日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

春の一日、写真家飯田鉄の「古いひかり」

2009-04-12 12:05:48 | 建築・風景

北側斜線というのが困るのだ。建築家なら誰でも知っていて当たり前だと思っている法律。北側の隣家の日照のために、高さ制限があって2階を引っ込めるとか屋根に勾配を取るなど工夫しなくてはいけない。「下屋(げや)BOX NO.3」と名つけようと思っているH邸。
四角い箱の一階部分の一部に勾配屋根をつける。洋と和、とまでは言わないが、都市の中の住宅の姿の僕の回答の一つなのだ。

H邸。その角度や高さをきめるのに悩んだ。他の図面を描きながら、何日もふとこれだと思うとスケッチする。5センチが気になる。五十分の一の模型では5センチだと1ミリ、うーん、判らない。2Bの鉛筆で描いた二十分の一の矩計図(かなばかりず)のスケッチの線を描いては消して消しゴムと手のひらが黒くなる。
まあこれでいいか!とふと目を上げて時計を見た。いけねえ、行かなくちゃあ。

「古いひかり・上野の記憶」という気になるタイトル、飯田鉄さんの写真展の最終日なのだ。昨日電話をもらった。そうだった、でも葉書がきてないよというと飯田さんが絶句した。おかしい、葉書が届かないのが僕で3人目だという。オープニングのセレモニーに行くつもりだったがうっかりした。
ちょっと行ってくるよ、と事務所にいる妻君に声を掛けた。飯田さんじゃあ戻るのが遅くなるね!とニヤリと返された。いやね、3時で撤収だからとモゴモゴと答えて新宿御苑前の「シリウス」にむかった。

地下鉄に乗るために新宿公園を通り抜ける。この好天気で満開の桜が飛び散っていて僕にも降りかかり、通路が淡いピンク色だ。1時だというのにゴザを曳いて場所取りをしている若者がいる。屋台が出ている。
一週間前の上野公園を思い出した。東京中央郵便局を国会議員連と見学した後、南教授と上野でも歩いて一杯やろうと出かけた公園は、咲き始めた木々の中に七分咲きもあって宴会が始まっている。
十数年も前になるけど、仲のいい建築家に声を掛けて事務所の連中に場所取りをさせてやった花見、二十名近い友人たちで賑やかに騒いだが寒かった。風が冷たいのだ。咲き始めに競うのがかっこいい花見。花見は寒い。でも今日は暖かい。

そうだ、あるかもしれないと思ってBOOK1st.に寄った。丹下事務所が設計した話題のモード学園のビルに出店した大きな本屋だ。洲之内徹の、芸術新潮に連載された「気まぐれ美術館」を収録した僕の蔵書に欠けているシリーズが欲しいのだ。
今読み始めたのは15年前に買った「さらば気まぐれ美術館」。最後の一編は絶筆となった昭和61年11月号に掲載された「一之江・申幸園」で、その前の一節が「夏も逝く」。それを読むのが辛い。

洲之内さんが亡くなったのは昭和62年の10月28日。74歳だった。そう思って読み進めると、死を予感させる文言が時折織り込まれているのに気がつく。全てを読みつくしてこの二編は最後にしたいのだ。でもなかった。20年前に出版された本だから仕方がない。
その代わり、一昨年(2007年)に発行された`とんぼの本`「洲之内徹 絵のある一生」を見つけた。大倉宏の名前がある。そうだ、新潟の美術評論家、砂丘館の館長大倉さんのこだわっている画家『佐藤哲三』の絵には、洲之内徹もこだわったのだ。
大倉さんと「佐藤哲三」を語ったことはあるのに、洲之内さんの名前が出なかったのはなぜだろうかと考える。大倉さんは洲之内徹が倒れたときに傍にいたのに。

印画紙はバライタのレンブラントを使ったというモノクロの微妙なトーンに言葉が出なかった。銀塩写真の懐の深さ、これがあるのでカメラを向けた
飯田さんに「どうだろうか?」と問われて、このトーンがねえ!葉っぱが、と呟いたらこれでしょと写真の前に連れて行かれた。
そうなのだ、半逆光のかえでの葉の一枚一枚の黒い粒子が光を透して浮かび上がっている。それに「動物公園駅」の天井のトーン。この駅が使われていたのだ。そして何より「旅館・早朝から入浴できます」とかかれた看板。この写真の階調にも魅かれるが、上野の一角に商人宿があったのだ。飯田さんがこだわって20代から撮り続けた上野の「古いひかり?」。

「あんた、若いときから視る眼が大人だねえ!」といわれたという。
`いやね`と僕は飯田さんに言う。写真のセレクトとプリントが今の飯田さんの歳なのよ!ちなみに使ったカメラは、6×7の「プラウベル・マキナ」だそうだ。なるほど!

紀伊国屋書店にも寄ってみた。やはり洲之内はいない。

腰から下、ことに足が重くなり、歩くのが辛い。疲れていることに気がついた。なぜか息があがる。言ってみれば何故だかわからないけど疲労困憊。風邪も抜けない。「あなた、仕事だと疲れるのよね!」と揶揄する妻君の顔がちらつく。DOCOMOMOやJIA、韓国近代建築ツアー?中郵重文の会。うーん、まあそうだが、まあね、「仕事」だからこそ疲れるのだ。といってみたい。
これは駄目かもしれない、家へ帰ろうかと一瞬考えたが今日中に矩計図をまとめて「下屋(げや)BOX NO.3」の工事を依頼する建築会社に送りたい。
事務所にたどり着いてトレぺ(トレーシングペーパー)の矩計図に向かい合った。

妻君に言われた。凄かったよ。ゴーゴーと鼾をかいているんだもん!居眠りをしたのだ。一時間。
描き出したらイメージが確定した。僕の伝えたいディテール(詳細収まり)をフリーで記入した。妻君がA2をコピーして四つ折りにしてA4の封筒に入れて切手を貼った。帰りの駅に行く途中、新宿の中央郵便局で速達ポストに投函した。夜の10時半。
僕の春の一日が終わった。

<写真 水路と桜の花びら>