田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

とある田舎町の「学校の怪談」episode 20 明日香の進学希望校 麻屋与志夫

2015-04-11 10:58:35 | とある田舎町の「学校の怪談」
episode 20 明日香の進学希望校。

春の雨がしとしとと降りだしていた。
教室の窓ガラスがすっかり濡れている。
芽のふくらんできたバラが霞んでしまった。
窓を細めに開ける。
雨のにおいのする夜風がそっと吹きこんできた。
「先生、わたし栃南高校に進学決めたよ。学校の先生が、新しい高校だから受験希望者も少ないから、合格できるって」
「えっ、どこにあるの」
「やだあ、先生、知らないの。駅の南だよ」
明日香ちゃんはにこにこ笑ってこたえた。
木村は動揺した。
ソンナ高校の名前は聞いたこともない。
明日香はかわいらしく、首を傾げていた。
英語の問題集に黒板の解答を記入している。
いくら注意しても、ただ自動的に回答欄を埋めているだけだ。
なにもかんがえない。
発音もしない。
――音読しなければ英語は身につかないのにな。
穴埋だけの授業をしているプリント塾から移って来た生徒だ。
一対一の個人指導と宣伝している。
実態は机を仕切り板で、間仕切りしただけの。
「バタリー鶏舎方式」の塾に長いこと在籍していた。
いくら注意しても穴埋め作業をせっせとやっている――。
「栃南高校ってあるの」
木村は次の中二の時間に生徒たちに訊いた。
みんなキョトンとしている。
――そうだよな。あるはずがない。
わたしの知らない新設校がこの街にあるわけがない。
おそらく、あまり成績がわるいので、どこも県立高校は受験させてもらえないのだ。
それで、かわいそうに苦し紛れに、空想上の新設高校をつくりあげたのだ。
かわいそうに。
外では雨足が激しくなっている。
春の雨にしては激し過ぎる。
木村はそっと胸のポケットからメモをとりだした。
明日香ちゃんが、教室を去る時、手渡してくれたものだ。
「先生、ながいこと、お世話になりました。さようなら」
そう書いてあった。
――これで明日香ちゃんの笑顔がもう見られない、寂しくなるな。
やるだけのことは、やった。
明日香ちゃんだって、せいいっぱい努力した。
勉強のやり方は、はじめて教わった学校や塾の先生の影響をうける。
勉強態度がわたしの意に添わなかったのは仕方ないことだ。
明日香が受験の当日。
消えた。
元気に家を出たというのだ。
でも、どこの高校を受験したというのだ。
まさか、ありもしない、空想上の栃南高校を受験するために、出かけたのではないだろう。
警察の必死の捜査にもかかわらず三日が過ぎた。
マスコミが東京から駆けつけた。
誘拐事件として大騒ぎになった。
木村は明日香に聞いた、駅の南にあるという高校の場所にいってみた。
路肩に明日香のピカチュウの鉛筆ケースが落ちていた。
雨にぐっしょりと濡れていた。
ほとんど原形をとどめていなかった。
ここに次元の割れ目がある。
そのスリットから明日香は向こう側に行ってしまったのだ。
木村らはようやく咲きだした街路樹、彼岸桜の梢を見上げていた。
明日香のこころを思うと桜の花がくもって見えなくなった。
春の雨が、明日香が教室を去った時のように降り出していた。
遠望する駅の明かりが影った。
霞んでしまった。
雨のためではなかった。
木村は明日香ちゃんを想い、その場に立ち尽くしていた。
塩辛いものが唇にたれてきた。
雨水ではない。涙だった。
「なにも……力になってあげられなくて……ゴメンナ」
木村は、泣いていることにも気づいていなかった。









 

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