田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

episode 23 弘樹の幻のピッチング。 麻屋与志夫

2015-04-06 07:25:00 | とある田舎町の「学校の怪談」
episode 23 弘樹の幻のピッチング。

誰もいなくなった音楽室の窓から、玲奈はグランドを見下していた。
もう長いことそうしている。
野球部の練習は終わっていた。
でもそこに、マウンドに、弘樹がいる。
黙々とピッチングをつづけている。
あの日、弘樹と玲奈は府中橋にさしかかってしいた。
「来週から中学の県大会ね」
「ああ、玲奈のためにもがんばるから」
「あら、うれしいこと弘樹ちゃんはいってくれますね」
胸に抱えていた猫のミューに話しかけた。
「うれしいわね」
玲奈がミューを揺すり上げた。
抱き直そうとした。
ミューがふいに身をよじった。
道路にとびだした。
トラックが驀進して来た。
その音に驚いたのだ。
トラックはブレーキをかけることもしなかった。
玲奈の悲鳴が路面にひびき、木霊するような声が中空に消えた。
あとには――、ミューの毛皮だけがのこされていた。
平面となった猫の毛皮だけが車道にへばりついていた。
一瞬のできごとだった。

弘樹はピッチングをつづけている。

「ぼくが話しかけたから。気が散ったのだ。ごめん」
「そんなことない。わたしが、網にでもいれて、抱っこしていれば、よかったの」
「ミュー、ごめんな。こんな姿になってしまった」
「わたしが、不注意だったのよ」
大会も迫っていた。
弘樹に玲奈は二三日会っていなかった。
携帯が鳴った。親友のキヨコからだった。
「玲奈、おどろかないで。上都賀病院にすぐ来て」
「なにがあったの」
「すぐ来て!!」
間に合わなかった。
弘樹は息をひきとっていた。
トラックに轢かれて、ほとんど死にかけていたらしい。
ひとことも声はだせなかった。
胸になにが抱き締めているような姿勢。
わたしならわかる。
ミューを助けてくれたのだ。
いや、ミューの事故死の幻影をみて車道にとびだしたのだ。
玲奈はそう思った。

弘樹はまだピッチングをつづけている。

わたしのせいだ。
ミューをもっときつく抱きしめていればよかった。
わたしのせいだ。
あんなに悲しまなければよかった。
弘樹の胸で泣きつづけた。
わたしの悲しみの激しさが、弘樹にミューの幻影を見せてしまったのだ。
ごめん。弘樹。 ごめん。
あんなに、県大会で投げるのをたのしみにしていたのに。
わたしの、ささいな不注意が、弘樹を破滅させた。

玲奈は携帯をとりだす。
弘樹にメールを打った。
「ミューと三人で暮らしましょう。弘樹わたしを呼んで」
翌日から玲奈の姿が消えた。
音楽室にいたはずなのに。
そのあとで、玲奈を目撃した友だちはいない。


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