日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

花便り:愛されているレーモンドのつくった「東京女子大・旧体育館」

2009-04-17 12:18:58 | 建築・風景

桜が散り八重が咲いた。八重桜も桜だが、はらはらと散る花びらがあるのが桜だという気がする。まあそれはともかく欅の新芽が芽吹き、黒かった幹も心なしか明るくなったような気もする。春本番だ。

一週間経ってしまったが、胸がキュッとなるような花便りが来た。こういう書き出しだ。
「ベランダに花を活けて大学を出たのが6時半、満月に近い月がチャペルのうえにでていました」。
メールを読みながら何度も訪れたことのある旧体育館を思い描く。送ってくれたのは東女(トンジョ)のOG。
旧体育館のベランダや、暖炉のある談話室で毎年行われる「桜の花を上から見よう」という学生主催の催しの前日、4月7日のこと。学生が手伝ってくれて「よき後継者が育ちそうで喜んでいます。そして『これからもずっと、花を活けられますように、この水鉢がなくなりませんように』と祈りながら活けました」。

翌4月8日。主催する女子大生による「東京女子大学の建物に関する研究会有志」のつくったチラシには、桜の花と小鳥が、ピンクと鶯色で描かれていて可愛い、と書いてある。学生たちはそのチラシを学内で配って、お昼休みには、大勢の学生が見に来て、ベランダから見える桜を背景に、花を浮かべた水鉢のまわりで盛んに写真を撮っていたそうだ。
彼女が行った2時頃も、談話室で旧体育館で撮影されたEXILのDVDを見ながら、お茶やお菓子で談笑している学生たちがくつろいでいた。「ベランダには切れ目なく人だかりがあり、旧体の前の桜は満開です」。

レーモンドが設計したこの旧体育館は、日本で初めて女子大生の体育授業が行われた日本の女子教育の軌跡を考える上でも欠かせない建築だが、なによりその姿が魅力的だ。
送られたメールを読むと、OGとしての後輩を思う気持ちに溢れていて心が動くが、建てられてから、八十数年経つこの建築が、いまの女子学生にもとてもよく似合うのだと思った。
花を活けた水鉢には、帝国ホテルをつくるために日本を訪れたフランク・ロイド・ライトに就いてきたレーモンドの、まだライトの影響が残っている姿が垣間見えて微笑ましくなる。本当にこの建築は可愛らしいのだ。

去る3月14日(土)、この体育館で学内の教授連が主催したシンポジウムが行われた。僕はDOCOMOMOメンバー26名で韓国近代建築ツアーに出かけていて参加できなかったが、200名を越える人が集まり、改めてこの建築の魅力とかけがえのない価値が確認されたようだ。
送ってもらったこのシンポジウムの記録を読むと、一人一人のコトバが臨場感に満ちていて、それはとりもなおさずこの建築の素晴らしさの虜になってしまった人々の想いなのだと納得できる。

大学の理事会では、この旧体育館を取り壊して広場にするとのことだが、僕に来たメールにこもったOGの次の一言を汲み取って欲しいものだ。

「旧体が今、学内にいる教授や学生たちに愛され始められたことを見ると『愛されている建築は残る』という言葉を思い出し、希望が仄かに見えてきたような気がしました。
フロアではダンス部が練習していました」とある。

<写真 ベランダの水鉢:ここに花が活けられたのだ>