機があって、山陰線・本線なのに単線か!と何がしかの感慨を覚える。